たまには資料的価値を求めた戦史ではなく、読み物としての戦史を読みたいと思って手にした。
勉強として戦史を読書することで、知らず知らず共感ストレスにさらされ、心が疲弊するということに気づいたのである。
読み物としての戦記は、その点、ヒロイズムと感傷、あるいは浪花節風な戦友愛に彩られ、読んでいてツラくなることはない。
また、中学生の私は、古本屋で雑誌「丸」を入手しては、戦争体験者の手記などを読みふけっていた。その懐かしさも手伝って、郷愁さえ感じられた。
「轟沈」という軍歌がある。その歌詞の元ネタになったのではないかと思われるエピソードあり、米本土空襲の戦記ありと退屈させない。
また、当時の低性能な潜水艦による戦いの困難さが上手く描かれ、感銘を受けもした。
回天を送り出す潜水艦搭乗員の様子、輸送潜水艦による孤島への困難な任務、これらは資料上は知っていたが、乗員の印象や感想は初めて目にして、感動してしまった。
戦記といって軽く見てはいろいろ見落とすのかもしれない。美談化しているのは度外視し、読み物として味わいつつも、濾し取れるものは少なくないと感じた。
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