みさママ&こうへいの成長DIARY

☆☆30代後半でママになった「みさ」と2005年1月生まれ「こうへい」親子の成長記録です☆

くまモンバースディケーキ

2013-01-31 | 日常
1月28日、こうへいは無事8歳の誕生日を迎えました。

福岡市内にキャラクターケーキが得意な店があると聞き
こうへいが(というか私も)大好きな「くまモン」のケーキを注文。

着色料を混ぜたジャムなどを使っていないそうで、安心して食べれます。
クリームや、中にはさむフルーツも選べます。

ケーキ店は、福岡市南区桧原の「メロディ」
洋菓子 メロディ
↑↑ホームページに見本もたくさんありますよ
「2700円~」とあるので、「2700円ので」と言うと
「くまモンは3400円です」と言われちゃいました。
まゆ、ほっぺ、口回り等、一つ一つ手作りだからかな?
手が込んでいるから、納得のお値段です。

プレゼントは、こうへいのリクエストで、3DSと「どうぶつの森」のソフト
「ピアノの練習を毎日がんばる」という約束で買ってやりました。
3月のピアノの発表会に向けて頑張ってくれるといいけど・・。
どうぶつの森は、私もハマってしまいそうでこわい

恒例のひいおばあちゃんからのお歳暮

2012-12-08 | 日常
毎年恒例の、ひいおばあちゃん(私の祖母)からの
お歳暮が今年も届きました

こうへいが赤ちゃんの頃から、夏にはぶどう
冬にはりんごが「こうへい様」宛てに届きます。

記念撮影をしてから、初めの1個まるまるは
こうへいが好きなように食べていいことになっていて
今年は初めて自分でピーラーで皮をむいたものの
上の前歯が2本ない状態なので丸かじりは断念。
フォークで少しずつえぐり取る作戦に。
りんごの汁が飛び散って大変でしたが
半分まで食べ、大満足でした

84歳のひいおばあちゃんは
実家から徒歩5分のところに一人暮らし。
裁縫をしたり畑を作ったり、とても元気ですが
もう体がきつくなってきたから畑はやめる
ことにしたそうです。
いつまでも元気で、お歳暮が届きますように

ちょうど4年前の日記がありました。
2008年12月7日の日記
今の方がりんごが小さく見えるけど
その分、こうへいが成長したみたいね

西鉄ニモカちゃんと

2012-10-15 | 日常
小さいころから毎年のように行っている
「にしてつ電車まつり」に行ってきました
車両基地が解放され、電車の整備の様子を見れたり
電車運転シミュレーションができたりします。

いつも列に並んでいた「ミニ列車」や
「バルーントランポリン」には
「あれは子供っぽいからもういい」とのこと
小学2年生、大人になったねぇ。
並ばなくて助かるけどちょっと寂しい気もする

でも、親子共々ゆるきゃら大好き。
西鉄のマスコット「ニモカちゃん」とパチリ
おめめパッチリ、スリムでかわいいニモカちゃん。
かわうそ?じゃなくて、フェレットなんだって。
シスコーンやチキンラーメンのパッケージなどを
デザインした有名なデザイナーさん作らしく
とってもおしゃれさんです。
私の中では、くまモンと一二を争う
ゆるきゃらグランプリ候補ですが
企業のキャラだから舞台に上がれないのかな。残念

くまモンに遭遇

2012-08-09 | 日常
ポケモンの映画を見るために行った博多駅で
人だかりを発見。
熊本旅行のPRに訪れたくまモンでした!

