こんにちは。
まぁ、気ってのは、呼吸すると手のひらから出てくるもんです。呼吸にだけ意識を当てたのが、普通の気功師さん並みの気。で、それ以上のプラスαは、自身の生活がどれだけひどかったかによって、なりふり構わず、生き抜かなければならなかった状態が長ければ、違う回路が開いていきます。で、レイキってのは、この回路を、人工で開けようとしたんじゃないかな。途中の経路で、開かない先生がひとりでも出てくると、もう、代々人工で開けられない実力の人を生産した事にしかならないから、回路って意味じゃ意味にはならない。不透明だね。
で、エネルギーってのは、割とどこにでもあって、ある一定の環境下で、人によって受け取る感覚が違うんですよ。エネルギーって言っても、精霊とかそんなものも見える訳ではない、だけれど、じゃぁ電気が見えるかって言ったら、視えないですね。急に温かくなる、寒くなる、これまたエネルギーだけれど、ヒーターから出ているものは、見つけられないね。だから、そんなもんですよ。元々、目に見えないんですよ。
別に幽霊が、さほど問題にならずに来ているのは、大したエネルギーだからじゃないんじゃないですか。それが、猛吹雪を呼び、荒らしを呼び、雪崩を起こす寒波だったり、熱帯タイフーンだったりすると、凄まじい事になります。地震も、マグニチュードが高ければ、凄まじいエネルギーとなって破壊しつくす。噴火も、ある日いきなりですからね。これまた、凄いでしょう。で、霊レベルってのは、実はそんなでもなかった。だけれど、確実に人の自律神経を乱すだけの威力はあるんですよ。
まぁ、生きている人の猛烈な雄たけびだって、感動を呼んだり、不快感を呼んだり、それですら、聞いている赤の他人は自律神経を乱される訳で、まぁ、自律神経を乱すタイプで、比較的冷え切ったエネルギーであったり、湿気っぽくて、ジメジメしたうっとおしいエネルギーであるのは確か。残留思念だって、それで自律神経を乱される人がいて、簡単にそういうわずかなエネルギーに、自律神経を乱されやすい人を、エンパスと呼ぶようなんですね。
で、私は、最初の頃のブログの書き方を見てもらえば分かるんですけれど、全然論理的じゃなかったんですよ。ほんと言っている事が、「これからXXに行くとなんかやばい。やだやだ。」で終わっているんですね。で、それを論理思考で、検証して、論理思考で裏付けを取ってみた。すると、意外にね、再現性があるんですよ。だから、悪質な霊能者ってのが、霊をよくクライアントの家に作って、祓う動作をして見せて、また作って置いておくってのがあるんですが、その手法を使っているんだろうとは思います。できるのかって?恐らく、ある程度熟練したら簡単ですよ。ただ、それが、モラルの範囲かどうかは別ですよ。殆ど詐欺ですからね。
まぁ、そんなんで、私が、NY帰国後の最初の家は、あれはあれで、本当に天然にそういうものが出来やすい間取りだったし、作りだったし、外見じゃ分からないなと思いますよ。で、築年数を加味したり、周囲の水源情報や何かを入れると、簡単に湧いて出る泉になるんですよ。ただ、個人的には、最初の家に一生住む選択肢はないですよ。建て替えしますよ。だって、最後は、二階の床が腐って抜けてたんですから。まぁ、そんなんで言えば、今の家もそうかな。雨風避けられればと言うけれど、ほんと、雨が直に降って来ないけれど、風は吹くって。隙間風で。で、間取り的にも本当に効果的に暖房が使えない。心臓発作には厳しいですよ。
でも、この家なんか、もう最初に来た時いた奴なんかいないですからね。最近、ほんと、三河屋さん自体が遠巻きにしていて、ホントこの家、霊現象も起きるけれど、奇跡も起きるんですよ。
つまり、理屈を知っていて、パラメーターの設置だけ、間違いないようにすれば、確実にドリカムになるってわけ。
ただ、そのパラメーターの設置方法が難しい。そしてパラメーターがどの辺に行った時のどの組み合わせが、これにてこう出来るという、恐らく何千パターン、何万パターン、何十万パターンを認識して、それで行えば、意外と、再現性はあるんですよ。ただ、人間生きていて、時間が流れるでしょう。その時間軸までパラメーターに設置する事は出来ないからね、不可能なものもありますよ。そして、その人の生きてきた生き様さえもが、パラメーターの一つになるわけ。その時の感情とか、凄まじく、情動的な事もパラメーターに入って冷静に分析したら、再現性が割とあるもんなんですよ。
でも、意外と、精霊や神霊、そして心霊怨霊、残留思念、生霊、そんな身近なエネルギーで、割と小規模なもの(伊勢湾台風に比べたら、小規模でしょう)に関して、人間が作れる範囲で、ある程度の再現性があるって気がついたんでね。
