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知っておこう、「メタボ」になりやすい日本人の体質

2014年02月25日 14時25分16秒 | 健康
日本人は、なぜ「メタボ」になりやすいのか、まずその民族的特性について考える必要があります。日本人の肥満者の割合は欧米人と比較すると圧倒的に少ないのです。2006年の世界保健機構の統計ではBMIが30を超える肥満者は日本人では人口の約3%で、アメリカ人の30%と比較すると十分の一であることが示されました。しかし、日本人は肥満しやすい体質を持っているということを御存知でしょうか。肥満はカロリーの摂取が需要を上回った結果、余分なカロリーが脂肪として体に蓄えられるためにおきます。日本人は、カロリーの摂取が需要を上回りやすいのです。

これは、脂肪を燃焼させる役割を果たすβ3アドレナリン受容体遺伝子が機能しない日本人が多いことと関係しています。アドレナリン受容体にはβ1、β2、β3があり、β1アドレナリン受容体は主として心臓に、β2アドレナリン受容体は主として血管や肺に、そしてβ3アドレナリン受容体は主として脂肪細胞に存在します。通常では、身体活動や精神的な興奮によって交感神経から放出されるノルアドレナリンが、脂肪細胞のβ3アドレナリン受容体に結合すると、脂肪細胞に蓄えられた中性脂肪は脂肪酸に分解され、脂肪酸はエネルギーや熱に変換されることによって代謝されます。ところが、β3アドレナリン受容体が機能しないと、脂肪細胞に蓄えられた中性脂肪の消費が減少し、肥満しやすいのです。

過剰な食事によって余ったエネルギーは脂肪として内臓脂肪組織に蓄積されます。この時、内臓脂肪細胞からはレプチンという食欲を抑えるホルモンが分泌されます。レプチンは脳の視床下部にある満腹中枢を刺激して、「もうこれ以上食べてはいけません」という司令を発動します。レプチンはβ3アドレナリン受容体を刺激します。脂肪をエネルギーに変えて消耗してしまおうとするのです。ところが、飽食によって内臓脂肪細胞からレプチンが分泌され続けると満腹中枢のレプチンに対する感受性が鈍り、食欲が抑えられなくなります。視床下部は自律神経の最高中枢です。レプチンが視床下部に作用することにより、交感神経の活動が亢進し、心拍数増加、末梢血管収縮などにより血圧が上昇します。不思議なことに、視床下部がレプチンに対して耐性になって食欲低下作用が消失しても、レプチンによる交感神経の活動亢進作用には耐性が生じません。つまり、肥満が進行すると、レプチンの食欲低下作用がなくなって、ますます肥満となりますが、交感神経活動促進効果だけは残ります。そこで、β3アドレナリン受容体がうまく作動すれば、エネルギーを消費して内臓脂肪を減少させることができるのですが、残念ながら日本人ではβ3アドレナリン受容体の活性が低下している人が多いので、その効果は期待薄です。したがって、日本人では肥満の進行と共にレプチンの分泌量が増えても痩せないばかりか、交感神経の活動亢進により、血圧だけが上昇することになってしまいます。

β3アドレナリン受容体機能の低下は、多くの日本人で食事療法をしてもなかなか体重減少効果が現れないことを意味しています。「あまり食べていないのにどんどん太る」と言う人は、β3アドレナリン受容体の機能が低下している可能性があります。ピマインディアンは、日本人の祖先と同じ遺伝的素因を持つと言われています。アリゾナ州に住むピマインディアンは、同じ生活習慣のアメリカ人と比較して肥満や糖尿病の頻度が高く、メキシコに住むピマインディアンは、食生活の相違のせいか、肥満も糖尿病も少ないことが知られています。同じ質や量の食事を摂っても、遺伝的素因によって太る人と太らない人がいるわけです。ですから、日本人は欧米人以上にカロリー制限を行い、運動をしないと肥満を予防できないのです。

