「ダチョウはまだ20年早かった」
ダチョウ牧場を閉じた方が私に言いました。
もともとは農機具のメーカーを一代で築いた方で、ダチョウの飼育方法に関してもとても熱心に研究され、世界中の牧場を見て回った方でした。
ダチョウの血統、体重の増減、飼料の研究、加工品の研究や観光牧場の経営などで学ぶべき点がとても多い方でした。
残念なことに、その方は病気になってしまったためにダチョウの生産をやめてしまいました。
その方と出会ったのは、私がダチョウ飼育を始めた時で、冒頭の言葉を聞いて、「今から何年後にダチョウの時代になるのだろう、私にできるだろうか」と不安になりました。
北海道にはかつてダチョウを飼う農家さんがたくさんありましたが、私が手伝い始めた時はほとんど無くなっており、今では、繁殖とと畜も私達の牧場しかやっていません。
私がダチョウ牧場に携わったときは本当に何もかもが手探りで、経営的にも厳しかったです。
徹底的なコストの見直しやダチョウ肉の販売、ダチョウの卵の関連商品の販売、観光牧場としての営業。
こういったことをする原動力となったのは、ダチョウ産業を続けていかなくてはという使命感とも関係しています。
私はダチョウ産業を続けていくことが地球の未来にも大きく関係していると思っています。
ダチョウは他の家畜に比べてとても環境に負荷をかけない家畜です。
一羽の鳥が肉になるまでに必要な餌の量、必要な水の量、排泄物の土壌に与える影響などは他の家畜より間違いなく、少ないです。
また、穀物を消費しないで生育できる点は人類の増加や水資源の保護にとても大切です。
私たちが肉を食べることができる反面、世界のどこかではたんぱく質や栄養が足りていません。
資本主義が進むにつれて、その傾向が顕著になってしまっています。
砂漠化した荒野にわずかな畑を作っても、干ばつや虫の被害によって作物が得られず、飢える人々がいます。
そんな中、食肉業界に対する世界の視線は今、とても厳しくなっています。
今後、気候変動と人口増加の問題を考えていくと、当然のように思います。
食肉から人類全体の必要とするたんぱく質を得ようとすると、今よりももっと地球温暖化が進む事は間違いないです。
肉を食する事が罪のように思われる時代が来るかもしれませんし、そう思っている人の割合も少しずつ増えています。
例えば、ヴィーガンや菜食主義者の方、肉を食べない日を設定する人増えています。
こういった時代の変化に呼応するように、世界では、バイオ肉やビヨンドミートと呼ばれる肉の味や食感を再現する研究も進んでいますし、大手の飲食チェーン店も取り入れ始めています。
イエバエの研究やミドリムシの研究も興味深いです。
イエバエの研究とは、世代交代を重ねて育てたエリートバエを産業廃棄物(残飯など)で育て、そのハエの死骸と排せつ物が飼料やたい肥になるという研究です。
数えればきりがないですが、科学の進歩で人類の抱えている問題を解決できる日が来ることを期待したいです。
ですが、それで十分ではないと思います。
なぜなら、美味しいものを食べたいという人の欲求はとても強く、少しくらい環境の為になるからといって、好みの食材を食べないという選択肢を選ばないからです。
たとえば、ウナギは美味しいですよね。
稚魚を取りすぎて、その種の存続が危ぶまれていても、日本人は大好きです。
過去に人間が乱獲したことによって絶滅したといわれるドードー鳥などの生物も、美味しかったのだろうと思います。
私たちが意識や行動を変えていくためにダチョウが求められていると思います。
手前味噌な話ですが、ダチョウは美味しいです。
適度な年齢で、適切に処理され、美味しく調理されたお肉を食べた時、体の血肉になることが感じられる旨さがあります。
私が育てた子は、死ぬ瞬間まで緊張させず、完璧な血抜きを目標にしてと畜しています。
緊張させれば、暴れて内出血が起こり、肉に血が入ってしまいます。
と畜の成否は肉の味に直結します。
現代の人が持つ肉を食することへの欲望や栄養バランスがとれた動物性たんぱく質の持つメリットを代替肉やバイオ肉のようなたんぱく質で充足するということは本当に難しいと思います。
出来たとしてもまだ時間がかると思います。
現状の動物性タンパク質を極力摂らない食事に満足できる人もいますが、多くの人には難しいです。
ですから私は、ダチョウ肉を食卓に並べられるように生産する必要があると思っています。
近年、日本は異常気象に見舞われることが増えてきていて、2019年世界で一番気候変動の影響を受けた国という報告もあります。
北海道は今年のように雪が少ないことは観測史上初めてとのことです。
ニセコで生活していて、こんなに雪が少なかったことはないです。
環境の変化を肌で感じながら、20年早かったと言われたダチョウの出番が少しずつ迫っている気がします。