23.【 最後の最後だけ、本当だった 】 (マリア)
(せいぼ?)
(そう。大昔の神様の母親でね、聖母って呼ばれていた。マリアの名前はその人から貰ったんだよ。その人のようにマリアも、全てを赦し慈しむことが出来る女性になれるように)
(すべてをゆるしいくし、いつし…、なに?)
(いつくしむ。愛するってことだよ)
(ふーん)
(マリア。よく覚えておおき。この先お前は、自分を呪ったり誰かを恨んだりする時が来るだろう。そうやってその憎しみに身を任せることはとても簡単だが、同時にとても寂しく空しいことだ。爺ちゃんは可愛いお前に、そんな人生を送ってほしくはない。爺ちゃんはね、お前には、憎むことより赦すことを選べる強い人になって欲しいんだよ)
(つよいひと? マリア、つよいヨ? おっきなきだってたおせるし、いわだって…)
(いいかい、マリア。本当の強さっていうのは力じゃなくて、人や自分を愛し赦せる心のことなんだよ。愛し赦すことは憎み恨むことより、ずっと難しいことだからね。努力なしでは出来ないだろう。だけど、いつだって爺ちゃんがお前を愛しているみたいにお前も、自分やこの先出会う人達を愛して、その醜さも弱さをも赦しておやり。そうすればきっと、どんな地獄にだって必ずひとつは救いを見つけられる)
(…このさき、であうひとたち……?)
(そうして出来ることならどうか、実りある、笑って最後を迎えられるような、そんな人生を送っておくれ―――)
――――じい、ちゃん…。
じいちゃんが傍にいるような気がして、思わず呟いたけど、それはもう、声にならなかった。
大好きなじいちゃん。じいちゃんと二人きりで暮らした、あの島での生活。
あの頃、私はきっと、とても、とても大事なものを、じいちゃんから沢山受け取っていた。
頭の上から殴られているような痛みが走る。
視界がぼやけて全身が痛い。
まるで太鼓を打っているみたいに、全部の血管がドクドク脈打っていて、それが、頭の芯まで響くようでとても辛い。
あぁ、ラビが泣いているのが分かる。
なのに、顔が、もうよく見えない。声も、聴こえない。
泣かないでって言いたいのに、ごめんネって一生分言っても、足りないのに、もう、喋れない。
ラビ、ラビ。優しい、赤い目のウサギさん。
私の目を、宝石みたいだって言ってくれた。
あれは私にとって、とても特別な言葉で、だから、とても嬉しかったんだ。
ラビがいてくれたから、辛いことも苦しいことも哀しいことも、乗り越えようと思えたんだヨ。
痛くて我慢できないときでも、ラビのこと思ったら、それだけで頑張れたんだヨ。
もう『ありがとう』も、『ごめんなさい』も、伝えられないけど。
私の、たった一人の仲間。誰とも比べられない、大切な、大切な……。
そう言って許されるなら、本物のお兄ちゃんみたいだった。
ごめんネ、私が、こんな力なんか持ってなかったら。
あんなに何回も未練たらしく、ラビに、この街の話をしなかったら。
きっと、こんなことにはならなかった――――。
体中の骨が、粉々に砕けそう。
目を閉じているのか、開けているのか、それすらもう分からない。
私、今、ちゃんと息、吸えてるのかな…。
なんだか、思考が緩やかに停止していってる気がする。
考えてるわけじゃないのに、さっきから色んな状況や場面が、頭の中で浮かんでは、消えていく。
じいちゃんとか、スレイとかトゥルーとかアンナちゃんとかツバキさんとか、ゲジゲジとかシューちゃんとかモジャモジャとか、アデル博士とかクロイス博士とかラビとか、ファルコ、とか、色んな人の顔が見える。
……ああ。これが、テレビでよく言ってた、死ぬ前に見る、フラッシュボードってやつか。
私、本当にもうすぐ、死ぬんだ……。
そう思った瞬間、涙がじわりと湧いてきて。
本当は――――…。
本当は、博士が死んでラビが何を考えているのか分かった時、哀しくて泣きたかった。
本当は、この街で三年ぶりにファルコに会った時、駆け寄って抱きついて泣きたかった。
本当は、船に帰ったとき、みんなの顔を見て、変わらない優しさに、大声で泣きたかった。
