夏樹智也の趣味の小屋

時間泥棒に取り憑かれた人間が気まぐれに趣味に走る。

Marine

2020-10-30 18:53:22 | 小説(一次創作)
拙い文章です過度な期待はしないでください。







001

「そうか、あんたも何一つ自分の事は分かっちゃいないんだ。」
貝殻の埋まる崖を登る男、マリーンに、巨大な蛸(タコ)は言い放つ。
「そのマリーンという名や、その腕のウェアラブル・コンピューターに設定された認識コードだってエイハブという老人から与えられたものだ。そうだろう?」
蛸は自分が考えたこともなかった核心を突く。
自分はいくつのときだったか、その昔日本と呼ばれていた土地の東京と呼ばれた都市で、徘徊する機械化猟犬の人工筋肉を狩り取り、食いつないでいた。
そこをエイハブに保護された。
「東京だって?君が生まれたころにゃあ第三次世界大戦も終わり、東京はBC兵器がばら撒かれ、人なんか生きていける状態じゃなかったはずだ。」と蛸は目を見開く。
「そこがわからないんだ。皆からそういわれたが、私があの中でもマスク無しで生きられた理由が。」
「俺は全知でもねえ。その理由はわかんねえよ。俺が蛸なのにヒトの言葉が理解でき、話せる理由もな。」と蛸は八本ある足のうち、二本を浮き上がらせる。
「俺はここから動けねえ。この崖が俺を遊牧民や狩人(カリウド)から護ってくれてんだ。」と蛸は崖を登る私を横目に追い越し、器用に崖をかけ上がり、上から長い足を垂らし、私の身体に巻きつけ、崖の上まで引き上げる。
「すまない。ありがとう。」と私は礼を言う
「礼には及ばないさ。久しぶりにここにヒトが登って来たんだ。それぐらいはしてやる。」
「何度も落ちる人を見たんだ。あんたみてえな思慮(シリョ)の翼をもっている奴はここで堕ちるべきじゃねえ。」と蛸は思慮の翼など、意味が分からないことを言っているが、私には何を言っているのかが全く分からない。
しかし彼らはいつも哲学的なことを言う。彼らは人間の姿を持たない代わりに知恵を得たのだ。
その分彼らはマジョリティである我々より、悟っている部分もあるのかもしれない。
「このまま登山道を歩きゃあ鐵切り山(テツキリザン)がある。そこなら人もいるはずだ。」と蛸は長い手を山の細い道に向ける。
「あんたは俺が見つけれなかった『自分』を見つけてくれ。」と言い残し、蛸は近くにある洞窟へ消えていく。
そして私は彼の指した道へと歩みをすすめる。

