内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/01/03

2022-01-03 15:11:44 | 日記
低血糖

1. 低血糖症状が出現する血糖値は人によって異なる.

・健常人では血糖 61-65 mg/dL で低血糖症状が出現する(Diabet Med 2008; 25: 245-254).

・低血糖症状を生じる血糖値は低血糖を繰り返す患者では低く,高血糖が続く患者では高い.そのため,低血糖を定義する血糖値を統一することは不可能である.米国糖尿病学会では,低血糖が重症化することを防ぐことを重視し, 血糖 <70 mg/dL を低血糖と定義している(Diabetes Care 2013; 36: 1384-1395).

・妊娠中は非妊娠時よりも血糖の正常値は 20% 低い(Am J Obestet Gynecol 2004; 191: 949-953)

2. 低血糖症状には自律神経症状と中枢神経症状がある.

・低血糖症状には自律神経症状と中枢神経症状がある.自律神経症状はアドレナリン作用によるもの(動悸,ふるえ,不安感)とアセチルコリン作用によるもの(空腹感,発汗,しびれ)がある.中枢神経症状は眠気や集中困難から始まり,重度になると痙攣,昏睡を来す.後述するように低血糖を繰り返すと自律神経症状を認めなくなるため,警戒する間もなく昏睡することがある.

・健常者における血糖値と低血糖症状の関係は以下の通り(Diabetes Care 2005; 28: 2948-2961 を改変).

血糖 <83 mg/dL
インスリン分泌の抑制

血糖 <68 mg/dL
拮抗ホルモン(グルカゴン, アドレナリン)の分泌

血糖 58-50 mg/dL
自律神経症状
・アドレナリン作用:動悸、ふるえ、不安感
・アセチルコリン作用:空腹感、発汗、しびれ

血糖 <50 mg/dL
認知機能障害(複雑な仕事が困難)

血糖 <27 mg/dL
意識障害、痙攣、昏睡

3. 医原性低血糖の原因薬物の9割以上をインスリンとSU薬が占める

わが国における2型糖尿病患者の重症低血糖の原因薬物で最も多いのはインスリン(60.8%)であり,次いで多いのはSU薬(33.1%)である(糖尿病 2017; 60: 826-842).

・SU薬による低血糖は HbA1c 7%以下の患者で多い(糖尿病 2017; 60: 826-842).

・SU薬による低血糖は80歳以上で多く,インスリンによる低血糖は70歳以上で多い(糖尿病 2017; 60: 826-842).これらの薬剤を高齢者に使用する場合は特に注意すべきである.

・SU薬使用は65歳以上,eGFR <45 mL/min/1.73 m2 では控えるべきである(Nat Rev Endocrinol 2016; 12: 222-232).

・SU薬による医原性低血糖は遷延するので原則入院である.ブドウ糖投与で帰宅させてはいけない.

・入院後は点滴で持続的にブドウ糖を投与する.10%ブドウ糖 100 mL/h で開始し, 血糖を確認しながら流速を調整すると良い.

・SU薬の中でもグリベンクラミド(オイグルコン®、ダオニール®)は作用時間が長いので使用しない.SU薬を使用する場合は少量のグリメピリド(アマリール®)かグリクラジド(グリミクロン®)にしておく.

4. 低血糖は死亡のリスク因子である.

2型糖尿病患者における血糖コントロールの心血管イベント抑制効果を検討したランダム化比較試験ACCORDでは,強化療法群で20%の死亡率増加を認め,試験が中断された.強化療法群では,標準治療の3倍の頻度で低血糖を認めたことから,死亡の原因は低血糖に起因する心血管イベントだと考えられている(NEJM 2008; 358: 2545-2559).

罹病期間の長い2型糖尿病における厳格な血糖コントロールの効果を検討したランダム化比較試験 VADT においても重症低血糖は90日後の死亡の予測因子であることが示された.重症低血糖の予測因子は長い糖尿病の罹病期間,インスリン治療,低BMI,心血管イベントの既往、尿中アルブミンクレアチニン比(albumin-creatinin ratio: ACR) 高値であった(NEJM 2009; 360: 129-139).

5. 低血糖を繰り返すと低血糖を自覚できなくなる.

