よい子の読書感想文 

読書感想文540

『日本語の作文技術』(本多勝一  朝日文庫)

 若い頃は文章力を向上させたくて、よく文章読本や論文の書き方に関する本を手にした。
 その後は長らく学ぶ機会なく、我流で書いてきた。勉強し直したいなと思って、昨年は『語彙・読解力検定』を受けたりした。本書も同じ問題意識で手にとった。
 ルポライター、編集者として名の通った著者であるし、なかなかのロングセラーでもあるようだ。すっかり信頼して読み始めた。
 ところが案外、通読に苦労した。修飾や助詞の順序、あるいは句読点の打ち方。これをパズルのように分解、組み立てしながら検証するのだが、そのしつこさに正直うんざりしてしまった。大切なこととは知りながら、おかげで通勤電車で眠気に負けることしばしばだった。
 しかし本書が30年以上も読み継がれてきた理由を、いま冷静に振り返れば納得できる。題名には“日本語の”と銘打っている。これには著者の思い入れが込められており、冒頭『なぜ作文の「技術」か』においては以下のように述べられている。
【「日本語は論理的でない」という俗説もこれに近い種類の妄言であろう。この種の俗説を強化するのに役立っている西欧一辺倒知識人---の説を分析してみると、ほとんどの場合、ヨーロッパという一地域にすぎない地方の言葉やものの考え方によって日本語をいじっている。極論すれば、メートル法やヤード=ポンド法で日本建築を計測して「これは間尺に合わぬ」と嘆いているのである。】(P19)
 そして著者は“日本語”の作文技術はこうなのだと本書を通して語り尽くす。助詞についての言及から一例を挙げよう。
【たとえば、「クジラ・ウシ・ウマ・サル・アザラシは哺乳類の仲間である」というとき、イギリス語などは「グシラ・ウシ・・・and アザラシは・・・」という並べ方をする。つまり and は最後のひとつにつけ、あとはコンマで並べていく。翻訳でもこれと同じ調子で「クジラ、ウシ、・・・そしてアザラシは・・・」としている無神経な著述家がある。だがこの表現は、日本語のシンタックスにはないものだ。この場合も正しい日本語にそのまま置きかえるなら、反対に and に当たる助詞を次のように前に持ってくる。
「クジラやウシ・ウマ・・・アザラシは・・・」
(中略)以上にのべたような特徴は、イギリス語などが前置詞的言語であるのと反対に日本語が後置詞的言語であることと深く関連するようだ。たとえば久野章氏の次の指摘が参考になろう。
 英語の並列接続詞 and は、その後に来る要素と続けて発音されるが、日本語の並列接続助詞は、その前に来る要素と続けて発音される。】(P185~187)
 私としては長らくの疑問が解けてすっきりしたところである。並列の最後に「および」をつけて英語の並ばせ方に似せる作文技法に、腑に落ちないものを抱いていたのだ。
 こうした例を挙げて、著者は暗に日本語の勉強不足や西欧かぶれに由来する偏見を叩く。段落に関する説明も痛烈だ。
【段落の意味が以上のようなことであることを理解すれば、どこで改行すべきかはおのずから明らかであろう。もし改行すべきかどうか自分でわからないとすれば、それはもはや論理的な文章を書いていないということである。】(P195)
 こうした著者の思い入れが芯にあるから、本書はいたづらに読者に媚びへつらわず、場合によっては執拗なまでに検証を繰り返すことができたのだと思う。結果的に、作文技法を学ぶ良書として根付き、ロングセラーとなっているのだろう。

 個人的なことをいうと、私は後半になってようやく面白くなった。第八章『無神経な文章』、第九章『リズムと文体』、第一〇章『作文「技術」の次に』
 ここでようやく、文学的な表現技法に通ずるところが言及される。以下は『紋切型』を諌める部分。伊藤整の【菫の花を見ると、「可憐だ」と私たちは感ずる。それはそういう感じ方の通念があるからである。】といった文章を引用して続ける。
【右の中の「たいていの人は、この通念化の衝動に負けてしま」うとあるのがとくに重要な指摘だ「負けてしま」う結果、その奥にひそむ本質的なことを見のがしてしまう。だから紋切型にたよるということは、ことの本質を見のがす重大な弱点にもつながる。】(P205)
 通念化の衝動。いつでも気をつけたいところだ。書くうえの話だけではない。
 久々の文章読本、示唆するところ多く、有益な読書となった。改めて自省する機会にもなった。

 


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