002

第三次(W)世界(W)大戦(Ⅲ)によって人口の約7割を失った世界は過去の人類の罪を背負い込み、大陸は地震兵器によって、気候は気象兵器によって、そして都市は毒ガスによって大きく歪められた。
今や地形はWWⅢ以前とは似ても似つかない、かつての大陸に形成される前のパンゲアと呼ばれる姿に似ているらしい。WWⅢでばら撒かれた都市のガスも抜けて、今は都市にマスクなしで入れるようになったらしい。
それがたった15年で起きた出来事だ。
この15年で生態系も変わった。毒ガスや放射線によって突然変異した動物が増え、
『ネオ・ダーウィン種』と呼ばれており、先ほどのヒト語を理解する蛸もこの種類に含まれるのだろうか。
一部のWWⅢ以前のオールド・アニマル達は淘汰されていった。
動物と一緒にヒトも変わり、以前はほとんどの人間は都市に暮らしていたが、その市民たちは大きく2つに分かれ、シムズと呼ばれる新しく作られた都市に暮らす者、キャラバンとして世界を練り歩き、都市と都市を繋ぐ者。
大多数は前者だ。都市に暮らし、働いている。
これから向かう、蛸が鐵切り山と呼んでいた、鉱山都市ヨーステンリアもWWⅢ後に新たに作られた小さな都市だ。
《認証コードをスキャンしました。ようこそヨースンリアへ。》とゲートを通ると女性のアナウンサーは言う。
鉄鉱山のふもとにある都市であるため、製鉄所や鍛冶職人が集まり、山に近づけば鉱山夫や採掘ドロイドがいる。
今では、ドロイドは不足した人口を補うためには無くてはならない存在となってしまった。
カンと鉄を鍛える音が響く、この町の中、私は前に立ち寄ったエリセリアの町から預かった荷物。おそらく薬品や薬草を、市庁舎が入っているWWⅢ以前に模造品の城として建てられていた建造物に持っていく。
模造品でも今や立派な歴史的建造物扱いだ。
WWⅢを生き残り、その後の地形変動も物ともしなかった難攻不落の城はもはや少ない。
確か昔ユナイテッドキングダムと呼ばれていた地域に聳え立つ、ウィンザー城は本物だった。
しかし今では本物も、模造品も、何一つ変わらなかった。
精々違うのは見てきた歴史だけだ。
目の前の『線路』と呼ばれる鉄の棒の上を「鐵(テツ)道(ドウ)」と呼ばれる乗り物が走る。
その鐡道は山で採れた鉄鉱石を満載にして、製鉄所に向かっている。
鐡道は、その昔、世界中で走っていたが、WWⅢ、そしてその後に起きた大陸変動によって長距離路線のほとんどは破壊され、再建すら行われていない。
現在の運輸路線の主流は不整地短距離離陸を可能にした大型機、『コルベット』そして小型機の『ガンシップ』、後は船舶による長距離輸送とキャラバンによる都市間の物流網によって世界の運送業は支えられていた。

市庁舎は城というよりは、塔。バベルの塔やアリ塚のような風貌をしていたが、中に入るとその印象は消え失せ、戦後に確立されたホログラム技術をふんだんに使った、現代的なハイテクな室内になっていた。
扉を抜けると認証コードをスキャンするゲートが取り付けられている。
何事もなく通り抜け、奥のカウンターに荷物を置く。
「マリーン様ですね。ありがとうございます。」とホログラムで投影された女性は機械的に対応する。
「ウルゼン式新生児用抗BC薬品A型ですか……ありがとうございます。これで多くの赤子の命が救えます。」今でも戦争の禍根は残っている。母体に残った毒は子供に受け継がれ、苦しめる。
その現状を打開するために2,3年前に大陸保健医療研究機構が開発したのがこの機械的な名前を付けられた薬品だ。
「お疲れでしょうから、この市庁舎5階層にございます、ゲストルームにてお休みください。」
「ゲストルームナンバーは4、開錠キーはお手持ちのウェアラブルデバイスに送信させていただきます」と女性は言いホログラムは結晶のような余韻をの残して消える。
ウェアラブルデバイスには、暗号キーとして設定されていた8桁の数字が表示されている。」
「ゲストルームか……」と私はつぶやく。そろそろ休みたいか?と訊かれれば私ははいと答えるだろう。
長い道を歩き、崖を登り、登山道を歩いてきたのだ。自覚症状が出るほどには肉体的な疲労は溜まりに溜まっている。
城の中枢に取り付けられたエレベーターに乗り込み、伍という数字を選ぶな否や、扉は閉まり、エレベーターは重力慣性の技術で揺れも感じず、気づけば指定した階層に着いていた。
私はゲストルーム4を探し、Ⅳと書かれた扉に備え付けられた、オートロック錠のキーボードに8桁の暗号キーを入力する。
入力を終えるとガチャと扉のキーは外れ、オートロック錠から一枚のカードが出てくる。
次回からはこのカードキーで入ることが出来る。
尤も、暗号キーでも開錠は可能だが。
室内に入るなり、大きな窓が私を出迎える。窓の外にはヨーステンリアの景色が広がり、鉄道の線路が曲線的に引かれる様はまるで芸術品だ。
尤もそれ自体今や貴重な骨董品扱いは受けているが。
城の中で寝て起きることが出来、さらに綺麗な景色が付いてくる。下手な都市圏のホテルよりも良い物件だ。
荷物を置き、外套(ガイトウ)を脱ぎクローゼットに掛け、私はベットに寝転がる。
寝袋では感じられない安らぎに包まれ、いつしか私は眠りについていた。




