人の口に戸は立てられないと言われるが、噂はすぐ広がってしまう。人間の恋愛は自由である筈であるが、まだまだ個人情報保護などあったものじゃなかった時代の話で先生もさぞう困ったことであろう。現代では個人情報保護に関する法令の下で他の規範の遵守徹底を図り、個人情報の保護に関する規程を整備し、個人情報の取扱いについて明確な規律を定め周知徹底していることで、たとえ噂話は聞いていても知らない振りをするのが現代の風潮かもしれない。
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老 先 生 の ロ ー マ ン ス
薄暗い教室のうちで、春夏秋冬、粉屋の亭主の白墨の粉にまみれて源氏物語や古事記をお説になる先生方には如何に考えてもうら若い青春の日があったと思えない。そうかといって、皺くちゃの梅干にも春の魅かの床しい花の色に鶯の心を魅せた春もあるものを、阿保さまの腹のなかから髯黒く骨秀でて白墨持ったまま呱々の声あげられたと想像するのも師に対する道であるまい聞くところによれば先生方の宴会の興至れば、
「俺にだって一つや二つくらいローマンスはあったよ、」
と感慨にたえないような昔がたりが、はづむそうだ。
「老先生のローマンス、人づてに聞いたままになれば吾輩は真偽を証する責に任ぜないことを断っておく。
先生にも青春の日はあった。
単に大学の首席を譲ったことのない優等生として級友の羨望を一身に集めたのみならず天稟の文章の才に年を逐って陸離たる光彩を増して来た。生まれもったる天才がこの華やかな若い日に巡り合ったる悦びに、思いを凝らして書き表す詩歌文章が幽麗優美、豊かな詞藻の世の賛美をうけたことは想像にあまりある。
新聞や雑誌に先生の作品が載せるらるる毎に歎賞措く能わざる人々は密かにその風采を想望した。
男たちは遠近から自ら文を求めて光彩とし、若い女性等は深窓の裡に幾多の小さい胸にあこがれの炎を焦がしたであろう。
先生の通っている大学の教授であるさる博士に世にも美わしい令嬢が負わした。学校の行き帰りのお友達の勧めによって、一度先生の作品を読み給える日から、何となく物思う乙女となってしまった。苟しくも世におみな児と生まれたるからは、せめて・・・・。
思い悩む心のうちに消えては見ゆる幻の姿が、わが最愛の父上の教え子と知りたる上は嬢の悩みは日に増し深く、燃えるばかりの望の可能性が他に比し多いと思えば嬢の心は弥々千々に乱れてくる。
「ねえ、阿父様」
遂に嬢の心は阿母様から父博士の耳に伝えられて、直接談判は毎日博士と嬢との間に起きるようになった。父博士は苟しくも一生一代の大事を軽率に決することをなさなかった。娘の心を察するに余りある。けれども娘をよく知るものも父博士の君であった。けれども泣く子と地頭には勝てぬ声画、博士も遂に心動かさざるを得なかった。
「いいえ、私よく知ってますわ。・・・・・」
それから暫くしてから若き天才の写真一枚、恋いに悩める嬢の手に慈しみ多き父君の手によって渡された。そして曰く
「嬢や、お前もよく知ってる通りこの写真の主が、お前の恋人だ。顔形はよくないが天分は頗る豊かぢゃ。どうぢゃ、では是非ともこの人の嫁御になるというんだな」
娘は一日、写真を見た。そして
「わたし、もう如何でもいいわー」
その後写真は無事に先生の手にかえされた。
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老 先 生 の ロ ー マ ン ス
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薄暗い教室のうちで、春夏秋冬、粉屋の亭主の白墨の粉にまみれて源氏物語や古事記をお説になる先生方には如何に考えてもうら若い青春の日があったと思えない。そうかといって、皺くちゃの梅干にも春の魅かの床しい花の色に鶯の心を魅せた春もあるものを、阿保さまの腹のなかから髯黒く骨秀でて白墨持ったまま呱々の声あげられたと想像するのも師に対する道であるまい聞くところによれば先生方の宴会の興至れば、
「俺にだって一つや二つくらいローマンスはあったよ、」
と感慨にたえないような昔がたりが、はづむそうだ。
「老先生のローマンス、人づてに聞いたままになれば吾輩は真偽を証する責に任ぜないことを断っておく。
先生にも青春の日はあった。
単に大学の首席を譲ったことのない優等生として級友の羨望を一身に集めたのみならず天稟の文章の才に年を逐って陸離たる光彩を増して来た。生まれもったる天才がこの華やかな若い日に巡り合ったる悦びに、思いを凝らして書き表す詩歌文章が幽麗優美、豊かな詞藻の世の賛美をうけたことは想像にあまりある。
新聞や雑誌に先生の作品が載せるらるる毎に歎賞措く能わざる人々は密かにその風采を想望した。
男たちは遠近から自ら文を求めて光彩とし、若い女性等は深窓の裡に幾多の小さい胸にあこがれの炎を焦がしたであろう。
先生の通っている大学の教授であるさる博士に世にも美わしい令嬢が負わした。学校の行き帰りのお友達の勧めによって、一度先生の作品を読み給える日から、何となく物思う乙女となってしまった。苟しくも世におみな児と生まれたるからは、せめて・・・・。
思い悩む心のうちに消えては見ゆる幻の姿が、わが最愛の父上の教え子と知りたる上は嬢の悩みは日に増し深く、燃えるばかりの望の可能性が他に比し多いと思えば嬢の心は弥々千々に乱れてくる。
「ねえ、阿父様」
遂に嬢の心は阿母様から父博士の耳に伝えられて、直接談判は毎日博士と嬢との間に起きるようになった。父博士は苟しくも一生一代の大事を軽率に決することをなさなかった。娘の心を察するに余りある。けれども娘をよく知るものも父博士の君であった。けれども泣く子と地頭には勝てぬ声画、博士も遂に心動かさざるを得なかった。
「いいえ、私よく知ってますわ。・・・・・」
それから暫くしてから若き天才の写真一枚、恋いに悩める嬢の手に慈しみ多き父君の手によって渡された。そして曰く
「嬢や、お前もよく知ってる通りこの写真の主が、お前の恋人だ。顔形はよくないが天分は頗る豊かぢゃ。どうぢゃ、では是非ともこの人の嫁御になるというんだな」
娘は一日、写真を見た。そして
「わたし、もう如何でもいいわー」
その後写真は無事に先生の手にかえされた。
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