個人的主観によるインターネットの歴史第7弾です。
一旦これで最終回
思いの外ここまで来るのに時間がかかりました。書いてみるとインターネットの世界ががどんどん拡がり新しくなればなるほど一部分しか触れられないくらい広大だなと。いつか時間があるときに、年号とテクノロジーをちゃんと調べて再チャレンジしたい。
最後は懐かしい日記サイト調でで書いてみます。
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「招待状はやっぱり風景印がいいよね」
そんな話をしながら5月に予定していた結婚式の招待状を封入し、わざわざ少し離れた所にある郵便局に持ち込んだ。
無事に発送完了。
しばらくして、返事が集まりだした頃のことでした。
「クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウィルスの感染者が・・・」
最近やけにこのニュースを耳にするな。早く対策が終わることを願う。
とはいえ、テレビ越しにどこか遠い世界の話を見ている感覚だった。
しかし、必死の水際対策むなしく、国内の都市圏を中心にポツポツと感染者のニュースが。
そしていつの間にか感染者の人数が毎日のトップニュースになっていた。
3月
緊急事態宣言
不要不急の外出は最小限にせよ。
仕事は強制的に在宅勤務に。
全ての会議は突然オンラインのWeb会議に。ミュートの使い方はに慣れていないなかで、通信環境も安定せず、雑音、音とび、いつの間にか相手がいない、そんな環境でも無理やりつづけました。
業務内容はリモートでの仕事環境の整備に全振り。実施中のプロジェクトは強制的に中断。
不自由と効率悪化は全てコロナのせいだ。
大胆な非対面化が推し進められました。
背に腹は変えられないようで、やってみたら、なんとかなるものです。
そんな慣れない生活を必死につづけました。
ある日、志村けんさんの訃報のニュースが ( ー人ー)
Σ(゜ロ゜;;)
コロナって・・・、本当に命を落とすのか。実感に変わった瞬間でした。
Σ(-△-)
そういえば、80人の食事会予定してなかったっけ?これは、不要不急・・・なのか?
ていうか、案外ゲストも歳を重ねていらっしゃる。
急いで、式場に日程変更の相談をする。
再度、新しい日程で招待状を送るのが慣例とのこと。
先に日程決めないといけないのか・・・
ていうか、いつなら大丈夫になるんだ?
「じゃあ、10ヶ月後に変更で会場の予約お願いします。」
根拠なし。
と言うことで新しい日程の招待状を作る。検温義務など、本当に招待する気あるのか?と言わんばかりの条件の紙を追加して封入する。
今度は、願掛けで仏閣の風景印か。
と、少し離れた郵便局に招待状を持ち込んだ。
一方、仕事の状況は
猛烈な勢いでTeamsのベストプラクティスを整理。Web会議スケジュールもギチギチに調整。回線増強。みんなの利用スキルも飛躍的に向上。
移動時間、食事時間、不要。
逆に仕事密度が上がった気がします。
そうこうしているうちに、招待状の返信が集まりだした。
やっぱり、、、地域が遠い人はみんな辞退か。
(-ω-;)ウーン
そりゃ、そうだよね。。
なにかできる事はないか?
と考えるまでもなく、Web 会議の中継もしようと決め、Webカメラを調達。
会議ツールは、リンクからアクセスしやすいからgoogle meetに。
そんなわけで当日は、会場とWeb会議のハイブリッド開催で開催。
会場はマスク着用必須。
Web会議は縛りなし。
なんなら、会場のが来賓の方の顔がわからないのではないか、と言う感じでした。
\(^o^)/メデタシ メデタシ
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ということですが、本題に戻ります。
インターネットが代替え不可のライフラインとなった話として一例を紹介しました。
新型コロナをきっかけで社会全体で今あるテクノロジーを最大限活用して生活の継続を試みました。その結果、生活のあらゆる場面で(スマホ含む)インターネットファーストになったように思います。日常の面談は対面より、Web会議のが確実に多くなりました。買い物は買うものが決まっているものは迷わずオンラインショッピングになりました。
こらはインターネット環境の大きなも変化と思います。
当初の目標だったGW中の完遂からギリギリはみ出す形となりましたが、なんとか走りきりました。
7回にわたる長文でしたがお付き合いいただきありがとうございます。