熊本県のおとなり福岡県でも、くまモン商品があふれる昨今。
こうへいも大好きで、食欲のない夏の時期も
くまモンマークの牛乳や「くまモンふりかけ」かけごはん
だと食が進み、くまモングッズ売り場では必ず立ち止まるほど。

そんなくまモンは大人気で、大勢の携帯やカメラに囲まれ
なかなかシャッターチャンスがなかったけど
しばらく待っていると、直々に名刺やくまモン金太郎飴を渡され
こうやって肩まで組んで写真に写ってくれました。

そしてこの後、くまモンがこうへいのキャップを取って
高く掲げてしまい、お付きのお姉さんに「こら、くまモン」と
怒られるといういたずらを見せてくれました。
やんちゃでかっわいい~、くまモン。

1ヶ月ほど前の豪雨で、阿蘇地方など被害を受けてしまったけど
なんとか復活したので遊びに来てねというキャンペーンでしたが
ぜひ行ってあげないとね。

私的には「ポケモン映画」はイマイチでしたが
「くまモン」に会えて良かった~。

ペーター気分?

2012-05-15 | 日常
ゴールデンウィーク
ケーブルテレビの「アルプスの少女ハイジ」一挙放送
を観て、すっかりハイジファンになってくれたこうへい。

佐賀のどんぐり村で、ちょうど
「GW特別企画 ヤギをリードでお散歩させよう」
が開催されていて、体験してみることに。
ヤギは10頭くらいいて15分300円。
セットでレタスを一握りもらい
目の前にチラつかせて誘導するとのこと。

こうへいのヤギくんは結構大きく
「GW特別企画」以外は、たぶん自由に歩けない
場所に解放された嬉しさからか、実に勝手きままに
動き回ったり、木の新芽を食べたり。
レタスはあまり役に立たず・・こんな時にヨーゼフが
「ワン!」と言ってくれればいいのでしょうが・・
最後には親が力づく引っ張るしかありませんでしたが、
本物のヤギにふれあえて楽しそうでした

ところで、しばらくさぼっていた自転車の練習。
2年生になって周りの子もどんどん乗れてきたので
久しぶりに挑戦しました。すると、あっという間に
すんなりと補助なし成功
去年は何度やっても転んでくじけていたのに・・
「クララが歩けるようになった気持ちがわかるやろ?」
と聞いいても「そうかなぁ」とクールなお返事
ちょっぴり寂しい母でした

それにしても、ハイジは何度見ても感動する~
9年前、物語の舞台を訪ねてドイツ~スイス旅を
したことも思い出して、久しぶりにワクワクしました。
その時に作ったホームページがあるので、良かったら
http://www.geocities.jp/misanotabinikki/europe.html
をご覧ください

7歳の誕生日

2012-02-08 | 日常
1月28日、こうへいは無事7歳になりました

プレゼントは、新品1つか中古2つか悩んだけど
Wiiの中古ソフトを2つ、自分で選びました。
クリスマスにはサンタさんがWiiリモコン2つ
を持ってきてくれたので、充実しました
でも、あまり遊びすぎないでね

それと「おやすみまえの365話」という本。
1日1ページ、カラフルな絵やふりがな付きの
お話が1年分載っていて、2500円!
うる覚えだった世界や日本の昔話のストーリーを
再確認できるし、教訓なども満載
これを毎日、読み聞かせ~自分で読む・・
と続けばいいけど

7歳を機に「ママ」を「お母さん」に変えようと
いうことになりました。
でも10日たっても、ほとんど「ママ~」
頼みごとをする時だけ「お母さん」ってこともあるけど
私もついつい自分を「ママ」と言ってしまうのでなかなか

ちなみに「パパ」は「おやじ」にしてほしいそうですが
全然定着していません

書き初め?

2012-01-09 | 日常
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします。

年末年始は山口の実家で過ごしました。
父が亡くなった前後から落ち込み気味の母ですが、
こうへいが元旦にふと、
「ばぁば、人間には笑顔が一番大事よ」と言ったので
「じゃ、それを書いて貼っておこう。ママが字の見本書くから」と
「書き初め」しました
多少の誤字はご愛嬌
母が毎日これを眺めて、早く元気になってくれますように

ところで、昨年7月から毎月、毎月の契約更新で
なんとか続いていた私の派遣のパートですが
3月以降、派遣先に直接採用が決まりました。
扶養範囲内しか稼げないとか
月に2回は20時まで出なくちゃいけないとか
いろいろ制約はあるけど、
全国の方とお話ができるし(クレームも多いけど
半年間で仲良くなった仲間達もいるし
がんばってみます