・低血糖を繰り返すと,交感神経が低血糖に反応しなくなり,低血糖に気づけなくなる(hypoglycemia-associated autonomic failure; HAAF).HAAFが存在すると,重症低血糖のリスクが25倍以上増加する(NEJM 1983; 308: 485-491, Diabetes 1984; 33: 732-737).

低血糖を回避することによって2週間以内にアドレナリン分泌が回復し,3カ月までに無自覚低血糖は完全に回復するとされる(Treat Endocrinol 2004; 3: 91-103).

6. 低血糖と認知機能低下との関連は不明である.

・低血糖と認知機能との関連についての最も信頼できるデータは,1型糖尿病患者における血糖コントロールと合併症出現率との関係を調べたコホート研究である DCCT とそのフォローアップ研究から得られている.18年間にわたって経時的に包括的な認知機能検査を行われたが、重症低血糖の有無で認知機能に差はなかった(NEJM 2007; 356: 1842-1852).

・ACCORD MIND (Memory IN Diabetes)
においても経時的に認知機能が評価された.強化療法群では標準治療群の3倍の頻度で低血糖を認めたが,認知機能の低下については差を認めなかった(Lancet Neurol 2011; 10: 969-977).

7. 軽症低血糖時はブドウ糖内服, 重症低血糖時はブドウ糖静脈注射.

・血中に含まれるブドウ糖の量を知っておくと,低血糖時にどのくらいの量のブドウ糖を投与すれば良いかを考える上で参考になる.体重 65 kg の人の血液量はおよそ5 L (体重の1/13)である.Hct 45%とすると,血清量は5×(1-0.45)=2.75 L である.血糖値を 100 mg/dL とすると,血清中に含まれるブドウ糖の量は 2.75 (L)×1 (g/L)=2.75 g となる.ブドウ糖を経口摂取する場合,門脈内のブドウ糖の半分は肝臓に取り込まれるので、静脈注射した場合より2倍以上のブドウ糖を投与する必要がある.

・糖質の含有量はジュースで 500 mL あたり 50 g (10%),スポーツドリンクで20-30g
(4-6%),野菜ジュースで25-37.5 g (5-7.5%),アイスクリームは 200 mL (スーパーカップの容量)あたり 35 g (17.5%)である.因みにエルネオパ2号は 17.5% のブドウ糖を含む.いずれも血液と比べると桁違いの糖質を含んでいることが分かる.

・軽症低血糖時には 5-10 g のブドウ糖または同量のブドウ糖を含む清涼飲料水を摂取する.15分後も低血糖が続く場合は同量を追加する.

・第三者の介助が必要になる重症低血糖の場合は,静脈注射でブドウ糖を投与する.軽症低血糖の患者に50%ブドウ糖を静脈注射しないように.非常に浸透圧が高いので血管痛が生じる.

・意識障害をともなう低血糖に対して25%のブドウ糖液または10%のブドウ糖液を用いて 1 分ごとに5 g ずつブドウ糖を投与した場合,いずれも意識回復までの時間(およそ8分)には差がなかったが,10%ブドウ糖では中央値 10 g のブドウ糖が投与されたのに対し,25%ブドウ糖では中央値 25 g が投与された.処置後の高血糖は10%ブドウ糖を投与した群で少なかった(Emerg Med 2005; 22: 512-515).

・小児の1型糖尿病患者の家族には,重症低血糖時のレスキューとしてグルカゴン点鼻薬(バクスミー® 2020/3 保険収載)を渡して使い方を指導しておくと良い.グルカゴン点鼻薬が市販されるまではグルカゴン筋肉注射を家族に指導していたが,グルカゴンにはプレフィルド製剤がないので,家族は(昏睡している子どもの横で)①アンプルを割って,②注射用水で溶解し,③シリンジに吸って,④筋肉注射しなければならなかった.グルカゴン点鼻薬はグルカゴン筋肉注射に対して非劣性であることは非盲検のランダム化クロスオーバー試験で示されている.低血糖から回復するまでにかかる時間はグルカゴン筋肉注射で12分かかったのに対し,点鼻薬は11分だった(Diabetes Obes Metab 2020; 22: 1167-1175).

8. 重症低血糖の予防には患者教育が重要

重症低血糖の予防には患者に低血糖の症状と対処法を指導しておくことが効果的である(Diabetes Care 2013; 1384-1395).

