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『カーネーション』第13週

終戦の年の3月15日。
岸和田は空襲を免れたが大阪も空襲を受けたとの新聞報道。
防火訓練は週1回から週2回に。

ナレーションでB29は100何十機も来るからバケツの水でらちがあくかという内容。
戦時中の人は戦争をバカらしいと思いながら戦争に反対できなかったようだ。

年取った婆さんが「私はこの家で死ぬ」と言って引っ越しを拒否。家族が強制的に連れ出した。東日本大震災のときも似たようなことがあって、助けようとした人も津波に呑まれた。何でも人命尊重でなく、緊急事態には本人の希望を尊重すべき場合もあるだろう。

話の後半で梅雨に入った。

引っ越し先でムカデが出た。

7月、糸子に封書。届けた人が「ご愁傷様です」。
宛先が「小原糸子殿」。「絲子」でなく「糸子」。
当時から「糸」という字体が使われていたようだ。

関連語句
カーネーション

参照
『カーネーション』の糸子
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