昨年は2月に父がなくなったり、3月には大震災が起こったり
大変なことが多い一年でもありましたが
今年は、みんな笑顔で過ごせる一年になりますように

カキとリニアモーターカー

2011-11-27 | 日常
朝、起きるのが辛いけど、
海の幸がおいしい季節になりました

佐賀県の鹿島、多良の有明海沿いは「カキ街道」と言われ
カキ小屋がたくさんあります。日帰りドライブしてきました

たくさんのカキ小屋がありますが、今回はネットで調べた「勇栄丸」へ
海岸沿いで景色がいいし、養殖場直営らしく安い!
ブログがあるので、状況をチェックできます↓
http://yueimaru.blog78.fc2.com/
売店で、海鮮や野菜、おにぎり等好きな食材を選び
炭代(場所代)300円を払い、隣の炭火焼きコーナーへ。
軍手やトングは無料で貸してくれ、セルフサービスで焼き網に乗せます。
時々パチッとカキが破裂するのでビックリするけど
焼きたてのカキはジューシーでプルップル
それにレモン汁をかけてツルっとすすり、カラにたまったスープもゴクリ。
あ~!海の恵みに感謝です
ところが、こうへいはカキを一口かじると「オエッ」と吐き出し
ホタテやサザエも拒否
食べたのは、じゃがバター、ウインナー、おにぎりのみ。
このおいしさがわからないなんて、もったいな~い

次に向かったのが武雄の「佐賀県立宇宙科学館」
ガイドブック「家族でおでかけ」に「リニアモーターカーに試乗」との
ふれこみがあったのですが・・・
移動距離は5メートルほど。歩くより遅いスピード。
よく見ると、確かに数ミリ浮いて動いているのですが
乗り物大好きこうへいもキョトン顔でした

でも、この施設あなどるなかれ。
マイナス20度の部屋、震度4を体験できるコーナー、
月の重力での歩行体験、生きた魚たちの展示等
3階建ての広い建物には、半日は充分楽しめる設備満載で
大人500円、小学生200円はお得です

ピカピカの1年生

2011-04-20 | 日常
4月12日、無事、小学校に入学しました。
咲くのが遅れていた桜もちょうど満開
空も晴れ渡り、絶好の入学式日和でした

幼稚園では最年長だから
年下の子のお世話をしたりと、頼もしく見えたのに
この日は、小学校の門をくぐった途端
6年生にたくさんお世話してもらって(案内や名札つけ)
大きすぎるランドセルを背負った姿は
また幼くなったようにも見えました

でも2日目からは「ママ来なくていいよ」と
学校までの見送りを拒否されたり
宿題を張り切ってやったり
少しは成長したかな


3月いっぱいで、4ヶ月通った私の職業訓練も
終わりました。
一番の目標の「日商簿記2級」は見事に不合格でした・・
一緒に勉強した18人のうち合格したのは3名のみ・・。
先生は一生懸命教えて下さったけど、かなり難しかった~
でも、レベルは下だけど「全経簿記2級」と
パソコンMOSのワード、エクセルの資格はゲットしました
今は就職活動中です(資格生かせる仕事はなかなかないけど~)


入学式前には父の四十九日も終わり、
以前は夫婦そろって食欲不振だったのに
「夜になると何か食べたくなって困る」
と言うほど、母は元気になってきました

誰よりもこうへいをかわいがってくれた父に
この晴れ姿を見せれなかったのは残念ですが
きっと空の上から見守っていてくれると信じて
みんなで、新しい「春」を歩いていこうと思います 

父との最後の写真

2011-03-05 | 日常
久しぶりの投稿ですが、その間にいろんなことがありました。

1月28日。こうへいは無事6歳になりました。
誕生日プレゼントのリクエストは・・・
新潮社「日本鉄道旅行地図帳」全号が欲しい!

