“ドイツ連邦共和国”
ドイツ連邦共和国
自由主義圏におけるもっとも政治的に安定した国
新聞記者が、アナウンサーが
ちょっとしたいい気分と
ちょっとした醜い誇りをもって
ドイツ連邦共和国国民に
忘れないで!
と注意を促す
とりわけ新しくも珍しくもないが
歴史的である
ラテン・ヨーロッパの共産主義者は
狡猾で取引上手だから
アジア、アフリカ、ラテン・アメリカは
後進国だから
いつも国を騒がす
レンガ色の風景と歩行者天国の平和は
一家族一匹のダックスフンドと伴に
イタリア人を見ては笑い
ウディ・アミンを読んではほくそ笑み
中国人を見ては顔をしかめ
フランツ・ヨゼフ・シュトラウスに
感涙の泪を流す
過ぎし日の過酷こそ我らの誇り
この豊かさは
美しいドイツランドと
賢明なゲルマン民族の
個有の創造物である
たしかに
アジア、アフリカ、ラテン・アメリカの
貧しさは
ラテン・ヨーロッパの底抜けの陽気さは
ドイツ連邦共和国の責任ではない
“歴史性を貫徹する流儀”
法則に全ては従う
時も空も驚きさえ
解読困難な花の美しさも
そして
流儀は百代の過客にして
時折
駅の待合室にまで
プラットホームの広告板にまで
あの歴史性を貫徹する
“聞き飽きた宣戦布告”
駆ける
青春の喜びとは
なんと
不鮮明な!
悲惨であればまだしも
十中八、九
歓喜とは
清らかな自涜の祝祭を
司どる
彩る栄誉の無戮性は
さて
何も観ないことにした
聞き飽きた宣戦布告
口を開いては
ああ、またか!
“思いつめては、ああ花のヨーロッパ!”
少年Kの窃盗は
母の恋狂いが原因だった
よくあるやつで
母の愛があまりにも人間的であった悲惨
と軽々しく解説を加えて
劇場を飛び出して行った
不良少年
馬上の青春がナナハンに変わっても
断固として貫徹する
不埒な贋造紙幣の価値法則
思いつめては
カムチャッカに非合法上陸
思いつめては
ああ、花のヨーロッパ!
書き忘れた言い訳を
出あいがしらに口走り
うろたえる牛歳誕まれの秦始皇帝
まさか
きみではないだろう?
君恋し、父の家出は
君恋し、笹の昼寝は
それは真夏白昼に起こらなければならなかった
それは突然、暴動よりも正当性をもって
巨樹の間、紅金の星に照らされ
視界千キロのユーラシアを越えて
千騎の少年兵を従え
誕れ堕ちたマリアを凌辱するため
思いつめては
カムチャッカに上陸し
思いつめては
ああ、花のヨーロッパ!
“思いがけないことではない”
思いがけないことで
我を忘れたのではない
いつも思っていたことに
驚かされただけだ
家を売り
家具を競売し
見廻り品をトランクに詰めて
ハイウェイを高速道路を走らなければ
明日がない
父は死んだ
おまえは新しい父を見つけるだろう
事実に惑わされてはいけない
恐ろしいのは
失意の隠蔽
悲しいのは
隠蔽の事実
明日からは私が仕事に出る
起こったことより
起こることに身構えよう
これからもまた思いつづけて
父の死に驚かされても
思いがけないことではないと
胸を張って
悲しむために
“神風特別攻撃隊の悲劇”
早朝五時、膀胱の充満に耐えきれず
出勤拒否の決意を急ぐ
厠に立ち
夜露が乾く朝陽の中
日本の精神を劇化する
スーパーマーケットの大廉売
ヤマトダマシイが五千万円とは
コドモダマシも度がすぎる
腐敗した無償の行為の復権を
セスナ機の翼に乗せて
今日
立川基地第一滑走路を飛びたつ
ガソリンを満載したタンクが
唯一の科白
この一週間心ゆくまで濡れた
この一週間心ゆくまで慄えた
日本武尊の女好きには
まだ納得できないが
ヒロヒトの無邪気さは高雅である
歴史的正当性をもって闘った敵
亜米利加!
その走狗に成り下がった売国奴は
ヒロヒト?
コダマ?
東宮御所に向かって一礼し
端正にうろたえながら
いきなり
全身を戦慄が走り
脳裏をあの女が走り
滑走路をセスナが走った
“借金”
彼の寂しさは
後ろ姿の雨ではない
彼の優しさは
旅発ちの朝のそれではない
そんな男が
今日私のドアの前に立っていた
心から歓迎したのは
僕の責任かも知れない
心から退屈したのは
僕の非礼かも知れない
彼は
慄える
未来と伴に
ハチミツが一番好きだと言った
彼に
それが君の現実ではないと言った
僕は
なにかを同時に喪った
未練に後ろ髪引かれる彼では
ないが
一人の人間を抹殺しなければならなかった
惨劇の会話はそれでも続く
テーブルの前に座るのが好きだが
台所を駆け回るのはいやだと言った
彼に
それが君の現実だと言った
僕は
何かを同時に感じた
彼の消えた部屋
間断なく雨滴の叩く窓から
最後の別れを彼に告げた
”アウトゥロ・ウイを観に行って“
切符の売り子にはまいった
あんなに親切に
丁重にやられたのでは
いやまいった
あんまり早く行きすぎたので
一番後ろの
一番端の
席を二割高で売ってくれるなんて
おかげで
あまりの嬉しさに
心臓ドキドキ
精神が高揚して
芝居の筋など追ってられるか
ハイル、ヒトラー!