ただ、問題はこの手のエネルギー体には、意思があって、コリオリの法則に微妙に関係があるらしい気がする。まだ、分からない。けれど、住環境やそういう中で、故意にできるし、自然にできるし、比較的遠隔でも作れるし、憑いてくるし、血脈の中でも憑いてくる。だから、面倒なんじゃないんですか。だって、何で自分の先祖の因果応報を、子孫が決済しなきゃならないのか、そう思うでしょう。
だけれど、先祖供養と言うのは、子孫の因果応報を、先祖が決済してくれるシステムじゃないっすよ。
なんか、間違えて、先祖供養に勤しむ人を見ると、悲しいんですが、故人を弔うのを、自分にやましい心で行う人が多いでしょう。だから、忙しくなって景気が上向きだと、途端に放ってしまう人が多い。なんか違うんじゃないかな。あれは、故人を弔うシステムで、あんたの利益を呼ぶ儀式じゃないですよ。
で、私は、今じゃ検証に検証を重ねてその、再現性や、全く一切再現しない、あらゆる偶然の中の必然を面白く見てるだけの人じゃないかな。だから、正直に言えば、「XXをしたいから、XXなんです。XXでいいですか?」と聞かれて、瞬時に「だめ。」って言う時がある。そういう時にはほんと、フォローする言葉もない。「XXだからXXがあってXXになるから、だめだよ。」って言葉が出ない。即時、ダメだし。ただ、そのやり方には、明確な根拠がない。全くの右脳のひらめきで、左脳さんなんか何も役になんかたたない。
その後、で、と説明しだしてみると、XXでXXだからと言いだした所で、クライアントが「あっ、それ今回の事例と同じです。」と仰る。で、初めて、そこで、論理的なバックグラウンドがつくわけ。最初っから計算済みだったかと聞かれたら、そんな簡単に出てくる引き出しなんか持ってませんよ。どこのドラミちゃんですか(涙)。
瞬時に計算してるとか、正直自分の脳味噌がそこまで優れているなんて思えないから、どうにも、直観で言っているんだと思う。ただ、今まではその直感が、正しいのを含めて、割とリアルの周囲からDQN扱いされてきた。高校の時なんか、薄気味悪がられて、嫌がられたりする。で、ほんとしくじってきた。だから、今になって、ある程度お金があって、子供の面倒を見て、その片手間に、検証をしてみようと思ったんだと思う。で、通産5年間以上検証して、現在事例は統計学に置いて有効になる程、集めて(事例は日常のそこら辺から拾ってくる)、そして、導き出したのが、再現性のあるなし。で、微妙に設置されるパラメーター。
若い頃、プログラムを組む授業があって、そこで、パラメーター設置について、理論的に学んで、IT産業でほんと嫌という程、ハードウェアからソフトウェアまで学んで、そしてパラメーターを現実世界にも置いてしまう癖が実はある。昔は、パラメーターだけで凄い設置のプログラムを組んだが、実は誰も使いこなせなかった。理由は簡単だった。微妙なパラメーターの違いや、設置の意味を、使用者が想像できないから、ほんと数個のパラメーター操作で満足してしまうんだ。それじゃぁ、役には立たない。お粗末だったなと思います。高性能であればいいって事じゃない。要は、Comfortable かどうか。
まぁ、そんなんで、割と自律神経を乱す乱し方は簡単です。で、回路について人は選民意識のように思うけれど、むしろ、「サバイバルしてきた状態がバレバレ=ろくな環境に育っていない」、だから、あんまり公言してしまうのもどうかと今では思っています。私の論理的思考は、偶然が必然になる事を模索し、それでも偶然が偶然であり続ける再現性のなさの不思議さ、そんな事を本当に大事に思っています。
朋
ちなみに、リアルの生活では、ある日いきなり、PCデスクの裏に潜り込んだと思ったら、一枚の封の切っていない封筒を見つけ出してきた。日付も差出人も何も確かめないで、直観で、これは、駐車場の当選番号が書いてあると思った。
・・・・・・そうだった。その通りで、実は希望区域の駐車場に当選したと言うお知らせだった。ところで、何でその日に限って、そんな所を覗き込んだのか、そっちが不明だね。それが、オカルトの醍醐味なんだよ♪。
まぁ、気ってのは、呼吸すると手のひらから出てくるもんです。呼吸にだけ意識を当てたのが、普通の気功師さん並みの気。で、それ以上のプラスαは、自身の生活がどれだけひどかったかによって、なりふり構わず、生き抜かなければならなかった状態が長ければ、違う回路が開いていきます。で、レイキってのは、この回路を、人工で開けようとしたんじゃないかな。途中の経路で、開かない先生がひとりでも出てくると、もう、代々人工で開けられない実力の人を生産した事にしかならないから、回路って意味じゃ意味にはならない。不透明だね。
