09.恋心
いつものように庭木の刈り込みをしていると、一匹のプードル犬が傍らに座っていました。
目の前の髪の毛が視界を遮っていたので、エドワードは優しく切ってあげました。
すると、身体の方の毛も無性に切りたくなって、全身ヘアカットします。
前衛的なヘアカットに仕上がりました。
素敵にグルーミングされました。
そのデザインが評判を呼び、エドワードのもとにはたくさんのお客さんが押し寄せてきます。
ジョイスは自分の髪を切ってほしいとエドワードに哀願します。
エドワードが毛をカットしている時、切った髪はふわふわと綿のように浮き上がります。
どのような演出なのでしょうね。
どんなに奇異と見られる特徴でも、その人の長所や能力として認める寛大さがアメリカ映画にはありますね。
どんな人に対してもその存在の価値を見出してあげるという温かい心があります。
ペグもエドワードに髪を切って貰います。
そうやって人との交流も、少しずついろんなことを許し合って互いの距離を近づけていくのだと思います。
母の髪型を見て驚くキムでしたが、エドワードに対してまだよそよそしさがありました。
エドワードは街で近所の人と買い物をしている時、キムがボーイフレンドを連れて歩いているのを見ました。
いつしかエドワードの心の中にはキムへの恋心が芽生えていました。
エドワードが買い物から帰ってくると、家の鍵を無くしたキムが中に入れず困っていました。
エドワードはハサミの一番尖ったところを鍵穴に差し込み、鍵を開けることに成功します。
想った相手の役に立てたエドワードはとても嬉しくて光栄に思ったにちがいありません。
エドワードとペグはテレビ出演します。
会場からの質問が来ます。
質問者A:「町の生活で得たものはなんですか?」
エドワード:「いい友達です」
会場からは温かな拍手がエドワードに向けられます。
質問者B:「整形手術を受けようと思った事はありますか?いい先生がいるのよ」
エドワード:「ぜひ紹介して下さい」
エドワードはどの質問にも丁寧に優しく答えました。
質問者C:「あなたは整形したらフツーの人になってしまうわ」
エドワード:「知ってます」
質問者D:「特別な人でなくなり、もてはやされないわよ」
ペグ:「私にはいつも特別な友人です」
ペグとエドワードは顔を合わせて微笑みました。
お互いの愛情の交換ですね。
このように間接的であれ直接であれ、いつも相手に感謝と愛情を示すことの大切さを教えてくれます。
人の価値は能力があろうがなかろうが無関係だということです。
そばにいるだけでもとより大変な価値なのですね。
質問者E:「ヘアカットがお上手だけど美容院を開くおつもりは?」
エドワードは楽しそうにハサミをチョキチョキしながらハニカミました。
質問者F:「恋人はいますか?」
キムと恋人のジムはテレビでその様子を見ていました。
ジム:「君のことだろ?」
ジムはキムをからかって言います。
キム:「冗談はやめてよ」
司会者:「心を惹かれている女性がいますか?」
エドワードはカメラ目線で正面を見つめます。
そのエドワードの目をキムはブラウン管越しにじっと見つめてました。
数秒間の沈黙がエドワードとキムを包み込みます。
不意にエドワードのハサミがマイクのコードを切ってしまい、ショートしてエドワードは椅子から倒れ込みました。
ジムは思いっきり大笑いしました。
キム:「笑うなんてひどいわ」
キムの中のエドワードの存在が大きくなっていくのが分かります。
10.後ろめたい気持ち
ジョイスとエドワードは美容院の貸店舗を訪れます。
そしてジョイスは奥の部屋でエドワードを誘惑します。
パニックになってしまったエドワードはジョイスを置いて出てきてしまいました。
ジョイス:「戻りなさい!エドワード!」
ペグとエドワードは店を開業するために銀行に交渉に行きます。
しかしエドワードは社会保険番号を持っていないため、信用がなく融資を拒否されてしまいます。
銀行員:「社会保険番号もない。存在してないのと同然だ」
人は自分の存在を気薄に思う瞬間があると思います。
独り孤独なとき、大きなチャレンジに失敗したとき、失恋したときなど、いじめにあったとき、つらい病気になってしまったとき。
状況は人によって様々です。
今の空虚なエドワードをこういった皆さんの様々な状況に当てはめてみることができると思います。
そして必ず陥ってしまうことは「自己蔑視」です。
その気薄な存在を消してしまおうという、もう一人の自分が出てきてしまう。
長く切れ味の鋭いハサミで自分自身にその刃を向けてしまう。
皆さんも経験があると思いますが、その方がとても楽なのです。
どうせ私なんかと痛みの原因である自分を抹殺することがとても気持ちのいいものとなるのです。
『私なんかいない方がマシだよね』
何で気持ちよくなるのか?