・中間型インスリンや速効型インスリンを使用している場合は,持効型インスリンや超速効型インスリンに変更すると良い(Diabetes Care 2013; 1384-1395).

・65歳以上,eGFR 45 mL/min/1.73 m2 以下では SU薬は使用しない方が良い.私は SU薬を使用する場合はグリメピリド 0.5 -1.0 mg か,グリクラジド 20-40 mg にし、HbA1c <7% で中止している.

・体重によってインスリン投与量を決定し,低血糖のリスクの高い患者でインスリン投与量を減量する戦略は良好な血糖コントロールと低血糖の回避を両立させるかもしれない(Diabetes Care 2012; 35: 1970-1974).

・①高齢者(長い糖尿病罹患歴),②低
BMI,③糸球体濾過量の低下,④1型糖尿病,⑤重症低血糖の既往は低血糖のリスクである.私は,患者の①年齢,② BMI,③腎機能,④既往・合併症を確認し,低血糖のリスクが高いと判断される場合は,基礎インスリン量を体重あたりに換算してカルテに記載(例 glargine 6 U (0.17 U/kgBW)
するようにしている.たとえば,中年の2型糖尿病患者で肥満,腎機能障害なしの場合,基礎インスリンは 0.2-0.3 U/kg が必要なことが多い.一方,高齢の2型糖尿病患者でやせ,腎機能障害ありの場合,基礎インスリンは 0.05-0.15 U/kg で十分なことが多い.ある程度経験は必要だが,患者さんを見た時の印象と基礎データからインスリンの必要量がだいたい見当できるように意識すると良い.

2022/01/03

2022-01-03 09:39:22 | 日記
高血糖高浸透圧状態

1. 疾患概念と危険因子

・高血糖高浸透圧状態(hyperglycemic hyperosmolar state: HHS)は著しい高血糖(血糖>600 mg/dL, しばしば血糖>1000 mg/dL)と高浸透圧(血清浸透圧 >350
mOsm/L)による高度な脱水症.しばしば低容量性ショックを来す(『ハリソン内科学第4版』).

・典型的には,2型糖尿病の高齢者に起こる.口渇が感じられない,あるいは飲水できない状態にある高齢者は高リスクである(Arch Intern Med 1988; 148: 747).

・40-60%で感染症が合併している.感染症のうち最多は肺炎で 40-60%, 次いで尿路感染症が5 -16%である(Diabetes Care 2014; 37 3124-3131)

・糖尿病ケトアシドーシスの罹患率が 4.6-8.0 /1000人・年であるのに対し,高血糖高浸透圧状態の罹患率は 1/1000人・年に満たない(CMAJ 2003; 168: 859-866).

・高血糖高浸透圧状態の死亡率は 10-20%であり, 糖尿病ケトアシドーシスの10倍程度高い(Diabetes Care 2014; 37: 3124-3131).


2. 所見

・通常,昏睡または昏迷している.血管内容量の低下により,低血圧と頻脈を認めることが多い.また体は冷たく,皮膚は乾燥している.口腔内粘膜も著しく乾燥している.

・血液検査では,著しい高血糖を認める.また糸球体濾過量の低下を反映して尿素窒素が著しい高値(BUN ~120 mg/dL)を示す.さらに,自由水の欠乏を反映して高Na血症を認めることが多い.血清浸透圧(2Na (mEq/L) + Glu (mg/dL) /18+BUN (mg/dL) /2.8 で計算)は高値(>350 mOsm/L)となっている.

・低血圧を認める症例ではしばしば乳酸アシドーシスを合併する.長期の飢餓のためにケトン濃度が上昇していることもある.


3. 診断

・米国糖尿病学会は高血糖高浸透圧状態の診断基準として,血糖 >600 mg/dL (33.3 mmol/L),有効血清浸透圧 >320 mmol/kg を満たし,明らかな代謝性アシドーシスがないこととしている(Diabetes Care 2009; 32:
1335-1343). ただし,最大30%で糖尿病ケトアシドーシスを合併する(Nat Rev Endocrinol 2016; 12: 222-232) .

・有効血清浸透圧(effective serum osmolality)は 2Na (mEq/L) +Glu (mmol/L) または 2Na (mEq/L) + Glu (mg/dL)/18 で計算される指標であり,血清浸透圧とは異なる.尿素窒素は細胞膜を自由に透過できるので, 細胞内外の浸透圧形成には寄与しない.

