新 紫微斗数 星曜派 飛星派 欽天四化「宮立命 宮巫女」

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人生の終焉に願うこと

2019年08月27日 | 占い 紫微斗数

人生の終焉に願うこと

 

ある女性が余命を医師から告げられました。

 

今から二年前に私が、ある女性のご相談を受けたのが始まりでした。

 

その、ご相談は家族問題でした。

家族は母一人、娘二人の三人家族でした。

ご相談は妹さんからでした。

お母さんは70歳代後半、お姉さんは40歳代後半で、当事者の娘さんは40歳代半ばです。

 

家族三人の命盤をテーブルに広げての鑑定です。

妹さんの悩みは、母と姉のことです。

 

幼少期からお姉さんは気性が激しく、常に母親と衝突していました。妹さんは姉とは真逆でとてもやさしく、母と姉のバトルの仲介をずっとやってきたのです。

 

幼少期には、常に姉が母親に殴られたりしているのを、妹の方は見て来ました。母親は娘二人を抱えた母子家庭でした。

 

最近は母親も高齢ですので、いくら腹が立っても姉を殴ることは無くなりましたが、逆に口論には激しさを増してきたと言う訳です。

 

三人の命盤を分析しましたら、母親は「化権タイプ」、姉も「化権タイプ」、妹は「化科タイプ」でした。

これでは、母親も姉も何かにつけて衝突する訳です。

妹は「化科タイプ」ですから、二人が激しい口論をしているのを見て見ぬ振りが出来ないのです。

母と姉のバトルの原因は、妹から言わせるとつまらない事だというのです。

例えば、漬物の切り方とか、箸の並べ方が気に入らないというような事。

 

妹の話では、幼少期には姉は「多動」などが有り、いわゆる発達障害的であるという。そういう特性を理解できない母親がイライラして姉を殴ることが多かったという。母親も二人の娘を食わして行かなければ成らないので苦しかったのでしょう。

 

もっとも妹も自分も発達障害だろうと自覚を持っていました。

ただ、その特性が姉とは真逆で、人の言いなりに成って振り回されるタイプだという事でした。

 

確かに妹は「化科タイプ」ですから、人に意見など言うことは出来ないで命令される側に成ってしまいます。それでいて情に流されますから、母と姉が喧嘩していると放って置くことが出来ずに、泣きながらでも二人を鎮める役に回ってきたようです。

姉と母のバトルは、常に妹のストレスを生んでいました。

 

母も強情で決して自分が譲歩することは有りません。

姉も同じですから、これではいつまで経っても和解は有りません。

 

姉は、一度は結婚しましたが、性格的なことが原因で離婚して母親の元に戻って来ているのです。姉は生活が苦しくて母の元に居ることが楽なのです。

妹も健康問題を抱えているために常に体調が悪く、母の元で暮らしてきました。

そういう意味では因縁の家族です。

 

そんな家族問題のご相談を受けて、家族の性格、役割などを分析して、妹なりの在り方をアドバイス差し上げました。

 

まあ、妹さんにアドバイスはしても、二人のバトルが止む訳ではありませんので、妹なりに思考を変えていくことで、少しは気持ちが楽になるのかなとは思いました。

 

しかし、なかなか妹さんのストレスは止むことは無く辛い日々を過ごしていました。

 

そんなとき、姉さんに乳癌が見つかりました。

摘出手術を受けましたが、ステージが進んでいて、転移の可能性もあるという事でした。

 

その時に、妹さんから姉さんの今後の病状の傾向を、鑑定依頼されて分析をしました。

鑑定の結果は思わしくない内容でしたので、あまりハッキリしたことは、お伝え出来ませんでした。

 

その時の鑑定の内容は、「2019年の秋(10月~11月)」が峠でした。私の個人的な主観では峠を越えるのは厳しいのでは、と感じましたが、そのようなことをお伝えすることは出来ませんので、確かな病院でシッカリ経過観察することをお勧めしました。

 

