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私の自伝-振り回された過去

2013-11-26 06:16:07 | 日記

自伝
私は誰?

ブログエッセイ著者、私の写真は35歳当時のころ撮影された。 当時はまだ両親も健在で親と一緒に暮らしていたせいか表情も穏やかだなと思う。 しかし、、もう、今は親はいない。
私が生まれたのは大阪府東大阪市瓜生堂1丁目。当時、私の家は土地面積100坪、約1000へ―ベー、江戸時代に建てられた大きな茅ふきの家。離れの家、蔵、もあった。祖先は庄屋。庄屋とは大規模な土地を所有して事業をなすものを指す。庭園には池があり、鯉が泳いでいた。井戸もあり、桜、柿、夏ミカン、など樹木も豊富。女中さんもいた。こういう家の長男として私は生まれた。
当時は貧しい家が多かったなか、私は恵まれた富裕な少年時代を過ごした。両親は5人子供をもった。うち二人は幼少で亡くなり、3人の男の子が育った。

人から羨望のまなざしで見られていたのだろうこの私の実家。しかし、今になってわかるのだか、実は恐るべし因縁を背負っていた家だったのだ。
庄屋さんだったというこの家、昭和初期の頃、子孫が絶えてしまって絶家となった家だったのである。 子孫がすべて絶えてしまったこの家には誰もいなくなった。そこへ、私の父一族がこの家に養子として入った。父がこの家に入ったのは父が10歳の時だ。父の父、祖父は土地の名士とされ、当時の花形職、皇居警護の近衛師団に選抜された。馬にまたがり礼装した祖父の写真が仏間に飾られていたのが子供心ながら印象的だった。土地では知らぬ人はいない程有名な家である。
父には兄弟が多い。父に聞いたことがある。「お父さんは兄弟何人いるの?」父の答えが印象的だ。「さー何人かな?10人以上はいるな」と。父は兄弟が多すぎて自分の兄弟が何人いるかもわからない。大正、昭和初期の頃は産めよ増やせえよの国の政策なのか、とにかく子供が多かった。

この広大な土地、家、家財、今はどうなったか。全部なくなった。父は無一文となって死んだ。脳溢血だった。発症して4時間後に治療甲斐なく死亡した。
父はこの土地で事業を始めて失敗、すべての土地財産を失いこの世を去った。ただでもらった財産ほど怖いものはないと私は思う。絶家となった家にはそれなりの理由があったに違いない。絶家となった家に入った一族にも当然負の影響を受け継ぐ。
私の弟は国会議員の秘書をしていた。国会議員の秘書になれたのも、家の羽振りがよく土地では良く知られていたからだろう。弟は得意の絶頂にいた。秘書勤続10年後、彼は東大阪市市議会選挙に立候補した。選挙活動は並々ならないほど盛大で、土地の有識者ほとんどが応援した。トップ当選するだろうと予想された。

しかし、彼は落選。秘書職を辞めたあとの彼は落ちぶれた。彼には子供がなく、妻側から疎まれ離婚した。
一番下の弟は、勉強が嫌いで、運送会社に入った。彼は頭角を現し,取締役部長までなったが、家庭には恵まれず離婚した。
そして、私自信、私はごく普通の職業につき、普通の家庭を持ちたいと熱望したが、全うな結婚生活もさせてもらえず、離婚。私には女の子ができたが、5歳の時に別れ、子供は私から去っていった。
この家で生まれ育った男の子3人は全員離婚し子供はない。絶家となるだろう。
単なる偶然ではない。明らかに家の負の遺産を引き継いでいる。3人はそれぞれ努力し、だれも離婚など望んでいない。みな、平和な家庭を望んだし、成功しようと頑張った。

祖先を調べようと思った。市役所で除籍謄本を取り寄せ調べてみた。大勢の名前がある。多くは若くして亡くなっている。子供の死亡率が高い。時代の背景か、平均寿命は短い。 祖先は子供多いが多くの子供は若くして亡くなっていた。死亡年齢、3歳、1歳、4歳の数字が目に留まる。
子供の頃霊夢をよく見た。 霊夢。 5歳くらいの頃だったであろうか、私はまだ良く覚えている。目を閉じると、暗闇の中に人の顔が見える。一人、二人ではない、大勢だ。顔の後に違う顔。その顔いずれも全うではない、苦しんでいる、怒っている、悶えている。5歳の子供はいつも泣いていた。母は意味なく泣き続ける子供をいぶかっていた。
純粋な子供の脳には家にまつわる負のエネルギーが見える。その霊夢は私の人生を予言していた。霊夢で見た通りの悲惨な人生を自分は歩むことになった。

果たして、人の人生、生き様は、生まれてきた家に大きく影響される。人はだれでも成功したい、発展したい、豊かになりたい、良い会社に入りたい、良い結婚をしたい、良い大学に行きたい、いい家に住みたい、子供と共に生活したい、と、当たり前の、当然な思いがあり、この思いが実現するよう、考え、行動を起こす。 しかし、この行動を妨害し、潰そうとするエネルギーもまた、同時に存在する。 明らかに正のエネルギーと負のエネルギーは同時に存在する。

