「遅(おそ)かったじゃない。何やってたのよ」芳恵(よしえ)は玄関(げんかん)を見回(みまわ)している健太郎(けんたろう)にささやいた。
「お前の家、すごいなぁ。お嬢様(じょうさま)だとは聞いてたけど、こんな豪邸(ごうてい)に住んでたのかよ」
「そんなこといいから、早くあがって」
「いや。俺(おれ)は、これを返(かえ)しに来ただけだから。でも、何でネクタイ着用(ちゃくよう)なんだよ。仕事(しごと)じゃないんだから、こんな格好(かっこう)――」
「あのね、これから何があっても、私にあわせて。余計(よけい)なことはしゃべらないでよ」
芳恵は健太郎に質問(しつもん)させる時間(じかん)を与(あた)えなかった。有無(うむ)を言わせず、健太郎を家の中に引っぱっりあげた。奥(おく)の部屋(へや)に通されると、そこには芳恵の父親がいかめしい顔で座(すわ)っていた。
「お父様。こちらが、岡部(おかべ)健太郎さんです」
健太郎はいつもと違(ちが)う芳恵の振(ふ)る舞(まい)いに驚(おどろ)いた。ただ唖然(あぜん)とするばかり。
「こいつか」父親は健太郎の顔を睨(にら)みつけた。「こんな男のどこがいいんだ」
「お父様。健太郎さんは、とてもいい人です。私と結婚(けっこん)の約束(やくそく)をしてくれました」
健太郎は目をみはって、芳恵の顔を見た。芳恵は目で合図(あいず)を送(おく)る。
「許(ゆる)さん。お前は、わしが決(き)めた相手(あいて)と結婚するんだ。今度(こんど)の見合(みあ)いはな、大切(たいせつ)な…」
「お父さん」突然(とつぜん)、健太郎が口を開(ひら)いた。「僕(ぼく)はまだまだ半人前(はんにんまえ)ですが、芳恵さんのことを誰(だれ)よりも愛しています。必(かなら)ず幸せにしてみせます。結婚を許して下さい!」
<つぶやき>突然のこととはいえ、この先どうなるのでしょう。本当に結婚するのかな?
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