音楽の部屋

音楽好きの独り言です。気楽にご訪問お願いします。

ビル・エヴァンス/ジムホール アンダーカレント

2025-03-01 14:54:55 | 日記
色々なジャズアルバムを聴いたり、ジャズに限らず色々な音楽アルバムのジャケット写真を観てきて、印象に残ったアルバムはいっぱいあったが、その中で特に印象に残ったものを上げると、このビル・エヴァンス/ジムホールのデュオ
アルバム、アンダーカレントのジャケット写真があげられる。
このジャケットは一度見てからは、ずーっと頭から離れなかった。

水面を漂う女性である。
なんとも神秘的なセピア色の写真であるが、
漂う女性は、黒髪で日本人のようにも感じられる。

自分はどうしてもこのような写真をみると、水面下の息苦しさを思ってしまい、
不安な気持ちが大きくなる。
よく見ると、女性の口だけは水面上に出ているようでもあるが、、
でもいずれ力尽きて、底流の中に飲み込まれるのでは、などと感じてしまう。

底流は静けさであり、暗闇である。心に置き換えれば、
心の奥底に秘められた、抑圧された、
自分でもわからない部分であり、世界である。
そこからまた違う世界に繫がっているのかもしれない、なんて夢想してしまう。
これらのアルバムのジャケット写真からの、印象がこのアルバムのなかの曲を
ストレイトに表している。

このアルバムは、ビル・エヴァンスのピアノとジムホールのギターによる美しい音の対話である。

曲について

オープニングのマイファニィ・バレンタインが実に素晴らしい!!

自分は、チェット・ベイカーの演奏しか知らないが、チェット・ベイカーの演奏とボーカルは実に暗く重い。
その印象で、こちらのマイファニィをきくと、実に爽快でスリリングで、何回も聴きたくなる、、、
ジムホールのギターはベースが四分音符で弾く「ウォーキングベース」にあたることを、ギターで行いつつ、和音も一拍ずつ変化させている。
今では、よく聞く奏法だが、1960年代初頭では画期的奏法だったようだ。

3曲目のドリーム・ジプシーはジャズの美曲ベスト5に入るといわれた美しい
旋律の流れの曲になっている。

4曲目のRomainは、ギターもピアノもどちらもメロディーを摂って絡み合っている。とても面白い掛け合いである。曲もとても美しく心に響く。

5曲目のスケーティング・イン・セントラルパークは、
ジョンルイスによるアメリカ映画、邦題「拳銃の報酬」のための音楽の一曲で
犯罪を犯したハリー・ベラフォンテがニューヨークのセントラルパークで、スケートに興ずる人々をボーっと眺める場面に使われた。
セントラルパークのスケートは冬の風物詩になっている。
3拍子のこの曲は、ギターもピアノも指が指板と鍵盤の上でスケートして
踊っているようだ。


2人だけの掛け合いによる演奏は、
それぞれの音に対して、自分の音を心に従って返していく。
このアルバムは、数あるジャズのデュオアルバムの中でも、特に有名な傑作である。
ビル・エヴァンスを支えたベース奏者のスコットラファロが事故死してから約10か月後、落ち込むビルの姿を見かねたジムホールが誘ってこのアルバムを録音したと言われている。


静寂の中の響き。

   失意のどん底にあったビルと控えめだが、自分の音を持ち
ビルと同じ感性をもつジムが、底流の中で静かに、静かに、自分の音をだし
お互いの心を癒しているようにも思われます。

本当に、静かなアルバムだと思います。
  時の底流の中で、二人の渋いアドリブの会話を、ゆっくりと味わいたいと思います。

ドラムやベースのないジャズもいいなぁって思えるような年齢になってきたんだなぁ


インタープレイでピアノとギターが激しくそして穏やかにそして静かに会話している
底流の流れの中でそっと寄り添ったり離れたりを繰り返し
お互いに心を温め合っている

静かな底流で
       
  私にも良い友達が待っているのかな?  
                                      
                     心を温めようとして          









植木等のスーダラ節とギター

2025-01-25 06:55:05 | 日記

植木等は、日本の俳優、歌手、タレント、ギタリスト、コメディアンであり、
「ハナ肇とクレージ―キャッツ」のメンバーである。

私としても、小さい頃からテレビをつけるとしょっちゅう出ていて、とても顔馴染みで生活の中で親しんだタレントである。
その様な流れの私の生い立ちの中で、頭の中に鮮明に残っている曲がある。
植木等がステージで踊りながら歌った、スーダラ節である。
ステテコ姿で、からだをくねらせて、、、(スイスイ スーダラった~)っと
おもしろかったなぁ~! たのしかったなぁ~!


