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○桜井城址(小浦喜平治忠重)安城市桜井町城阿原
大永7年(1527)地領だった小浦氏が屋敷を構えたのが始まりであり、その後岩津から松平親忠が安祥城を攻撃した際、この城も所有となった。
三男の親房を「桜井城主」としたが、後継ぎが無いため、兄松平長親の三男「信定」を養子にした。そして桜井松平の祖となり、信定以来6代80年続いたが、天正18年(1590)家康の関東移封に伴い、武蔵国松山城へ1万石で移り桜井城は廃城となった。
大永7年(1527)地領だった小浦氏が屋敷を構えたのが始まりであり、その後岩津から松平親忠が安祥城を攻撃した際、この城も所有となった。
三男の親房を「桜井城主」としたが、後継ぎが無いため、兄松平長親の三男「信定」を養子にした。そして桜井松平の祖となり、信定以来6代80年続いたが、天正18年(1590)家康の関東移封に伴い、武蔵国松山城へ1万石で移り桜井城は廃城となった。
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