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クロノ太陽・・・16

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 そして一ヶ月が過ぎたころ事件が起こった。
学校で竹槍の軍事教練中に古屋巡査がその特別指導をするためにやってきたのだ。彼は剣道のほか槍術もやっていて健一達の前で基本動作を教えた。それから子供たち一人一人の組打ちの相手をして健一の順番がきた他の子供の時とは明らかに違う眼つきで相手をしてきた。
「健一とか言ったな!空手をしょるらしかな。棒を持ってきているから棒で相手せい!」
「あまり棒は使ったことないのですが。」というと、
「つべこべ言わんと打ち込んでこい!」と言い放ち、健一の打ち込みを軽くかわし胸を突いた。
「どうした!その程度か?かかってこい!」まるで木の上から襲ったのを知っているかのように、健一が立ち上がり再び打ち込むと今度は棒を払い落とし背中を何度となく打ち据えた。周りの子供が怯えて今にも泣きそうになっているときに芙美が棒をもって古屋巡査の一撃を払った。
「いい加減にしなさい!この子がなにをしたのですか?私が相手します。さあ、かかってきなさい!」
「生意気な小娘がこれも教練だ!こいつの根性を叩きなおすんだ。」と言うとまた健一に打ち込もうとした。すると再び芙美が棒を払いのけ、
「相手が違うでしょう!さあ、きなさい。」
「くそ~、これでも喰らえ!」と古屋のぼうが芙美の体を攻撃しはじめた。意外なことに芙美の動きは古屋より速く逆に古屋の足に一撃、そして棒を振り払った。
「くそ~、きょうはこれで勘弁してやる。でも、これですんだと思うなよ。」と吐き捨ててその場から立ち去っていった。
芙美は健一の砂を払って医務室へ連れて行った。子供たちもざわざわと怯えながらも教室へと戻っていった。
 「健一君、大丈夫、打身がひどいから湿布しとくね。」
「僕は大丈夫でも芙美ちゃんの棒の使い方凄かったけど、どこでならったの?」
「小さい頃からお祖母ちゃんに薙刀を教わっていたの。こんなところで役に立つなんて、でも健一君はどうしてあの巡査にあんな目にあわされるの?なにか思い当たる?」
「僕には全然心当たりがないんだ。」と言いつつもやはり古屋が健一の襲撃に気づきその報復であることには間違いないと確信していた。
 そして学校から道場へ向かい草加と柿杉に今日の出来事を告げた。そして、
「草加先生、僕に棒術を教えてください!」と懇願した。
「柿杉お前、健一に杖術を教えてないのか?」
「悪い、俺が杖術は苦手だから教えていないんだ。」
「まあ、いい俺が正当な杖術を叩き込んでやるから、稽古の最後は杖術で締めくくる事にするか。じゃ~、さっそく稽古するか?」
「わかりました。胴衣に着替えます!」
「健一!ちょっと背中を見せてみろ。」と柿杉が言った。
「酷いな、誰にやられた!それで杖術をやりたいといいだしたのか?とにかく誰だ!早く言え!」
「柿杉先生、そんなことはどうでもいいんです。それよりも先生の弟子であるにも関わらず負けたことが悔しいんです。だから、もっと稽古して強くなりたい!負けたくない。」健一は声を詰まらせながら答えた。
「とにかく稽古だ!」草加はそんな健一を諭すように稽古を始めた。
そして、2週間が過ぎたころ古屋巡査がまた学校に現れた。やはり竹槍の軍事教練が目的だった。このとき巡査は自前の六尺寸の赤樫棒をもって対戦者にもそれを渡すようにと付け加えた。
「今日も、俺様がお前たちを鍛えてやるから真剣にかかって来い!健一まずは、お前からだ!来い!」
それに健一は静かに答えて
「わかりました。では、参ります。」いきがる古屋巡査に正眼に構えた。周りは静まり返り子供たちや先生が固唾を呑んで見守った。先に動いたのは古屋巡査で健一の喉下目掛けて突いてきた。しかしながら、健一は紙一重でかわし、また正眼に構えた。健一は自ら攻撃をする余裕はなかったがかわすことは鍛眼法の成果なのか次第に相手の動きが見切れるようになっていた。つぎの攻撃は胸を突いてきたのをかわし巡査の棒を払い落とした。このあいだとは勝手が違い古屋巡査は逃げるように校庭から去っていった。