それは身体が脳内になんらかの神経伝達物質を流し、脳が傷つくのを防いでくれているからだと思います。
身体にとって脳にとって、自分を傷つけることは危険な状況なのです。
『自己蔑視』は身体によくないのです。
心も身体の一部だということを知っていただきたいなと思います。
大事にして下さい。
愛情を受けて育てられた幸運な人、いつも自信があり「自己肯定感」などという言葉の意味すら分からないという人は恵まれた人です。
何十億円よりすばらしいものを親から受け取っているのです。
ですが世の中にはそういったものを受け取ることができずに今日まで懸命に生きてきた人たちがいます。
「いきづらさ」をどことなく感じながら、自分だけかもしれないとひた隠しにしながらそっと生きている人たち。
そういった方々によく我慢して今日まで頑張って生きてきたと言ってあげたい。
誰からでも愛情が欲しくて欲しくてたまらない。
でも一方では自分なんかが受け入れて貰えるのかという不安を抱えている。
相手の言葉や行動に神経を尖らせて、嫌われていないかの永続的な確認作業。
精神力を費やし疲れきってしまう。
受け入れて貰えていると感じれば、幼児のようにべったりと相手にくっついてしまう。
歯止めが効かない引力で気を許した相手に惹かれてしまう感情。
そしてそこに必ずくっついてしまう「嫉妬心」「胸の中の小さな地獄」。
荒れ狂うほどの不安感が襲いかかります。
人との距離感(距離間)を取るのに苦労している人たちがいるのです。
エドワードというハサミ人間は孤独な人の『心のカタチ』です。
ジョイスを置き去りにした辺りを境に、エドワードは人の怖さを知っていきます。
自分への態度が180度変わってしまいます。
自分への『拒否』だと捉えてしまうのです。
人との立ち位置が分からなくなってきます。
次第にエドワードは気持ちが傷つかない独りだけの『安全基地』に戻ろうとしていました。
ペグ:「心配しないで、お金は作れるわよ」
ペグはとても優しい友人です。
11.エドワードの沈黙の理由
キムの恋人ジムはエドワードを利用して、保険金目当てに自宅の車を盗むことをキムに話します。
そして夜中にジム、キム、エドワードは侵入します。
キム:「エドワード、あなたはここがジムの家だと知ってるの?」
エドワード:「盗まれたものを取り返しに行くんだよね」
ジム:「そうだ。盗まれた物を取り戻す」
エドワード:「親と話をしたらどう?」
ジム:「そいつの親も腹黒い奴でブツを返さない」
エドハードたちはジムの家に侵入し、鍵のかかった部屋の鍵の差し込みにハサミを差し込んでドアを開けます。
エドワードは一人、部屋の中に入りました。
ジム:「チクショウ!防犯ベルだ!」
キム:
「エドワードはどうするの!?」
「エドワードを助けて!」
「ジム、あなたの家なのよ。戻って説明をして!」
ジム:「バカ言うな!おやじに送検される」
キム:「息子を?」
ジム:「そういう親なんだよ!逃げろ!」
キム:「戻ってよ!」
その部屋は防犯システムで管理されていて、エドワードだけがその部屋に取り残されました。
防犯ベルが鳴り響き、エドハードは部屋に閉じ込められてパニック状態になりました。
キムはエドワードを助け出そうとしますが、キムはジムに無理やり抱えられます。
そしてジムたちはエドワードを置き去りにして、逃走してしまいます。
警官たちがエドワードを包囲しました。
警官:
「防犯ベルを止めるからおとなしく出て来い!」
「両手を高く、頭の上にあげろ!」
「手をあげろ!」
エドワードはゆっくりと警官の前に出てきました。
腕をあげた手には何十個ものハサミを携えており、そのハサミにはパトカーの赤いランプが近所中にその輝きを反射していました。
エドワードのハサミは「攻撃性」を意味します。
ですがそれは自分の身を守るためのハサミです。
何から身を守るのかと言う方がいるかもしれません。
それは自分以外のすべての恐怖の対象からです。
ネグレクト、過干渉、虐待、親から引き離された経験を持つ人は、あらゆるものを「外化」してしまい恐れないでいいものまで恐れてしまうのです。
野生の猫はこちらが近づくとすぐに逃げてしまったり、威嚇するのと同じです。
すべてのものが自分に攻撃してくると思いながら生きているのです。
子どもに自然と備わっている『防御本能』に対して母親が『無償の愛情』で包み込むことで、安心感を与えて社会との交流が可能になります。