4. 合併症

・高血糖高浸透圧状態の4-6割は感染症を合併しているが,感染症の合併を判断するのは容易でない.

・患者は多くの場合,低体温であるし,高度な意識障害のために問診や身体診察から得られる情報は限られる.また感染症の有無に関わらず,白血球数は上昇している.組織低灌流をともなう場合は,肝で産生されたCRPは肝内に滞留して末梢血に出てこない.高度な脱水のために尿が出ないので,尿路感染症の診断は難しい.また輸液後に肺炎が顕在化してくることもある.

・高血糖高浸透圧状態の死亡率は10-20%と高いが, 敗血症性ショックの死亡率は40-60%とさらに高い.感染症を見逃して治療が遅れれば致命的なので,血圧低下をともなう高血糖高浸透圧状態を診た場合には,私は敗血症性ショックとして広域抗菌薬投与を開始することにしている.

・重度の意識障害のために入院時に診断することは難しいが,入院後に麻痺が明らかになり脳梗塞が見つかることがある(Nat Rev
Endocrinol 2016; 12: 222-232).

・他に心筋梗塞を合併することもある(Nat Rev Endocrinol 2016; 12: 222-232).


5. 治療

・米国糖尿病学会は糖尿病ケトアシドーシスの治療と高血糖高浸透圧状態の治療とを区別していない(Diabetes Care 2009; 32: 1335-1343).

・全英糖尿病学会は高血糖高浸透圧状態の治療レジメンを提案している(Diabet Med 2015; 32: 714-724).

・最初の1時間で生理食塩水を 1L 輸液する.その後は血行動態や電解質を見ながら輸液の量を調整する.一般的には 250-500 mL/h で維持する(私は 200 mL/h 程度で維持することが多い).

・血糖の低下速度は 70-100 mg/dL/h, 血清浸透圧の低下速度は 3-8 mOsm/kg/h を目標とする.血糖と血清浸透圧が安定した段階で低張液への変更を検討する.

・血糖 <250 mg/dLになったら,輸液に5%または10%ブドウ糖を加える(私は血糖 <300 mg/dL を確認した時点で4%ブドウ糖を追加している).

・尿が出ていて血清カリウム <5.5 mmol/L であれば,生理食塩水に 40 mEq/L のカリウムを加える.血清カリウム <3 mmol/L の場合はインスリン静脈注射を開始するべきではない.

・インスリンはケトン血症を認める場合,あるいは十分な量の輸液を行っているにも関わらず血糖低下が <90 mg/dL/h の場合に検討する.インスリン静脈注射を行う場合は低用量(0.05 U/kgBW )で開始する.

・インスリン静脈注射の用量は血糖低下が <90 mg/dL となるように調整する.最初の24時間は血糖 180-270 mg/dL (10-15 mmol/L) より低い血糖にするべきではない.

2022/01/03

2022-01-03 09:29:01 | 日記
11. 糖尿病ケトアシドーシス治療

i. 輸液

・生理食塩水で輸液する.最初の1時間で 1 L 輸液を行い,その後は血行動態や電解質を確認して輸液速度を調整する.一般的には 250-500 mL/h で維持する(過剰な輸液は脳浮腫のリスクと考えられているので,私は 150-250 mL/h で維持することが多い).

・生理食塩水の代わりに酢酸加リンゲル(ハルトマン, ラクテックなど)を使用しても良いが,どちらが優れているかは分かっていない.

・生理食塩水で大量輸液する場合,クロール負荷による高クロール性代謝性アシドーシスを来し得るため,治療の指標として重炭酸イオンが利用できなくなる可能性がある.

・米国糖尿病学会は低Na血症を認めなければ,生理食塩水から低張液(0.45%食塩水)への変更を可としている.浸透圧の変動は脳浮腫のリスクである可能性があるので,特に若い患者では輸液の変更は慎重に判断するべき.


ii. インスリン

・血清K <3 mmol/L ではインスリン静脈注射は開始しない.また初期輸液を開始するまではインスリン静脈注射は開始しない.

・0.1 U/kg/h でインスリン静脈注射を開始する(私は 0.05 U/kg/h で開始することが多い).