スーダラ節

       ちょいと一杯の つもりで飲んで
       いつの間にやら ハシゴ酒
       気がつきゃ ホームのベンチでごろ寝
       これじゃ身体に いいわきゃないよ 
       わかっちゃいるけど やめられねぇ

       アホレ スイスイスーダララッタ
       スラスラ スイスイ水
       スイスイスーダララッタ
       スラスラスイスイ水
       スイスイスーダララッタ
       スラスラスイスイ水
       スイスイスーダララッタ
       スーダララッタスイスイ できたもんな


小学生の頃は、植木等は実際に酒好きで、ちぁらんぽらんな人だと思っていた。
でも、大人になってからみた実際の植木等は、付き人の小松政夫の証言などによると、基本的には物静かで生真面目であり、一度も頭ごなしに怒鳴られたことはなかった。ただ、女遊びやギャンブルは嫌いで、その点は大変厳しく指導されたとのことだ。もらった給料は、こずかいを除いてすべて夫人に渡し「貧乏人の倅」を自称していた。食事なども、毎日同じおかずでも不平不満を言わず、酒も飲まなかった。「どん底でも平気だ」と語っていたとのことだ。

スーダラ節の作曲者は、萩原哲晶  作詞者は、青島幸雄である。
レコード制作時、靑島のかいた歌詞を読んで「とても歌えない」と躊躇した植木は、コメディアンとしてのイメージとは違い、大変に 真面目な性格だったようだ。浄土真宗のお寺の住職だった実父に相談したところ、「わかっちゃいるけど やめられない」とは、人の心の弱さ、人間の矛盾をついた真理で、親鸞聖人の教えに通じるので、ぜひ歌いなさい」と後押しされる。
そして曲は大ヒットする。
そのお気楽なイメージから、植木等と言えば、(無責任男)と言われるようになる。

ギターについて
それから、植木等のイメージから、ギタリストということも、なかなかピンとこなかったが、自分が50歳を過ぎて、ジャズギターに惹かれ始めたころ、動画サイトで植木等がギターを弾いているのを、偶然に見つけた。植木ひとしが65歳ぐらいの時のコンサートである。
それまで植木がギターを抱えているのを、何回となく観てきていたが、コメディアンだから、格好だけでギターを抱えているように感じていた。実際は弾けないんだろうなぁって?  でもその実際に弾いている動画を見て、その素晴らしい演奏に鳥肌が立った!!
まず彼が曲に対してその良さを、真面目に表現しようとする姿勢が強くつたわってくる。
彼の出すギターの音色が硬く心地よい。
エフェクターなどで、作られた音でなく、ギターとアンプ直結の音である。
この時の曲目は、
          スターダスト
          黒いオルフェ
          ラ・クンパルシータ
  テーマだけの演奏で、アドリブはなかったが
        それだけでも素晴らしく十分満足のいく演奏だと思う。
        演奏中の彼の表情が特に良い!

  使用ギターは、ギブソンのES-175  (1964年製らしい)
         自分も欲しいけど、ちょっと無理
         でも、いつかきっと巡り合えるかなぁ~
















2024/12/21

2024-12-21 17:05:38 | 日記
                     

「悲しくてやりきれない」 
 
フォーククルセーダースの有名な曲で、自分の大好きな曲である。
若い頃からよくギターを弾きながら、歌っていた。
悲しいときは、やはり悲しい歌がぴったりで、この歌を歌うと、悲しみが軽減された。

    悲しくてやりきれない 歌詞
     
            胸にしみる空のかがやき
            今日も遠くながめ涙をながす
            悲しくて悲しくて
            とてもやりきれない
            このやるせないモヤモヤを
            だれかに告げようか

            白い雲は流れ流れて
            今日も夢はもつれ
            わびしくゆれる
            悲しくて悲しくて
            とてもやりきれない
            この限りない虚しさの
            救いわないだろか

            深い森の緑に抱かれ
            今日も風の唄に
            しみじみ嘆く
            悲しくて悲しくて
            とてもやりきれない
            この燃えたぎる
            苦しさは明日も続くのか


            
          
                                   やはり歌の力は凄いもので、一服の薬と同じで精神に作用して心を優しく穏やかにしてくれる。
音楽療法的にいえば、薬を使わない、精神療法の薬が音楽なのである。
悲しいときは、悲しい曲を、、、楽しいときには、楽しい曲を、、、
それぞれの今の心の状態にあう音楽を、マッチングしていくことで、
心の安定を図っていくのが、音楽療法の基本だと思う。
音楽療法的なことを書いたが、簡単に言えば、音楽は心の薬だということだと思う。薬なので、服用を間違えるとかえって心の安定を壊してしまう。