アメリカの精神学者、ジョン・ボウルビィによって提唱されているものです。
その本能的な防御は、形容すれば心のコップの水が表面すれすれまで一杯になっている状態です。
神経過敏で感じやすく、警戒心にほとんどのエネルギーを費やして生きています。
警官:
「ナイフを持ってるぞ」
「武器を捨てろ!」
「その手の武器を捨てろ!」
「最後の警告だぞ!その手の武器を捨てろ!」
「捨てないと撃つぞ」
「撃ち殺されたくなきゃナイフを捨てろ!」
「なんてサイコ野郎なんだ」
接近を止めないエドワードを警官は正当防衛で撃とうとしました。
近所の優しい婦人が警官に駆け寄って言いました。
婦人:
「撃たないで!あれは手なのよ!」
「お願い撃たないで!」
警官:「手錠をしろ!」
世の中には色々な人がいます。
ジムのようにエドワードの弱さを嗅ぎつけ利用する者がこの社会にはたくさんいるということは事実です。
そういった弱き者の心の寂しさに目をつけ、何もかも搾り取っていく人種がいます。
ですが、孤独なお城からエドワードを誘い出したペグや温かく迎え入れた夫ビル、そして警官に必死に訴えかけた婦人。
わたしはいつも「愛ある人」と呼ぶことにしています。
こういった愛ある人が世の中にはたくさんいることを忘れないで欲しいです。
そういった人を見つけて、大切に交流してもらいたいです。
あなたの心になんとも言えない安心感をもたらせてくれます。
そして同時に「愛ある人」には依存できないなという威厳みないなものも持っています
そういった人との信頼感によって、やがて手のハサミは柔らかく温かい握手やハグができる指に変わってくると思うのです。
留置所に収監されたエドワードをペグとビルが迎えにきます。
ペグ:
「エドワード」
「許して、私が悪かったのよ」
ビル:「一体なぜこんな事を?」
ペグ:「私がジムの家が裕福だとうらやんだからね」
何気ない会話ですが、ペグは自分に原因があったと心から思っているんですね。
これが相手に寄り添った態度なんだろうなと感じます。
相手を包み込むとはこういうことなんだと感じます。
相手の立場になって考える。
なかなか大変なことです。
ビル:「盗んでどうしようとしたんだ?」
ペグ:
「美容院の資金を作る気だったのよ」
「でもまさかこんなことをするなんて...」
「人の物を盗むのは悪い事なのよ」
ビル:「こういうやっかいな事になる」
ペグ:「きっとテレビ番組で思いついたのね」
ビル:「そうに違いない」
ペグ:「それとも誰かに言われたの?」
エドワードは口を固く閉ざし、真実を誰にも言いませんでした。
警官:「先生、それでこの男の精神状態はどうなんだ?」
精神科医:
「育った環境のせいで善悪の観念がないのだ」
「それを教える者がいなかったんだ」
「植木やヘアカットからも分かるとおり、彼は極めて想像力豊かな大物だ」
「だが現実に対する認識が欠如している」
『現実に対する認識』とは置き換えて言うならば、経験によって得られる『生きる知恵』だと思います。
世の中にはやって良いことと悪いことがあること。
いい人と悪い人がいること。
自己開示してもいい『重要な他者』と安易に心を開いてはいけない『その他の人』がいること。
相手にも自由な意思があり、尊重すること。
相手が自分の思いと違うことをすることと、愛されていない(拒否されている)というのは全く異なること。
警官:「社会に戻しても支障がないと思います?」
精神科医:「大丈夫だろう」
警官:「君の事が心配だよ。十分に注意して暮らせよ」
エドワードの評判は一転して街中の人からの悪口が多くなります。
青色の婦人:「あたしも防犯ベルの音でびっくりして...」
ジョイス:「やはりこういう事をする奴だったのよ」
緑色の婦人:「もしうちだったら...用心しなきゃ」
エズメラルダ:
「だから悪魔の使いだと言ったでしょ?」
「あたしの警告が正しかった事が分かった?」
釈放されて家に戻ったエドワードはキムと顔を合わせます。
キム:
「戻ったのね」
「ひどい目に遭った?」
キムはエドワードのそばに寄ってきて顔を覗き込みます。
キム:
「怖かった?」
「ジムに『戻って』と頼んだけど、聞いてくれなくて」
「黙っててくれたのね」
エドワード:「いいんだよ」
エドワードは優しくそして何処となく悲しげに言いました。
キム:「ジムの家だと知って驚いたでしょ?」
エドワード:「それは知ってたよ...」
キム:「本当に?なぜ承知したの?」
エドワード:「君が頼んだから...」
