前回の続き。
回想の場面で幼児性愛っぽいのがあるのと、SMっぽいのがあるので苦手な方は閲覧注意。
↓↓↓
「そう思うなら、その彼にはもう会わなければいいだけの話だろう。何もわざわざ自分が捨てられるまで待つことはない」
坂崎徹(さかざきとおる)はいつもと同じように微笑んだまま、まっすぐに桃子の目を見つめた。
……それは、わかっているけれど。
相変わらずのストレートな物言いに絶句する。
銀縁の眼鏡、ぴかぴかに磨かれた革靴、濃紺のスーツに無地のネクタイ。
身長はユウと同じくらいだが、肩幅の広さと筋肉量の違いなのか坂崎の方がずっと大柄に見える。
実年齢は桃子の父親と言ってもおかしくないくらいだが、あらゆる物事を精力的にこなしていく姿は年齢よりもずっと若々しい。
野心家でまさにやり手の社長という言葉がぴったりくる、そんな男だ。
「あ、会わない方がいいのはわかってるけど、でもあの子が寂しがるから」
「君はそんなにお人良しじゃない。自分ではどう思っているのか知らないが、僕には桃子自身がもう彼を手放したくないように見えるけどね」
「そんなこと、思ってない……」
「それなら、いまさら昔のことを持ちだして思い悩む必要もないはずだ。さあ、もうそんなくだらないことは忘れて、いまは食事を楽しむといい」
昔のこと。
くだらないこと。
坂崎のようにそこまで達観できない自分が悔しかった。
ホテルの高層階にある眺めの良いフレンチレストラン。
桃子が一度『美味しい』と言った日から、坂崎と会う日はここで食事をするのが習慣のようになっている。
どの料理を選んでも舌がとろけるほど美味しい代わり、一回の食事代はちょっと考えられないほど高い。
当然のように、支払はいつも坂崎が持つ。
ユウと出会ってからの数カ月間の話をすると、ワイングラスを傾けながら坂崎は声をあげて笑った。
美山や英輔たちの半ば嫌がらせのような行為や、だんだんと束縛が激しくなり扱いにくくなっていくユウのこと。
どんなことにでも坂崎は興味深そうに耳を傾けてくれる。
「レポートもたくさん出さなきゃいけないらしくて、わざわざわたしの部屋に持ってきて書き始めたりするんだよ。自分の部屋でやればいいのに、馬鹿みたいでしょ」
昼間ふたりとも時間が空いているときは、すぐに公園や海辺に出かけたがるし。
日焼けするから、本当はいきたくないんだけど。
外で手を繋がなかったら拗ねちゃうし、他の男の子から連絡がくるとものすごく落ち込んじゃうし。
だから、もうこの一ヶ月くらいは他の誰とも遊ばせてもらえないの。
手がかかるし面倒くさい。
そう言いながら、なんとなく自分の口元がほころんでいくのがわかる。
「あはは、ユウくんのことを話すときの桃子は本当に楽しそうだね。いいよ、いくらでも聞かせてもらおう」
「……べつに、ユウのことばっかり話したいわけじゃないもん」
「いいじゃないか、少なくとも僕は前よりもいまの君の方がすごく魅力的でいいと思う」
「……前って?」
「傷つきたがっていた、というのかな。寂しさを紛らしながら、自分をわざと汚すために男と寝ようとするようなところがあっただろう」
ずきん、と胸が痛んだ。
そんなことも見抜かれていた。
認めるのも腹立たしくて、言葉に詰まってしまう。
「でもいまは、なんだか元気になったように見える。明るくなったし、作り笑いが減ったね。笑顔も、偽物と本物では輝きが違うんだよ」
坂崎が目の前に置かれたクリスタルのワイングラスを揺らす。
オレンジ色の照明が反射して、透明の縁がきらきらと光った。
「じゃあ、坂崎さんも……他の男の人と全部別れてユウとだけ付き合った方がいいって言うの?」
「ああ、そう思うね。どうしようもない男たちと何人付き合ったところで、くたびれるだけだろう? ああ、ただし僕だけは別だよ?」
僕は君の保護者のようなものだから。
さらりと身勝手なことを言う紳士面の男に、笑いがこみあげてくる。
「そんなこと言い出したら、美山くんだって英輔くんだって、みんな同じこと言うに決まってるじゃない」
「いや、違うね。僕にとって君は特別だし、君にとっても僕だけは特別なはずだよ」
「特別……」
出会い系の遊びの中で、桃子が最初に会った男。
そして、同じ種類の秘密を唯一共有できる男。
出会った最初の夜に、桃子の隠していた傷を探り当てられた。
ふっ、と遠い記憶が引きずり出される。
草深い山の中。
池が。
折檻する声。
あの頃はまだ子供で。
口の中に押し込まれたもの。
擦りむいたひざの傷、破れてしまったお気に入りのワンピース。
苦しくて、辛くて。
だから。
「桃子?」
坂崎の気遣うような眼差し。
顔を上げ、まわりを見渡してホッとする。
ここはホテルのレストランで、目の前にいるのはあの男じゃない。
大丈夫。
落ち着いて。
自分の胸に手をあて、呼吸を整える。
「……ごめんなさい。なんでもないの」
「大丈夫かい? 何かワイン以外の飲み物を頼もうか」
「ううん、いらない。それより、もうあまり時間が無いから」
その先は、言わずともきちんと伝わる。
坂崎はスムーズに会計を済ませ、桃子をエスコートしながらホテルのスイートルームに向かった。
ふたりでは広すぎる豪華な室内。
シックな色合いで整えられてはいるが、照明や調度品のひとつひとつに高級感が漂っている。
緩いカーブを描いた壁の半分近くが透明のガラスになっており、そのむこうがわには眩いばかりの夜景が広がっていた。
色とりどりのきらきらした宝石が散りばめられているようで、そこだけは日常生活から切り離された異空間のようだ。
はじめは連れて来られるたびにワクワクしたものだったが、それももう慣れてしまった。