ザ・フォーク・クルセイダーズは1965年、大学生だった加藤和彦、北山修、平沼義男、井村幹夫、芦田雅樹の5人で結成されたアマチュアバンドで
「世界中の民謡を紹介する」というコンセプトのもとに関西のフォークアンダーグランドシーンで活躍していたバンドである。(通称フォークル)

フォークルといえば、「悲しくてやりきれない」 、の他にもう一曲すぐに頭に浮かぶ曲がある。  (おらは死んじまっただ~!)で始まる、コミカルな曲の
「帰ってきた酔っ払い」、である。
自分は小学生の時に初めて聴いて、いっぺんで好きになりレコードをすぐに買った思い出がある。
この曲は、悲しくてやりきれないとは対称的な曲で、明るくコミカルである。
なので、楽しい時聴けばいいのか?というとそうでもなく、悲しい時も聴けるのである。こういう曲も珍しい?とは思うが、、、、、
この、帰ってきた酔っ払いは、死、とか天国、とかがキーワードであるので
コミカルだが芯をついた死についてのメッセージが伝わってくるような気がする。
人間誰でも死から逃れられない、、、だから、真面目にやれ~!!という
天国の神様の人間に対する怒りの言葉が、私たちへの強いメッセージで伝わってくる。

最後に、私は時々死に対して真面目に考えすぎて、死の恐怖で心が凍ってしまう時があるが、そうゆう時に、この曲の一部分を歌ってみると、少しではあるが、心が温かくなり、軽くなる。この曲の一部分が薬となって効いたのである。これは確かな事である。
その薬となった一部分とは、

          天国良いとこ一度はおいで
          酒はうまいし
         姉ちゃんはきれいだ わあっ、わあっ、わあっ、わあ~!

   人生、軽く軽~く考えたほうが、絶対に幸せだ~!!

















ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン

2024-11-26 04:08:13 | 日記
  




『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』は、アメリカ合衆国のジャズボーカリスト、ヘレン・メリルが1954年12月に録音、翌年1955年に発表した初のスタジオ・アルバム。トランペット奏者のクリフォード・ブラウンが全面参加したアルバム。

私がこのアルバムに出会ったのは、もうだいぶ昔のことであまり記憶にないが、
何かのジャズ雑誌の表紙にこのアルバムのジャケット写真が載っており、凄くインパクトがあったので、それが最初の出会いである。
ヘレンのボーカル写真であるが、悶絶シャウトしている青地のモノクロで、ほとんどジャケットいっぱいの顔写真である。
その顔の前には、顔を半分隠すように、でかいマイクが立ちはだかっている。
その存在感が凄い。ヘレンの顔の表情も、
とにかく凄い。  この表情だけで、アルバムの内容を表している。
  男を思う悲しく、寂しい心がジャケットから伝わってくる。
  素晴らしいジャケット写真である。
ジャズ評論家の中山康樹氏は、「歌っているというよりもコーナー・ポスト(マイクロフォン)に顔面を打ち付けられる寸前の女子レスラーのように見える」と書いてあります。

昔からの付き合いのこのアルバムは、やはりヘレンのボーカルとクリフォード・ブラウンのトランペットが光っている。
ロックでいえば、ヘレンのボーカルとクリフォード・ブラウンのトランペットが、ツインギターのように主張し合っている。
その二人を支えるピアノがまた素晴しい。控えめであるが、土台を固めながら、二人の下でコンピングしながら踊っている。

今回、このアルバムを取り上げたのは、アルバム2曲目の(ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ)を、自分のバンドで演奏する話が出て、改めてこのアルバムを聴きなおしたからである。
物静かなこのアルバムの中では、少しブルース色が強く、バンド演奏むきであるので、バンドのレパートリィー
に選んだ。
この曲のクリフォードの間奏が、見事である。言葉では言えないが、演奏に入るタイミングやこころのリズムの表し方が、とても心地良い。
まさにトランペットで歌っている。
自分もこんなギターが弾けて、心が歌えたらと憧れてしまう。

今回、自分のバンドでこの曲をやるが、なんとか自分のものにしたいと、強く想う。  


改めてこのアルバムを聴き、しんみりとして良い雰囲気にしたれるベストアルバムの一つであると確信しました。

ボーカルのヘレン、  25歳
トランペットのクリフォード・ブラウン、  24歳
アレンジャーのクインシー・ジョーンズ、  21歳
こんな若い人たちが、どうすればこのような感性が、発揮できるのか?
とても驚きです!!

