トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

トルコとインド人ムスリム その②

2010-10-24 20:42:45 | 読書/インド史
その①の続き ヒンドゥー・ムスリム間の共闘を果たしてことにより、M.ガンディーはムスリムによるトルコのカリフ制を擁護するヒラーファト運動をインドの反ローラット法運動と結び付けた。それにより、インドのナショナリズムを西アジアに広がる大きな反英運動の波の中に投げ入れ、イギリスに対し大きな脅威を与えることとなった。だが、この結びつきこそ、ヒンドゥー・ムスリム問題に一層の困難をもたらす結果となる。つまり、 . . . 本文を読む

トルコとインド人ムスリム その①

2010-10-23 20:42:50 | 読書/インド史
「瀕死の病人」と謗られつつ、20世紀初頭までイスラム世界の盟主として君臨し続けたオスマン帝国。トルコ近代史は一般に欧州列強とバルカン、中東など関係で見られがちだが、ムスリムの多いインドや東南アジアとも連動があった。特にインドのムスリムは近隣のアラブと違い、遥かに遠いトルコのカリフ体制を支持する特徴があった。 エルトゥールル号遭難事件(1890年)は日本とトルコの友好の基礎となった出来事だが、軍艦エ . . . 本文を読む

中国幻想を抱き続けたインド政治家 その③

2010-09-26 20:43:42 | 読書/インド史
その①、その②の続き 1954年、インドと中国の間で所謂「平和五原則」が締結された。それは①領土・主権の相互尊重②相互不可侵③相互内政不干渉④平等互恵 ⑤平和共存、の5項目から成っている。現代から見ればアジア戦後史のブラックジョークの極みであり、人類史で永遠不可能な理想を謳う空手形の見本だろう。現にこの合意から僅か5年後に中印国境紛争が勃発、「平和五原則」は破綻する。 ネルーも決して甘い理想主義者 . . . 本文を読む

中国幻想を抱き続けたインド政治家 その②

2010-09-25 21:15:02 | 読書/インド史
その①の続き 中国愛好者ゆえの反発もあり、『父が子に語る世界歴史』でネルーは日本にかなり厳しい論評を下している。日露戦争の日本の勝利がいかに自分も含めアジア諸民族を鼓舞したのか、率直に述べつつ、その後の帝国主義を非難、その犠牲になった中国や朝鮮に同情を寄せている。 ただ、単純な親中反日知識人ではなかったし、中国はもちろん日本の文化にも関心を示していた。英訳された紫式部日記を読んだ感想も『~世界歴史 . . . 本文を読む

中国幻想を抱き続けたインド政治家 その①

2010-09-24 21:09:59 | 読書/インド史
 独立前のインドの知識人には、自国と同じく欧米列強の支配にあえぐ中国に共鳴、好感を寄せる者が少なくなかった。特に「パンディット・ジー」(学者さんの意)とあだ名された人物による中国への親愛ぶりは知られている。中国で暮らしたことがないにも拘らず、著書には中国に対する賞賛と殆どラブコールにちかい見解で満ちている。一学者が中国幻想をするならさして問題ないが、「バンディット・ジー」は政治家であり、その思い込 . . . 本文を読む

常岡浩介氏釈放に思うこと その①

2010-09-11 21:12:14 | 読書/インド史
 アフガンで武装勢力に拉致、拉致されたフリージャーナリストの常岡浩介氏(41)が、今月4日、約5ヶ月ぶりに解放された。氏は関西空港内で記者団の取材に応じており、7日付の河北新報の第一面と社会面にその記事が載っていた。以下、社会面の記事を全文を紹介したい。 -犯人については「(反武装勢力の)タリバンではない。腐敗した軍閥だ」と指摘。「現地の民間人が血まみれで両手両足を縛られて置かれているのを見た。処 . . . 本文を読む

古代インドの不信仰者たち

2010-06-05 20:52:39 | 読書/インド史
 あらゆる宗教が発祥したと言われる所が世界にふたつあり、ひとつはパレスチナ、他はインドである。特に迷信深い古代なら世界各地で祭政一致が行われていた。神権政治を支えたのこそ聖職者たちだったが、文献からは必ずしも彼らが妄信の輩ではなく、宗教を醒めた目で見ていた者もいたことが分かる。その思想は現代にも通じるものがあり、古代人も宗教絶対主義ではなかったようだ。 『ヒンドゥー教―インド3000年の生き方・考 . . . 本文を読む

ターター一族の興隆 その⑤

2010-03-16 21:24:42 | 読書/インド史
その①、その②、その③、その④の続き ターター財閥は自動車産業に加え、IT産業部門では、2004年にムンバイ株式市場にターター・コンサルタンシー・サーヴィス(TCS)を上場し、インドのみならずアジア最大のIT企業として認知されるに至った。インド経済の拡大と軌を一にして、ターター財閥もグローバル規模の巨大財閥となりつつある。 そして、5代目総帥ラータンは中国杭州市の経済顧問も務め、上海周辺での工場設 . . . 本文を読む

ターター一族の興隆 その④

2010-03-15 21:20:54 | 読書/インド史
その①、その②、その③の続き 1930年、ジャハーンギールはゾロアスター教徒の娘テルマと結婚したが、子供には恵まれなかった。彼はフランス系の血を引く自分の子孫は、ターター家の当主に相応しくないと判断したのかもしれない。或いは、「ターター家の後継者の座を狙う息子がいたら、私にとんでもないトラブルを巻き起こしただろう。でも、娘なら欲しかった」と後年語っているように、単にネポティズムを嫌ったのかもしれな . . . 本文を読む

ターター一族の興隆 その③

2010-03-14 21:17:24 | 読書/インド史
その①、その②の続き 父ラータンがターター財閥から離脱したため、ジャハーンギールは複雑な育ち方をしている。少なくとも、ターター財閥の御曹司として教育を受けた訳でなかった。1904年に生まれてから11歳まではパリの母(この時にはゾロアスター教徒風にソーニと改名していた)の元で裕福な暮らしを続けた。第一次世界大戦が勃発し、パリに戦火が迫った1915年には父の故郷ボンベイに移住した。ボンベイではターター . . . 本文を読む