だからこんな無駄金を遣わなくていいと思うのに、坂崎はこういうところのほうが雰囲気が合って好きだと言う。
桃子はいつも通りひとりでシャワーを浴びた後、大きなソファーでブランデーを愉しむ坂崎の正面に立った。
グラスをローテーブルに置き、坂崎が立ちあがる。
「ああ、今日も綺麗だね」
手を伸ばし、洗ったばかりの髪を撫でる。
そして少し火照った頬から、首筋、胸元へと流れるように指先が移動していく。
平らな腹、くびれた腰。
桃子のどこかに異常が無いか点検するように。
こうして身体検査のような真似ごとをするところから、坂崎のプレイは始まる。
洋服を着たままの坂崎の前で、自分だけが裸なのが恥ずかしい。
少しずつ、ほんの少しずつ体が高揚していくのがわかる。
立った姿勢のまま、両脚を左右に広げられ太ももの内側まで覗きこまれた。
決して性急な動作ではなく、ひとつひとつが非常にゆっくりなことが余計に桃子の羞恥心を煽り立てる。
恥ずかしい、でももっと見せつけてやりたい。
この男の紳士然とした仮面をはやく剥ぎ取ってやりたい。
そんな欲望を駆り立てられる。
坂崎の手が、脚の付け根あたりでぴたりと止まった。
「なんだ? この痣は」
坂崎が目を細めながら、桃子の内ももに残された紫色の跡を指さす。
白い肌に散った花弁のようにも見える痣。
全部、ユウにつけられたものだった。
「酷いでしょう? 美山くんのことがあってから、キスマークに目覚めちゃったみたいで」
古い痣が消える前に、また新たな跡をつけられる。
マーキングごっこはやめてほしい、と何度も言っているのに治らない。
坂崎が苦笑する。
「なんとも子供っぽい彼氏だね。というか、そんなことを許している桃子にも少々問題があるように思うよ」
「許してるわけじゃないけど……」
本気で抵抗すると、ものすごく傷ついた顔をするのだ。
そんな顔は見たくないから、ついつい言う通りにしてしまう。
女に慣れた男たちとは何もかも勝手が違って、扱いにくいことこの上ない。
「そんなに君を必要としている男がいるのに、どうして桃子は今日ここに来たんだろうね」
両手の指を遣ってグッと陰部を押し広げながら、坂崎がひとりごとのように呟く。
じっとりとした視線が、黒々とした陰毛の奥にのぞく桃子の裂け目に注がれている。
形のない何かが、粘膜の縁に絡みついてくるようだった。
じくん、じくん、と下腹部が疼き始める。
見られているだけで、じわじわと潤っていくのがわかる。
「……会いたかったの、坂崎さんに」
「だから、どうして会いたかったのかと聞いているんだ。話がしたかっただけなら、電話で済むことだろう」
それは。
答えにくさに唇を噛む。
他の男たちの場合は、桃子から呼び出すようなことはほとんどない。
むこうから求められて会いに行くだけだ。
だから呼び出されることがなければ、そのままいつまでも放っておくので自然と関係も切れる。
だが、坂崎にだけはいつも桃子からも会いたいと連絡を入れていた。
一ヶ月、もしくは二ヶ月に一度程度のペースで。
「……して欲しかったから」
「ああ、もう濡れているね。真っ赤になってヒクヒクしている。セックスなら飽きるほどしているだろうに」
まだ欲しがるのか。
桃子は欲張りだね。
柔らかな言葉に混ぜ込まれた棘が、ちくりちくりと肌の表面を刺激する。
坂崎は桃子に後ろを向かせ、尻肉をつかんで小さくすぼまった肛門までじっくりと点検していく。
綺麗に洗ったはずだけど、やっぱり平気ではいられない。
普段は隠れているはずの部分がひやりとした空気に晒され、どきん、どきん、と心臓が暴れ出す。
「だって、坂崎さんじゃないと……あんなこと、してくれないもの」
「そんなに僕に虐めて欲しかったのか。ユウくんのように純粋に君を想ってくれる子がいるというのに」
くるりと菊門の周囲を指でなぞられた。
もうそれだけで腰が砕けてしまいそうになる。
小さな虫たちに這いまわられているような、怖気を伴った感覚。
はあ、はあ、と息がはずむ。
それ以上奥に触れてくるわけでもなく、指はするするとひざからふくらはぎ、足首へと下りていく。
「こっちを向きなさい。桃子」
さっきまでとは違う凄みのある声。
振り向いた桃子の首に、革製の真っ赤な首輪が嵌められる。
後ろ部分には銀色の長く太い鎖がつけられており、その端はローテーブルの足に結えつけられていた。
窓ガラスに映るのは、動物のように全裸のまま首輪をつけられた自分の姿。
ごくん、とつばを飲み込む。
坂崎は父親が娘を叱るように、険しい表情で鎖を引きながらソファーに腰を下ろした。
桃子は引っ張られるまま床に両手をついて四つん這いの姿勢をとる。
飼い犬のように従順に。
「いやらしいことばかり考えて、悪い子だね。桃子は」
「あっ……!」
バチン、と手のひらで背中を打たれた。
じんじんする痛みが皮膚から脊髄へと浸透し、体内で甘い快感へと変わっていく。
じゅん、と脚の間から熱いものが溶け出してくる。
乳首は乳輪ごと大きくふくらんで勃起し、わずかに腕が擦れるだけでも泣きたくなるほど敏感になっていた。
「わ、わたし……悪いの、そう……悪い……」
「前に会ってから今日までずいぶん間があったから、僕にされることを考えながら何度かは自分でしたんだろう?」
「し……しました……」
「ユウくんに隠れて、ひとりの部屋で?」
「そ、そう……ひとりで、部屋で、あ、あっ……!」
革靴を履いたままのつま先で、軽く蹴るようにしながら乳頭を擦られる。
右と左を交互に。
腕の力が抜けてしまいそうになるのを、必死に堪えた。
もうこれだけでも失神しそうなほど気持ちいい。
「どうやって触っていたのか、言ってみろ」