・インスリンの血中半減期は4分であり,インスリン静脈注射開始後30分ほどでインスリンの血中濃度は定常状態に達する.米国糖尿病学会はインスリン静脈注射開始時に
0.1 U/kgのインスリンをボーラス投与しても良いとしているが,おそらく不要である.

・生理食塩水 50 mL にヒューマリンR を50単位混合すると,だいたい 1 U/mL になる.シリンジポンプで投与速度を調整する.

・β-ヒドロキシ酪酸(血中ケトン)を指標にインスリンの投与量を調整する.β-ヒドロキシ酪酸の低下速度が 0.5 mmol/L/h 以上となるように, 1時間毎に 1 U/h ずつインスリンの投与量を調整する.

・血中ケトンはほとんどの医療機関で外注検査であり,簡易ケトン測定器が使用できる医療機関も限られている.

また現在使用できる簡易血糖測定器の多くは変動係数が 0.5 mmol/L 以上であり,精度が十分でない(Diabet Med 2015; 32: 14-23, Diabet Med 2012; 29: 827-828).

・血中ケトン濃度はアニオンギャップと良く相関するので,私はアニオンギャップを指標にインスリンの投与量を調整している.アニオンギャップの低下を認めれば,インスリンの投与量を減らす

・代謝性アシドーシスが改善したら, インスリンの投与方法を静脈注射から皮下注射に変更する.持効型インスリンを皮下注射してから2時間後にインスリン静脈注射を中止する.オーバーラップさせる理由は,インスリンの血中半減期が短いためである.


iii. 糖

・治療開始後数時間は1時間毎に血糖(HHS 合併の場合は血清浸透圧も)を確認する.

・血糖低下速度は <100 mg/dL/h (血清浸透圧低下速度は <8 mOsm/kg/h)を目標とする.高血糖高浸透圧状態を合併している場合は最初の24時間は血糖が 180 mg/dL 以下にならないようにする(目標血糖 180-270 mg/dL).

・血糖<250 mg/dL で生理食塩水に10%ブドウ糖を加える.(小規模なランダム化試験ではブドウ糖を5%加えた場合と10%加えた場合でアシドーシスの改善については差がなかったが,10%ブドウ糖の方が高血糖を来す頻度が高かった(Diabet Med 1989; 6: 31-36). そこで,私は血糖<300 mg/dL を確認した時点で 5%ブドウ糖を加えることにしている.血糖<300 mg/dL を確認した時点としているのは,採血してから検査結果を確認するまでにタイムラグがあるからである).


iii. 電解質

・治療開始後数時間は2時間毎に電解質を確認する.

・血清カリウム <5.5 mmol/L でカリウム補充を開始する.生理食塩水 1 L あたり 40 mEq/L のカリウムを混合注射する.

・リン,HCO3 の補充はルーチンには行わない.pH >6.9 では HCO3 投与による利益はない(Ann Intensive Care 2011; 1:23).一方, HCO3 投与は小児では脳浮腫との関連が示唆されている.また,HCO3 投与でアルカローシスになると血清中の遊離 Ca イオン濃度が急激に低下する.私自身,糖尿病ケトアシドーシスに対して HCO3 が投与され,テタニーを引き起こした例を見たことがある.心筋の機能障害が起これば命に関わる

2022/01/03

2022-01-03 09:01:54 | 日記
糖尿病ケトアシドーシスの合併症


9.治療は輸液とインスリン注射.低血糖と電解質異常に注意.小児では脳浮腫にも注意.

・糖尿病ケトアシドーシスの治療については,米国糖尿病学会と英国糖尿病学会がそれぞれにガイドラインを作成・公表している(BMJ 2019; 365: 1114-1128).どちらがより優れているかは分かっていないが,私は英国糖尿病学会のガイドラインhttp://www.diabetologists-abcd.org.uk/JBDS/JBDS_IP_DKA_Adults_Revised.pdfをアレンジして利用している(11. 糖尿病ケトアシドーシスの治療で概略を示す).

・糖尿病ケトアシドーシスの治療に関連する合併症として多いのは,低カリウム血症(高カリウム血症),低血糖,高Cl性代謝性アシドーシスである(Diabet Med 2016: 33: 269-270, J Diabetes Sci Technol 2018; 12: 39-46, Endocr Pract 2019; pmid: 30657360).

