川原湯温泉は、800年前に源頼朝が発見したとの言い伝えがある古い温泉である。吾妻川沿いにあるこの温泉は、まもなく八ッ場ダムの完成とともに、湖の底に沈むことになる。梅雨に入ろうかという6月の初め、機会があって訪ねた。
ダムは既にほとんど完成し、温泉街は5年前から、段丘の上へ移転している。ダムの底に沈む集落は既に取り壊されていた。昔の川原湯温泉がどこにあったかを、移転後の段丘の上や、吾妻川にかかる八ッ場大橋から眺めても、今となっては何もわからないように思う。
土産物屋で店番をしている老婦人に聞くと、もう昔の自分の店がどこにあったかを、眺めてみてもよくわからないと言っていた。時代が人の営みや様々な思いを超えて移って行くのを感じる。
その共同浴場の「王湯」は、多くの人でにぎわっていた。真新しい木の湯舟の露天風呂と内風呂は、以前と変わらない温泉を湛えている。いまでも循環ではなく、かけ流しらしい。線質は含硫黄・カルシウム・ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉で、内湯は以前のように熱い。外湯は寒い日だったせいか、ぬるめの湯だったが、係の人が少しぬるすぎるといって温度を上げていった。
なんでも、二つあった源泉の一つが高台にあり、それを利用できたので、移転後も以前の泉質とあまり変わらなかったらしいというが、定かではない。次の冬にはダムも完成し、湛水が始まるとのことだ。昔の湯治場の雰囲気を残す温泉街も懐かしいが、緑が映える湖畔の温泉も、また、よいのかもしれないと思いながら家路についたのである。