「あ、あの、乳首、ぎゅってしたり、あそこ、指で……」
「毎晩のように男と寝ながら、自分でもそんなことをしていたのか。本当におまえは淫乱で悪い子だ、桃子」
悪い子には、お仕置きをしなくちゃいけない。
坂崎は足先での責めを続けながら、テーブルの上に置かれた黒いバッグを開けた。
中身がざらりと床の上にぶちまけられる。
鈍く光る手錠、ピンクローター、いくつもの種類のバイブレーター。
悪趣味な性具の数々。
いつみても赤面してしまう。
「手を後ろで組め。顔を床につけろ」
ピシリと放たれる指示の通りに、自然と体が動く。
命令される事を待ち望んでいるように。
嫌なのに。
こんなこと、本当は嫌なはずなのに。
頬を絨毯張りの床にぴったりとつけ、手を背中にまわして尻だけを高く上げた姿勢になる。
ほどなくしてガチャリと手首が硬質のもので固定された。
手錠。
徐々に自由を奪われていくことに、無上の喜びを感じてしまう。
床に自分から胸の先を擦りつける。
ごしごしと。
擦りむけてしまうほどの強さで。
感じる、すごく感じる。
「あ……いい、いいの……」
変態じみた行為であることはわかっている。
でもやめられない。
つうっ、と脚の間から粘液が垂れ落ちていく。
「桃子、やめなさい」
髪をわしづかみにされ、顔を上げさせられた。
叱られる。
怯える気持ちと、底知れない期待。
おどおどと瞳を揺らす桃子の乳首を、坂崎が爪を立ててぎりぎりと捩じり上げた。
「いやあああっ! 痛い、痛いいいっ!」
「勝手に気持ちよくなってはいけないといつも言っているだろう? どうして言いつけが守れないんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
目の端に涙がにじむ。
懸命に謝罪を口にしているうちに、左右両方の乳頭を桃色のクリップのようなもので挟まれた。
ぎざぎざの溝がついた先端部分が、球状に張り詰めた乳豆を押し潰す。
痛くてたまらないのに、また陰部から熱い蜜液がとろとろと滴っていく。
カチリとスイッチが入れられる音。
取り付けられた器具が、ブルブルと振動して乳首を震わせていく。
湧き上がってくる愉悦に、脳の中心まで揺さぶられているようだった。
「あっ、すごいの……これ、すごいっ……!」
ひざ立ちになったまま、気も狂わんばかりの快楽に翻弄される。
あそこが火で直接あぶられているように熱い。
いますぐに指で掻きまわしてしまいたいのに、両手を拘束されているためにそれがかなわない。
恥ずかしい割れ目がぱっくりと開き、陰核がすでに大きく隆起しているのが見なくてもわかってしまう。
欲しい。
欲しくてたまらない。
流れ出した愛液が、絨毯の上で小さな水たまりのようになっている。
坂崎の手が、割れ目の前方に伸ばされる。
指の腹で女芯をそろそろと撫でまわされていく。
「恥ずかしい女だな、こんなにクリトリスを大きく勃起させて。昔からずっとおまえはそうだったんだろう、いつでもこうしてビショビショに濡らして男を誘うんだ」
甘い甘い蜜の香りを漂わせて。
誘いこんで男を狂わせる。
そういう女だ、おまえは。
坂崎の声が、別の誰かの声と混じってわんわんと脳内に響き渡る。
「さ、誘ってなんか……あ、あれは」
あれは。
閉ざされていた古い記憶。
坂崎にだけ話した秘密。
まだ桃子が子供の頃の話だ。
年の離れた兄がいた。
なにをさせても優秀で、両親の自慢の息子だった。
勉強の傍ら、よく桃子とも遊んでくれた。
近所の池や川で魚釣りを教えてくれたりしたのを覚えている。
でも、ある日を境に妙なことをしてくるようになった。
誰もいない山の中や草むらで、桃子の洋服を脱がせてべたべたと素肌に触れてくる。
手で、兄の股間を撫でさせられたりもした。
そうすると兄は喜んでお菓子をくれた。
下着を脱がされ、まだつるりとした秘部に指を捻じ込まれたこともある。
痛くて、痛くて。
そうされながら桃子がお漏らしをしてしまうと、また兄は喜んだ。
次第に行為はエスカレートし、兄の勃起した男性器を口の中で舐めさせられるようになった。
苦しくて嫌だと泣くと、見えないところを何度も叩かれた。
仕方なく、舌をつかって一生懸命になめた。
苦くて気持ちの悪いものが、いつも喉の奥に流し込まれる。
飲まないと許してもらえなかった。
両親は知っていた。
けれども、見て見ぬふりをした。
咎めると、兄の機嫌が悪くなるからだ。
桃子は兄ほど優秀ではない。
いっそ、兄のオモチャになっていればいいとでも思ったのかもしれない。
何年か過ぎたある春の日、とうとう兄は桃子と最後の一線を越えようとしてきた。
もう、我慢できなかった。
池の周りを這うようにして、逃げて、逃げて。
追い詰められたと思った瞬間、兄がずるりと足を滑らせて池に落ちた。
みるみるうちに泥が兄を飲みこんでいく。
助けてくれ、誰か人を呼んで来てくれ、と懇願された。
耳を塞いだ。
まわりには誰もいない。
洋服に着いた汚れを払って、そのまま家に帰った。
兄の行方をきかれたが、知らないと答えた。
翌々日になって、池に浮いている兄を近所の人間が見つけた。
知らない、知らない。
桃子はそう言い続けたが、両親はなんとなく事情を察していた。
なにか罰を受けたりすることはなかったが、ことあるごとに酔った両親から「人殺し」と責められるようになった。
高校を卒業して、家を出るその日まで。
いったいあのとき、どうするのが正解だったのかいまでもわからない。
ただ、自分の手が兄の血で汚れているのは間違いない。
忘れようとしても忘れられない罪の記憶。
坂崎と出会った最初の夜に、君はもしかして人を殺したことがあるのではないかと聞かれた。
