最近、たまに行くようになった古書店の軒先を物色していて手にした。ここは地元の『松阪古書店』みたいに、行くと必ず手ぶらでは帰れない店だ。
軽いものが欲しかった。次々と読みたい本が見つかる。でもあんまり溜まると、それもまたストレスになる。私は渋々と二冊に絞った。そのうちのひとつが本書だった。村上春樹の小説はほとんど読んだつもりになっていたが、まだ抜けがあったのかと、そういう具合に選ばれた軒先セール品、金50円である。
と、疲れて集中力の欠けるときだけに、大して期待もせず読んだ。すらすら読めた。相変わらず文章のそこかしこに無責任な示唆と暗喩とが散りばめられては突然ぶったぎるように話が終わる。
星新一のショートショートをやや深刻ぶった作風にしたような、しかし星新一ほどには決着もなく考えさす結末でもなく・・・
たとえるならそれは、上質なキャンバスに風変わりで前衛的な額縁を着け、さあ、あとは好きなように描いてください、とでもいうような短編たちなのである。
損なわれること。喪失。書かれた時代を思えば、バブル絶頂期。消費することされることに対する拒否感みたいなものが、共通したテーマになっているような気もした。
言い換え、あるいは書き換え。その技の妙は認めねばなるまい。
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