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もんく [とある南端港街の住人になった人]

生活に求める不完全性

引越した後にその家でどうするかと言うと、いろいろ家財道具を揃える。調理器具、食器、箪笥、靴箱...。
一通り必要そうな物はわかっているのであまり迷う事なくできる。デパートとか家具屋さん、電器店に行けばどうにかなるし。

どうしてこれができるかと言うと、家としての完全な姿が頭に描けているから。

でも、ふとした事でその完全性は揺らぐ事もある。キャサリンさんなんかも最近はYoutubeでミニマリストの動画をよく見ているので必要かそうでないかをよく考えて買うようになったけれど、そう言うのも含めて変わる事があると思う。ずっと以前は日本の家には必ず応接間があったけれど、今は無い。たまにしか来ない他人のためじゃなくて住んでいる自分の為に空間を使うべきって事だったのと、家がどんどん狭くなって行った事も影響している。

その後の時代はコンビニができた事で近くにコンビニがあれば家に冷蔵庫ってあまり重要じゃないね、包丁ももしかして要らない?その代わりに電子レンジかな?となった。

そしてさらに最近だと、シェアハウスで暮らすとかもあるし、コワーキングスペースとかも出てきて自己所有すべき物のリストが大幅に書き換えられてきている。昨日聞いたのは、スポーツジムの会員になっていれば家に風呂が要らないと言うの。ヘェ〜スポーツジムってそんな使い方できるとはね!


まあ、そう言うのは環境とか条件なわけだけど、実はもっと積極的な意味で完全性を放棄した方が良いかも知れないなと思う事もある。

と言うか、完全だと面白く無いんじゃ無いかな?マレーシアに来てまだ日が浅かった時にコンドミニアムを見せてもらったのだけど、部屋がすごい良かった。窓からの眺めもあるし綺麗だし何でもピカピカで。でも、気になったのが、そのユニットに入る前のところ。エレベーターを降りてそのユニットに入るまでが暗いんだよね。セキュリティもあって通路側には確か小さな窓があっただけ。内と外のコントラストがすごいんだ。

つまり家の中完璧、外何も無し。人が生きてる感じがゼロ。

マレーシアではマレー人の家が結構そうなってて、外から見るとけっこうみすぼらしいけど、中身完璧で豪華ってなってる。快適なんだろなあと思うけど、うーん?

マレーシアに来て最初に3か月いた小さなホテル、これは対照的だった。部屋は小さくてベッドとシャワーしかない。テレビ位はあったっけ。なのでロビーで過ごす時間が長かった。履歴書書くのも食事も話もロビーで。ああ、台湾にいたときもホテルだからそうだった。何しろ自分の家じゃないから何も完璧じゃない。部屋だけでできる事があまりない。

でもその方が自分で全部持つより快適な気がする。おかしいかな?
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