#京アニ放火事件と青葉被告の心の変遷
(この記事は「京アニ放火事件と犯罪予防」の続きとして書いています;本稿の初稿23年9月21日;改稿23年9月28日)
青美真司(1978年5月16日誕生)被告は、小学3年の時、両親離婚。トラック運転手(タクシー運転手?)の父親が3児を引き受ける。だが父親は、被告の中学時代、仕事を辞め、食べるのに困る。中学2年の時、家族は家賃滞納でアパートの退去を強いられ、転校を余儀なくされる。友達ができず、自宅に引きこもり、不登校になり、フリースクールへ(ワダイのブログ< https://monotooto.com/kyoani-incident/>;朝23.9.24[朝23.9.24は朝日新聞23年9月24日の意。以下同])。父は厳しく、暴言は日常茶飯事、ほうきの柄でたたいたり、冬に外で裸で立たせるなどした。
中学時代の同級生の印象は「目立たず、おとなしい人」。94年(15歳)中学卒業、そして4月、県立高校の定時制に入学(朝23.9.24)。進学を報告進学を報告を、フリースクールの頼れる先生にすると、「お前なら絶対にできる。もう戻って来るなと」(朝23.9.24)。昼働き、夜学ぶ。翌95年、埼玉県文書課(当時)の非常勤職員に採用され、行政文書集配のメールボーイとして働く(朝19.7.26)。当時の上司の女性はこうつぶやく。「部屋の出入りでは『行ってきます」『ただいま』と元気にあいさつし」、「気にかける必要がないくらい明るく働いてくれ」、「遅刻や欠勤も記憶にない」、「まじめな青葉君がなぜ事件を起こしたの・・・」(朝19.7.26)。97年ごろ、県は人件費などの抑制のためメールボーイの仕事を外部に委託し、非常勤職員の契約中止(朝19.7.26)。学校生活は「楽しそう」で、「ギターやベースを弾」き、「皆勤で卒業」。後に「一番良い時代だった」と(朝23.9.20)。
98年(19歳)高校卒業。同年、「ゲームの音楽を作る人」を志し、都内の音楽学校に進学したが半年で退学、コンビニでアルバイト(朝23.9.8、9.24)。
1999~2000年(21、2歳)頃、彼は埼玉県春日部市のアパートにいた。大家の女性は「トラブルは一切なかった。私の記憶と報道されている青葉さんとは違う。」(朝19.7.26)
この間の99年12月父自死。その後の数年で妹と兄も自死(< https://monotooto.com/kyoani-incident/ >)。父の葬式に参列せず(朝23.9.24)。3人の死の理由不明。
高卒後7年間コンビニで働いていたが、2006年(28歳)、同僚から仕事を押し付けられたと感じて辞め(朝23.9.24)、以後無職。電気ガス水道を止めら、生活保護を求めて市役所に行くも、「働いてください」と断られる。被告いわく、「弱者切り捨ての時代だったと覚えている」(朝23.9.8)。
投げやりになり、06年(28歳)「窃盗などで逮捕」、07年(朝23.9.11)、「有罪判決を受けた」が(朝23.9.6)、「執行猶予判決」となり(朝23.9.24)、一時母親と同居。酒に酔った母の再婚相手から「夢はないのか」と責められる(朝23.9.24)。家を出て、派遣社員として茨城や栃木の自動車部品工場を転々とする(朝23.9.24)。「転々」の理由は、上司に「短い時間で仕事を覚えるよう」に言われたためと(朝23.9.8)。「(上司と)話し合いで片付いた記憶がない。底辺というか、派遣に対して、面倒見がいいわけではない」(朝23.9.8)。
08年6月東京・秋葉原で無差別殺傷事件発生、「他人事ではない」と(朝23.9.24)。
08年以後、派遣契約の打ち切りで住まいを失いハローワークのあっせんで茨城県常総市の集合住宅に入居。一転、近隣住民とトラブルを起こす。ガラスを割ったり、目覚まし時計を毎夜12時4分に5分ぐらい鳴らしたり。壁に穴を開けたり・・・。生活保護を受けていたが、3万円あまりの家賃はほとんど滞納(朝19.7.26)。
09年(31歳)(朝23.9.24)、「アルバイトとして働いていた郵便局を数か月で辞める。前科が知られたからだ。」(MBSNEWS 23/09/09 07:31)。09年5月(朝23.9.24)、「京都アニメーション作品の原作に感銘を受け、自らも小説を書き始めた。そしてその内容をインターネットの掲示板に投稿すると、ライトノベルの編集者から『すごいものをみせてくれた』と言われ、一目を置かれた。」(MBSNEWS 23/09/09 07:31)同じ頃、「匿名のネット掲示板で京アニの女性監督の書き込みを見つけ、やり取りを始め」、恋愛感情を抱く(朝23.9.24)。だがその後のやり取りで犯罪歴を知られたと感じ、「刑務所に行く方がまし」と思う(朝23.9.24)。
