トーキング・マイノリティ

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マクマーティン児童施設裁判

2021-07-11 21:40:03 | 音楽、TV、観劇

 7月8日放送のダークサイトミステリー、「子どもたち400人に何が起きたのか? 〜マクマーティン児童施設裁判〜」は考えさせられる。マクマーティン保育園裁判なるものが、'80年代のアメリカで起きていたことを番組で初めて知ったが、過熱報道とそれによる集団ヒステリーは決して他人事ではない。次は番組HPでの紹介。
1980年代のアメリカ伝説的裁判!児童の組織的性的虐待と悪魔崇拝の強要?しかし子どもの証言は矛盾だらけ。いったいなぜ?記憶とは?真実とは?混乱の裁判の結末は?

 番組の初めにはセイラム魔女裁判が紹介される。集団ヒステリーが発展した魔女裁判として有名だが、魔女騒動が起きた1692年と1980年代でも集団ヒステリーは殆ど変わりない。一地方の事件に過ぎなかった17世紀と違い、メディアが発達した20世紀は全米を震撼させている。
 番組ではマクマーティン保育園の子供の実に389人が、施設職員から性的虐待を受けたと証言したことを紹介していた。この数値だけで絶句されられるが、この証言自体が荒唐無稽かつ空想の産物としか言えない内容が少なくなかった。

 マクマーティン保育園での児童の組織的性的虐待の疑惑は、ジュディ・ジョンソンという女が自分の息子が性的虐待されたと警察に通報したことに始まる。しかしジョンソンはアルコール依存症と統合失調症を患っており、現実と妄想の区別ができない女だった。通報から3年後、ジョンソンは急性アルコール中毒で死亡する。
 事件はロサンゼルスのABC系列テレビ局KABC-TVのリポーター、ウェイン・サッツによりセンセーショナルに報道され、アメリカ全土でパニックになる。子供が組織的性的虐待を受けている、という話だけで大半の親は平静でいられないだろう。

 ニコニコ大百科にもマクマーティン児童施設裁判の解説があり、サッツは事件をセンセーショナルに取り上げた他、推定無罪の原則を無視してまで施設関係者達を犯人だと決めつけたレポートを繰り返したことが載っている。
 特に標的になったのが施設経営者の孫であるレイモンド・バッキー。彼の家は何度も砲火され、「レイモンド死すべし」というスプレー書きがされる始末。施設の地下室で悪魔崇拝が行われたという子供の証言で、施設周辺を重機で掘り起こした者までいたという。しかしいくら掘っても、地下室らしきものは発見されなかった。途上国では珍しくないモブ・ジャスティス(群衆の正義)が、世界の超大国アメリカでも行われたのだ。

 検事は事件について「国際児童研究所」のキー・マクファーレンに調査を依頼するが、マクファーレン自身が相当な曲者だった。邦訳では「国際児童研究所」とされているが、英語版では正式名は株式会社チルドレンズ・インスティテュートという非営利団体となっている。国際どころか、活動はロサンゼルス中心であり、意図的な誤訳だろうか?
 マクファーレンの動物パペットを使った子供たちへの質問は、素人目にも明らかな誘導尋問であり、マクファーレンのセラピーを受けた後、子供たちはこぞって虐待が行われていたと話すようになる。

 番組では触れなかったが、マクファーレンは児童心理の専門家どころかカリフォルニア州のほか、あらゆる州のセラピストやソーシャルワークの資格も持たないこと、精神医学に関する知識もないことが明らかとなった。英語版wikiには次の一文がある。
マクファーレンは米国議会の前で、個人の組織的で全国的な陰謀があると信じていると証言し続け、子供たちを性的に虐待する「正統派悪魔グループ」の組織的な陰謀があると信じていたが、彼女は個人の誰が正統派の悪魔グループの証拠でもないという証拠を提示したことはない。

 そして事件をセンセーショナルに報道したサッツとマクファーレンは恋人関係であることが発覚、メディアも身内から情報提供を受けたサッツを痛烈に批判した。もし同じようなことが日本で起っても、メディアは徹底的に身内をかばうのは目に見えており、この辺りは羨ましい。
 裁判は6年間続き、アメリカ史上最も長い刑事裁判となった。最長が6年とは、これまた羨ましい限り。日頃何かとアメリカでは~~と言っている人権派弁護士は、何故アメリカの迅速な裁判を見習えとは言わないのか?

 レイモンド・バッキーは殆どの容疑で無罪が確定したが、審査されたいくつかの容疑は「どちらとも言えない」または「有罪だと思う」が多数を占めたものもあった。結局シロとは証明されず、告発した子供たちは判決に強い怒りを表す。とうに成人しても未だにバッキーを許せない人もいるという。
 その後バッキーは名を変え、ロサンゼルスから離れたという。ニコニコ大百科には、本件とは何ら関係の無い周辺の児童施設9校が閉鎖を余儀なくされたことが載っており、事件関係者のみならず、地域全体にも暗い影を落としたのだ。

 検察側の担当に女性が多く導入されており、それゆえ子供の告発を真実だと信じ込み、反対意見に耳を傾けなくさせた要因だという見方もある。初めに警察に通報したのもアル中で精神疾患の女、自称セラピストも女だったのは興味深い。

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (鳳山)
2021-07-13 00:54:33
痴漢冤罪事件と似ていると思いました。一度疑いをかけられるとそれを晴らすためには大きなエネルギーがいるのでしょう。難しい問題です。
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ポリコレ時代のモブ・ジャスティス (IT)
2021-07-13 04:38:26
非常に興味深い事件を共有していただきありがとうございます。本件、知りませんでした。ポリコレ時代の報道では、モブ・ジャスティスはいまだに日常の光景です。もう当たり前になりすぎている感もありますが、今だに強い印象に残っているのは、2018年にトランプ政権下で最高裁判事に任命されたカバナー判事に対する報道の無茶苦茶振りです。一人の男性として、こんな程度で告発されたら恐ろしいと思ったので、上院公聴会含め報道を興味深く見ていました。