さらりと、冗談交じりに。
否定しなかった。
逆に、どうしてわかったのかと素直に驚いた。
坂崎はうろたえることもなく、淡々と答えた。
「僕も君と同じ人殺しだからわかるんだ」と。
坂崎は若いころに一度結婚し、二年も経たないうちに離婚したそうだ。
優しくて美しくて、自慢の妻。
坂崎が初めて愛した女性。
彼女が孕んだのは、別の男の子供だった。
あるとき、妻が友人と電話しているのを偶然耳にした。
子供は夫の子ではない、昔から付き合っている不倫相手の子供だと。
不倫相手はいい加減な男だが、坂崎には経済力がある。
これからも適当に遊びながら坂崎に養ってもらうのだと自慢げに話す妻。
許せなかった。
すぐさまあらゆる手を遣って証拠を集め、離婚した後も徹底的に妻だった女を追い詰めた。
社会的にも、経済的にも。
結果、彼女の両親も彼女自身も自殺に追い込まれ、残された子供は施設に入ることになった。
直接手を下したわけではないにせよ、自分が殺したようなものだと坂崎は寂しげに笑った。
それ以来、坂崎は女を痛めつけるために遊び狂った。
一晩中、女が悲鳴をあげ傷だらけになるまで責め立てる。
たいていは一度ベッドを共にすると二度と会いたくないと言うらしいが、桃子だけは違った。
責められることで、罰を受けているような気持ちを味わえる。
贖罪のつもりなのか、自分でもわからない。
他の男にいくら荒々しく抱かれてもその心境にはなれない。
なぜか、坂崎が相手でないとだめなのだ。
桃子が「ごめんなさい」と口にするとき、頭の隅に兄の顔がある。
きっと坂崎が「悪い子だ」と言うときも、妻の顔が彼の中にあるのだろうと思う。
こんな犯罪まがいの過去を抱え歪んだ性癖を持った自分が、ユウといつまでも付き合っていていいわけがない。
桃子の現在の悩みの本質はそこにあった。
痺れきった乳首の感覚がなくなっていく。
腫れあがった女芯は、なおも執拗に指で嬲られている。
ときおり振り上げられる左手が、容赦なく桃子の尻を打ち続けた。
すべての刺激が強烈な快感となって怒涛のように押し寄せてくる。
「だめ、お漏らししちゃうの、そんなにしたら桃子、お漏らししちゃう……!」
おにいちゃん。
やめて。
おにいちゃん、と声に出していた。
坂崎はそのまま受け止めてくれる。
「こんなところでお漏らししていいのか? みんな見ているよ、恥ずかしいね。桃子」
「いや、いやなの、あ、あぁっ……!」
目の前に、あの田舎町の風景が広がる。
懐かしい近所の人たちが、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。
あの子だよ、お兄さんといやらしいことをしているのは。
恥ずかしい格好をして。
すぐにお漏らしをする変態だよ。
違うの、だってこれは。
おにいちゃんが。
すっ、と指が離れていく。
中途半端な物足りなさに焦れてしまう。
もっと、もっとして欲しいのに。
「まだ我慢するんだ。もっと良いものをやるからな」
坂崎が背を屈め、床に落ちていた玩具のひとつを拾い上げる。
勃起した男性器をデフォルメした形状のバイブレーター。
グロテスクな紫色をしたそれは、本物の男根よりもずっと大きく太く作られている。
再び頭を床につけ、背中をそらせて尻を高く上げさせられた。
バイブの先端が、細かに振動しながら秘唇を押し割っていく。
めりめりとこじ開けられていく肉路に、尋常ではない圧迫感があった。
膣襞は悦びに震え、疑似性器に絡みついていく。
坂崎は加減をせず、その巨大な玩具で桃子の奥深くを一息に刺し貫いた。
「うあ……あぅっ……」
「こんなものまでおまえは簡単に飲みこんでいくんだな。どこまで淫乱なんだ、桃子は」
額に嫌な汗が滲む。
きつい、きついっ……!
内臓がすべて押し潰され破壊されていくようだった。
あまりの衝撃に悲鳴も出ない。
最奥部まで突き立てた後も、坂崎は休むことなく手を動かし続ける。
ずぶっ、ずぶっ、とバイブが子宮口を突き上げてくる。
意識が飛んでしまいそうになるのを、血が出るほど唇をかみしめて耐えた。
何度かピストン運動が繰り返された後、それを挿入したまま尻の穴をまさぐられた。
ぐぐっ、と何かが押し込まれる感覚。
丸い形状。
おそらく、以前も使用したことのある卵型のピンクローター。
「あ、あ、お尻だめ、そ、そんな」
「だめ、だめ、と言いながらいつもおまえは悦ぶんだ。そうだろう?」
悪い子だ。
本当に。
ローターはすぐに菊穴から直腸へと沈み込んで震え始める。
薄い肉の壁一枚を隔てて、バイブと擦れ合いながら桃子を限界まで苛め抜いていく。
気持ちいい。
痛い。
苦しい。
何がどうなっているのか、もうなにもかもわからない。
「ひあああっ! 苦しいの、もう、もうだめなの、助けて、おにいちゃん……!」
坂崎がズボンを押し下げ、桃子の顔をひざに抱えあげた。
唇に押し付けられたものを、桃子は自分からすすんで口の中に受け入れる。
熱く煮え滾っているような肉の塊。
ぺちゃぺちゃとしゃぶっているうちに、口腔内で脈打ちながら大きさを増していく。
桃子の頭をぐうっと押さえつけ、喉の奥まで男根を突き立てながら坂崎が呻くように呟いた。
「ああ、上手だ……もう壊してやる、壊してやりたいよ、桃子」
いいよ。
もう。
壊して。
こんな体。
背中や尻を叩かれ、首輪で喉元を絞めつけられる。
ふうっ、と視界が黒く染まる。
下半身が緩み、びしゃびしゃと堪えていた尿が放出されていく。
ごめんなさい、ごめんなさい。
失神する寸前、桃子はやっと何かに許されたような気がした。
(つづく)
回想の場面で幼児性愛っぽいのがあるのと、SMっぽいのがあるので苦手な方は閲覧注意。