「おはようマリーン君」と男の声が私を眠りの底から引き上げる。
眠りから覚めきれてない頭をたたき起こし、私は声がする方を見る。
そこには鉱山都市には似つかわしくない、少し古風な背広を着た、白髪交じりの男が立っていた。よく見るとラグがある、ホログラムのようだ。
「いつ以来かね。」と彼は聞いてくる。彼はルーゼル・セリアーズという、この町の上層部に食い込んだやつだ。

「6年ぶりだ。久しぶりに来たが、ずいぶん変わったな……」
「ああ。新しい技術体系の導入が進んでるんだ。ホログラム技術ってのはしかし凄いものだな。こうやってすぐお好みのものが立体像として作れる。」
「いつしか触れて登れるようになるかもしれない。」
「遠い未来の話なんじゃないのか?」
「いいや断言できる。そんなのすぐ来るさ。私が小さいころなんか画面の中に顔が映っていたんだよ。絵見たいだろ?」
「それが今やどうだ。目の前に私がいる。こうやって離れていても3次元で話せるんだ。いい時代になったもんだよ。」彼のホログラムは鮮明に映し出されており、髭の靡きから、汗の一滴まで、描写されている。
「でここに来るのは、思い出話をしに来ただけではないんだろう?」
「流石の洞察力だな。あやつもそうだった…」
「…ここ数か月、この鉄鉱山で事故が何度も起きているんだ。」
「それはそっちの不注意による事故じゃあないのか?」と私は聞く。
「不注意で起きてる事故なら“刀の切り傷“で重傷を負うことなんかないだろう?」
「刀?」
「ああ。刀ではないかもしれんが、この切れ味は剣のものじゃあない。」
「で、その刀の事故の話なんかしてどうしたんだ。私は検非違使でも猟友会でもない。」と私は突っぱねる。
「それを調べてほしいんだ。うちの警察やらなんやらも動いているが、山地とは言え山を歩きなれているやつなんて官公庁にそうそういない。」とルーゼルは尤もな理由を並べる。
「もちろん危険な仕事なもんだから報酬は弾む」
「やってくれるかな……?」
「わかった。クレジット以外にこいつ用の弾薬をくれ。」と私は少し大きめのカバーにくるまれた筒から、LS-69ライフルを取り出す。
「7.62mmか。城の武器庫に備蓄がある部下に運ばせよう。」といいルーゼルのホログラムが粒子として消えた。
朝日に照らされた街では機関車が走り、風車が回っている。
「さていこうか」と私は寝台から立ち、装備を整える。ライフルやハンドガンの動作確認、ナイフ、ウェアラブルデバイスのバッテリーの確認を終え、部屋を出て鍵を閉める。

登山道へ向かっていると一人の金髪の少女が佇んでいた。
「上へ行くの?」と訊いてくる。
彼女の周りに影も音もない。これは何かの幻だろう。
「今貴方は怖い怖い怖いと思っている。違う?」と自分が押し潰した、心の深層について当ててくる。
「いえ、怖いがもう一つ増えたわね。私という内面に対しての恐怖心。」と少女はギロっと私を睨む。
「君は……いったい何者なんだ………?」と私は尋ねる。
「アルムヘイル。君と世界をつなぐ接続点のファイアウォール。」
「これは仕事だ。恐怖心など私情を持ち込んでいいものでは無い。」と私は答える。
「仕事、義務だと言い聞かされて死地へ放り込まれようというのね。サリーもそうだった……」と彼女は悲しげに言う。
「貴方も思慮の翼はあれど、飛び方を知らない。いいえまず翼があることすらわからない空虚で無知な人間なのね。」
「カタストロフは直ぐそこに迫っている。」
「それを避けられるかは…………」