本当は、最初の痛みがやってきて種が崩壊したのを知った時、恐くて、泣きたかった。
本当は、あの時……、ううん、三年前博士に連れられて、この街を離れてからずっと。
ずっと、辛くて、泣きたかった。
何度も、何度も、自分に言い聞かせてきた。
この結末を招いたのは、誰でもない私自身。
悪いのは全部、私。
だから、もう、泣いて甘えちゃいけないって。
そうしてずっと隠してきた、沢山の涙。沢山の想い。
それが、もう誰にも会えないんだって思ったら、どうしようもなく溢れてきて。
ファルコ―――。
恐くて甘えたくて縋りたくて、思い浮かべた、ただ一人の人。
―――ファルコ。
ファルコ、ファルコ、ファルコ。
ねぇ、死にたくないヨ。
まだ、死にたくなんかなかったヨ。
ずっと、ファルコの傍にいたかった。
女の子として好きになって欲しかった。
会いたい。
最後にもう一回、会いたいヨ。
もう一回、あの綺麗な金色が、見たい。
もう一回、笑ってる顔が、見たい。
ファルコ。
好きだヨ。会いたいヨ。死にたくないヨ。恐いヨ。
ファルコ。
ファルコ。
だけど。
あの日、色覚を失った日。
あの日ファルコに会って感じたあの気持ちは、本物だった。
最後に、ちゃんと顔見て、好きって言えて良かった。
なんだかすごく驚いた顔してたけど。
でも、私の気持ちは全部、伝えた。伝えられた。
あの気持ち全てが、私の全てだと本気で思うから。
私がここで死んでも、ファルコは生きる。
きっと、約束通り、モジャモジャがうまいこと誤魔化してくれる。
急ぎの用でアトレイユに戻ったとか、なんとか、言い訳なら幾らでもあるはずだ。
私がこの空の下で生きていると、元気でやってると、時々は思い出してくれるだろうか。
そうやって、ファルコはずっと、この街で幸せに生きていく。
それは悲しいけど、とても嬉しいことでもあって。
その希望があるから、私は、きっと―――……。
―――ああ、そうか、そういうことだったのか。
ねぇ、じいちゃん? 今なら分かるヨ。じいちゃんがあの日、言ったこと。
じいちゃんは、分かってたんだネ。
いつの日か、私のために死ぬ日が来ること。
あの頃、じいちゃんが私にくれた言葉はみんな、遺言だったんだ。
あの頃、私はまだ小さくて、その言葉の意味をきちんと理解していなかったけど。
それでも、その言葉は私の中にしっかり息づいていた。
意味が分かってなくても、じいちゃんの思いは、私の中で、しっかり息づいていた。
じいちゃん。アナタの『マリア』は、精一杯『強く』生きたヨ。
苦しかったけど、でも、だからこそ、最期を笑って迎えられる。
ひょっとしたら、こんなふうに、ファルコの中にも、息づくかもしれない。
私の残した言葉が、
思いが、小さく。
だったら、いいな――――――。
(NEXT⇒音の速さで届く言葉)
(せいぼ?)
(そう。大昔の神様の母親でね、聖母って呼ばれていた。マリアの名前はその人から貰ったんだよ。その人のようにマリアも、全てを赦し慈しむことが出来る女性になれるように)
(すべてをゆるしいくし、いつし…、なに?)
(いつくしむ。愛するってことだよ)
(ふーん)
(マリア。よく覚えておおき。この先お前は、自分を呪ったり誰かを恨んだりする時が来るだろう。そうやってその憎しみに身を任せることはとても簡単だが、同時にとても寂しく空しいことだ。爺ちゃんは可愛いお前に、そんな人生を送ってほしくはない。爺ちゃんはね、お前には、憎むことより赦すことを選べる強い人になって欲しいんだよ)
(つよいひと? マリア、つよいヨ? おっきなきだってたおせるし、いわだって…)
(いいかい、マリア。本当の強さっていうのは力じゃなくて、人や自分を愛し赦せる心のことなんだよ。愛し赦すことは憎み恨むことより、ずっと難しいことだからね。努力なしでは出来ないだろう。だけど、いつだって爺ちゃんがお前を愛しているみたいにお前も、自分やこの先出会う人達を愛して、その醜さも弱さをも赦しておやり。そうすればきっと、どんな地獄にだって必ずひとつは救いを見つけられる)
(…このさき、であうひとたち……?)