で、エネルギーってのは、割とどこにでもあって、ある一定の環境下で、人によって受け取る感覚が違うんですよ。エネルギーって言っても、精霊とかそんなものも見える訳ではない、だけれど、じゃぁ電気が見えるかって言ったら、視えないですね。急に温かくなる、寒くなる、これまたエネルギーだけれど、ヒーターから出ているものは、見つけられないね。だから、そんなもんですよ。元々、目に見えないんですよ。
別に幽霊が、さほど問題にならずに来ているのは、大したエネルギーだからじゃないんじゃないですか。それが、猛吹雪を呼び、荒らしを呼び、雪崩を起こす寒波だったり、熱帯タイフーンだったりすると、凄まじい事になります。地震も、マグニチュードが高ければ、凄まじいエネルギーとなって破壊しつくす。噴火も、ある日いきなりですからね。これまた、凄いでしょう。で、霊レベルってのは、実はそんなでもなかった。だけれど、確実に人の自律神経を乱すだけの威力はあるんですよ。
まぁ、生きている人の猛烈な雄たけびだって、感動を呼んだり、不快感を呼んだり、それですら、聞いている赤の他人は自律神経を乱される訳で、まぁ、自律神経を乱すタイプで、比較的冷え切ったエネルギーであったり、湿気っぽくて、ジメジメしたうっとおしいエネルギーであるのは確か。残留思念だって、それで自律神経を乱される人がいて、簡単にそういうわずかなエネルギーに、自律神経を乱されやすい人を、エンパスと呼ぶようなんですね。
で、私は、最初の頃のブログの書き方を見てもらえば分かるんですけれど、全然論理的じゃなかったんですよ。ほんと言っている事が、「これからXXに行くとなんかやばい。やだやだ。」で終わっているんですね。で、それを論理思考で、検証して、論理思考で裏付けを取ってみた。すると、意外にね、再現性があるんですよ。だから、悪質な霊能者ってのが、霊をよくクライアントの家に作って、祓う動作をして見せて、また作って置いておくってのがあるんですが、その手法を使っているんだろうとは思います。できるのかって?恐らく、ある程度熟練したら簡単ですよ。ただ、それが、モラルの範囲かどうかは別ですよ。殆ど詐欺ですからね。
まぁ、そんなんで、私が、NY帰国後の最初の家は、あれはあれで、本当に天然にそういうものが出来やすい間取りだったし、作りだったし、外見じゃ分からないなと思いますよ。で、築年数を加味したり、周囲の水源情報や何かを入れると、簡単に湧いて出る泉になるんですよ。ただ、個人的には、最初の家に一生住む選択肢はないですよ。建て替えしますよ。だって、最後は、二階の床が腐って抜けてたんですから。まぁ、そんなんで言えば、今の家もそうかな。雨風避けられればと言うけれど、ほんと、雨が直に降って来ないけれど、風は吹くって。隙間風で。で、間取り的にも本当に効果的に暖房が使えない。心臓発作には厳しいですよ。
でも、この家なんか、もう最初に来た時いた奴なんかいないですからね。最近、ほんと、三河屋さん自体が遠巻きにしていて、ホントこの家、霊現象も起きるけれど、奇跡も起きるんですよ。
つまり、理屈を知っていて、パラメーターの設置だけ、間違いないようにすれば、確実にドリカムになるってわけ。
ただ、そのパラメーターの設置方法が難しい。そしてパラメーターがどの辺に行った時のどの組み合わせが、これにてこう出来るという、恐らく何千パターン、何万パターン、何十万パターンを認識して、それで行えば、意外と、再現性はあるんですよ。ただ、人間生きていて、時間が流れるでしょう。その時間軸までパラメーターに設置する事は出来ないからね、不可能なものもありますよ。そして、その人の生きてきた生き様さえもが、パラメーターの一つになるわけ。その時の感情とか、凄まじく、情動的な事もパラメーターに入って冷静に分析したら、再現性が割とあるもんなんですよ。
でも、意外と、精霊や神霊、そして心霊怨霊、残留思念、生霊、そんな身近なエネルギーで、割と小規模なもの(伊勢湾台風に比べたら、小規模でしょう)に関して、人間が作れる範囲で、ある程度の再現性があるって気がついたんでね。
ただ、問題はこの手のエネルギー体には、意思があって、コリオリの法則に微妙に関係があるらしい気がする。まだ、分からない。けれど、住環境やそういう中で、故意にできるし、自然にできるし、比較的遠隔でも作れるし、憑いてくるし、血脈の中でも憑いてくる。だから、面倒なんじゃないんですか。だって、何で自分の先祖の因果応報を、子孫が決済しなきゃならないのか、そう思うでしょう。
