令和初めの正月に、南熱海にある網代温泉を訪ねた。金色夜叉の貫一お宮で有名な、とは言っても、私などは碌に読んだこともないのだが、高層のホテルが立ち並ぶ海岸沿いを抜け、多賀を超えて、南に走っていくと、網代温泉がある。熱海市の一番南に位置する海沿いの小さな温泉である。この網代の「源泉湯宿大成館」に宿泊した。
案内された部屋は、相模湾に面しており、右手には、網代漁港を望む。漁港の前は俗に干物ストリートと呼ばれ、干物の直売所が軒を連ねている。宿は新しくはないが、中はきれいに手が入れられており、落ち着いた雰囲気でくつろげる。温泉は敷地内から湧き出るナトリウム・カルシウムー塩化物泉で、いかにも海岸沿いの温泉だと思わせる成分である。
毎分90リットルの豊富な湧出量のおかげで、大浴場も、最上階に二つある貸切風呂も、加水をしないかけ流しの風呂である。大浴場は、それぞれ露天風呂と内湯を備え、どちらも広くはないが、しつらえも良く、またよく手入れされており、風情がある。特に貸切風呂からの海の景色はよく、お勧めである。もっともガラス越しなので、外気が冷たいと、すぐ曇ってしまい景色としては少し残念かもしれない。
漁港が近いこともあり、夕食には、写真の旬の造り盛り合わせや、金目鯛のしゃぶしゃぶが供される。正月だからと、少しグレードアップして、活鮑の焼き物と伊勢エビの刺身を頼んだ。鮑の焼き物は、やわらかく、磯の香りが強くたいへん美味しい。また、勅書に出された鯵の干物は、ふっくらとして、干物の本場だということを思い出させる。
実は、この宿を訪ねるのは、40数年ぶりである。まだ子供のころ、父に連れられて、この宿へ来た記憶がある。そのころのことはあまりよく覚えていないけれども、温泉などには興味はなく、海水浴へ連れて行ってもらいはしゃいでいたような気がする。昭和の記憶の上に、40年以上も経って、令和の記憶が積み重ねられたわけである。遅い時間に宿を出て、海岸沿いに伊豆半島を南へ向かったのである。