朝、たまたまNHKのBS放送を見ていたら、1999年9月30日に起きた東海村原発事故のドキュメンタリー番組をやっていた。
ウラン溶液を流し込んでいた作業員二人が突然青い光を浴びた。ウランが臨界に達し大量の放射線を浴びたのだ。そのうちの一人は、安全とされる年間放射線量の1万倍の放射線を浴びたという。
患者は、当初見た目には何も変わった様子はなかった。会話もできるし意識は清明、バイタルサイン(心拍数や呼吸数)にも異常はなかった。医師たちは、「ひょっとしたら助けられるかもしれない」と感じたという。
しかし、東大病院に搬送して検査をすると染色体がずたずたに破壊されていることが分かった。人間は染色体情報に基づき、日々細胞を新しく作りながら生きている。したがって、もし染色体が破壊されれば細胞の再生ができなくなる。
(写真上 正常な染色体)
(被爆した患者の染色体)
異常はまず血液に現れた。白血球が異常に減少したのだ。やがて皮膚の再生ができなくなり皮膚がはがれていった。皮膚移植をしても完全にはくっつかなかった。「オレはモルモットではない」と叫びつつ患者は亡くなった。83日目のことだった。
被ばく量が少なかったもう一人も200日余りで亡くなった。放射線被ばくの恐ろしさを、医師たちは改めて知った。
東海村臨界事故から12年後、今度は福島第一原子力発電所事故が起きた。人々は東海村の事故からいったい何を学んだのだろう。