 「健一くん、ようやった!」一人の先生が声をかけた。
健一もにこりと微笑み会釈した。
「あの巡査にはいつも泣かされとったけん。胸がすっきりした。ありがとう!さぁ、今日の教練はもう終わりたい。教室に戻りますよ。」だが、これは巡査と健一の新たな火種となるのであった。
 健一はきょうの出来事を話すことなく稽古に励んだ。
「健一、今日は鍛眼法の理論について教えてやるからよ~く話を聞いて理解してほしい。」と草加が真面目なかおをして話し出した。その内容はこうであった、人は目で物を見ているのではなく脳で目から見た情報を整理して自分の都合に合わせて処理する。そして、車や単車に轢かれ飛ばされたときは自分の身を守るために最小限の情報で色のない視野の狭いスローモーションとなり受身が取りやすい状況をつくるというものであった。つまり、目からの情報量を自身でコントロールして相手の動きをスローモーションにするのだ。
しかし、自分自身がその動きよりも速く動くことが必要となる。そのための訓練であった。健一はこの草加の考えになるほどと舌を巻いた。
それは、この戦時中の考えというよりも21世紀の科学的な考え方であることは理解するのに時間はかからなかった。
 程なく、理解して帰ってきたとき小椋家には訪問者が訪れていた。柳川少佐であった。彼はあのグラマン墜落の調査と芙美との結婚で来たのであった。はじめは堅苦しい挨拶だったが、酒が入るにしたがって場は和み明日の結婚式の手配となり芙美も同席した。
 「芙美ちゃん、おめでとう!私が親代わりということになるがそれでいいかい?」と淳之介が聞くと、芙美は、
「私の身内は叔父さんたちしかいません。どうぞ、よろしくお願いします。」この時代ではこのような結婚は珍しくなかった。そして翌日、ささやかながら結婚式が行われた。式が終わると柳川少尉は健一にこう話した。
「芙美さんは私が幸せにするから心配するな。それと米軍の戦闘機から面白いものが発見されたよ。まだ口外できないが
これからの大きな収穫になると思うよ。」
「柳川さん、あのグラマンの構造で日本がまだ勝てると思っている?」と問いかけた。
「そんなことは重要じゃない。あの戦闘機のつくりを見ればいかにアメリカの物資が豊富かよくわかる。戦争もそう長くは続かないし続けては若者がいなくなってしまう。だからこそ陸軍と海軍を結び付けようと努力している。でも、陸軍の連中からも海軍のスパイじゃないかと疑われてもいる。」
「僕にはこの先どうすることもできないけど、ひとつだけ守ってもらいたいことがあります。それは来年の八月六日、九日は絶対に広島、長崎に来てはだめです!お願いします。もちろん芙美ちゃんも同様です。」
「わかった。君が言ったことはこれまでも守ってここまできたのだから信じるよ。当分の間は熊本暮らしになると思うから心配しなくても大丈夫だよ。」そういってその日のうちに柳川と芙美は小椋家から熊本の新居へと旅立った。
「芙美ちゃんも柳川さんのところに嫁いだか、でもこれからが大変だと思うよ。」
「父さん、柳川さんがついているんだから大丈夫ですよ。今日は疲れたでしょう。お風呂ゆっくり入ってください。」と母が気づかって父に言った。
 次の日、道場で健一は柿杉から秋に熊本の師範学校で行われる武道大会への出場を告げられた。
「健一、この大会はお前の昇段審査でもある。各派の師範たちにお前の実力をみせる絶好の機会だから稽古に励め。」
「こんな僕が黒帯を付けてもいいんですか?」
「それはその試合での結果しだいだ。草加の鍛眼法もしっかり稽古しろよ!」
「健一、杖の準備をしろ!」草加の大声がした。
「準備はできています。」と健一が答えると、草加は杖を持ち健一目掛けて一通りの攻撃を行ってみせた。
