gooブログ ものがたりの歴史 虚実歴史

昭和60年代と平成ひとけた(一桁)


「昭和の名曲」はよく紹介されるが「平成の名曲」という分類はまだ
余り聞かない。

昭和の最後の10年を考えると、これはどんな時代か。
1979年1月8日から1989年1月7日までとすると、江川事件から10年間で
あった。
1979年は昭和54年である。

昭和の末は1980年代と重なる。
昭和60年代は1985年1月1日から1989年1月7日までの約4年間であった。

レベッカが昭和60年(1985年)に「フレンズ」を出している。
翌年、昭和61年(1986年)にハレー彗星接近。
レベッカが「76th Star」という歌を歌ったようだ。調べると、接近の前年1985年11月に出たアルバム『REBECCA IV ~Maybe Tomorrow~』に収録されている。

中村あゆみが昭和60年(1985年)に「翼の折れたエンジェル」を出している。
平成元年(1989年)には「ともだち」も出た。

久野かおりは昭和63年(1988年)デビュー。
平成元年(1989年)にアルバム『SINCERE』(「Time Is Up」収録)が出ている。
平成3年(1991年)に『Rose』が出ているが
これは飯島真理が昭和58年(1983年)に出したデビューアルバムと同タイトルである。
平成8年(1996年)に『LUNA』(「月の砂漠から」収録)が出ている。

よく似た名前で、川村カオリは、やはり昭和末期にデビューし、主な活動は平成初め。
平成3年(1991年)に昭和の名曲「翼をください」のカバーを出している。
個人的には「あの素晴らしい愛をもう一度」とともに、中学校の合唱際で習った歌だ。

昭和60年(1985年)にデビューした中山美穂は平成4年(1992年)にWANDSとのユニットで「世界中の誰よりきっと」を歌った。
昭和のアイドルポップスの終焉を意味した歌であろう。

昭和59年(1984年)にデビューした吉川晃司は平成元年と同2年に
COMPLEXとして活動。
やはり昭和59年(1984年)にデビューした長山洋子は昭和61年(1986年)に「ビーナス」を歌うなど、一時ロック路線に入ったが、平成5年(1993年)に「蜩(ひぐらし)」で演歌歌手になった。

昭和58年(1983年)にデビューした太田貴子はやはり昭和62年「街角のビリー・ザ・キッド」などでロック路線に入ったが、その後、平成3年(1991年)に
アルバム『LOVE,YA』を出して一時、引退。
平成11年(1999年)に『快進撃TVうたえモン』に出演。久々のテレビ出演だったようだ。

昭和58年(1983年)に「ギザギザハートの子守唄」でデビューしたチェッカーズは、昭和61年(1986年)の「NANA」から自作曲をシングルA面にした。平成4年(1992年)に解散。
平成9年(1997年)に藤井兄弟でF-BLOODを結成、翌平成10年(1998年)に「SHOOTING STAR」を出している。

平成ひとけたと1990年代の場合、1の位の数字だけ比べると西暦より平成が2多い。

本田美奈子は昭和61年(1986年)デビューである。

ポケベルと携帯電話

Y!Blog
昭和60年代~平成ひとけた生まれ
西暦と平成の対照(1990年代前後)
西暦と平成
「昭和60年代」の電話とポケベル

T-Cup掲示板
昭和60年代、70年代、80年代、平成一桁、平成10年代、平成20年代

前後一覧
2011年9/2 9/2~6 9/5 9/6

関連語句(Y!Blog)
平成 
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「1980年代~90年代~20世紀末」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事