まいどど~も🥺
先日、以下のようなニュースが報道された。
とある商業施設で、戸籍上の性別は男性で性自認は女性の利用客が女性用トイレに入り、 施設から警察に通報されるトラブルがあった。 ほかの客から、 週末のたびに女性の服を着た男性がトイレを使っていて、 怖くて利用できない、 という苦情が寄せられていた、とのこと。
この利用客についての苦情が出ること自体は、 当然ではないかと私は思う。 週末のたびに女性装をして商業施設のトイレを利用していた、 ということで、 どこか意図的なものを感じるから。
ただ、その一方で、この利用客に対し、戸籍上の性別が男性なら、男性用トイレを使うのが当然である、とするのもやはり違和感を覚える。 なぜなら私自身、商業施設などの男性用トイレは使えないから。基本的にトイレは我慢するか、どうしても我慢できないときは多目的トイレ(だれでもトイレ、またはみんなのトイレ)を使っているから。
以前にも書いたけれど、私は男性からの性被害を複数回経験している。男性用トイレの中でも、変質者に遭遇したことは何度もある。
こどもの頃から男性に対してはある種の恐怖心を抱いてきたし、 その恐怖心は年齢を重ねるにつれて軽くなるどころかむしろ悪化している。きっと、マイナスの記憶を蓄積しやすい私自身の特性によるものではないかと思う。
女性ではないので、もちろん女性用トイレは使えない。 しかし、男性用トイレも、ある時期から使えなくなってしまった。
私のココロに嵌められたこの枷は、きっと死ぬまで外れることはないだろう。 その覚悟はできている。だからこそ、できるだけ早い時期に死にたい、などと思うこともたびたびある。
私のこの苦しみを、世間が理解することはないだろう。
戸籍上の性別が男性なら、男性用トイレを使うのが当然である、使えないのはおかしい、といった趣旨の発言が、軽々しくなされてしまうのが、その証左である。
だからこそ、はっきり言っておく。
私は将来、自死という選択肢をとらざるを得ないときが来るかも知れない。
だけど、私がその選択肢をとることを、誰からも批判されたくないし、批判する権利は誰にもない。
いまのこの流れが続けば、私はいずれ、世間に殺される。
では、今日のウォーキング。
今日のところは、こんな感じで🥺