「キミ次第。」とケタケタと彼女は笑い、気が付いた時には消えていた。
003

ソラワッセーラエイ ソラワッセーラエイ と掛け声がする。昔ながらのトロッコに積まれる鉄鉱石はこのまま機関車に引っ張られながら下の町に持ってかれる。

鐵切り山の天気は晴れだった。
「ここが鉱山か……」と呟く
「あー何か御用で?」と鉱山夫が訊いてくる。
「町のお偉方からここで起きた事故を調べれなど探偵のような仕事を仰せつかったんだ。」
「事故というとあの一個上の旧坑道の方のやつか。」
「旧坑道?」と私は聞く。
「ああそうだ。昔はここのもう一個上で掘っていたらしいんだが例の地形変動で鉱脈の位置がズレてな、それに伴って俺らの坑道も移動したんだ。」
「でその被害者は何でそんなところにいたんだのかわかるか」と私は聞く
「まだ機関車の車庫は上にあるんだ。その関係で上にいたんでねかったか」と鉱山夫は言う
「まあ俺みてえな下っ端の鉱山労働者にゃあ詳細が事細かに語られるこたあねえけどよ」と鉱山夫は苦笑いする。
「とりあえず上に上がるといい。線路辿れば上に着く。確か上には自警団の連中やらが捜査していたはずだ。おっとそろそろ休憩は終わりだ。どうにか解決してくれ。ここが閉まると俺らの稼ぎが無くなっちまう」と鉱山夫は鉱山の方に戻っていった。

あの男の言った線路はとても錆び付いており、ところどころ継ぎ足しや溶接の跡が見える。
しかし車輪が乗る部分だけは摩擦によって金属光沢によって輝いている。
線路と登山道を隔てる柵などない。
ただ道の端には壊れた枕木などが打ち捨てられている。
そして広い場所に出ると線路は分岐している。
その線路は大きな車庫につながっていた。
霧に包まれてよく見えないが人影がいる。
そしてその周りにも何かが落ちている。—————いや倒れている。
銃を持った軍人やら自警団などが倒れ、その中心に古い東洋の甲冑を纏っている人間。いや人間かも分からない。
ただこの男は刀を持っている。
「男か……いやあんたは………違う……」と甲冑は男のような声を発する。
「空を見よ」と聞こえた。
「思慮の羽で飛べるものよ。天高く飛ぶことが出来る、明日は華だと信じて飛ぶんだ。」と彼は意味分からないことを言う。
そして彼は刀をもって寄ってくる。私は条件反射的にライフルを構える。
「種子島如きでこの甲冑は貫けん。」と男は刀を構えて歩いてくる。
私はライフルを拳銃とナイフに持ちかえ、近接格闘に備える。
「小刀か……ではこのムラマサが相手をしようか……いやあんたにはそれ以上のものがいる……」と甲冑は切りつけてくる。
精錬される鉄の匂いが鼻の奥を擽る。
甲冑を纏っているとは思えぬ軽快な動きで、男は飛び、後ろに回るが、私は持ち前の運動能力で対応し、エイハブから習ったCQC、近接格闘戦術を生かす。
甲冑の重さを感じず、ただ冷たい冷気がこの男から漂っている。
しかし即座に男は受け身を取り、「武術か。」と呟く
柔術だけではない。拳銃を構え、男の胸鎧に向けて二発撃ち込む。
銃弾が鎧に穴を開け中の身体をかき乱す。
「火縄銃……じゃない……?」と男は言う
「オートマティックだ。大昔の前装式ライフルと同類に扱われても困る。」と私は拳銃を向ける。
「そうか……そうだな…」と男は立ち上がる。
「流石だ。鯨に魅入られた者よ……」と刀身が男と甲冑を貫き、私を刺す。
「お前なら俺を殺してくれると思っていたんだが……残念だ」と私に突き刺さる刀身を抜く。

「俺に身体は無い。ただ空虚に残った魂だけだ。」この言葉を最後に私の意識は明確に暗転する。




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