ユダヤ人を叩き出せ!
なんて美しいんだろうドイツランド!
切符の売り子の愛国心に応え
今夜の観客はドイツ人だけ
ああ
僕が劇場に行ったのは
きっと僕の責任なんだ
僕がゲルマン民族でないのは
きっと僕の罪なんだ
せめて背広を着て
ネクタイを首に巻いて行けば
ブレヒトは喜んでくれただろう
売子はきっと
最もブレヒトを理解していたに違いない
今日の出来事は
とにかくドイツ的であった
なによりも
“ミヨちゃんらしき子が手招きする”
電信柱の陰に
下駄をはいたミヨちゃんらしき子が
膝までしかない着物着て
僕を呼ぶ
行っちゃいけない
行けばそこは地獄
歯のない口をしばたき
瞳のない目をむきだして
微笑しながら
ミヨちゃんらしき子が手招きする
行っちゃおうか
地獄だって
しれきった明日を待つよりはましだろう
だけど
どうしてミヨちゃんらしき子が
僕を呼ぶのか
もう少し時間をかけて検討しなきゃ
別に世に未練があるわけじゃない
あの娘とも寝たいし
時計の値上がりしたことにだって
腹が立たないわけじゃない
そんな風に考えると
ミヨちゃんらしき子はいつの間にか
電信柱の陰になってしまう
僕は
ああ助かった
と思いながら
やっぱり地獄なんて
僕とは関係ないなあと
つくづく
午後の自分を憶って
顔を赤らめる
だからといって
これからは地獄なんて絶対に口に出さない
と決意表明なんかしないけど
”オディプスコンプレックス“
長さ一メートルの及ぶ父の顔
唇をめくり
歯を合わせて
二ッと笑う
目覚めた俺の秩序に
正座する
長さ一メートルの及ぶ父の顔
眼を開けるな!
殺意が走る
<殺される!>
長さ一メートルに及ぶ父の顔を
俺は瞼を閉じたまま
石のように見る
天井に足裏で吸いついた母が
オカキの袋を胸に抱き
ユラユラ揺れる
悪意と饒舌の間を
往きつ戻りつ
動くな!
石化せよ!
<殺される!>
長さ一メートルの及ぶ父の顔に
眼をつり上げ
痙攣する眉間
天井を踏み抜くように
恫喝する母
殺される!
いわれの無いことではない
躰を鋼鉄のように張り
夜の弁明に
石のように唱和する
いわれの無いことではない
“出勤拒否を決意する”
早朝
端正に出勤の途を急ぐ
一番電車
目的の無い祈りにも似て
恍惚の迷いだったか
街路の下で
亡と白む西の空に
小鳥たちの囀りを聞く
またとない機会だ
立ち止まり
空を仰ぎ
深く息を吸って踵を返す
呼びかける神も
呼び止める母も
俺には無縁だった
強いて言っているのではない
海底の砂丘にも似て
誰に識られることも望まず
俺は人々の間に居た
働くということ
それだけで一つの価値を産む
その神聖なさりげなさが
俺の目を被っていたとて
後悔することはない
明日の出勤拒否を決意するため
今日最後の別れを告げてくると
俺はいつも出掛けた
そして明日も出勤拒否を決意するため
最後の別れを告げに出かけるだろう
それでも
無念を隠し切れないのは
働き続ける者の
権利の今なお生き続けていることを証している
“前科九十九犯の少年”
飛び交う小鳥たちの囀りに
理由のない憎悪をむき出して
たとえば
独り(の)少年が泪の森を彷徨う
朝陽が
木枝の間を透って
白い光線(矢)を射す頃
仰げない少年の目に
泪が涸れる
いつも思わせ振りに開ける朝
巨樹に囲まれて
雪シダのように世界が歩いてくれるなら
少年の想い出箱に
抜け落ちた憎悪の牙を
しまい込む必要もないだろうに
恐喝
押し込み強盗
そして銀行襲撃
世界の法則が
海底砂漠のように孤独であってくれたら
少年が
泪の森にさ迷い込むこともなかっただろう
知っているか
少年の前科が九十九犯であることを
知っているか
裁判長が添い寝刑を言い渡したことを
知っているか
いつも愛と黄金に裏切り続けられたことを
少年の憎悪の牙が
いま泪の森を刺し抜き
世界の由来について
考え始めたことを
”愛のカラクリ箱“
君の瞳が
木洩れ陽みたいだから
僕は思わずつまづき
世界を漂白してしまった
緑の髪が
枯葉色の風に流れて
秋が
寂しそうに頃が落ちる頃
素足の君は
白い樹立の間を
スキップを踏んで
転々と跳び弾ねているんだもの
僕は
思わず嬉しくなって
泪の泉に飛び込んでしまった
そんな二人の前に
ただ一本の道が
まっすぐ脇目も振らず伸びていてくれるなら
石にだって
感謝するのだけれど
そんなことを
波頭に乗せて
遠い南の島に運んでくれるなら
時だって
信じるのだけれど
それが
愛のカラクリ箱の囮だと
つまらなさそうに
言わなければならない
二人が愛し合うには
世界はまだ若すぎるのだ
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