日本人は糖尿病になりやすい体質を持った民族です。日本人はアメリカ人と比較して肥満者の割合が少ないと申し上げました。しかし、肥満と最も密接な関係にある糖尿病患者の割合は日本人もアメリカ人もあまり差がないのです。糖尿病は生活習慣や肥満と関係なく、膵β細胞に対する自己免疫疾患として発症する1型糖尿病と、インスリンの相対的不足が原因で発症する2型糖尿病に分類されます。1型糖尿病は膵β細胞でインスリンが産生されなくなるので、インスリンを外から投与することが必要です。これに対して2型糖尿病はインスリン非依存性糖尿病とも呼ばれ、初期の段階ではインスリン分泌は保たれていますが、晩期になって膵β細胞の機能が低下してくるとインスリンの投与が必要になってきます。日本では糖尿病予備軍を含めると約2000万人(16%)の人が2型糖尿病の危機に曝されています。つまり、日本人は痩せていても糖尿病になりやすい民族であるといえます。これは日本人が農耕民族の遺伝子を引き継いでいることと無関係ではありません。

古代、世界の文明発祥地では農耕文化を発展させました。これによって、人々は日々安定的に食糧を得られるようになり、ブドウ糖を代謝するホルモンであり、倹約ホルモンの一つでもあるインスリンを大量に分泌して、食によって得たエネルギーを皮下脂肪や内臓脂肪として蓄える必要がなくなりました。したがって、農耕民族である日本人はインスリンの分泌が悪い体質に変わっていったのです。

日本人のメタボリックシンドロームは、もともと少ないインスリン分泌量に加え、インスリン抵抗性というインスリンに対する感受性の低下が相まって、糖尿病をさらに発症しやすくなっています。これに対し、欧米人は狩猟文化で獲得した遺伝子を引き継いでいます。狩猟生活ではいつも獲物にありつけるとは限りません。時には何日も食糧にありつけないこともあります。このような環境で生存するため、狩猟民族はインスリンの分泌を盛んにして食糧を脂肪として蓄えるように適応しました。生活習慣の変化に伴い、欧米人は肥満が増加しましたが、インスリン分泌量が多いために糖尿病を発症しにくい体質なのです。

日本人が糖尿病を発症しやすい体質であるからといって悲観する必要はありません。日本人が糖尿病になりやすいことは、日本人が世界有数の長寿民族であることとも関係しています。それは、インスリンは老化を促進するホルモンでもあるからです。飽食を避け適度な運動を行い糖尿病にさえならなければ、日本人はインスリン分泌の悪いことが幸いして長生きできるのです。

日本人は高血圧になりやすい民族でもあります。アフリカ系アメリカ人や日本人は食塩の元であるナトリウムを体内に保持しやすい形質を獲得し、腎臓からのナトリウム排泄能が低いことが指摘されています。食塩が体内に保持されると水も一緒に貯留して血管内の血液量、つまり循環血液量が増加し、血管の壁にかかる圧力が増加する結果、高血圧になります。これは食塩感受性高血圧と呼ばれています。

血圧の原理は電気の流れと同じです。「オームの法則」つまりV(電圧)=I (電流)×R(抵抗)によって決定されます。血圧は心臓から送り出される血流量の増加もしくは血管抵抗の増加によって上昇しますが、食塩感受性高血圧は心臓から送りだされる血流量が増加するために引き起こされます。こういった食塩感受性高血圧は食塩非感受性高血圧に比して、夜間高血圧になりやすく、腎臓・心臓・脳血管障害のリスクが高いといわれています。高血圧で塩分制限が必要なのはこのためです。

食塩に対する感受性が民族によって異なる原因は諸説あります。アフリカ系アメリカ人は、奴隷としてアフリカ大陸から過酷な環境の中を船で運ばれてきました。ナトリウムと水分を体内に貯留できる形質を持つ者だけが選択されてアメリカで生き延びていると考えられています。日本人がなぜ食塩感受性が高くなったのかはよくわかっていません。日本人の祖先は、かつて海から遠く離れ、塩分を摂取しにくい環境で暮らしていたのかも知れません。肥満は、この食塩感受性をさらに高めることが知られています。血液検査や心電図で異常がないからと言って健康であるとは限らないのです。肥満であって健康によいことは何一つありません。私たちは「メタボ」になりやすい民族であることを自覚して日常の健康管理に努めましょう。

このブログは風詠社出版の拙著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する人類の責務であると思うからです。


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