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23日(日)中高生のためのショートメッセージ

2014-02-25 22:03:11 | 説教メモ

聖書 イザヤ書6章1-8節

題「神のことばを聴いた預言者イザヤ」

 

預言者」とは、「神のことばを預かる人」のことです。

 聖書中、イザヤは有名な預言者の一人で、宮廷で王に仕える預言者の働きをしていました。

 BC742年、ウジヤ王が死に、若いイザヤは国の将来を思って失意と不安のどん底に陥ります。

 その時、イザヤは初めて神の声を聴いたのでした。

聖書は神のことばですが、チャペルや、教会の礼拝で聖書の話を聞いても、

 ピンとこないことがあるかもしれません。

 けれども、私たちが、悲しみと不安のどん底に立たされる時、

 聖書のことばは、私たちの心に静かに力強く語りかけます。

 神のことばが生きて働いて私たちを助けてくれるのです。

 そこで、イザヤが神のことばを聴いた経緯を見てみましょう。

 

▽まず、悲しむイザヤに神様が近づいて来られました。

 ザヤはその時、主の臨在(りんざい※主がそばにおわれるという意識)と、

 清い天使出現の幻を見て、

 初めて自らの汚れた姿に気がついて、

 恥ずかしさと恐れでいっぱいになりました。

 そこで、思わず、「災いだ。わたしは滅ぼされる。

 わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。

 しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た。」(6)

 と、 叫びだしたのでした。

 

▽神の臨在の中で、罪を恐れるイザヤに罪の赦しの宣言がされました。

 天使は祭壇の上で燃えている炭火をとって、

 自分の汚れを恐れるイザヤに、

 「見よ、これがあなたの唇に触れたので

 あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」(7)と罪の赦しを宣言します。

 

▽心が清くされたイザヤは恐れから解放され、自分が行くべき道が判断できました。

 主の声がイザヤに届きます。

 「誰を遣わすべきか。 誰が我々に代わって行くだろうか。」(8)と

 罪が赦され清くされたイザヤは、 もはや、迷うことなく、

 「わたしがここにおります。 わたしを遣わしてください。」(8)と、

 自分の行く道へと立ち上がったのです。

 

私たちもイエス様の十字架の祭壇の火によって、

 罪が赦され、清くされる時、不安や恐れ、迷いから解放されて、

 小さなイザヤとされて、神が喜ばれる道を大胆に歩むことができるようになります。