も少し佐藤春夫を読んでみよう。
と書いたので、digする。
乱暴に言うとこの文豪は、多才だけど混沌としてる。私なぞ、文豪と言えば晩年に畢生の名作をものするか、独自のジャンルを築くとの思い込みがある。でも佐藤春夫はそんなことは無縁の人だ。
まず、『田園の憂鬱』の続編『都市の憂鬱』を初めとして、春夫の私小説や心境小説は全く退屈だ。前者なら宇野浩二、後者なら志賀や梶井がずっと上手い。「話すように書く」というのが春夫のポリシーなのだが、このジャンルでは、それが余りに回りくどく作用して、てんで馴染めない。おまけに私小説で読者をしんみりさせたり、なごませたりする志向を持っていない人のようだ。
一方、詩人ならではの着想や感性のもとに、文章のキレや冴えをもって描かれる『作り事』の話は極めて魅力に溢れている。多くは短編(春夫は『自分は長編を書くのは苦手だ』と語っている。)だが、概ね古さを感じさせないし、映像化してみたくなる作物たちだ。
春夫の作物は、文庫では、岩波、ちくまで読めるが、(さすがは編集者で)面白い内容の空想・幻想小説が採られている。私は、しんみりさせる『星』や、ありえないのに最後にはありえるかもと思わせる『美しい町』が気に入った。
また、中公から台湾小説集という文庫も出ている。日本の被占領下の台湾を描いた紀行文で資料的価値もあるようなのだが、何とも複雑な気分に襲われる。集中では、ちと切なくなる『奇談』が心に残る。
さて、春夫は生涯で四度婚姻や同棲をしている。四人目が元谷崎潤一郎夫人の石川千代(トップ画の女性)。(世間の誤解を受けて)『細君譲渡事件』と騒がれたが、春夫が純愛をなし遂げた相手であり、千代は春夫が突然に亡くなるまで添いとげた。
そして残りの三人だが、主人公や同等の扱いで登場した作物は次の通りだ。
・遠藤幸子(一人目、女優)
『田園の憂鬱』、『都市の憂鬱』
・米谷香代子(二人目、女優)
『この三つのもの』
・小田中タミ(三人目、元芸妓)
『魔笛』、『去年の雪今いづこ』
なんだって、春夫を巡る女たちみたいなことを書くかというと、小田中タミの下の写真が気に入ったから、、。汗
昭和3年、タミ26才(結婚4年目)の撮影のようだが、この出で立ち、ポージング。何とも可憐ではないか!!(ついでに書くと写真の春夫邸は大層モダンな建物で、現在は故郷の和歌山県新宮市に移築され佐藤春夫記念館となっているようだ。)
一人目には逃げられ、二人目は追い出した春夫。タミを知ったのは彼女が、18、9才の頃らしい。
『魔笛』はフィクション、『去年の雪今いづこ』は半ばノンフィクション。だが、両作とも、タミがモデルの女性は嫉妬深い人物として描かれている。だがそれは、『魔女事件』と呼ばれる春夫の浮気を題材にした作物だからやむを得ないだろう。また、前の二人以上に年が離れ(10才年下)、出自もあって、タミは春夫に常に上から目線で見られていて少々気の毒に感じる。
ただ、この事件をきっかけにして、タミと谷崎夫人に交流が生まれ、春夫の千代への純愛が再燃することになってしまう、、。結局タミとは6年で破局した(詳細はわからないけど、協議離婚かなぁ。)春夫は、離婚の翌月千代と婚姻している。
最後にトリビアである。内容はあまり面白くないが『美人』という大正12年の作物がある。主人公は、何らかの力に押されるようにして駅のホームから落ち、列車に牽かれてしまうのだが、足首が折れるだけで助かってしまう。
そして、如何なる運命の悪戯か、春夫の一粒種の佐藤方哉(トップ画の赤ちゃん)さんが乗車待ちの客に押され駅のホームから転落し、電車とホームの間に挟まれて亡くなってしまう。87年後の平成22年のことだった。
方哉さんは春夫の子息のうえ、某私立大学学長でもあったので、大きな記事になったことを思い出す。ホームドアの必要性の議論が高まる契機になった事故だった。
「三文判に非ざる検印押されたる誇り零るる春夫の全集(新作)」
不尽
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