「お前、なんだよいきなり呼び出して。消灯時間もう過ぎてるだろ」
手塚が息を切らして玄関口のほうから現れる。
夜用のジャージ姿だった。見慣れたやつ。
「寝てた?」
振り向き尋ねる柴崎は、パジャマではない、ルームウエア。ラフだが、ちょっとそこらのコンビニに出かけるのにも耐えられる仕様の。それに薄い水色のストールを巻いている。秋も深まった10月の後半は、東京といえども夜は冷える。細い肩が闇に溶けそうだった。
「いや、寝ようとしてた。同室が高いびきだったから助かった」
なんとかかんとか理由をこねくりまわさず部屋を抜けてこられた。
でも、いったい何の用だ。寮の裏庭になんて。
外灯もないため真っ暗で、男の自分でも夜中には足を向けようとは思わない場所だ。
さわさわと下生えを鳴らして吹き行く風音さえも、なんだか心をざわつかす。
「お前、笠原は大丈夫なのか」
「あの子ならもうとっくに夢の中よ。今日、相当しごかれたんだってー? あんたたちの愛する鬼教官に」
月明かりを浴びてうっすら微笑む柴崎に半ば見とれながら手塚は言った。
「それを知ってて俺を真夜中呼び出すか。へとへとなんだぞ」
「いいじゃない。今夜は特別だもの。夜は物騒だから、少し付き合ってよ」
「特別?」
首をかしげた手塚に、柴崎は目を見開く。
「あんた、まさか知らないの。今日が何の日か」
「え」
逆に訊き返され、手塚は棒立ちになった。今日?
柴崎はストールで身を包みなおしながら、ため息をひとつついた。
「特殊部隊は忙しすぎて、空を見上げるヒマもない、か。……無理もないけど」
柴崎はなんだかがっかりした様子で天を指差して見せた。
「空って。――あ」
見上げた先に散らばる星屑を見て思い出した。
いくら忙しくても、訓練で疲れきっていても、毎日新聞記事には目を通す習慣だ。思い出した。
「夜中に始まるっていうから、悪いとは思ったんだけどね。ボディガードが要るでしょ。ここじゃ寮ってったって、一人じゃこわいもの」
柴崎はそれが始まるオリオン座のあたりに目を据える。
首筋のラインがきれいだ。手塚は場違いなことを思いながら、
「そうだな。忘れてた。すまん」
と謝る。
「なんであんたが謝るの」
星空から目をそらさず、柴崎が言う。
「いや、……なんとなく」
約束したわけじゃないけれど。今夜ここで落ち合うなんて、ひとことも言ってないけど。
オリオン座流星群が見られるこの夜に、わざわざ俺を呼び出した柴崎。その気持ちを台無しにしたような気がして。
そこまで考えて手塚は、本当は「ありがとう」って言えばよかったんだと思い至る。
でも口に出すタイミングを逸してしまった。
「見えるかな。肉眼で」
「見えるらしいわよ。あんた、目はいいのよね」
「まあな。狙撃もやるからな」
「あたしは眼鏡を一応持ってきたわ。見逃したらやだもん」
ストールの中を探る。そこで、くしゅんと小さなくしゃみが出た。
「寒いのか」
「平気。早く始まらないかしら」
「……」
確かに流星群も見たいけれど。手塚としては、うつくしい天体ショーが始まってほしいようなほしくないような、複雑な心持ちだった。
少しでも長くこの女といたい。星明りに照らされる横顔を見ていたい。
始まりが、少しでも先ならいい。
そんな想いに気づかされ、手塚は少なからず動揺する。
――これって、どういう心理なんだ。
柴崎はオリオンのベルトの三ツ星に視線をじっと据えて、そのときをひたすら待つ。
「まだね」
「ああ」
「冷えてきたわ。でも空気が澄んできれい。きっとよく見えるわ」
「うん……」
手塚は次、柴崎がくしゃみをしたら、自分のジャージの上を貸してやろう。そう思った。
結局その晩、夜空を彩った流星群よりも、柴崎の瞳に輝く星のほうを手塚は長く見つめた。
(fin)
※久しぶりに、くっつく前の手柴です。くっついた後を書くのも楽しいけど、その前もまた楽しいんですよね、このCPは……。関係は「質屋飲みデート」の後あたりです。
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寒いのはキライなので、外にでて星を見ようとは思いませんが、きれいな話を見させていただきました!
その分も、二人に素敵な星空を見せたいなと思いました。
話を通じてたくねこさんにも流星群が見えてるといいです。