低血糖
1. 低血糖症状が出現する血糖値は人によって異なる.
・健常人では血糖 61-65 mg/dL で低血糖症状が出現する(Diabet Med 2008; 25: 245-254).
・低血糖症状を生じる血糖値は低血糖を繰り返す患者では低く,
・妊娠中は非妊娠時よりも血糖の正常値は 20% 低い(Am J Obestet Gynecol 2004; 191: 949-953)
2. 低血糖症状には自律神経症状と中枢神経症状がある.
・低血糖症状には自律神経症状と中枢神経症状がある.
・健常者における血糖値と低血糖症状の関係は以下の通り(
血糖 <83 mg/dL
インスリン分泌の抑制
血糖 <68 mg/dL
拮抗ホルモン(グルカゴン, アドレナリン)の分泌
血糖 58-50 mg/dL
自律神経症状
・アドレナリン作用:動悸、ふるえ、不安感
・アセチルコリン作用:空腹感、発汗、しびれ
血糖 <50 mg/dL
血糖 58-50 mg/dL
自律神経症状
・アドレナリン作用:動悸、ふるえ、不安感
・アセチルコリン作用:空腹感、発汗、しびれ
血糖 <50 mg/dL
認知機能障害(複雑な仕事が困難)
血糖 <27 mg/dL
血糖 <27 mg/dL
意識障害、痙攣、昏睡
3. 医原性低血糖の原因薬物の9割以上をインスリンとSU薬が占める.
・わが国における2型糖尿病患者の重症低血糖の原因薬物で最も多いのはインスリン(60.8%)であり,次いで多いのはSU薬(33.1%)である(糖尿病 2017; 60: 826-842).
・SU薬による低血糖は HbA1c 7%以下の患者で多い(糖尿病 2017; 60: 826-842).
・SU薬による低血糖は80歳以上で多く,インスリンによる低血糖は70歳以上で多い(糖尿病 2017; 60: 826-842).これらの薬剤を高齢者に使用する場合は特に注意すべきである.
・SU薬使用は65歳以上,eGFR <45 mL/min/1.73 m2 では控えるべきである(Nat Rev Endocrinol 2016; 12: 222-232).
・SU薬による医原性低血糖は遷延するので原則入院である.ブドウ糖投与で帰宅させてはいけない.
・入院後は点滴で持続的にブドウ糖を投与する.10%ブドウ糖 100 mL/h で開始し, 血糖を確認しながら流速を調整すると良い.
・SU薬の中でもグリベンクラミド(オイグルコン®、ダオニール®)は作用時間が長いので使用しない.SU薬を使用する場合は少量のグリメピリド(アマリール®)かグリクラジド(グリミクロン®)にしておく.
4. 低血糖は死亡のリスク因子である.
・2型糖尿病患者における血糖コントロールの心血管イベント抑制効果を検討したランダム化比較試験ACCORDでは,強化療法群で20%の死亡率増加を認め,試験が中断された.強化療法群では,標準治療の3倍の頻度で低血糖を認めたことから,死亡の原因は低血糖に起因する心血管イベントだと考えられている(NEJM 2008; 358: 2545-2559).
・罹病期間の長い2型糖尿病における厳格な血糖コントロールの効果を検討したランダム化比較試験 VADT においても重症低血糖は90日後の死亡の予測因子であることが示された.重症低血糖の予測因子は長い糖尿病の罹病期間,インスリン治療,低BMI,心血管イベントの既往、尿中アルブミンクレアチニン比(albumin-creatinin ratio: ACR) 高値であった(NEJM 2009; 360: 129-139).
5. 低血糖を繰り返すと低血糖を自覚できなくなる.
・低血糖を繰り返すと,交感神経が低血糖に反応しなくなり,低血糖に気づけなくなる(hypoglycemia-associated autonomic failure; HAAF).HAAFが存在すると,重症低血糖のリスクが25倍以上増加する(NEJM 1983; 308: 485-491, Diabetes 1984; 33: 732-737).