北海道から九州まで全12号。
かつて馬が引いていた軌道を始め
「鉄道」として登場したすべての路線と駅名を
詳細な地図と年表でまとめたムック本で、
すでに4冊は持っていました。

1冊680円と、それほど高価ではないため
両方の祖父母からカンパしてもらったお金を握り
誕生日の翌日、福岡市内の本屋さんを探し周った
もののなかなか集まらず、最後の1冊は
紀伊国屋書店で札幌の支店から取り寄せてもらい
2月11日、なんとか全号ゲット

その足で、博多駅から電車に乗り、2時間かけ実家へ
こうへいの背中のリュックの中には
「全部は重いから、何冊かにしなさい」と言う私を
押し切り、「じいじに全部見せたいから持っていく!
こうへいが絶対、自分で持つから」と約束した
11冊+1冊でパンパンに

こうへいの鉄道好きは、もともとは私の父の影響で
父は、鈍行列車乗り放題の「青春18キップ」で
日本中を旅することや、新しく開通した列車に
いち早く乗りに行くのが趣味。

私が3年前に入院していた時は
父とこうへい二人で電車で山口~福岡まで
何度か往復し、すっかり電車好きに。
おととし石川県に旅行したり
去年、鹿児島に旅行したりした時も
「おじいちゃんと孫」は大好きな列車に
たくさん乗れて、大はしゃぎでした。

そんな父が食欲不振を訴えたのが一年半前の夏。
検査の結果、小腸の一部の空腸という場所の癌が
見つかりました。
特殊な場所のため発見が遅れ
開腹手術を受けたものの、すでに癌は切除できず
とりあえず胃と腸をつなぐバイパス手術を受け
月に2度、抗癌剤治療のため3日間ずつ入院する
という生活になりました。
お陰で去年の春には旅行ができるほど回復し
みんなで鹿児島旅行を楽しみました。
先日日記に書いた「JR九州のCM」の写真も父が
撮影したものです。
また、暑い夏を乗り越え、11月初旬には
車を2時間以上運転してウチまで来たりしてました。
しかし、年末からだんだん食欲が落ち、
1月中旬、ついに医者から
「もうこれ以上抗癌剤治療を続けても意味が
 ありませんから」と治療中止を言い渡され
家族には
「あと1ヶ月がヤマです」と言われていました。

でも不思議なほど痛みはないようで
本人は「こうへいのランドセル姿を見るまでは」
「桜が咲くまでは」と、
トイレが不安で散歩ができなくなった最近は
ウォーキングマシンを購入して、体調が良ければ
少しでも体を動かしていました。

この日も、食欲がなく体力も弱っていた父ですが
こうへいが抱えてきた「日本鉄道旅行地図帳」を
「すごいね~」とパラパラめくりながら
記念写真に写ってくれました。

2月13日までの3連休を実家で過ごした3日後の
2月16日の夕方、母から電話が入りました。
「お父さんがウォーキングマシンで歩いていて
 急に苦しがったから、救急車呼んで病院に運ばれた」
とのこと。
そして同21時過ぎ
「容態が急変したから家族を呼んで」と。
こうへいはすでに寝ていたので、すぐの出発はあきらめ
家で祈っていたものの
夜中の1時20分、眠るように旅立ったそうです。
救急車で運ばれて半日後のことでした。

後日、担当の医師からは
「癌患者さんは最後は大変な痛みで苦しむ方が多い
 ですが、失礼ながら、理想的な亡くなり方です」
と言われたそうです。

また葬儀には
「高校時代からのお友達」とおっしゃる方々や
元職場の同僚、ご近所の方などたくさん来て下さり
「お父さんとはよく旅行に行ったよ」と
語って下さったり
「お孫さんが可愛くてたまらなかったみたいで
 あなたのブログを紹介されて、読んでますよ」
とおっしゃる方もいらっしゃったので
こんな写真を載せるのはどうかな・・
と思いましたが、この場で
「最後まで気丈に生きた」報告をさせていただきます。

介護疲れしていた母も、ずいぶん明るくなってきてます。
実は急変した2月16日は、母の誕生日であり
「最後の誕生日プレゼントだったのかも」
と話しております。

文章が長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただき
ありがとうございました。