その後、お姉さんには腰の骨への転移が見つかり、脳にも転移しました。脳内に転移した癌は「ガンマナイフ」ですべて処理しましたが、予後はあまりよくありませんでした。

 

腫瘍マーカーは検査の度に上昇していて、ついに肝臓にも複数転移してしまいました。

日ごと痛みとの戦いです。

そんな状態になっても、母親と姉は激しい口論を日々続けていて、妹は自分が死んでしまいたいと言います。

 

 

さらに月日が過ぎて、姉の痛みは我慢の限界を超えるようになりました。

私は「緩和ケア」というものが有ることを伝えてあげました。

その結果、急遽入院して緩和ケアが始まりました。

 

今度は妹と母が姉の入院している病院へ毎日行きます。

そんな状態でも、姉は母の顔を見るたびに文句が出ます。

そういう状態ならば、母親の方は少しは考えれば良いのですが、文句を言われると母は言い返してしまいますから、二人のバトルは病室でも始まってしまいます。

この場に及んでもバトルを始める二人に、妹は情けなくなってしまいます。

 

痛みが増すごと、痛みを消す薬の量がどんどん増えます。

姉の痛みは軽減しましたが、体力は徐々に衰えて、徐々に大人しくなって母親に文句を言う気力も無くなって来たようです。

 

私は妹さんに伝えました。

姉さんがお母さんに常に文句を言っているのは、幼少期に散々に虐待されたことの仕返しみたいなものだから、お母さんが少しは控えれば良いのだよと。

姉さんは、心の奥ではお母さんに優しくされたかったんだよ。でも、こんな大人になってしまっては、今更そんなことは言えないし、本当は寂しいんだよ。

 

 

私は、お母さんにも言いました。

もうお姉さんに残された時間は少ないのだから、互いに素直になり、幼少期からの親子の辛辣な関係は解消して、お姉さんがこの世に生まれて来たことを、少しでも良かったと思えるように接してあげたら。と云いました。

お母さんは、私には「そうだねえ、本当にそうだねえ」と答えるけれど、親子三人になると「馬耳東風」となってしまうようでした。

 

 

そして、ある日、母と妹は姉さんの主治医から告げられました。

「お姉さんの余命は、後2週間だろう」と、

それを聴いたお母さんは、初めて落ち込んで涙を流したそうです。

 

私も驚きました。

姉さんの臨終の時になっても、お母さんは変わらないのではと、思っていましたから。

でも、数日したら、お母さんは姉さんとバトル再開していたそうです。

 

 

日にちが過ぎて、妹にも常に厳しく接してきた姉が、最近は少しは大人しくなったという。

 

私は今こそ、お姉さんと妹さんの絆を深める時だよ、と伝えました。

そして私は妹さんに言いました。

「ずっと嫌な事ばかりの姉さんだったかも知れないけど、この世で家族は姉さんとお母さんしか居ないのだよ、あなたは姉さんに優しくして欲しいと思う?」

妹さんは

「辛く当たってくる姉さんだったけれど、本当は仲良くしたかった」と、涙ながらに言いました。

「ならば、なおさらだよ。あなたから姉さんに、ありがとう姉さん、って言ってごらん、今こそ、妹さんあなたの本当の想いを姉さんに言うんだよ、ずっとずっと仲良くしたかったんだよ、言ってごらん」

「うん、言ってみる」、鼻水と涙の妹は頷いてくれました。

 

「そしてね、お姉さんと縁が戻ったなら、今度はお母さんと姉さんと三人で一緒に居る時にね、あなたが姉さんに言うんだよ、ありがとう、私お姉さんの妹に生まれて本当に良かった、って言うんだよ。あなたと姉さんが仲良く成れたのをお母さんに見せるのだよ、そうすればお母さんも涙すると思う」

少しは、お母さんも感じるだろう。

 

最後ぐらい、本当の親子姉妹、仲良くなれないと、何のために生まれて来たのか無意味になってしまう。

短い人生、何一つ楽しいこと無いなんて、寂しいよ。

せめて最後ぐらい手に手をとって涙を流し合おう


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