・低血糖を回避することによって2週間以内にアドレナリン分泌が回復し,3カ月までに無自覚低血糖は完全に回復するとされる(Treat Endocrinol 2004; 3: 91-103).
6. 低血糖と認知機能低下との関連は不明である.
・低血糖と認知機能との関連についての最も信頼できるデータは,1型糖尿病患者における血糖コントロールと合併症出現率との関係を調べたコホート研究である DCCT とそのフォローアップ研究から得られている.18年間にわたって経時的に包括的な認知機能検査を行われたが、重症低血糖の有無で認知機能に差はなかった(NEJM 2007; 356: 1842-1852).
・ACCORD MIND (Memory IN Diabetes)
においても経時的に認知機能が評価された.強化療法群では標準治療群の3倍の頻度で低血糖を認めたが,認知機能の低下については差を認めなかった(Lancet Neurol 2011; 10: 969-977).
7. 軽症低血糖時はブドウ糖内服, 重症低血糖時はブドウ糖静脈注射.
・血中に含まれるブドウ糖の量を知っておくと,低血糖時にどのくらいの量のブドウ糖を投与すれば良いかを考える上で参考になる.体重 65 kg の人の血液量はおよそ5 L (体重の1/13)である.Hct 45%とすると,血清量は5×(1-0.45)=2.75 L である.血糖値を 100 mg/dL とすると,血清中に含まれるブドウ糖の量は 2.75 (L)×1 (g/L)=2.75 g となる.ブドウ糖を経口摂取する場合,門脈内のブドウ糖の半分は肝臓に取り込まれるので、静脈注射した場合より2倍以上のブドウ糖を投与する必要がある.
・糖質の含有量はジュースで 500 mL あたり 50 g (10%),スポーツドリンクで20-30g
(4-6%),野菜ジュースで25-37.5 g (5-7.5%),アイスクリームは 200 mL (スーパーカップの容量)あたり 35 g (17.5%)である.因みにエルネオパ2号は 17.5% のブドウ糖を含む.いずれも血液と比べると桁違いの糖質を含んでいることが分かる.
・軽症低血糖時には 5-10 g のブドウ糖または同量のブドウ糖を含む清涼飲料水を摂取する.15分後も低血糖が続く場合は同量を追加する.
・第三者の介助が必要になる重症低血糖の場合は,静脈注射でブドウ糖を投与する.軽症低血糖の患者に50%ブドウ糖を静脈注射しないように.非常に浸透圧が高いので血管痛が生じる.
・意識障害をともなう低血糖に対して25%のブドウ糖液または10%のブドウ糖液を用いて 1 分ごとに5 g ずつブドウ糖を投与した場合,いずれも意識回復までの時間(およそ8分)には差がなかったが,10%ブドウ糖では中央値 10 g のブドウ糖が投与されたのに対し,25%ブドウ糖では中央値 25 g が投与された.処置後の高血糖は10%ブドウ糖を投与した群で少なかった(Emerg Med 2005; 22: 512-515).
・小児の1型糖尿病患者の家族には,重症低血糖時のレスキューとしてグルカゴン点鼻薬(バクスミー® 2020/3 保険収載)を渡して使い方を指導しておくと良い.グルカゴン点鼻薬が市販されるまではグルカゴン筋肉注射を家族に指導していたが,グルカゴンにはプレフィルド製剤がないので,家族は(昏睡している子どもの横で)①アンプルを割って,②注射用水で溶解し,③シリンジに吸って,④筋肉注射しなければならなかった.グルカゴン点鼻薬はグルカゴン筋肉注射に対して非劣性であることは非盲検のランダム化クロスオーバー試験で示されている.低血糖から回復するまでにかかる時間はグルカゴン筋肉注射で12分かかったのに対し,点鼻薬は11分だった(Diabetes Obes Metab 2020; 22: 1167-1175).
8. 重症低血糖の予防には患者教育が重要
・重症低血糖の予防には患者に低血糖の症状と対処法を指導しておくことが効果的である(Diabetes Care 2013; 1384-1395).
・中間型インスリンや速効型インスリンを使用している場合は,持効型インスリンや超速効型インスリンに変更すると良い(Diabetes Care 2013; 1384-1395).
