よい子の読書感想文 

読書感想文305

『杳子・妻隠』(古井由吉 新潮文庫)

 ひとつ短編を読んだだけだった。古井由吉という小説家は、私にとって文学史上に“内向の世代”と括られた一群の書き手のひとりにしか過ぎなかった。
 久しぶりに地元の古書店を訪れると、古巣に帰ったような充足感があって、私は次々と本を抱えた。〈芥川受賞作〉というのが本書が手に取られた理由だった(デビュー作のみずみずしさや切迫感が上手い下手を度外視して読み甲斐を感じさせるのだ)。
 とはいっても、それだけの理由で手にしたのだから、あまり期待はしていなかった。仕事の休憩時間などに、気楽に読めそうなものを、という基準で、出勤前に買い溜めたものの中からチョイスして、読み始めた。
“気楽”という読書態度には最も似つかわしくない文体に、まず目がくらむ思いがした。難解というのではない。描写が、あるディテールに関して偏執的に細やかで執拗なのだ。内向的と称され、社会を見ないと揶揄する評者もあったというが、内向も極まればそこに安易な“社会”を凌駕していく力を生むのかもしれない。
 強迫神経症的な少女によって“健康”的な事どもが解体され記号にされていく様、それはテーゼと団結と空気だけが一人歩きした当時の社会性を、内側から切り裂くかにも読める。
 表層的な社会現象とその立脚点を見失わないようにしつつ、こういった内向の軌跡を読み込むことで、立体的に何かが見えてくるような気がする。
 後藤明生あたりも次は読んでみなければ。







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