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東(ひがし)洋(ひろし)FB詩集「腐乱する都市」
また北ドイツで書き溜めた詩紛いのモノをここに笑覧に曝します。もとより、嘲りと軽侮、冷笑は覚悟の上。確かに心が疼くが、そこにある以上、隠すことなど思いも及ばない。お騒がせすることを平にご容赦願い、一刻お付き合い願います。
“死を剥奪する”
閉じ込められた鉄箱の中で
さらに小さく蹲り
頭をかかえ口唇を慄わせて
懸命に弁明(自己弁護)する
おまえ!
おまえは狡猾である
矮小である
そしてなによりも臆病である
一つの星さえ見詰め続けることのできない
底の浅いおまえの決意が
世界を不幸にしているのだ
そしてなによりも人間を否定している
閉じ込められた鉄箱の中で
さらに小さく体を折り
ふとんを被って眠り込み
ついに目を開けようとしない
おまえ!
おまえは卑怯である
怠惰である
そしてなによりも臆病である
一人の少女さえ見詰め続けることのできない
底の浅いおまえの“愛”が
同志を裏切り
姉兄を売り
そしてなによりも母から優しい微笑みを奪った
おまえ、
おまえに宣告する!
いかなる神も
おまえを救いはしない
おまえを責めはしない
そしてお前から死を剥奪する!
“腐乱してゆく二十世紀後半”
霧と雨と民家の屋根を押しつぶすように
空を覆う鉛色の雲
それは何でもない
それは絵ではない
それは僕の精神を映しもしなければ
腐乱してゆく二十世紀後半の時代を象徴ってもいない
ただ
それは北ドイツで太陽を隠蔽し
全てを
単純明快に説明しているだけだ
最新型のアルファ・ロメオにパリを着た娘達
黄金のティー・テラス
それは何でもない
それは絵ではない
それは僕の懶惰を挑発することもなければ
輝く“我らの時代”を祝福してもいない
ただ
それは北ドイツで人間の感性を改造し
全てを
縦横無尽に嘲笑しているだけだ
“栄養失調の精神”
時は初夏
透きとおるように浄化された大気の中
さりげなく昇る朝陽
ゆっくり全てを確かめ
今日もまた新しい生命の誕生に向け
まっすぐ
なんと大胆な祝福の仕方だろう
この一条の光
爆裂音が大地を震する
砲撃は四方八方
ところかまわず灼熱の尾火を引く火球
手足を引き裂かれ
それでも死にきれず呻く
万人の生活者
それでも
時は晩秋に移り
大きく躍り上って飛びだす
大火球が
宙宇を一瞬のうちに
飛び超え
朝もやの立ち込めた高原の湖畔に
一日の
実り豊かな到来を告げる
人々は
栄養のみごとに失調した精神を抱え
会員制の大舞踏会の宿酔に
忘れてきた大肥満の恋を追憶する
その時
初雪が舞わなければ
大それた
北極探検を試みることもなかっただろうに
ペストを恐れて
北の端という出発点に発ち
少しは
今世紀最大の悲惨について
七五調で
歌うこともできただろうに
“今日もとにかく退屈だった”
いつまでたっても見えてこない
なにを見たいのか
いつまでたっても浮かんでこない
今日もとにかく退屈だった
明日もきっと今日だろう
平和が裏返しにされて恨まれている
人の肉を喰って生き延びて
それで、この平和か
一日、一日
女のことばかり考えて
あいつに手を出しゃ骨が折れる
こいつに口出しゃ金がいる
部屋の隅に蹲り
今日もとにかく退屈だった
そんな平和を
消化しきれず
胸やけにぶ厚い焦燥をそえて
重い胃酸の
心もとない弁明を聞いている
なるほど
今日も世界は開かなかった
ヴェールはいつも薄いのに
影を見ることもできなかった
真摯であるということ
誠実であるということ
なんと
衰弱した朝夕の挨拶であることか
見えても見ず
見えないものを見て
今日も一日
恐怖を喰らって
快活に
僕達は不安だった
“悪意の時刻表”
いきなり
一人の女を憎悪する
理由がないのが気に入った
久し振りに味わう
閉ざされた自愛の前で戦慄する
この快感
必ずしも正確ではない
悪意の時刻表だけが
弛緩しきった柵の中の泉に
石を投げ込む
着水点を中心に
真赤な同心円を描いて繰り返す
女を憎悪するということ
夢に嫉妬するということ
風が匍匐前進するということ
それら全てが小さなガラス箱の中の
出来事だと識っても
やっぱり恐怖するか
君
“時の屍の上で”
私が何かを喪ったのは確かだ
透きとおるようなプラスティックの壁に
囲まれた部屋で
私が何かを喪いつつあることは
“喪った”ということより確かだ
それが
時の屍の上に
かろうじて咲く
生の姿であると
時は私をおびきだし
私を閉じ込め
私を透きとおった壁の中に置き去り
喪失の中の
生を今も繰り返している
”記号Aについての物語“
置き忘れられた記号A
その観念性が妙に冷たい
と言って泣く君
記号Aの影が消えた朝
君は一つの悲惨を生んだ
疾駆する伝令
今は都市
追う記号がよくある街角を折れる
いきなりよくある通りに出て
勝ち誇ったように喘ぐ記号A
嘲う悲惨
都市は今
有史以来の平安の底で乾く
君が泣く
記号Aの身上話は
喪った影
自身の影を焼き払った都市であれば
君の泪が
悲惨よりも影を慕ったとて
二十億年の仮説は
今もなお
都市の上に燦然と輝く
君
記号Aの観念性は
全て存在するものの具体性より
二十億年の仮説の下に消え去った
その影のように
悲惨ではない
だから
君は泣きながら悲惨を産んだか
地球よ
記号Aの留置は
君にとって
致命的だった
“威風堂々風に乗って”
おお
君の行為に素朴な無頼さはあっても
悪意のないことは
誰よりも風が知っている
だから
風に乗って無邪気に
真空の都市を駆け抜け
今
恋人たちのいる風景に
彩色する
<拒絶すれば俺は君を本当に愛してしまう>
優しく恫喝する
二十世紀後半の君は
いきなり予定通りの世紀末に突入して
心おきなくうろたえるか
いや
文部省国民痴呆化局義務教育課に推薦され
勇気を千倍にして
鼻をかもう
ああ
この惚れ惚れするような
しれきった明日は誰のもの?
だからといって
嘆くな君
風は吹く
論理的必然をもって吹く風に
大地が呼応し
なによりも恋の積乱雲は
あんなにも力強く
真夏の白い海の彼方で
微笑んでいるではないか
夢よりは君
風に乗ろう
風に乗って
恋の港に
威風堂々
明日を訪ねて
今日入港するんだ
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