上院公聴会の主人公 クリスティーン・フォードさんという女性の主要な訴えは、36年前、15歳の時にあるパーティー会場で何者かに暗い部屋に引きずり込まれて襲われそうになった、という話です。しかし奇妙なことに、犯人がカバナー判事であることは100%確実と主張しているにもかかわらず、そのパーティーの日付も場所も確定できない。その場にいたと名前があげられた数人のうち、宣誓下で犯行を証言する人が誰一人としていない(米国では宣誓での偽証は懲役刑になる重罪)。父の教えに従って自分はカレンダー手帳にスケジュールをメモしていたから、いつどのパーティーだったのか言ってくれれば自分がどこにいたのか確認できるはずだ、とまで述べるカバナー氏に、具体的な反論は全然できない。報道によれば、告発したフォードさんは、民主党の党員だそうなので、党派的思惑からカバナー氏を陥れたかったのは理解できますが、中立であるべきマスメディアのこの一方的な報道ぶりは一体何なんだ?という感じでした。

面白いことに、フォードさんの他に2人、カバナー氏に性的暴行されたという人が出てきたのですが、Judy Munro-Leighton という人はカバナー判事と会ったこともないことを認め、「ただみんなに注目されたかったの」( “just wanted to get attention.”)と言い出す始末。
https://apnews.com/article/4f255f140b47cce4f586397bc4d0f87c
https://www.wsj.com/articles/a-kavanaugh-accuser-recants-1541371466
もう一人のJulie Swetnickさんという人に至ってはそもそも言っている内容が二転三転し、彼女自身の数々の法的なトラブル、そして彼女の弁護士のトラブルで告発自体が雲散霧消、問題にすらなりませんでした。

この、箸にも棒にもかからぬ証言を根拠に、ある人を居丈高に糾弾する大量の人たちは、いったい何なのだろうと本当に不思議でした。主流派マスメディアが一方的にカバナー氏を非難しているとはいえ、虚偽かも知れない告発で発生しうる人権侵害、それにまつわる法的リスクを考えれば、人間として何らかのためらいを覚えてもよさそうなものですが、そういうことににまったく何の考慮もないように見えます。たとえばこの渡邊裕子なる人の文章には、うすら寒ささえ覚えました。
https://www.businessinsider.jp/post-176457
当のBusiness Insider本体で翌月にこの告発者のウソが報道されているだけに、悲惨さが際立ちます。
https://www.businessinsider.com/brett-kavanaugh-sexual-assault-accuser-judy-munro-leighton-2018-11

長文すみません。
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Unknown (牛蒡剣)
2021-07-13 21:13:49
びっくりするくらい「セイレムの魔女」事件と経緯
が一緒で(まあ大量の刑死者はでなかったですが)
驚きました。人間のやることは変わらず、歴史は繰り返すの見本ですね。しかし、法学の教科書には、
「セイレム事件」の反省として、罪刑法定主義と証言だけではなく証拠の重要性が確立されたとあるのですがwwww
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鳳山さんへ (mugi)
2021-07-13 22:45:05
 確かに痴漢冤罪事件と似ていますが、訴訟社会アメリカなのでさらに厄介でしょう。いくら実質的に無罪となっても、被告たちは破産したそうです。
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Re:ポリコレ時代のモブ・ジャスティス (mugi)
2021-07-13 22:47:28
>IT氏、

 コメントを有難うございました。私の方こそアメリカ情勢には疎いので、カバナー判事告発の詳しい事情を初めて知りました。それにしても、36年前の証拠もあやふやな証言だけで性的暴行未遂事件を訴えるのは酷すぎる。クリスティーン・フォードなる民主党の党員、本当にサイテーです。

 アメリカの主要メディア自体、公平には程遠く、偏向や歪曲は当たり前になっているようです。日本では高評価されるニューヨーク・タイムズ紙についてのブログ記事がありますが、大統領にも容姿せず人格攻撃や誹謗中傷を行っています。
https://ameblo.jp/jog-info/entry-12642320763.html

 そしてCNNのディレクターは、アジア人へのヘイトクライムには黒人の男が多いことを知りつつ、報道自粛していたそうです。BLMの助けにならない、という理由ですが、日本のメディアも未だにこのことは報じない。
https://bonafidr.com/2021/04/16/cnn%e3%81%ae%e3%83%87%e3%82%a3%e3%83%ac%e3%82%af%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%80%81%e3%82%a2%e3%82%b8%e3%82%a2%e4%ba%ba%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%83%98%e3%82%a4%e3%83%88%e3%82%af%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%a0/

 渡邊裕子なる者もかなり胡散臭いですね。これでは女性問題を騙る左翼活動家にしか見えません。この類は絶対訂正記事は書かないでしょう。元からアメリカはリンチを慣習とした国だったし、以前記事にしました。
https://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/a8bb913a485f5b4255dd12977d720952
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牛蒡剣さんへ (mugi)
2021-07-14 21:41:50
 番組制作者もセイラム魔女裁判との類似性に気付いたと思います。本当に歴史は繰り返すの見本だし、ITさんが先にコメントされているように、21世紀のポリコレ時代でもモブ・ジャスティスが起きています。
「セイレム事件」で罪刑法定主義と証言だけではなく証拠の重要性が確立されたはずなのに、実際は現代でも確立されていなかった!証拠の重要性を最も踏みにじってるのがメディア。
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