「こんどはお前が俺を攻撃してみろ。俺は杖を使わない。」
草加は杖を静かに置き素手で構えた。
「いいか。素手だからと手加減するな。」と、
「セィー。」大きな掛声で健一の打ち込みが始まった。しかし、どれほどの攻撃もすべて紙一重でかわされ改めて鍛眼法の凄さを見せつけられた。
「健一よ。俺がこの間、説明したことに補足するが人間の五感をすべて使うこと特に皮膚の表在感覚、深部覚(振動覚)
つまり空気の振動、流れを体毛で感じるんだ。それが出きれば眼に頼ることなく相手の動きも掴める。また目からの情報を脳に自分が危機的状況であることを認識させて相手の動きをスローにできる。これが総合的にできてこそ鍛眼法の完成である。わかるか?では、こちらから参る!」と草加の反撃が始まった。だが、防戦一方の健一は頭では解っていてもそう簡単に会得できるはずもなかった。
「健一よ!焦るでない。ひと月前に比べれば確実に腕を上げているし動きも速くなっている。次は庭で薪避けの稽古と草加の組手だぞ。」こうして健一の稽古の日々は過ぎていった。
 そして昭和十九年の夏、いつものように稽古帰りの健一に頭の上から何か落ちてくる気配を感じて上を見上げると毬のついた緑の栗であった。そして二個ほど落ちてくる栗をかわした。自然と体が動き、しかもある変化に健一は気がついた。それは栗の落ちてくるときにまるでコマ送りでもしているかのような動きに目に入ってきたのだった。
健一はこのことを柿杉と草加に告げたくて急いで道場に引き返した。
「先生、先生!」と汗だくで健一はふたりを探した。先程、稽古が終わったにもかかわらずふたりは奥の部屋で酒を酌み交わしていた。
「先生方、もう飲んでいるんですか?さっき稽古が終わったばかりなのに。食事しないと体に毒ですよ。」
「お前はそんな小言を言うために戻ってきたのか?何か用があるんじゃないのか?」と柿杉がきりだすと、健一は、
「そうなんです!さっき栗が見えたんです。」
「栗?そりゃ~栗も木の枝にありゃみえるだろうよ。」と草加が面倒くさそうに言うと健一は、
「違うんです!落ちてくる栗がゆっくりと見えて2個の栗をかわすことが出来たんです。」
「それじゃ鍛眼法を会得したというのか?こんなに早く?
とりあえず庭に出ろ。そして、薪よけで試してやるから。」
 草加は健一を庭の薪を吊るした稽古場にきて、
「では、お前の鍛眼法をみせてもらおうか。」と言うと十数本の薪を次々に健一めがけて振り投げた。健一はそれを紙一重でかわし草加に証明してみせた。
「では、次に俺の太刀筋をかわしてみろ!」と胴太貫を持ち出してきて正眼に構えた。健一も三戦の構えでこれに対応した。さすがに健一も真剣相手にかわすことができるか不安で武者震いを隠せなかった。しかし、草加の打ち込みは容赦なく一手、二手と繰り出された。健一も何とかかわしたが抜き胴から大上段からに振り下ろされた刀に真剣白羽取りで刀を取ろうとする手前で草加は刀をピタリと止めた。草加は刀をおさめると、大声で健一を叱咤した。
 「バカヤロウ!お前は死にたいのか!お前の鍛眼法の進歩は認めるが、真剣白羽取りなどできるはずない!そんなことしたら死ぬぞ!真剣に対して素手で挑むなど呆れた奴だ。
少しは頭を冷やせ!」草加は長年、剣の修行でどんな達人であれ白羽取りなど出来るわけなどなく無謀に過ぎないことをよく知っていたのだ。だが、たしかに健一の鍛眼法は完成に近づいているのは間違いないことを彼は確信した。
 「柿杉よ。健一の鍛眼法は俺たちが想像する以上に上達している。この調子なら秋の武術大会までには間に合うぞ!」
「本当にこれでいいのか、これが健一のためなのか俺の中で
葛藤しているんだ。」
「あいつを本当に思っているのなら本人がやめると言わない限りは指導してやれ!そして本当の強さとは何なのか自ずと悟るだろうよ。」




続く・・・・・
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