トイレットの地獄 ①

2022-06-13 | エッセイ

 俺は運が悪い。悲運である。因果である。その根拠の一つがトイレット。「その根拠の一つがトイレット。」何だこの文章。

 いやあね、行くでしょトイレット。それは喫茶店とかホテルとか、公衆便所なんてものもあり、非常に神出鬼没というか、トイレットには神様がおるんじゃ、ボケェと訴えた偉人も上古におられたそうな、まあ、俺がね、そういったトイレットに入ろうものなら十中八九既に先客が居てはるのである。

 この、既に人が居てしまうと云うのが不運で悲運で因果であって、仮に大便の排出を所望している人間がトイレットに入室、大便可能な個室便器に向かったところ、そこには既に非情にも大便の排出を所望していた人類がその望みを叶え、神に感謝の言葉を述べておった所で、その為に後からやって来て大便の排出をなさろうとした人物通称大便小僧Aは既に居た通称大便小僧Bの所為でその望みを叶えられず、若しくは大便小僧Bが退出するまで我慢する事を強いられる訳で、何ともまあ不憫というか、かわいそうである。

 とまあ、大便小僧と言うのは大なのか小なのかはっきりしない有様であるが、それは黙許いただくとして、右の状態というのは良くある事というか、誰れもが経験在ることと存じます。しかし冒頭で小生のみが不運を蒙っておるのだという様な事を申し上げた立場上、その根拠を示さなければならず、それは小生が小便小僧Aだった場合も同様であるという点に御座います。