新・南大東島・沖縄の旅情・離島での生活・絶海の孤島では 2023年

2023年、11年振りに南大東島を再訪しました。その間、島の社会・生活がどのように変わっていったかを観察しました。

宵祭 神輿と山車の行列

2023-05-19 19:28:19 | 旅行

  豊年祭の宵祭(9月22日)では、各集落の神輿と山車が村役場に集結し、ここから大東神社に向かうことから始まる。神輿と山車は、午後3時に村役場から一列になって出発する。それぞれの集落から神社に向かえば、村役場から遠い集落にとっては時間短縮になるかと思われる。だが、村役場に6集落の神輿が集結し、行列をすることに意義があるようだ。狭い島なのだが、北端にある旧東集落から村役場までは結構な距離がある。山車は各集落からトレーラーで牽引してくるため、移動に問題はない。神輿はトラックに乗せて運ぶようだ。
 神輿が大東神社に到着したなら、神主により御祓いを受け、神輿に神様を乗り移す。神様を乗せた神輿は宮出しされ、在所集落の歓楽街を練り歩くことになる。渡御(とぎょ)と呼ばれ、神輿に乗り移った神様が町内を巡行することになる。東京都内の神社では宮出しされた神輿は、各自の町内を練り歩くのだが、南大東島では全ての神輿は先ず歓楽街を練り歩くことに特徴がある。これは歓楽街にある飲食店、商店などからご祝儀を受け取るためである。歓楽街を通過してスーパーミナミのある交差点まで練り歩いた後、それぞれの神輿は各集落の集会所に安置される。これが宵祭における神輿の宮出しから巡行の日程である。その夜は各集会所で集落の人達が集まって直会となる。
 翌日の本祭(9月23日)では、各集会所の安置した神輿は再度村役場に集結させ、午前9時に大東神社に向かう。神社では神輿に乗り移っていた神様を降ろす宮入りの神事を行う。この一連の神事により南大東島の豊年祭は終了する。露払い、紋付き姿の先導や高張り提灯などは無い、大東神社の神事である。内地の神社で行われている神輿の巡行でも、それぞれ独自の日程で行っているのと同じである。
 一番目の写真は神輿を担いだ一団で、集落ごとに色違いの法被を着ていた。残暑の中、村役場から大東神社までは結構な距離があり、神輿を担いでいくのは大変なことある。
 二番目の写真は山車を引く幼児、小学生で、どこからこんなに多くの子供が出てきたのかと驚かされた。島の人口は1201人であるが、14歳以下の児童は183人である。人口比では15%以上になる(2022年9月現在)。全国の15歳未満の人口は1417万人で、全人口が1億2435万人であることから人口比率は11.4%と集計されている(2023年10月、総理府統計局)。また、島の65歳以上の高齢者は313人で、高齢化率は26%であり、全国平均の29.1%よりも低い。全国の地方では高齢者だけが居住する集落が増えている。しかし、南大東島は高齢化や小子化とはほど遠く、若者が多く住んでいる島なのである。
 三番目の写真は色紙などで飾られた山車であり、牽引するのは日頃農作業で使っているトラクターで、山車は砂糖きびを集荷するための台車ある。毎年のことなので、山車の飾りつけなどは慣れていて、派手な飾りが付けられていた。山車には太鼓、鉦などを積み込んであり、小中学生がお囃子をしていた。
 (注・なお、これらの写真は9月23日の行列を撮影したものである。22日の行列は飛行機の到着時間の関係で撮影できなかったので代用した。しかし、行列の内容は宵祭の時と同じである)