12年6月20日(34歳)茨城県坂東市でコンビニ強盗事件を起こし懲役刑。服役中に精神疾患の診断(朝2023.9.6)。この間も小説を書きため、16年1月(37歳)刑務所出所時のアンケートに「目標は作家デビュー」(朝23.9.6、9.24)。更生保護施設「清心寮」入所(朝23.9.6、9.24)、メンタルクリニックへ通院開始(朝23.9.24)。
16年6月(38歳)ころ「清心寮」退所、さいたま市のアパートで生活保護や訪問看護を受け一人暮らし、再び小説を書き始める(朝23.9.24)。16年9~11月、京アニ大賞に応募するも落選(朝23.9.24)。「渾身の力作」(朝23.9.6)の「作品の1つを応募したその日、京アニの女性監督が更新したブログを読み、この女性監督が自分の小説を読んだと思った。作品が落選した3か月後、女性監督がブログを更新したが、この内容を読み、青葉被告は混乱する。自分の応募した小説に使われていたアイデアが書かれていたからだった。『“闇の人物”と京アニが一体となって、嫌がらせをしてきている』と思うようになる。」(MBSNEWS 23/09/09 07:31)
17年3月(39歳)京アニ作品を見て、小説を盗用されたと思う(朝23.9.24)。
18年1月小説のネタを書きためたノートを燃やす(朝23.9.24)。同3月、心身の状態を定期的に確認するために訪れた訪問看護師に「自立したい」と申し出るが、同5月訪問看護師に「つきまとっているんじゃねえよ」と包丁をつきつける(朝2023.9.7)。同11月、偶然テレビで見た京アニ作品で「盗用」を「確信」、「そこまでやるなら考えないといけない」(朝23.9.24、9.25夕刊)。別の資料にはこうある。「2018年、何気なくテレビを見ていると、京アニ作品が放送されていた。しかし作品中に、自分が応募した小説のアイデアが使われていた。これに対し、『これも盗まれていたのか。どうやっても、“闇の人物”と京アニから逃れられないのか』と、もがき苦しむことになった。」(MBSNEWS 23/09/09 07:31)
19年2月(40歳)メンタルクリニックへ最後の通院(朝23.9.24)。3月スマホ解約、訪問看護拒否(朝23.9.24)。同6月(41歳)『これで京アニも“闇の人物”も思い知るだろう』と、埼玉県の大宮駅前で大量殺人を計画」するも(MBSNEWS 23/09/09 07:31)、断念(朝23.9.24)。7月4日頃(事件の約2週間前)関係機関の会議で「状態悪化が懸念される」(朝2023.9.7)。7月14日近隣住民とのトラブル、暴行事件に(<https://monotooto.com/kyoani-incident/>)。7月15日新幹線で京都に(朝23.9.24)、18日京アニ第1スタジオに放火(朝23.9.24)。
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23年9月5日公判開始。青葉被告は放火事件で全身9割以上にやけどを負い重篤な状態だったが、4カ月間の治療で一命をとりとめる。当時の主治医は、9月5日の取材で思いをこう語る。あるとき被告が「ひとり泣いてい」ることがあった。聞くと、「二度」と「出ないと思っ」ていた「声」が出たと。そして主治医に「命の恩人です」。主治医いわく、「思い描いていたような人物ではなかった。礼儀正しく、悪態もつかない。食事を出せば看護師にお礼を言った。取り繕っている様子もない。疑問に思った。どうして、彼が事件を起こしたのだろう。」被告いわく、「生きる価値がない」「自分は『低の低』の人間」と。主治医は「事件の背景にあるものは、根が深い気がした。生い立ちを聞いたことはない。それでも、孤独や絶望が、彼を自暴自棄にさせたのではないかと思う。」ある日、被告が質問した。「裏切られたこと、ありますか」。「たくさん経験してきたことを伝えると、驚いた様子だった。そして、付け加えた。裏切られたという理由で、人を傷つけたり、命を奪ったりすることは絶対許されない。そういう自覚があるのなら、罪を償わなければいけない。『リハビリをするんだ』返事はなかったが、受け入れているようだった。治療は進んだ。優しい言葉はかけなかったが、率直な思いを伝えたことで、自分に向き合ってくれる人だと感じてくれたのかもしれない。これまで、そんな人が近くにいなかったのだろうかと思いをはせた。」「治療を通して命の重みを知ったのであれば、命を奪ったことに対する謝罪をしなければならない。そして、何が彼を犯行へと走らせたのか、その背景を、社会が考える裁判になってほしいと思います。」
検察側は冒頭陳述で、被告は「自尊心が高く、うたぐり深く、他人を攻撃するパーソナリティーがあった」(朝23.9.6)。
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青葉被告の心の変遷をたどり、こう考えます。