↓↓↓
「そう思うなら、その彼にはもう会わなければいいだけの話だろう。何もわざわざ自分が捨てられるまで待つことはない」
坂崎徹(さかざきとおる)はいつもと同じように微笑んだまま、まっすぐに桃子の目を見つめた。
……それは、わかっているけれど。
相変わらずのストレートな物言いに絶句する。
銀縁の眼鏡、ぴかぴかに磨かれた革靴、濃紺のスーツに無地のネクタイ。
身長はユウと同じくらいだが、肩幅の広さと筋肉量の違いなのか坂崎の方がずっと大柄に見える。
実年齢は桃子の父親と言ってもおかしくないくらいだが、あらゆる物事を精力的にこなしていく姿は年齢よりもずっと若々しい。
野心家でまさにやり手の社長という言葉がぴったりくる、そんな男だ。
「あ、会わない方がいいのはわかってるけど、でもあの子が寂しがるから」
「君はそんなにお人良しじゃない。自分ではどう思っているのか知らないが、僕には桃子自身がもう彼を手放したくないように見えるけどね」
「そんなこと、思ってない……」
「それなら、いまさら昔のことを持ちだして思い悩む必要もないはずだ。さあ、もうそんなくだらないことは忘れて、いまは食事を楽しむといい」
昔のこと。
くだらないこと。
坂崎のようにそこまで達観できない自分が悔しかった。
ホテルの高層階にある眺めの良いフレンチレストラン。
桃子が一度『美味しい』と言った日から、坂崎と会う日はここで食事をするのが習慣のようになっている。
どの料理を選んでも舌がとろけるほど美味しい代わり、一回の食事代はちょっと考えられないほど高い。
当然のように、支払はいつも坂崎が持つ。
ユウと出会ってからの数カ月間の話をすると、ワイングラスを傾けながら坂崎は声をあげて笑った。
美山や英輔たちの半ば嫌がらせのような行為や、だんだんと束縛が激しくなり扱いにくくなっていくユウのこと。
どんなことにでも坂崎は興味深そうに耳を傾けてくれる。
「レポートもたくさん出さなきゃいけないらしくて、わざわざわたしの部屋に持ってきて書き始めたりするんだよ。自分の部屋でやればいいのに、馬鹿みたいでしょ」
昼間ふたりとも時間が空いているときは、すぐに公園や海辺に出かけたがるし。
日焼けするから、本当はいきたくないんだけど。
外で手を繋がなかったら拗ねちゃうし、他の男の子から連絡がくるとものすごく落ち込んじゃうし。
だから、もうこの一ヶ月くらいは他の誰とも遊ばせてもらえないの。
手がかかるし面倒くさい。
そう言いながら、なんとなく自分の口元がほころんでいくのがわかる。
「あはは、ユウくんのことを話すときの桃子は本当に楽しそうだね。いいよ、いくらでも聞かせてもらおう」
「……べつに、ユウのことばっかり話したいわけじゃないもん」
「いいじゃないか、少なくとも僕は前よりもいまの君の方がすごく魅力的でいいと思う」
「……前って?」
「傷つきたがっていた、というのかな。寂しさを紛らしながら、自分をわざと汚すために男と寝ようとするようなところがあっただろう」
ずきん、と胸が痛んだ。
そんなことも見抜かれていた。
認めるのも腹立たしくて、言葉に詰まってしまう。
「でもいまは、なんだか元気になったように見える。明るくなったし、作り笑いが減ったね。笑顔も、偽物と本物では輝きが違うんだよ」
坂崎が目の前に置かれたクリスタルのワイングラスを揺らす。
オレンジ色の照明が反射して、透明の縁がきらきらと光った。
「じゃあ、坂崎さんも……他の男の人と全部別れてユウとだけ付き合った方がいいって言うの?」
「ああ、そう思うね。どうしようもない男たちと何人付き合ったところで、くたびれるだけだろう? ああ、ただし僕だけは別だよ?」
僕は君の保護者のようなものだから。
さらりと身勝手なことを言う紳士面の男に、笑いがこみあげてくる。
「そんなこと言い出したら、美山くんだって英輔くんだって、みんな同じこと言うに決まってるじゃない」
「いや、違うね。僕にとって君は特別だし、君にとっても僕だけは特別なはずだよ」
「特別……」
出会い系の遊びの中で、桃子が最初に会った男。
そして、同じ種類の秘密を唯一共有できる男。
出会った最初の夜に、桃子の隠していた傷を探り当てられた。
ふっ、と遠い記憶が引きずり出される。
草深い山の中。
池が。
折檻する声。
あの頃はまだ子供で。
口の中に押し込まれたもの。
擦りむいたひざの傷、破れてしまったお気に入りのワンピース。
苦しくて、辛くて。
だから。
「桃子?」
坂崎の気遣うような眼差し。
顔を上げ、まわりを見渡してホッとする。
ここはホテルのレストランで、目の前にいるのはあの男じゃない。
大丈夫。
落ち着いて。
自分の胸に手をあて、呼吸を整える。
「……ごめんなさい。なんでもないの」
「大丈夫かい? 何かワイン以外の飲み物を頼もうか」
「ううん、いらない。それより、もうあまり時間が無いから」
その先は、言わずともきちんと伝わる。
坂崎はスムーズに会計を済ませ、桃子をエスコートしながらホテルのスイートルームに向かった。
ふたりでは広すぎる豪華な室内。
シックな色合いで整えられてはいるが、照明や調度品のひとつひとつに高級感が漂っている。
緩いカーブを描いた壁の半分近くが透明のガラスになっており、そのむこうがわには眩いばかりの夜景が広がっていた。
色とりどりのきらきらした宝石が散りばめられているようで、そこだけは日常生活から切り離された異空間のようだ。
はじめは連れて来られるたびにワクワクしたものだったが、それももう慣れてしまった。
だからこんな無駄金を遣わなくていいと思うのに、坂崎はこういうところのほうが雰囲気が合って好きだと言う。
