a green hand

母というもの

日本全国冬型の気候、今日は、夫が病院へ行く日だ。
といっても、実の親なのに、「俺一人ではだめだ」と私の同行を促す。

私も最初からそのつもりだった。
もう少し親孝行をしてもらいたいという私の願いから、夫の看病を強行。
無口な夫は母への態度も非常に優しい。

しかしその割りに母のもとに行きたがらない。
息子という立場の心理は私にはよく分からない。
私が看病に行ったり、義母にいい事をすると、決まって「どうもありがとう」という言葉が返ってくる。

私として超前向きで無愛想な実母に優しくしてくれる夫に絶え間なくお礼を言わなければならないのに。
「ありがとう」といわれるたびに罪悪感を感じてしまう。

成長した娘がいう。
「お父さんはホント優しいよね、私がドキドキしちゃうほどばあちゃんがお父さんの言葉に反応しなくても平気でいるもの・・」

夫が私の母と暮らして40年近い。
私が在職中、家に帰って昼食をとる夫のため、何があってもそれを優先してくれた母である。
私より、長い時間を母と夫は時間を共有していた。

母を信じてもらえるまで時間がかかった。
が、無愛想で言葉少ない母と夫は何か飾らない共通するものがある。

夫は、サービス精神旺盛な私を「そと面がいい」「口がうまい」と評する。
家に客が見えると決まって接待をまかされてしまう。
それが夫の兄弟であってもだ。

内心、二人のわがままぶりに不満をもちながら仕事で身につけたサービス精神をあらわに演出することになるのだ。

私の本来の性格は、客は嫌い、気を使う場所には出かけたくない超わがまま人間である。

若い頃には客の気配を感じると即、二階に駆け上がり、一人のときは鍵をかけ、ドキドキして玄関の様子を伺うといった小心もの。

今考えると病気だったか?とさえ思う。

それにしても、二人には、もう少しでいいから、そと面に配慮し、話題を探す努力をしてほしいと思っている・・。

でもまあいいかと直ぐに諦めるのも私である。

それで今日の義母の看護だが、夫にはなるべくたくさん義母との時間を持って欲しい。

母というもの、娘も息子も同じく大好きで一緒にいてほしいものだから・・母という私の現段階での思いである。
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