1.青葉被告は、定時制高校時代から21、2歳ごろまでは、逆境で育ったにもかかわらず、評判は極めて良好。元主治医も、「礼儀正しい」彼がなぜ「事件を起こしたのだろう」と。
青葉被告が生きることに行き詰っていた時期に、公助として丁寧に丁寧に対応し、職業訓練を含め、「決して見捨てない」というメッセージを伝えることができておれば・・・。人が失職した時、その人が職を見つけ、就労が安定するまで、粘り強く支え続けるという制度・組織が必要なのではないか。
2.青葉被告は、小説の「アイデアを盗用」されたのを「恨み」(朝23.9.6)、犯行に及んだ。その手法は間違っている。彼は、自分の主張は正しいと信じるのなら、その時点で、京アニの女性監督のブログを含め、自分の主張の核心部分を、ブログやインターネットのホームページなどで白日の下に晒し、これが証拠だと世間に示すべきだった。その主張が正当であれば、世間は放置しない。裁判に訴えれば必ず勝つ。そういう手続きを踏むことなく、『アイデア帳』を「焼却処分」している(朝23.9.6)。小説の控えの有無は不明。彼は自ら自分の立場を失ってしまった。
3.青葉被告は薄幸な境遇で育った。ここで注意すべきことは、事件を起こすのは貧民層だけではないということ。競争社会の勝者の中からも罪びとは出る。長野県中野市の4人殺害事件はその1例。
4.グローバル化の今日、人はあまりに多くのストレスに晒され、疲れている。その深層は心療内科とか精神科を垣間見れば分かる。患者であふれているのだ。我が国はウツ列島の感がある。この現実を直視し、過酷な競争社会の弊害に目を向けなければ。
5.我が国の経済格差は大きすぎる。こどもの7人に1人は貧困家庭。その一方で、富裕層は莫大な富を保有している。日銀(2023年9月20日公表)の統計によると、「家計の金融資産」は「2115兆円」、内訳は「現金・預金」が5割超の「1117兆円」、「株式など」が「268兆円」、「投資信託」が「100兆円」である(朝23.9・21)。経済格差が拡大すれば社会不安が増大する。
6.非正規雇用をなくし、同一労働同一賃金を実現すべきだ。
安倍前首相は「『この国から非正規という言葉を一掃する』と何度も訴えてきたが、役員を除いた働き手に占める非正規雇用の割合は18年平均で37・9%となり、過去最高の水準になっている。」(「朝日新聞Digital」< https://www.asahi.com/articles/ASM7G560BM7GUTFK006.html >)安倍派を継いだ政治家の皆さん、故人の遺志「この国から非正規という言葉を一掃する」を大合唱し実現してほしい。
「総務省の労働力調査(2022年)によると、日本における非正規雇用者は全就業者の36.9%を占めています。」「2022年の非正規雇用者数を男女別でみると男性が669万人、女性は1,432万人」<https://www.baitoru.com/contents/shutenshoku/3413.html>
広島電鉄は契約社員の全員を正規雇用にしている。「全社員の賃金体系が一本化され、契約社員の待遇は改善される一方、一部のベテラン社員には「賃下げ」を迫ることになる。通常であれば、労組は賃下げには猛反発するものだが、今回は、この条件を「飲む」ことができる背景があったようなのだ。」< https://www.j-cast.com/2009/03/26038318.html?p=all >
7.青葉被告は大罪を犯した。囚われの身となり、重いやけどを負って体の自由はきかず、後悔の日々であろう。そんな日々に、彼は3人の優れた人物と出会っている。一人は元主治医、現・鳥取大医学部付属病院高度救命センター上田敬博教授。この「命の恩人」の言葉、「裏切られたという理由で、人を傷つけたり、命を奪ったりすることは絶対許されない。そういう自覚があるのなら、罪を償わなければいけない」は、「どうせ死刑」(朝23.9.5夕刊)と考える罪人の心に重く落ちたであろう。
あと二人は国選弁護人< https://bokoguma.com/aoba-shinji-defense-lawyers/ >。彼らは、被告は「心神喪失で無罪」、「仮に有罪の場合でも心神耗弱で減刑すべきだ」と訴える(朝23.9.5)。わたしは正直、「無罪・・・」には非常に驚いた。ご遺族にとって受け入れられない弁護であろう。だが法治国家で、法の下で働く弁護士にはそういう弁護になるのであろう。
「何が彼を犯行へと走らせたのか、その背景を、社会が考える裁判になってほしいと思います。」
付記
上記文中の(朝19.7.26)の記事は滋賀県草津市立図書館で得ました。今日では新聞の縮刷版は有料記事データベース「朝日新聞クロスサーチ・フォーライブラリー」 にとって代わられているようです。地元の図書館の充実に感謝します。