桃子はいつも通りひとりでシャワーを浴びた後、大きなソファーでブランデーを愉しむ坂崎の正面に立った。
グラスをローテーブルに置き、坂崎が立ちあがる。
「ああ、今日も綺麗だね」
手を伸ばし、洗ったばかりの髪を撫でる。
そして少し火照った頬から、首筋、胸元へと流れるように指先が移動していく。
平らな腹、くびれた腰。
桃子のどこかに異常が無いか点検するように。
こうして身体検査のような真似ごとをするところから、坂崎のプレイは始まる。
洋服を着たままの坂崎の前で、自分だけが裸なのが恥ずかしい。
少しずつ、ほんの少しずつ体が高揚していくのがわかる。
立った姿勢のまま、両脚を左右に広げられ太ももの内側まで覗きこまれた。
決して性急な動作ではなく、ひとつひとつが非常にゆっくりなことが余計に桃子の羞恥心を煽り立てる。
恥ずかしい、でももっと見せつけてやりたい。
この男の紳士然とした仮面をはやく剥ぎ取ってやりたい。
そんな欲望を駆り立てられる。
坂崎の手が、脚の付け根あたりでぴたりと止まった。
「なんだ? この痣は」
坂崎が目を細めながら、桃子の内ももに残された紫色の跡を指さす。
白い肌に散った花弁のようにも見える痣。
全部、ユウにつけられたものだった。
「酷いでしょう? 美山くんのことがあってから、キスマークに目覚めちゃったみたいで」
古い痣が消える前に、また新たな跡をつけられる。
マーキングごっこはやめてほしい、と何度も言っているのに治らない。
坂崎が苦笑する。
「なんとも子供っぽい彼氏だね。というか、そんなことを許している桃子にも少々問題があるように思うよ」
「許してるわけじゃないけど……」
本気で抵抗すると、ものすごく傷ついた顔をするのだ。
そんな顔は見たくないから、ついつい言う通りにしてしまう。
女に慣れた男たちとは何もかも勝手が違って、扱いにくいことこの上ない。
「そんなに君を必要としている男がいるのに、どうして桃子は今日ここに来たんだろうね」
両手の指を遣ってグッと陰部を押し広げながら、坂崎がひとりごとのように呟く。
じっとりとした視線が、黒々とした陰毛の奥にのぞく桃子の裂け目に注がれている。
形のない何かが、粘膜の縁に絡みついてくるようだった。
じくん、じくん、と下腹部が疼き始める。
見られているだけで、じわじわと潤っていくのがわかる。
「……会いたかったの、坂崎さんに」
「だから、どうして会いたかったのかと聞いているんだ。話がしたかっただけなら、電話で済むことだろう」
それは。
答えにくさに唇を噛む。
他の男たちの場合は、桃子から呼び出すようなことはほとんどない。
むこうから求められて会いに行くだけだ。
だから呼び出されることがなければ、そのままいつまでも放っておくので自然と関係も切れる。
だが、坂崎にだけはいつも桃子からも会いたいと連絡を入れていた。
一ヶ月、もしくは二ヶ月に一度程度のペースで。
「……して欲しかったから」
「ああ、もう濡れているね。真っ赤になってヒクヒクしている。セックスなら飽きるほどしているだろうに」
まだ欲しがるのか。
桃子は欲張りだね。
柔らかな言葉に混ぜ込まれた棘が、ちくりちくりと肌の表面を刺激する。
坂崎は桃子に後ろを向かせ、尻肉をつかんで小さくすぼまった肛門までじっくりと点検していく。
綺麗に洗ったはずだけど、やっぱり平気ではいられない。
普段は隠れているはずの部分がひやりとした空気に晒され、どきん、どきん、と心臓が暴れ出す。
「だって、坂崎さんじゃないと……あんなこと、してくれないもの」
「そんなに僕に虐めて欲しかったのか。ユウくんのように純粋に君を想ってくれる子がいるというのに」
くるりと菊門の周囲を指でなぞられた。
もうそれだけで腰が砕けてしまいそうになる。
小さな虫たちに這いまわられているような、怖気を伴った感覚。
はあ、はあ、と息がはずむ。
それ以上奥に触れてくるわけでもなく、指はするするとひざからふくらはぎ、足首へと下りていく。
「こっちを向きなさい。桃子」
さっきまでとは違う凄みのある声。
振り向いた桃子の首に、革製の真っ赤な首輪が嵌められる。
後ろ部分には銀色の長く太い鎖がつけられており、その端はローテーブルの足に結えつけられていた。
窓ガラスに映るのは、動物のように全裸のまま首輪をつけられた自分の姿。
ごくん、とつばを飲み込む。
坂崎は父親が娘を叱るように、険しい表情で鎖を引きながらソファーに腰を下ろした。
桃子は引っ張られるまま床に両手をついて四つん這いの姿勢をとる。
飼い犬のように従順に。
「いやらしいことばかり考えて、悪い子だね。桃子は」
「あっ……!」
バチン、と手のひらで背中を打たれた。
じんじんする痛みが皮膚から脊髄へと浸透し、体内で甘い快感へと変わっていく。
じゅん、と脚の間から熱いものが溶け出してくる。
乳首は乳輪ごと大きくふくらんで勃起し、わずかに腕が擦れるだけでも泣きたくなるほど敏感になっていた。
「わ、わたし……悪いの、そう……悪い……」
「前に会ってから今日までずいぶん間があったから、僕にされることを考えながら何度かは自分でしたんだろう?」
「し……しました……」
「ユウくんに隠れて、ひとりの部屋で?」
「そ、そう……ひとりで、部屋で、あ、あっ……!」
革靴を履いたままのつま先で、軽く蹴るようにしながら乳頭を擦られる。
右と左を交互に。
腕の力が抜けてしまいそうになるのを、必死に堪えた。
もうこれだけでも失神しそうなほど気持ちいい。
「どうやって触っていたのか、言ってみろ」
「あ、あの、乳首、ぎゅってしたり、あそこ、指で……」