・65歳以上,eGFR 45 mL/min/1.73 m2 以下では SU薬は使用しない方が良い.私は SU薬を使用する場合はグリメピリド 0.5 -1.0 mg か,グリクラジド 20-40 mg にし、HbA1c <7% で中止している.
・体重によってインスリン投与量を決定し,低血糖のリスクの高い患者でインスリン投与量を減量する戦略は良好な血糖コントロールと低血糖の回避を両立させるかもしれない(Diabetes Care 2012; 35: 1970-1974).
・①高齢者(長い糖尿病罹患歴),②低
BMI,③糸球体濾過量の低下,④1型糖尿病,⑤重症低血糖の既往は低血糖のリスクである.私は,患者の①年齢,② BMI,③腎機能,④既往・合併症を確認し,低血糖のリスクが高いと判断される場合は,基礎インスリン量を体重あたりに換算してカルテに記載(例 glargine 6 U (0.17 U/kgBW)
するようにしている.たとえば,中年の2型糖尿病患者で肥満,腎機能障害なしの場合,基礎インスリンは 0.2-0.3 U/kg が必要なことが多い.一方,高齢の2型糖尿病患者でやせ,腎機能障害ありの場合,基礎インスリンは 0.05-0.15 U/kg で十分なことが多い.ある程度経験は必要だが,患者さんを見た時の印象と基礎データからインスリンの必要量がだいたい見当できるように意識すると良い.
3. 医原性低血糖の原因薬物の9割以上をインスリンとSU薬が占める
・
・SU薬による低血糖は HbA1c 7%以下の患者で多い(糖尿病 2017; 60: 826-842).
・SU薬による低血糖は80歳以上で多く,
・SU薬使用は65歳以上,eGFR <45 mL/min/1.73 m2 では控えるべきである(Nat Rev Endocrinol 2016; 12: 222-232).
・SU薬による医原性低血糖は遷延するので原則入院である.
・入院後は点滴で持続的にブドウ糖を投与する.10%ブドウ糖 100 mL/h で開始し, 血糖を確認しながら流速を調整すると良い.
・SU薬の中でもグリベンクラミド(オイグルコン®、
4. 低血糖は死亡のリスク因子である.
・
・
5. 低血糖を繰り返すと低血糖を自覚できなくなる.
・低血糖を繰り返すと,交感神経が低血糖に反応しなくなり,
・
6. 低血糖と認知機能低下との関連は不明である.
・低血糖と認知機能との関連についての最も信頼できるデータは,
・ACCORD MIND (Memory IN Diabetes)
においても経時的に認知機能が評価された.
7. 軽症低血糖時はブドウ糖内服, 重症低血糖時はブドウ糖静脈注射.
・血中に含まれるブドウ糖の量を知っておくと,
・糖質の含有量はジュースで 500 mL あたり 50 g (10%),スポーツドリンクで20-30g
(4-6%),野菜ジュースで25-37.5 g (5-7.5%),アイスクリームは 200 mL (スーパーカップの容量)あたり 35 g (17.5%)である.因みにエルネオパ2号は 17.5% のブドウ糖を含む.
・軽症低血糖時には 5-10 g のブドウ糖または同量のブドウ糖を含む清涼飲料水を摂取する.
・第三者の介助が必要になる重症低血糖の場合は,
・意識障害をともなう低血糖に対して25%
・小児の1型糖尿病患者の家族には,
8. 重症低血糖の予防には患者教育が重要
・
・中間型インスリンや速効型インスリンを使用している場合は,
・65歳以上,eGFR 45 mL/min/1.73 m2 以下では SU薬は使用しない方が良い.私は SU薬を使用する場合はグリメピリド 0.5 -1.0 mg か,グリクラジド 20-40 mg にし、HbA1c <7% で中止している.
・体重によってインスリン投与量を決定し,
・①高齢者(長い糖尿病罹患歴),②低
BMI,③糸球体濾過量の低下,④1型糖尿病,⑤
するようにしている.たとえば,中年の2型糖尿病患者で肥満,