人はこの世に生を受ける。子供はすくすく成長しようとする、生きようとする、良い学校に入ろう、良い職業に就こう、良い結婚をしよう、財産を築こう、家を建てよう、と思いを抱き、実現しようと行動をする。これは正のエネルギー。しかし、これを妬み、疎み、邪魔しよう、潰そう、壊そうとする、負のエネルギーもまた、同時にこの世には存在するのも現実。それは人の目には認知できない異次元の作用。

人がこの世に生を受け、全うな人生を歩もうとすれば、真っ先やらねばならない重要なことは、負のエネルギーを遮断することである、と私は学んだ。

正のエネルギーとは「神の働き」、負のエネルギーとは「魔の働き」、こう表現することができる。 神と魔はいつも表裏一体で存在する。
火を燃やせば必然的に煙(煤)が発生するように、「神」が存在するところ、「魔」 もまた発生する。この現象は自然界の法則といえる。
神の思いと働きは、産もう、造ろう、育てよう、発展させよう、成功させよう、である。
魔の思いと働きは、神が作ったものを破壊しよう、壊そう、邪魔しよう、潰そう、である。

この世の世界、「存在」には、「意思」、「想い」がある。 その意思を我々日本人は「神」と呼んだ。 

神と魔
神あるところの同時に魔も同時にある。神はこの宇宙を作り、地球を作り、人間を作った。 神の仕事は創造すること。 魔もまた神の産物。魔は神から生まれた。 神は全ての自分が生んだ子供を愛する。子供はみな神から愛されたいと思う。

悪魔も元は神が生んだ子供、天使だった。
神は漂う何もない宇宙に創造する思いを込めた。日本古典によれば、宇宙の創造神は「天の御中主の神」。天の御中主の神は多くの神を産んだ。天照大御神、月読の神、スサノオの尊、水は目の神、雲の神、土の神。 神の仕事とは産むこと、作ること、成功させること。それぞれの神の子供は神から授かった使命を持つ。天照大御神は太陽を司る。光、熱、すべての生命に命のエネルギーを放射する。月読みの尊は月を司る。海の満ち引き潮を司り、気候の変化を産む。
神の仕事とは産もう、育てよう、造ろう、成功させようである。 我々一般人間の思いと同じ。 我々一般人の思いは、会社を発展させよう、国を豊かにしよう、財を作ろう、成功しよう、家を建てよう、大学に入ろう、結婚しよう、この思いは神の思いと同じである。
神とは創造すること、成功すること、発展すること、とイコールである。神は不可視のエネルギーであり、明白に自然界、人間界を支配し、存在している。 神が存在するからからこそ、私、あなた、彼、彼女の存在がある。「存在」とは「神」を意味する。

魔と凶事
人間界で起こる凶事の多くには「魔」が絡んでいる。魔の思いは、もっと不幸になれ、もっと苦しめ、やっつけろ、と常に人の不幸を企んでいる。魔は人の成功、幸福がたまらなく苦痛なのだ。

神の仕事とは
神の本来の仕事とは、「創造しよう」、「産もう」、「育てよう」、「造ろう」、であるから魔を破壊しようという仕事にはあまり積極的でない。したがって、人間は自分で魔から防御しなければならない。

創造的破壊と非創造的破壊
創造的破壊とは神の仕事の一部である。最初から完全なもの、完成されたものはない。作っては壊し、創造しては破壊することによって「学び」「成長」する。創造的破壊は神の領域である。しかし、同じ過ち、失敗、学ばない破壊、破壊が目的の破壊は魔の司る非創造的破壊である。人間の生まれた目的は、成長すること、理想社会を作ることである。しかし、実際はほど遠い。これは、すなわち魔が人間に多く関与していることを意味する。

アスファルトの花
信号が青に変わった。さー渡ろうとしたとき、ふと、アスファルトの道端に花が咲いているのに気がついた。
砂埃が堆積した道端に小さな小さな一輪の花が花びらを咲かせていた。花びらの大きさ約8mm。花はピンク色。誰も見向きもしない。誰も関心を持たない道端に咲いた一輪の花。よくよく観察すると、とても可憐で芸術的な美しさがある。人が作った美ではない。大自然界が作った美である。決して偶然にこの美は生まれない。そこには、確かに、意思、想い、がある。美しく花を咲かせよう、という意思があるに違いない。花を咲かせようという想いがなければ花は存在しない。絶妙な大自然界の想いが働いている。 大自然界は生命を産み、育む。生を産み、生を謳歌することが大自然界の目的である。

この世に存在する意思ある大自然界。 
この小さな小さな花、これを作ったのはだれか、大自然界である。この大自然界を古代日本人は、「神」と呼んだ。 その感性により、システム化されたものを日本神道をという。
この小さな花は教えてくれた。私の産みの親は「神様」です。----人間も同じではないか。 この小さな花と人間は兄弟だ。






命は美しい。


神は美だ。存在は美しい。生命は喜びだ。生きることは楽しい。神=美=存在=喜び=謳歌=成功











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