「毎晩のように男と寝ながら、自分でもそんなことをしていたのか。本当におまえは淫乱で悪い子だ、桃子」
悪い子には、お仕置きをしなくちゃいけない。
坂崎は足先での責めを続けながら、テーブルの上に置かれた黒いバッグを開けた。
中身がざらりと床の上にぶちまけられる。
鈍く光る手錠、ピンクローター、いくつもの種類のバイブレーター。
悪趣味な性具の数々。
いつみても赤面してしまう。
「手を後ろで組め。顔を床につけろ」
ピシリと放たれる指示の通りに、自然と体が動く。
命令される事を待ち望んでいるように。
嫌なのに。
こんなこと、本当は嫌なはずなのに。
頬を絨毯張りの床にぴったりとつけ、手を背中にまわして尻だけを高く上げた姿勢になる。
ほどなくしてガチャリと手首が硬質のもので固定された。
手錠。
徐々に自由を奪われていくことに、無上の喜びを感じてしまう。
床に自分から胸の先を擦りつける。
ごしごしと。
擦りむけてしまうほどの強さで。
感じる、すごく感じる。
「あ……いい、いいの……」
変態じみた行為であることはわかっている。
でもやめられない。
つうっ、と脚の間から粘液が垂れ落ちていく。
「桃子、やめなさい」
髪をわしづかみにされ、顔を上げさせられた。
叱られる。
怯える気持ちと、底知れない期待。
おどおどと瞳を揺らす桃子の乳首を、坂崎が爪を立ててぎりぎりと捩じり上げた。
「いやあああっ! 痛い、痛いいいっ!」
「勝手に気持ちよくなってはいけないといつも言っているだろう? どうして言いつけが守れないんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
目の端に涙がにじむ。
懸命に謝罪を口にしているうちに、左右両方の乳頭を桃色のクリップのようなもので挟まれた。
ぎざぎざの溝がついた先端部分が、球状に張り詰めた乳豆を押し潰す。
痛くてたまらないのに、また陰部から熱い蜜液がとろとろと滴っていく。
カチリとスイッチが入れられる音。
取り付けられた器具が、ブルブルと振動して乳首を震わせていく。
湧き上がってくる愉悦に、脳の中心まで揺さぶられているようだった。
「あっ、すごいの……これ、すごいっ……!」
ひざ立ちになったまま、気も狂わんばかりの快楽に翻弄される。
あそこが火で直接あぶられているように熱い。
いますぐに指で掻きまわしてしまいたいのに、両手を拘束されているためにそれがかなわない。
恥ずかしい割れ目がぱっくりと開き、陰核がすでに大きく隆起しているのが見なくてもわかってしまう。
欲しい。
欲しくてたまらない。
流れ出した愛液が、絨毯の上で小さな水たまりのようになっている。
坂崎の手が、割れ目の前方に伸ばされる。
指の腹で女芯をそろそろと撫でまわされていく。
「恥ずかしい女だな、こんなにクリトリスを大きく勃起させて。昔からずっとおまえはそうだったんだろう、いつでもこうしてビショビショに濡らして男を誘うんだ」
甘い甘い蜜の香りを漂わせて。
誘いこんで男を狂わせる。
そういう女だ、おまえは。
坂崎の声が、別の誰かの声と混じってわんわんと脳内に響き渡る。
「さ、誘ってなんか……あ、あれは」
あれは。
閉ざされていた古い記憶。
坂崎にだけ話した秘密。
まだ桃子が子供の頃の話だ。
年の離れた兄がいた。
なにをさせても優秀で、両親の自慢の息子だった。
勉強の傍ら、よく桃子とも遊んでくれた。
近所の池や川で魚釣りを教えてくれたりしたのを覚えている。
でも、ある日を境に妙なことをしてくるようになった。
誰もいない山の中や草むらで、桃子の洋服を脱がせてべたべたと素肌に触れてくる。
手で、兄の股間を撫でさせられたりもした。
そうすると兄は喜んでお菓子をくれた。
下着を脱がされ、まだつるりとした秘部に指を捻じ込まれたこともある。
痛くて、痛くて。
そうされながら桃子がお漏らしをしてしまうと、また兄は喜んだ。
次第に行為はエスカレートし、兄の勃起した男性器を口の中で舐めさせられるようになった。
苦しくて嫌だと泣くと、見えないところを何度も叩かれた。
仕方なく、舌をつかって一生懸命になめた。
苦くて気持ちの悪いものが、いつも喉の奥に流し込まれる。
飲まないと許してもらえなかった。
両親は知っていた。
けれども、見て見ぬふりをした。
咎めると、兄の機嫌が悪くなるからだ。
桃子は兄ほど優秀ではない。
いっそ、兄のオモチャになっていればいいとでも思ったのかもしれない。
何年か過ぎたある春の日、とうとう兄は桃子と最後の一線を越えようとしてきた。
もう、我慢できなかった。
池の周りを這うようにして、逃げて、逃げて。
追い詰められたと思った瞬間、兄がずるりと足を滑らせて池に落ちた。
みるみるうちに泥が兄を飲みこんでいく。
助けてくれ、誰か人を呼んで来てくれ、と懇願された。
耳を塞いだ。
まわりには誰もいない。
洋服に着いた汚れを払って、そのまま家に帰った。
兄の行方をきかれたが、知らないと答えた。
翌々日になって、池に浮いている兄を近所の人間が見つけた。
知らない、知らない。
桃子はそう言い続けたが、両親はなんとなく事情を察していた。
なにか罰を受けたりすることはなかったが、ことあるごとに酔った両親から「人殺し」と責められるようになった。
高校を卒業して、家を出るその日まで。
いったいあのとき、どうするのが正解だったのかいまでもわからない。
ただ、自分の手が兄の血で汚れているのは間違いない。
忘れようとしても忘れられない罪の記憶。
坂崎と出会った最初の夜に、君はもしかして人を殺したことがあるのではないかと聞かれた。
さらりと、冗談交じりに。
否定しなかった。
