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短編小説〜ほろ苦く、甘酸っぱい〜②

2024-03-15 07:57:00 | 短編小説

 「ではトイレに入りますよ。入り口に指をぶつけないように気をつけてください。では止まります。ブレーキをかけまして、足をフットサポートから下ろします。では前の安全バーを両手で掴んで腰を浮かせて立ち上がっていただけますか。はい、ではちょっと頑張ってその姿勢でいて下さい。ズボンを下ろしますよ。はいありがとうございます。では次にリハビリパンツを下ろして、尿とりパッドを外しますので、はいありがとうございます。それではお尻を回して便器に座っていただきます。はい、ありがとうございます」

お兄さんの言われるままに私は体を動かして便器に座った。

 座って直ぐに尿が出てきたのが分かった。

 「オシッコが出てきたわ」

 「よかったですね。では朝起きたときにすぐ起きれるように今のうちに着替えてしまいましょう。では靴を脱いでいただきます。パジャマのズボンを下げますね。ありがとうございます。では靴下を履いていただきます。ありがとうございます。その次にズボンを履きますよ。はい、ありがとうございます。パジャマの上着を脱いでいただきます。そしてシャツを着ていただきます。はい、ありがとうございます。では尿取りパッドをつけるので安全バーにつかまって腰を浮かせてもらっていいですか?。ありがとうございます。ではその姿勢でちょっと頑張ってくださいね。ではパッドをつけます。その次にリハビリパンツをあげまして、ズボンを上げます。ありがとうございます。それでは車椅子を寄せるので、車椅子に座っていただけますか?ありがとうございます。もう手を離して大丈夫ですよ。では足をフットサポートの上に乗せます。それでは、お部屋に行って朝までゆっくり眠りましょうか」


 「でもね。私眠れないの。どうしたら良いのかしら?何もわからないから、わからないってことが頭の中をぐるぐる回って、考えているとどんどん目が覚めてきて全然眠れなくなっちゃうの」

 部屋に戻るまで私はお兄さんにそう言いました。

 部屋にはあっという間に着いて、お兄さんは車椅子からベッドへ私を移してくれた。

 「弟子屈さんは若い頃、結構やんちゃだったんですよね?」

 「そうなのよ。私結構気が短くて殴り合いの喧嘩とかよくやったわ。腕っ節が強かったから負けたことないの。炭坑街の生まれだからみんな生きるか死ぬかの仕事してるでしょう?だから結構気性が荒くて、中学生同士の決闘なんてみんな血まみれよ」

 なぜだか当時のことが頭に浮かび私は少し懐かしく、幸せな気持ちになった。

 「結婚してからは商売もしてたのよ。人を何人も雇って、私はやり手だったからすごく儲かったわ」

  そう言ったところでお兄さんがポケットから出した携帯電話がなっているのに気がついた。

 「山田さんから呼ばれているので行きますね。弟子屈さんは解らないことを考えないで、楽しい事を考えてみてください。また来ますからゆっくり休んでください」

 お兄さんはそう言うと部屋を出て行きました。

 私は真っ暗な部屋の中でまた一人です。

 お兄さんが言ったように私の昔のことを思い出してみることにしました。

 私の名前は美枝子。

 旧姓は大宮。

 父の出征中に、お腹が痛くなった母が病院に行ったところ、そのまま産まれたそうです。

 黒いダイヤと呼ばれた石炭の採掘を主産業とする炭鉱街で育ちました。

 父も当然のように炭鉱夫で、割と偉い地位にいたので周りと比べれば少し裕福な家庭に生まれる事が出来たと言えます。

 一男六女兄妹の次女でした。

 おてんばだったので、よく父には逆さ吊りされたり折檻を受けましたが、それで泣くような子供ではありませんでした。

 中学生の頃には近隣の中学を締め上げ、「二枚刃の美枝子」と言う通り名を持っていました。

 カミソリを二枚重ねて指に挟んでいたのですが、深く切れて傷が残りやすいのです。

 当時の娯楽といえば映画だったのですが、映画館も切符売りのおじさんに片手を上げて挨拶すれば、顔パスで中に入れてくれる程度には有名になっていました。

 中学を卒業した私は両親の手に職を付けろと言う方針で洋裁の学校に入りましたが、元々興味がなかったので家出して大阪に行きました。

 任侠映画で憧れがあったのか、都会に憧れがあったのか、その両方だったのでしょう。

 歳をごまかして水商売で働きながら生活をしていました。

 その時に知り合ったヤクザ者と最初の結婚をしたのは二十歳の時です。

 すぐに娘も生まれましたが、ヤクザ者の夫が組織同士の抗争の関係で身を隠すことになり、私の生まれ故郷に戻ったのは22歳の時です。

 元々暴力も酷かったのですが、姉の夫の首にドスを突きつけ殺すぞと言った事で親族に絶縁され、地元からいちばん近い地方都市に移り住みます。

 そこでも夫の暴力は収まらず、ついカッとなった私は護身用に持っていた短刀で夫の脇腹を刺してしまい、警察の厄介になる事になりました。

 それがきっかけで離婚をして娘と二人暮らしになり、その頃には長い炭鉱仕事で肺を患って仕事を辞めた父とも和解できて、やっと普通の生活をするようになります。






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