キムは驚きを隠せませんでした。
エドワードはただキムに好かれたかった。
それが犯罪に同意した理由でした。
エドワードもキムも互いに心を許し、心の距離を縮めはじめます。
12.胸の中の小さな地獄の炎
しかしそこにジムがやって来て、彼女は彼の元に駆け寄ります。
それを見たエドワードは荒れ狂うように、ハサミで家中のものを傷つけます。
嫉妬の心、胸の中の小さな地獄の炎が煮えたぎります。
夕食時、エドワードはビルに優しく諭されます。
ビル:
「カーテンやタオルはともかく、信頼はそう簡単には取り戻せない」
「善悪のけじめを教えよう」
「道で札束の詰まったカバンを見つけた時、君ならどうする?」
「A. 君が頂く」
「B. 友達や愛する者にプレゼントを買う」
「C. 貧乏な人にあげる」
「D. 警察に届ける」
キム:「パパ、やめて。可愛そうよ」
ケビン:「僕は頂く」
ペグ:「あなたは黙って!」
ビル:「エドワード、どうする?」
キム:「食事の後、ボウリングに行かない?」
キムは可哀想なエドワードを見て必死に話題を変えようとします。
ビル:「エドワード、答えてくれ」
エドワード:「愛する者にプレゼントを...」
ビルは残念そうに首を横に振ります。
キムは慈しんだ目でエドワードを眺めていました。
ペグ:「それが正解と思えるでしょうけど違うのよ」
ケビン:「バカだな。警察に届けるんだよ」
ビル:「ケビンが正解だ」
キム:「なぜプレゼントが悪いの?私だってそうしたいわ」
ビル:「やめろ、彼がいっそう混乱するよ。余計なことを言うな」
キム:「でもマジにそう思わない?」
ビル:「今は善悪のけじめの話だ」
ペグ:「あんたたちと暮らしてりゃ、善悪が混乱するのは当然だわ」
キムは花壇の花を優しく手入れするエドワードをじっと見つめていました。
キムを演じる女優のウィノナ・ライダーは、幼い頃両親がヒッピーだったことでコミューンと呼ばれる共同体で育ったそうです。
10代には「境界性パーソナリティ障害」を発症します。
その症状の中の一つに、『見捨てられることへの不安があり、孤独になるのが不安なので、相手に接近しようとする』という感情があります。
本作を演じる彼女の中にもそんなエドワードへの共感が演技に込められていたのは間違いないと思います。
このシーンのウィノナ・ライダー自身の気持ちもエドワードへの眼差しのなかに感じ取っていただけると思います。
ケビンが家に帰ってきました。
エドワードはじゃんけん遊びをして欲しくてケビンを誘います。
エドワード:「じゃんけんしようよ」
ケビン:「嫌だよ」
エドワード:「退屈かい?」
ケビン:「いつも僕が勝つんだもん」
ペグ:「エドワード、気にしないで」
何気ないシーンですが、エドワードは自分はやはり嫌われているんではないかと思ってしまうんですね。
ただ遊びたくないと言われただけなのですが、エドワードにとっては拒否されたと考えます。
こういった被害的な考えが人とコミュニケーションがうまく取れない人の中にあります。
「やっぱり僕なんかいないほうがいいんだ」という思考にどうしてもなってしまいます。
13.気持ちを伝えるということ
そうこうするうちにこの作品の世界ではクリスマスが訪れます。
この世界は雪は降らないらしく、各家庭ではクリスマスツリーの準備と同じくして白いコットンのじゅうたんを屋根に敷き詰めます。
綺麗な幻想的な世界です。
ある夜ペグとキムの母子は仲良くクリスマスツリーの飾り付けをしていました。
ふとキムが外を窓越しに見ると降るはずのない雪が降っていました。
この世界ではありえないことです。
キムは誘われるように外に飛び出します。
庭でエドワードが素敵な氷の天使の像を彫っていたのです。
その雪はハサミで氷を削った氷のスプラッシュでした。
エドワードの冷たい氷の中に閉じ込められた心には、天使の優しさや温もりがあることをキムに表現しているようでした。
上手く人への愛情を伝えられないエドワードは彼独自の方法で愛を表現したのですね。
キムはエドワードの愛をしっかりと感じ取ります。
何て不格好な愛の表現でしょうか。
でもこれがエドワードの気持ちの表現方法です。
自分の気持ちを外に伝えるための方法を、辛い気持ちを乗り越えて自分だけの愛の伝え方を編み出したのだと思います。
キムは両腕を上げて、エドワードの愛を余すことなくすべてを受け止めるように、その雪を全身で感じていました。
14.また独り...
