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▲フランス革命は正しかったか



1789年7月14日、フランスのバスティーユ(Bastille)監獄が攻撃され、フランス革命勃發。天明の飢饉による一揆、打ち壊しと時期的に近い。

永井豪の漫画『デビルマン』によると、革命が始まる3日前まで、アントワネットの精神世界には悪魔(デーモン)が潜んでおり、この悪魔はデビルマンによって始末された。デビルマンと飛鳥了は時空の外でデーモンを倒し、作品では4年後の処刑までがフィルムの早回しのように描かれた。

『ベルサイユのばら』によると、このバスティーユ監獄への攻撃で市民の側に立ったオスカルは戦死。この年の12月25日で34歳になる予定だった。「革命」とは暴動、内戦であり、暴徒が政権を取ったから「革命」と呼ばれるのである。

『女帝エカテリーナ』によると、このニュースを聴いたロシアのエカテリーナⅡは驚愕し、動揺し、心中(心の中)でこう叫んだ。「平民たちが国王を否定し自分たちで政治をやろうですって……!?」、「いったいどうして靴屋が政治に口出しできるというの!?」、「靴屋にできることは靴をつくることだけでしょう!!」、「パン屋の女に経済問題がわかるとでもいうの!?」
女帝はこう言うが、靴屋にもパン屋にも、現場のpolicy(方針、智慧、経営方針)があるだろうし、economy(節約)がわからなければ靴やパンの会計もうまくいかない。

また、「逆に、女帝には靴屋やパン屋の事情をわかっているか」という質問も可能である。アントワネットは「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と言ったとされるが、パン屋も小麦がなければパンもケーキも作れないだろう。

ただ、昨今の日本で民主政治を採用しながら、政治に素人の人間が簡単に知事や議員になり、それでいてなかなか政権交代が実現せず、格差社会が固定化している状況を見ると、エカテリーナの意見も、あながち、的外れとは言い切れない。「靴」や「ケーキ」に関して言えば、日本では衣食住に関わる業者が国の安全基準を守らず、勝手に安全基準の異なる海外の工場に委託し、政治や外交問題に影響するようになっている。

オスカルを含む革命派が叫んだ「自由(liberté)、平等(égalité)、博愛
(fraternité)」は78年後、1867年のパリ(Paris)を訪れた『獅子の時代』の登場人物たちに受け継がれた。しかし、「自由」はもたらした銃の乱射事件や食の安全神話の崩壊、さらに自由市場経済による格差の擴大を見れば、冷戦後は社会主義だけでなく自由主義も破綻しているように見える。

フランス革命直後、エカテリーナはフランスの哲学がロシア国内に行き渡らぬよう、新聞や公文書でフランス革命に触れることを禁じ、市民による政治論議も禁止したらしい。初め、女帝を支持していた人たちも、この「焚書」アカデミーダーシュコヴァを始め、何人かが離れていったようだ。寛政の改革(1787~1793)の「異学の禁」に近い。

Wikipedia「オスカル」年表

徳川吉宗と大岡忠相、平賀源内
9代家重と大岡忠光、平賀源内
大黒屋光太夫、寛政の改革、アントワネット、エカテリーナの時代
フランス革命は正しかったか
『おろしや国酔夢譚』『ラ・セーヌの星』『ダントン』

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2008年2/25 2/27 2/28

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