今日は、CB72の誕生物語を話すよ
スポーツライダーの夢を実現してくれた
名前どおりのスーパースポーツ。
それがホンダCB72
1959年、世界一名高いレースだった <マン島TTレース>に挑戦したホンダは、 翌年1960年には、 マン島TTを始め世界2輪 GPでトップを争うまでに技術を急成長させていたんだ。1961年11月に、発売したのが、 ホンダドリームCB72スーパースポーツなんだ。 4サイクル250ccクラス では初めてのスーパースポーツの鮮烈な登場に、 ライダーたちの熱い想いが集中しヒット商品となったんだ。 その性能には、 この頃のホンダが少量生産した市 販レーサーCR71とこのホンダCB72は、 まったく同じパワー数値を持っていたんだ。 空冷2気筒OHCエンジンの最高出力は24PS。 リッターあたりほぼ100馬力を、この時代に 達成している。 その時のエンジン回転数9000rpm。 これまた、 驚異的な高回転なんだ。
まだOHVが常識となっていた時。ホンダは2気筒 、しかもOHCエンジンを造りあげて搭載したのである。
このホンダ初の2気筒エンジンは、 スーパースポーツ用に徹底的にリファインされたんだって。 フレームは、 CB72 のために新設計したパイプフレームのバックボーンタイプになり、 フロントサスペン ションも、 レース経験を生かした剛性の高いテレスコピックとなっているんだ。 リアのスプリングは3段に調節できるものを、早くも装備していた。
CB72は気難しく乗りにくいマシンではなかった。 CR71に匹敵する速さを持ちつつ、 一般道路での使いやすさをたっぷり持っていたのだ。これが父ちゃんがレストアしているバイクだぞ出来上がるまでがんばってくれ
スポーツライダーの夢を実現してくれた
名前どおりのスーパースポーツ。
それがホンダCB72
1959年、世界一名高いレースだった <マン島TTレース>に挑戦したホンダは、 翌年1960年には、 マン島TTを始め世界2輪 GPでトップを争うまでに技術を急成長させていたんだ。1961年11月に、発売したのが、 ホンダドリームCB72スーパースポーツなんだ。 4サイクル250ccクラス では初めてのスーパースポーツの鮮烈な登場に、 ライダーたちの熱い想いが集中しヒット商品となったんだ。 その性能には、 この頃のホンダが少量生産した市 販レーサーCR71とこのホンダCB72は、 まったく同じパワー数値を持っていたんだ。 空冷2気筒OHCエンジンの最高出力は24PS。 リッターあたりほぼ100馬力を、この時代に 達成している。 その時のエンジン回転数9000rpm。 これまた、 驚異的な高回転なんだ。
まだOHVが常識となっていた時。ホンダは2気筒 、しかもOHCエンジンを造りあげて搭載したのである。
このホンダ初の2気筒エンジンは、 スーパースポーツ用に徹底的にリファインされたんだって。 フレームは、 CB72 のために新設計したパイプフレームのバックボーンタイプになり、 フロントサスペン ションも、 レース経験を生かした剛性の高いテレスコピックとなっているんだ。 リアのスプリングは3段に調節できるものを、早くも装備していた。
CB72は気難しく乗りにくいマシンではなかった。 CR71に匹敵する速さを持ちつつ、 一般道路での使いやすさをたっぷり持っていたのだ。これが父ちゃんがレストアしているバイクだぞ出来上がるまでがんばってくれ
SS992です。私の父もライダーでした。
ただ、私と違い2stが好きでスズキのコレダ250、同じくスズキのT-500(メタリックオレンジ色しかなかったんですよ。はずかし~い!!)
私は生粋のHONDA党です。(DUCATIはバイクじゃありません。ナンチャッテ!)
私がまだ7才の時だったんですね。CB72が発売されたのは。確かキャッチコピーは「80km/h以下では5速(4速?)に入りません。」だったような。徹底的なスポーツマシンでした。それとクランクの位相が180°のレーサータイプと360°のノーマルタイプがあったはずです。数年前海老名のSBで実物に再開して感動したのを思い出します。当時は加工技術の問題でガソリンタンクが縦二つ割りだったことも懐かしく思い出しました。レストアしてるんですか。 それは楽しみですね。出来たらブログで見せてください。