・糖尿病ケトアシドーシスの重篤な合併症としては脳浮腫もある(Diabetes Care 1990; 13: 22-33, Neurocrit Care 2005; 2: 55-58).


10.脳浮腫は疑ったら即治療!

・小児の糖尿病ケトアシドーシスにおいて脳浮腫を合併する頻度は 0.7-1.0%である.5歳以下,高度な脱水(BUN高値),診断時低CO2血症は高リスクである(NEJM 2001; 344: 264-269, Diabetes 2014; 15: 271-276).

・HCO3 投与,過剰な輸液,輸液開始1時間以内のインスリン治療も脳浮腫のリスクと関連づけられている(Diabetes 2014; 15: 271-276, Arch Dis Child 2001; 85: 16-22, Diabetologia 2006; 49: 2002-2009).

・脳浮腫は一般に小児で認めるが,28歳までの若い成人での報告もある(Diabetes Care 1990; 13: 22-33, NEJM 2018; 378: 2275-2287).

・脳浮腫は治療開始後12時間以内に起こることがほとんどで, 24時間以降に起こることは稀である(Pediatr Diabetes 2014; 15: 154-179).

・脳浮腫を疑う症状としては,頭痛,嘔吐,徐脈,血圧上昇,呼吸障害(酸素飽和度低下),不穏,不機嫌,興奮,脳神経の障害(特に III, IV, VI)がある(Pediatr Diabetes 2014; 15: 154-179, BMJ 2019; 365: 1114-1128).

・通常,脳浮腫の除外は眼底検査(乳頭浮腫がないことを確認する)によって行う.画像検査(CT, MRI) のために治療が遅れてはならない.

・国際小児糖尿病学会(International Society for Pediatric and Adolescent Diabetes) のガイドラインでは,脳浮腫を疑ったら直ちに治療が開始されなければならないとされている.輸液速度を 1/3 に減速し,
0.5-1.0 g/kgのマンニトールを10-15分かけて投与する.初回投与で反応を認めない場合は,30-120分以内に2回目のマンニトール投与を行う.2回目のマンニトールの投与の代わりに,2.5-5 mL/kg の3%食塩水を10-15分かけて投与しても良いかもしれない.しかし,高張食塩水の投与の安全性については十分な検討はなされていない(Pediatr Diabetes 2014; 15: 154-179).

・脳浮腫治療中は上体を30°に挙上し,注意深く観察する.呼吸障害に備えて挿管の準備を行っておくこと.

・患者の状態が安定したら,脳出血と脳血管塞栓症を除外するために画像検査を検討する.

2022/01/03

2022-01-03 08:46:00 | 日記
糖尿病ケトアシドーシス


1. インスリンにより,糖尿病ケトアシドーシスの生命予後は劇的に改善した.

・1921年にインスリンが発見される以前は,糖尿病ケトアシドーシスは致死的だった.インスリンの臨床応用によって糖尿病ケトアシドーシスに関連する死亡は減少し続け,現在は1%以下となっている(Diabetes Care 2018; 41: 1870-1877).


2. 糖尿病ケトアシドーシスの誘因で多いのは感染とインスリン中止である.

・英国72施設における糖尿病ケトアシドーシス283症例についての観察研究では,誘因として最多だったのは感染(45%)で,その次に多かったのはインスリン注射の中止(20%)だった(Diabet Med 2016; 33: 269-270, Diabet Med 2016; 33: 252-260).

・上記の観察研究では7%以上の症例は入院患者であった.1型糖尿病患に食止めの指示を出す際に,基礎インスリンの注射を中止しないように注意する(BMJ 2019; 365: 1114-1128).


3. 糖尿病ケトアシドーシスの本態は脂質代謝の異常である.

・糖尿病ケトアシドーシスでは,インスリンの欠乏と拮抗ホルモン
(グルカゴン,カテコラミンなど)の亢進により,ホルモン感受性リパーゼが活性化され,脂肪分解により脂肪組織から遊離脂肪酸が放出される.遊離脂肪酸は肝でβ酸化され,ケトン体(アセト酢酸, β-ヒドロキシ酪酸, アセトン)に変換される.アセト酢酸, β-ヒドロキシ酪酸は酸性物質なので,蓄積するとアシドーシスが進行する(CMAJ 2003; 68: 859-866).