だけれど、先祖供養と言うのは、子孫の因果応報を、先祖が決済してくれるシステムじゃないっすよ。
なんか、間違えて、先祖供養に勤しむ人を見ると、悲しいんですが、故人を弔うのを、自分にやましい心で行う人が多いでしょう。だから、忙しくなって景気が上向きだと、途端に放ってしまう人が多い。なんか違うんじゃないかな。あれは、故人を弔うシステムで、あんたの利益を呼ぶ儀式じゃないですよ。
で、私は、今じゃ検証に検証を重ねてその、再現性や、全く一切再現しない、あらゆる偶然の中の必然を面白く見てるだけの人じゃないかな。だから、正直に言えば、「XXをしたいから、XXなんです。XXでいいですか?」と聞かれて、瞬時に「だめ。」って言う時がある。そういう時にはほんと、フォローする言葉もない。「XXだからXXがあってXXになるから、だめだよ。」って言葉が出ない。即時、ダメだし。ただ、そのやり方には、明確な根拠がない。全くの右脳のひらめきで、左脳さんなんか何も役になんかたたない。
その後、で、と説明しだしてみると、XXでXXだからと言いだした所で、クライアントが「あっ、それ今回の事例と同じです。」と仰る。で、初めて、そこで、論理的なバックグラウンドがつくわけ。最初っから計算済みだったかと聞かれたら、そんな簡単に出てくる引き出しなんか持ってませんよ。どこのドラミちゃんですか(涙)。
瞬時に計算してるとか、正直自分の脳味噌がそこまで優れているなんて思えないから、どうにも、直観で言っているんだと思う。ただ、今まではその直感が、正しいのを含めて、割とリアルの周囲からDQN扱いされてきた。高校の時なんか、薄気味悪がられて、嫌がられたりする。で、ほんとしくじってきた。だから、今になって、ある程度お金があって、子供の面倒を見て、その片手間に、検証をしてみようと思ったんだと思う。で、通産5年間以上検証して、現在事例は統計学に置いて有効になる程、集めて(事例は日常のそこら辺から拾ってくる)、そして、導き出したのが、再現性のあるなし。で、微妙に設置されるパラメーター。
若い頃、プログラムを組む授業があって、そこで、パラメーター設置について、理論的に学んで、IT産業でほんと嫌という程、ハードウェアからソフトウェアまで学んで、そしてパラメーターを現実世界にも置いてしまう癖が実はある。昔は、パラメーターだけで凄い設置のプログラムを組んだが、実は誰も使いこなせなかった。理由は簡単だった。微妙なパラメーターの違いや、設置の意味を、使用者が想像できないから、ほんと数個のパラメーター操作で満足してしまうんだ。それじゃぁ、役には立たない。お粗末だったなと思います。高性能であればいいって事じゃない。要は、Comfortable かどうか。
まぁ、そんなんで、割と自律神経を乱す乱し方は簡単です。で、回路について人は選民意識のように思うけれど、むしろ、「サバイバルしてきた状態がバレバレ=ろくな環境に育っていない」、だから、あんまり公言してしまうのもどうかと今では思っています。私の論理的思考は、偶然が必然になる事を模索し、それでも偶然が偶然であり続ける再現性のなさの不思議さ、そんな事を本当に大事に思っています。
朋
ちなみに、リアルの生活では、ある日いきなり、PCデスクの裏に潜り込んだと思ったら、一枚の封の切っていない封筒を見つけ出してきた。日付も差出人も何も確かめないで、直観で、これは、駐車場の当選番号が書いてあると思った。
・・・・・・そうだった。その通りで、実は希望区域の駐車場に当選したと言うお知らせだった。ところで、何でその日に限って、そんな所を覗き込んだのか、そっちが不明だね。それが、オカルトの醍醐味なんだよ♪。
ありがとうございます。
>「サバイバルしてきた状態がバレバレ=
ろくな環境に育っていない」
いや、まったくですね。
おっとりじっくりと育ってみたかったですわ。
>今回も本当に面白かった。
最高の褒め言葉です。ありがとう。実は、先日、予約が先の方々が、「朋さんのブログ更新が増えると、待てます」って言うんで、一日3個濃密エントリで頑張ってみているんですが、案外書くことあるもんですね。
ほんと、
>>「サバイバルしてきた状態がバレバレ=
ろくな環境に育っていない」
自分で書いてて、アイタタタでしたよ。
面白くて、ストレス解消になる事を書いて行きたいとは思っているんですが、本当にありがとう。