(そうして出来ることならどうか、実りある、笑って最後を迎えられるような、そんな人生を送っておくれ―――)
――――じい、ちゃん…。
じいちゃんが傍にいるような気がして、思わず呟いたけど、それはもう、声にならなかった。
大好きなじいちゃん。じいちゃんと二人きりで暮らした、あの島での生活。
あの頃、私はきっと、とても、とても大事なものを、じいちゃんから沢山受け取っていた。
頭の上から殴られているような痛みが走る。
視界がぼやけて全身が痛い。
まるで太鼓を打っているみたいに、全部の血管がドクドク脈打っていて、それが、頭の芯まで響くようでとても辛い。
あぁ、ラビが泣いているのが分かる。
なのに、顔が、もうよく見えない。声も、聴こえない。
泣かないでって言いたいのに、ごめんネって一生分言っても、足りないのに、もう、喋れない。
ラビ、ラビ。優しい、赤い目のウサギさん。
私の目を、宝石みたいだって言ってくれた。
あれは私にとって、とても特別な言葉で、だから、とても嬉しかったんだ。
ラビがいてくれたから、辛いことも苦しいことも哀しいことも、乗り越えようと思えたんだヨ。
痛くて我慢できないときでも、ラビのこと思ったら、それだけで頑張れたんだヨ。
もう『ありがとう』も、『ごめんなさい』も、伝えられないけど。
私の、たった一人の仲間。誰とも比べられない、大切な、大切な……。
そう言って許されるなら、本物のお兄ちゃんみたいだった。
ごめんネ、私が、こんな力なんか持ってなかったら。
あんなに何回も未練たらしく、ラビに、この街の話をしなかったら。
きっと、こんなことにはならなかった――――。
体中の骨が、粉々に砕けそう。
目を閉じているのか、開けているのか、それすらもう分からない。
私、今、ちゃんと息、吸えてるのかな…。
なんだか、思考が緩やかに停止していってる気がする。
考えてるわけじゃないのに、さっきから色んな状況や場面が、頭の中で浮かんでは、消えていく。
じいちゃんとか、スレイとかトゥルーとかアンナちゃんとかツバキさんとか、ゲジゲジとかシューちゃんとかモジャモジャとか、アデル博士とかクロイス博士とかラビとか、ファルコ、とか、色んな人の顔が見える。
……ああ。これが、テレビでよく言ってた、死ぬ前に見る、フラッシュボードってやつか。
私、本当にもうすぐ、死ぬんだ……。
そう思った瞬間、涙がじわりと湧いてきて。
本当は――――…。
本当は、博士が死んでラビが何を考えているのか分かった時、哀しくて泣きたかった。
本当は、この街で三年ぶりにファルコに会った時、駆け寄って抱きついて泣きたかった。
本当は、船に帰ったとき、みんなの顔を見て、変わらない優しさに、大声で泣きたかった。
本当は、最初の痛みがやってきて種が崩壊したのを知った時、恐くて、泣きたかった。
本当は、あの時……、ううん、三年前博士に連れられて、この街を離れてからずっと。
ずっと、辛くて、泣きたかった。
何度も、何度も、自分に言い聞かせてきた。
この結末を招いたのは、誰でもない私自身。
悪いのは全部、私。
だから、もう、泣いて甘えちゃいけないって。
そうしてずっと隠してきた、沢山の涙。沢山の想い。
それが、もう誰にも会えないんだって思ったら、どうしようもなく溢れてきて。
ファルコ―――。
恐くて甘えたくて縋りたくて、思い浮かべた、ただ一人の人。
―――ファルコ。
ファルコ、ファルコ、ファルコ。
ねぇ、死にたくないヨ。
まだ、死にたくなんかなかったヨ。
ずっと、ファルコの傍にいたかった。
女の子として好きになって欲しかった。
会いたい。
最後にもう一回、会いたいヨ。
もう一回、あの綺麗な金色が、見たい。
もう一回、笑ってる顔が、見たい。
ファルコ。
好きだヨ。会いたいヨ。死にたくないヨ。恐いヨ。
ファルコ。
ファルコ。
だけど。
あの日、色覚を失った日。
あの日ファルコに会って感じたあの気持ちは、本物だった。
最後に、ちゃんと顔見て、好きって言えて良かった。
なんだかすごく驚いた顔してたけど。
でも、私の気持ちは全部、伝えた。伝えられた。
あの気持ち全てが、私の全てだと本気で思うから。
私がここで死んでも、ファルコは生きる。
きっと、約束通り、モジャモジャがうまいこと誤魔化してくれる。
急ぎの用でアトレイユに戻ったとか、なんとか、言い訳なら幾らでもあるはずだ。
私がこの空の下で生きていると、元気でやってると、時々は思い出してくれるだろうか。
そうやって、ファルコはずっと、この街で幸せに生きていく。
それは悲しいけど、とても嬉しいことでもあって。
その希望があるから、私は、きっと―――……。
―――ああ、そうか、そういうことだったのか。
ねぇ、じいちゃん? 今なら分かるヨ。じいちゃんがあの日、言ったこと。
じいちゃんは、分かってたんだネ。
いつの日か、私のために死ぬ日が来ること。
あの頃、じいちゃんが私にくれた言葉はみんな、遺言だったんだ。
あの頃、私はまだ小さくて、その言葉の意味をきちんと理解していなかったけど。
それでも、その言葉は私の中にしっかり息づいていた。
意味が分かってなくても、じいちゃんの思いは、私の中で、しっかり息づいていた。
じいちゃん。アナタの『マリア』は、精一杯『強く』生きたヨ。
苦しかったけど、でも、だからこそ、最期を笑って迎えられる。
ひょっとしたら、こんなふうに、ファルコの中にも、息づくかもしれない。
私の残した言葉が、
思いが、小さく。
だったら、いいな――――――。
(NEXT⇒音の速さで届く言葉)