そこに急にジムが現れて、エドワードのハサミがキムの手のひらを傷つけました。
ジムはエドワードを家から追い出そうとしました。
ジム:
「お前なんか消えろ!」
「お前なんか消えちまえ!」
エドワードはキムを傷つけた被責感と叱責されることの恐怖心に心を支配されてしまい、その場から逃げるように立ち去ります。
キム:「エドワードは?」
ジム:「あいつは危険だ」
キム:「何てことをしたの!」
ジム:「君を傷つけたんだぞ!」
キム:「ジム、あんたなんか大嫌いよ!これきりよ、行って!」
ジム:「本気か?あんな化け物がいいのか?」
キム:「もうたくさんよ!行って!」
荒れ狂うエドワードはペグに着せてもらったワイシャツを切り刻んで脱ぎました。
人を型どった植木の足をちょん切り、車のタイヤにハサミを突き刺し、エズメラルダの家の前の植木を悪魔の姿にしました。
あの優しい警官が通報を受けてペグの家に訪ねてきました。
警官:
「奥さん、例の手の男はいますか?」
「留守ですね、わかりました」
警官は捕まえなければならないと言うように残念そうにいいました。
キムとペグは自宅でエドワードの無事を祈って自宅でじっと待機していました。
キム:「今は何時なの?」
ペグ:「20時半よ」
キム:「心配だわ。無事かしら」
ペグ:
「心配ね。彼を連れてきたのが間違いだったのよ」
「彼がどうなるか、想像してあげられなかった...」
「わたしはよく考えもせずに...」
「それに私たちや近所の人との事もね..」
「やはりエドワードは戻るべきなのかもしれない...お城へ」
「あそこなら安全だし、町の平和も戻るわ」
ペグは今、気弱になっています。
エドワードは野生の動物ではありません。
人間社会で上手くやっていけないから山に還すこととは違うのです。
ペグがエドワードを連れてきたのはエドワードが初めて交わした言葉「行かないで...」でした。
この言葉がエドワードの本心であり、寂しさから助け出して欲しいという切望だったと思います。
そういったエドワードの言葉や表情に共感して、ペグは家に連れてくることを決断しました。
『行かないで』なんて悲痛な叫びでしょうか。
愛する人たちのそばにただ一緒にいたい気持ち。
些細な陰口に必要以上に怯え、軽い注意を拒否と感じ、嫌われていないかと相手を見張り続け、人の顔色を伺いながら暮らす。
拒否されたと思い心が折れ、自分の存在の軽さに耐えられなくなる。
それはあなたのせいではないのです。
『基本的信頼感』というものが足りないのです。
赤ちゃんは、おなかが空く、オムツが濡れる、かまってほしい、眠たいのに眠れないなどと感じると、すぐに泣き出します。
お母さんは、赤ちゃんのために、おっぱいを与え、オムツを換え、目を見つめ、声をか
け、抱っこし、子守唄を歌い、添い寝するなど心をこめて世話をします。
このような相互のやりとりをくりかえすなかで、赤ちゃんの心は安心感でいっぱいになります。
安心感でいっぱいになった3〜4ヶ月の赤ちゃんは、あやすとよく笑うようになります。
赤ちゃんは、「この世はとても快適な場所で、人は信頼できる存在である」と感じ始めるのです。
言いかえると「あやすと笑う」ということは、赤ちゃんの心に発達心理学でいう「基本的信頼感」が赤ちゃんの心に芽生えたということを意味します。
「基本的信頼感」を土台にして、赤ちゃんの心は成長していきます。
すべての幸・不幸の原因と言っても過言ではないこの「基本的信頼感」。
これはもう貰えなかったのだから仕方がありません。
やるべきことが2つだけあります。
1️⃣
愛情を貰えなかったことを受け入れて、自分はこういう人付き合いになってしまうことを受け止めて、自分の感情や行動を許してあげること。
人は自己受容することで「貰えて当たり前」という気持ちがなくなり、「自分は持っていない」という気持ちから「十分に持っていた」という感謝に変わっていきます。
自分の幼児的欲求や感情に歯止めがかかります。
好きな人のそばにいるだけで「ありがとう」と思えるようになります。
自分は幼児のままだったのかと嘆くかもしれません。