・ケトン体生成径路ではまずアセト酢酸が生成される.ケトン産生が亢進すると, ミトコンドリア内が還元状態(NAD+/NADH <1)となり,アセト酢酸は3-ヒドロキシ酪酸に還元される.アセト酢酸の産生が亢進すると非酵素的に脱炭酸され,揮発性のアセトンに変換される(ハーパー生化学原著30版 pp. 263).

・糖尿病ケトアシドーシスでは 3-ヒドロキシ酪酸はアセト酢酸の 3-4倍まで上昇する.また呼気にアセトン臭を認める.ニトロプルセド反応を利用した尿ケトン検査はアセト酢酸のみを検出している.したがって,尿ケトン検査は重症度判定や治療効果判定には利用できない.


4. 高グルカゴン血症による糖新生亢進により高血糖となる.

・グルカゴン/インスリン比が上昇すると,肝における糖新生が亢進する.糖尿病ケトアシドーシスにともなう高血糖は糖新生の亢進による(NEJM 1983; 309: 159-169).

・肝における糖新生を抑制し,末梢での糖の取り込みを促進させるためには,脂肪分解およびケトン産生を抑制するよりも多くのインスリンが必要である(Metabolism 2017; 68: 43-54).


5. 糖尿病ケトアシドーシスは脱水をともなうが評価は難しい.

・高血糖による浸透圧利尿が起こるため,糖尿病ケトアシドーシスでは脱水となっている.糖尿病ケトアシドーシスにおける脱水量は 5-7 L と報告されている(CMAJ 2003; 168: 859-866).

・糖尿病ケトアシドーシスにおける脱水は浸透圧利尿による細胞内脱水が主体である.血管内脱水を反映する Ht やBUN/Cre は上昇していないことが多い.血液検査で脱水を評価するのは難しい.

・脱水が進行し血管内脱水をともなう場合は,糸球体濾過量が低下するために尿からの糖およびケトンの排泄が低下する.それにより,高血糖,高浸透圧,代謝性ケトアシドーシスが増悪する(Metabolism 2016; 65: 507-521).

6. 糖尿病ケトアシドーシスはカリウム欠乏をともなう.

・浸透圧利尿のために尿からの電解質(Na, K, Ca, Mg, Cl, P) の喪失が起こる(Metabolism 2016; 65: 507-521).インスリン欠乏により細胞内への K の移動が起こらないので,K 欠乏があるのにもかかわらず血液検査では K 高値を認めることが多い.


7. 糖尿病ケトアシドーシスの診断基準はガイドラインにより異なる.

・糖尿病ケトアシドーシスの診断基準はガイドラインによって異なる(BMJ 2019; 365:
1114-1128).英国糖尿病学会(Joint British Diabetes Society)によるガイドラインの診断基準が比較的シンプルなので,私は同ガイドラインの診断基準を用いている.

・英国糖尿病学会のガイドラインにおける糖尿病ケトアシドーシスの診断基準は,血糖>200 mg/dL (>11 mmol/L)または既知の糖尿病, pH <7.3, HCO3- <15 mmol/L, 血中ケトン >3 mmol/Lまたは尿ケトン陽性を含む(BMJ 2019; 365: 1114-1128).


8. SGLT-2阻害薬投与中の患者では euglycemic diabetic ketoacidosis に注意

・近年,SGLT-2阻害薬に関連する高血糖を認めない糖尿病ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis)の報告が相次いでおり,注目を集めている(Diabetes Care 2015; 38: 11687-1693, Diabetes Care 2018; 41: e47-49, BMJ 2018; 363: k4365).

・euglycemic diabetic ketoacidosis は診断が遅れる可能性があり,注意が必要である(Diabetes Care 2018; 41:1299-1311).SGLT-2 阻害薬を服用している糖尿病患者が頻回の嘔吐や腹痛を主訴に受診した場合は,血液ガスを確認すると良い.

・41万7514例を対象とした後ろ向きコホートでは,SGLT-2 阻害薬は DPP-IV 阻害薬と比較して糖尿病ケトアシドーシスのリスクは3倍弱高かった(発生率/1000人・年: 2.03 (95%CI
1.83-2.25) VS 0.75 (95%CI 0.63-0.89), ハザード比 2.85 (95%CI 1.99-4.08)(Ann Intern Med 2020; 173: 417-425).絶対リスクは0.2%/年程度であり高くはないが,注意が必要である.