逆に、どうしてわかったのかと素直に驚いた。
坂崎はうろたえることもなく、淡々と答えた。
「僕も君と同じ人殺しだからわかるんだ」と。
坂崎は若いころに一度結婚し、二年も経たないうちに離婚したそうだ。
優しくて美しくて、自慢の妻。
坂崎が初めて愛した女性。
彼女が孕んだのは、別の男の子供だった。
あるとき、妻が友人と電話しているのを偶然耳にした。
子供は夫の子ではない、昔から付き合っている不倫相手の子供だと。
不倫相手はいい加減な男だが、坂崎には経済力がある。
これからも適当に遊びながら坂崎に養ってもらうのだと自慢げに話す妻。
許せなかった。
すぐさまあらゆる手を遣って証拠を集め、離婚した後も徹底的に妻だった女を追い詰めた。
社会的にも、経済的にも。
結果、彼女の両親も彼女自身も自殺に追い込まれ、残された子供は施設に入ることになった。
直接手を下したわけではないにせよ、自分が殺したようなものだと坂崎は寂しげに笑った。
それ以来、坂崎は女を痛めつけるために遊び狂った。
一晩中、女が悲鳴をあげ傷だらけになるまで責め立てる。
たいていは一度ベッドを共にすると二度と会いたくないと言うらしいが、桃子だけは違った。
責められることで、罰を受けているような気持ちを味わえる。
贖罪のつもりなのか、自分でもわからない。
他の男にいくら荒々しく抱かれてもその心境にはなれない。
なぜか、坂崎が相手でないとだめなのだ。
桃子が「ごめんなさい」と口にするとき、頭の隅に兄の顔がある。
きっと坂崎が「悪い子だ」と言うときも、妻の顔が彼の中にあるのだろうと思う。
こんな犯罪まがいの過去を抱え歪んだ性癖を持った自分が、ユウといつまでも付き合っていていいわけがない。
桃子の現在の悩みの本質はそこにあった。
痺れきった乳首の感覚がなくなっていく。
腫れあがった女芯は、なおも執拗に指で嬲られている。
ときおり振り上げられる左手が、容赦なく桃子の尻を打ち続けた。
すべての刺激が強烈な快感となって怒涛のように押し寄せてくる。
「だめ、お漏らししちゃうの、そんなにしたら桃子、お漏らししちゃう……!」
おにいちゃん。
やめて。
おにいちゃん、と声に出していた。
坂崎はそのまま受け止めてくれる。
「こんなところでお漏らししていいのか? みんな見ているよ、恥ずかしいね。桃子」
「いや、いやなの、あ、あぁっ……!」
目の前に、あの田舎町の風景が広がる。
懐かしい近所の人たちが、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。
あの子だよ、お兄さんといやらしいことをしているのは。
恥ずかしい格好をして。
すぐにお漏らしをする変態だよ。
違うの、だってこれは。
おにいちゃんが。
すっ、と指が離れていく。
中途半端な物足りなさに焦れてしまう。
もっと、もっとして欲しいのに。
「まだ我慢するんだ。もっと良いものをやるからな」
坂崎が背を屈め、床に落ちていた玩具のひとつを拾い上げる。
勃起した男性器をデフォルメした形状のバイブレーター。
グロテスクな紫色をしたそれは、本物の男根よりもずっと大きく太く作られている。
再び頭を床につけ、背中をそらせて尻を高く上げさせられた。
バイブの先端が、細かに振動しながら秘唇を押し割っていく。
めりめりとこじ開けられていく肉路に、尋常ではない圧迫感があった。
膣襞は悦びに震え、疑似性器に絡みついていく。
坂崎は加減をせず、その巨大な玩具で桃子の奥深くを一息に刺し貫いた。
「うあ……あぅっ……」
「こんなものまでおまえは簡単に飲みこんでいくんだな。どこまで淫乱なんだ、桃子は」
額に嫌な汗が滲む。
きつい、きついっ……!
内臓がすべて押し潰され破壊されていくようだった。
あまりの衝撃に悲鳴も出ない。
最奥部まで突き立てた後も、坂崎は休むことなく手を動かし続ける。
ずぶっ、ずぶっ、とバイブが子宮口を突き上げてくる。
意識が飛んでしまいそうになるのを、血が出るほど唇をかみしめて耐えた。
何度かピストン運動が繰り返された後、それを挿入したまま尻の穴をまさぐられた。
ぐぐっ、と何かが押し込まれる感覚。
丸い形状。
おそらく、以前も使用したことのある卵型のピンクローター。
「あ、あ、お尻だめ、そ、そんな」
「だめ、だめ、と言いながらいつもおまえは悦ぶんだ。そうだろう?」
悪い子だ。
本当に。
ローターはすぐに菊穴から直腸へと沈み込んで震え始める。
薄い肉の壁一枚を隔てて、バイブと擦れ合いながら桃子を限界まで苛め抜いていく。
気持ちいい。
痛い。
苦しい。
何がどうなっているのか、もうなにもかもわからない。
「ひあああっ! 苦しいの、もう、もうだめなの、助けて、おにいちゃん……!」
坂崎がズボンを押し下げ、桃子の顔をひざに抱えあげた。
唇に押し付けられたものを、桃子は自分からすすんで口の中に受け入れる。
熱く煮え滾っているような肉の塊。
ぺちゃぺちゃとしゃぶっているうちに、口腔内で脈打ちながら大きさを増していく。
桃子の頭をぐうっと押さえつけ、喉の奥まで男根を突き立てながら坂崎が呻くように呟いた。
「ああ、上手だ……もう壊してやる、壊してやりたいよ、桃子」
いいよ。
もう。
壊して。
こんな体。
背中や尻を叩かれ、首輪で喉元を絞めつけられる。
ふうっ、と視界が黒く染まる。
下半身が緩み、びしゃびしゃと堪えていた尿が放出されていく。
ごめんなさい、ごめんなさい。
失神する寸前、桃子はやっと何かに許されたような気がした。
(つづく)
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