ですが、この世の中に老年になっても3歳の幼子のように周りに愛を求めて孤独な人がどれだけいることでしょう。
恥じることでは決してありません。
成長するための「近道」や「魔法の杖」などどこにもないのです。
それほどこの「基本的信頼感」は価値の高いものであり、何十億円より価値があるものなのです。
2️⃣
「基本的信頼感」をたっぷりもらって生きてきた人を友人やパートナーに持ち、安心感を分けてもらうこと。
ペグのように「愛ある人」からその力をいただくのです。
いつもその人と一緒にいることで「愛ある人」の性質が似てくるのです。
もちろん母親ではありませんから何でも要求が通るということはありません。
この違いはとても重要です。
もう一度言います。
『母親とは違います』
全体重をかけて相手にもたれかかってはいけません。
相手はしっかりとした距離感とはっきりとした境界線を持っています。
ですが、あなたのすることをいつも認めてくれ、尊重してくれ、存在することを心から喜んでくれます。
この世にはそういう人があなたが思うよりたくさんいるのです。
諦めないで下さい。
そうすればあなたの中にも次第にゆっくりと「安心感」が生まれて来るはずです。
少しずつ「生きづらさ」が取れてくると思います。
氷が少しづつ溶けていきます。
15.家族
エドワードは暗闇の住宅街でぽつんと一人寂しそうに考え込んでいました。
そのそばにモフモフとした大型犬がエドワードを慰めるかのように近寄ってきました。
エドワードはその犬の目の視界までかかった長い毛を、優しく切り落としてあげました。
見渡しがよくなった犬の表情を見て、エドワードは微笑みました。
エドワードの寂しさが少し柔らぎます。
エドワードの目には出るはずもない涙がキラリと光っていました。
パトカーが巡回してエドワードを捜しています。
エドワードはペグの家に戻ります。
エドワードの背中に傷ついたその手をそっと置いてくれた人がいました。
キムでした。
エドワード:「ケガは大丈夫かい?」
キム:「あなたのほうこそ大丈夫?」
エドワードは黙ってうなずきました。
エドワード:「家族の皆はどこ?」
キム:「あなたを捜しに...」
家出した時に捜しに来てくれる家族。
家族はエドワードがどんな気持ちで独りでいるのか、心細くはないか、そのような気持ちを想像しながら必死に探し続けてくれています。
そうしたペグやビルに感謝ですね。
キム:「エドワード、抱きしめて」
エドワードは長く鋭い腕の中に輪っかを作り、キムを抱きしめようとします。
ですがエドワードはためらった顔でキムに言います。
エドワード:「できない...」
愛する人を傷つけたくないエドワードはこれ以上距離を縮めることを諦めます。
キムは自らハサミの腕を持ち上げてエドワードの胸の中に入りました。
キムはエドワードの心の葛藤を判っていました。
エドワードはキムを抱きしめ、愛する人の温もりを感じることがやっと出来ました。
辛く長い心の葛藤を乗り越えて。
ここでエドワードは昔のシーンを回想します。
おじいさんがクリスマスプレゼントの箱を開けると、人間の腕が二本入っていました。
おじいさん:「エドワード、クリスマスには少し早いがお前にプレゼントをあげるよ」
その手を興味深く見つめるエドワードをおじいさんは嬉しそうに眺めていました。
エドワードはその手にキスをします。
エドワードには至福の瞬間(とき)でした。
その直後、おじいさんは病で倒れそのまま死んでしまいます。
エドワードは自分が好意を持つと大切な人を失ってしまう気がしていたのかもしれません。
不運がまたもエドワードに訪れます。
酔っ払ったジムの仲間が運転する車にケビンが跳ねられそうになります。
それを見たエドワードは間一髪ケビンを救い出しますが、その時ケビンをハサミで傷つけてしまいます。
街中の人が集まって騒ぎ出し、キムはエドワードに苦悩の中で言いました。
キム:「逃げて」
エドワードはもう戻れないことを受け入れ、その場から立ち去りました。
パトカーの後ろを責め立てるように街中の人がエドワードを追いかけました。
ペグ:
「ケビンは大丈夫です。かすり傷よ」
「彼は行ってしまったわ。放っといてやって」
~PART3 へ続く~