現在、ヘレンは93歳

クリフォード・ブラウンはこのアルバム参加2年後に、交通事故の為26歳の若さで、この世を去っています。


(you,d  be  so  nice  to  come  homu  to)



あなたのもとに帰れたら素敵なのに

   あなたが暖炉のそばにいてくれたらいいのに

そよ風が空高く歌い上げる子守唄を聴きながら

   私の望みはあなただけ

凍えっそうな冬の星空の下も

   燃えるような8月の月の下でも

あなたは素敵でしょうね

   愛するあなたのもとへかえれたら天国のようだわ















ワルツ・フォー・デビィ

2024-10-19 10:54:23 | 日記
                                                             ジャズという音楽も、もちろんジャズの曲もほとんど知らなかった若い頃に、
職場の友達から借りたCDのなかに、ジャズ初心者向けオムニバス盤がありました。
そのオムニバス盤に「マイ・フーリッシュ・ハート」と言う曲があり、いっぺんに好きになってしまいました。後になってこの曲を調べると、ビル・エヴァンスというアメリカのジャズピアニストの「ワルツ・フォー・デビィ」というアルバムの中の一曲でした。
このアルバムは、ニューヨークのジャズクラブ、ビレッジ・バンガードで1961年、6月25日に録音されたライブ盤であり、ジャズ界では、超有名な名盤とのことでしたが、その当時は何もわからずに聴いていました。
バンド編成はトリオで、ビル・エヴァンス(P)、スコット・ラファロ(b)
ポール・モチアン(ds)の3人でした。

アルバムのオープニングが、マイ・フーリッシュ・ハートである。
とても、とても静かな始まりで心地良い。
自分の心の中を静かに見つめるような、ピアノのテーマメロディに、
ベースとドラムが優しく絡んで夢を見ているような感覚になってくる。
テーマからアドリブに入ったという感覚が少なく、夢心地のまま、終わるように感じる。
2曲目が、アルバムタイトル曲の、ワルツ・フォー・デビィで、
ビル・エヴァンスが、実兄の娘、デビィ(2歳)に送った曲である。
この曲になると、グッとジャズっぽくなる。
ビルの指が、ピアノの鍵盤上でワルツしているような、印象を強く感じる。

この1曲目と2曲目が、自分はとても好きで繰り返し聴いている。

このアルバムが好きな理由は、
曲もいいが、自分の正直な気持ちを言えば、アルバムのジャケット写真に
惚れ込んだからである。
ショートヘアーの女性の横顔のシルエット写真で、とても感じが良い。
なぜか、身近にいる女性を感じてしまう。優しそうで、かつ、強そうでもある。 飾り気はないが、清潔感のある自分に自信が溢れているように見える。
この女性の印象と、先に書いた、アルバム1曲目と2曲目の印象が重なって、
このアルバムの魅力になっているように感じる。

スコット・ラファロのベースもジャンゴ・ラインハルトのような旋律を弾くとのことで、ベースをギターのように弾く感覚が凄いと思う。

スコットはこのアルバム録音後、10日目に交通事故で亡くなっている。

ドラムのポール・モチアンのブラシも安定したリズムで素晴らしい。

このアルバムは、ベースがピアノと対等な関係で、前に出た演奏をしている。
楽器同士が、対等な関係で演奏し合い、お互いに触発し合いながら、演奏に奥深さを与えていく、インタープレイが、後のピアノトリオに大きな影響を与えた。

このライヴアルバムは、お客さんの話声とか咳払いとか、グラスの音とか、外の列車の音とか、いろいろ聞こえるみたいなので、臨場感を楽しみながら、
ゆっくりと何度も楽しみたいアルバムだと思います。

ジャズは音がすべてと言いますが、自分が望む音をだすことは、とても難しいことだと思います。
精神状態、身体状態、人間関係、経済状態、色々な社会的壁、人権問題、
日々のストレス、、、、、など、人間誰でも通らねばいけない様々な、苦難をのりこえながら、自分の心の声を音にして、発するのだから、本当に大変なことであると思います。


ビル・エヴァンスの演奏を動画で見ながら、彼の背中を丸めてピアノを弾く独特のスタイルは、それらの苦難を乗り越えてきた結果生まれた姿だと思います。
ピアノと一体化して、もう彼自身ピアノになっていると思いました。