(前のつづきです)
(6)
「遅かったね、もう今日は帰って来ないのかと思った」
「ああ、うん。ごめん」
深夜になって帰宅すると、部屋でユウが待っていた。
面倒だから、もう彼には合鍵を渡してある。
また勉強していたのか、折り畳み机の上にぶ厚い教材や資料が積み重なっている。
毎度アパートの前で待たせるのも可哀そうになってきて、少し前に合鍵を渡してある。
靴を脱ぎながら、桃子はそれとなく玄関前に置いた鏡で自分の顔や襟元をチェックした。
大丈夫。
妙な跡はどこにもついていない。
見える場所には証拠を残さないようにしてくれた。
叩かれた背中や尻の腫れも、だいたい翌日か翌々日には綺麗に治る。
遊び方がスマートなのも、桃子が坂崎を気に入っている理由のひとつだった。
「ずっと勉強してたの? ごはん食べた?」
「いや、まだだけど。桃子が帰ってきたら、一緒に買いに行こうと思って」
「そっか……じゃあ、コンビニ行く?」
「うん。ついでに少しでいいから散歩したいな」
大学に戻ってから、やらなきゃいけない勉強が山積みで疲れちゃうよ。
ユウが笑いながら立ちあがって両手を上に伸ばし、背伸びをした。
シャツの裾からちらりと見えた腹まわりに、以前よりもはっきりと筋肉が浮き上がっている。
運動不足と体力のなさを実感したらしく、少し前から学校帰りに短時間ジムに通っているのだと言う。
ふとトレーニングマシーンだらけの部屋を思い出した。
英輔のマンション。
夢をあきらめてからも、彼はほとんど病的なまでに体を鍛え続けている。
自分の体に1ミリでも余分な肉がついているのが許せないのだそうだ。
そういえば美山も坂崎も、ジムだとか水泳だとかで常に体を鍛えていると言っていた。
桃子自身は運動なんて大嫌いだから、彼ら男性陣の気持ちは微塵もわからない。
アパートを出て、しんと静まり返った住宅街をユウと手を繋いで歩く。
いつものコンビニで弁当やサンドウィッチ、それに飲み物なんかを適当に買う。
そしてまた歩く。
こういうときのユウはとても楽しそうで、だからいつまででも一緒についていってあげたくなる。
たいした話はしていないのに、たくさん笑ってくれるのも嬉しい。
シャッターの閉じられた商店街を抜け街灯もないような道を通って、家から30分ほどの距離にある公園へ。
わりと新しい場所なのか、木々はきちんと剪定されて形よく整えられているし、あちこちに作られた花壇には作り物のように可愛らしい花がたくさん咲いている。
ベンチや遊具も綺麗で、とても居心地がいい。
ここでしばらくおしゃべりをしてから帰るのが、最近ではふたりの夜中の散歩コースになっていた。
ベンチに座って買って来たものを食べながら、とりとめもない会話を続ける。
内容は学校のことや、子供の頃の話。
桃子はあまり自分のことを言いたくないので、ほとんど聞き役に徹することにしていた。
彼の話を聞けば聞くほど、ユウは両親に本当に大切に育てられたお坊ちゃんだということがよくわかる。
成績にはうるさく言われたらしいが、欲しいものは何でも与えられ、家族や親戚中から愛された子供時代。
間違いなく、桃子とは違う世界の住人だ。
心に少々コンプレックスや傷があっても、彼の中にはゆるぎない優しさや思いやりのようなものがきちんと育まれている。
桃子には同じ頃、愛された覚えもなければまともな洋服一枚買ってもらえなかった記憶もない。
着せられていたのは、親戚からの色あせたおさがりばかり。
おかげで、いまだにシャツを一枚買うのにもおかしな罪悪感がつきまとう。
だからクローゼットには、上着やワンピースを合わせても十枚足らずの服しか入っていない。
「……ごめん、退屈だった?」
ユウが話を止めて、不安そうに桃子の顔をのぞきこんでくる。
出会ったころから、こうしてときおり表情をうかがおうとする癖は直らない。
「ううん、ユウの話を聞くの好きだよ。なんていうか……おとぎ話みたいで」
「どこが? 普通の話だと思うけど」
「ユウにとってはそうかもしれないけど、わたしには違うの。いいから、続けて」
「そう言われてもなあ……たまには、僕も桃子の話が聞きたいな」
どんなことでもいいから知りたい。
ずっと昔のことでも、学校のことでもなんでもいいんだ。
桃子のことがもっと知りたい。
他意のないユウの言葉。
真っ直ぐな瞳。
それが桃子の心を波立たせる。
あんたみたいに、楽しく話せる過去なんてないのよ。
そう怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られた。
体の中で黒いどろどろした正体不明のものが蠢く。
普段は可愛らしく見えるユウの顔が、急に憎らしくなってくる。
どうしようもなくイライラして、傷つけてやりたくなってしまう。
唐突に湧き上がってくる怒りを堪え、笑って見せる。
口の端が嫌な感じに歪んだ、不自然な笑み。
ユウが怪訝な表情に変わった。
「桃子? 僕、なにか悪いこと言った?」
「そんなことないよ、全然。ねえ、本当になんでもいいから聞きたいんだよね?」
「う、うん。桃子のことなら、なんでも」
「じゃあ、面白い遊びをしたときの話をしてあげる」
「面白い遊び……?」
「あのね、美山くんとした『痴漢ごっこ』の話」
ユウが口をポカンと開けたまま固まってしまう。
それにかまわず、桃子は淡々と話し始めた。
美山と初めて会った日。
夏の暑い日だった。
ファミレスの前で待ち合わせた。
赤い車。
お洒落なスーツ姿の男。
明るく話し上手で印象は悪くなかったが、目の下のクマがひどく少しやつれているように見えた。
危ない人かもしれないな、という予感は最初からあった。
それでも、桃子は車に乗った。
別に失うものなど何もない。
何かされるのなら、中途半端にレイプなんかで終わらせないできちんと殺して欲しい。
ぼんやりとそれだけを思いながら。
車はすぐ近くのインターから高速道路に入り、そのまましばらく走り続けた。
頭が痛くなるような音量で音楽を流しながら。
アクセルが踏みこまれる。
法定速度をとっくにオーバーしたスピード。
怖い? と何度か聞かれた。
別に、と答えた。
好きにすればいいとしか思わなかった。
このまま事故でぐちゃぐちゃになって終わるのもいいかもしれない。
ただの肉片になった自分の姿を思い描く。
なんだか、笑えた。
そのとき、他に何の話をしていたのか記憶にない。
ただよく晴れていて、空の色が嫌みなほど鮮やかな青色だったのをよく覚えている。
東京を離れ、山梨に入った。
高速道路を下りて曲がりくねった峠道を走る。
その間もスピードは変わらない。
この人も死にたいのかな、と思った。
でも、それだけだった。
たどり着いたのは、昼間でも薄暗く肌寒い山の中。
背の高い細い木が、何十、何百と植わっていて視界を遮っている。
舗装されたメインの道から大きく外れた、うらさびしい廃道。
昔はどこかに通じていたのだろうが、そのときはすでに道の先が土砂で埋まってしまっていた。
美山が車を止めてドアの外に出る。
湿った土とむせかえるような緑の匂い。
ぼんやりしているうちに助手席側のドアが開けられ、桃子は車中から外へと引きずり出された。
「さあ、こっちにおいで」
優しい口調とは反対に腕が抜けるかと思うほど乱暴にひっぱられ、土の上に押し倒された。
尖った草の先がサンダルを履いただけの足にチクチクと刺さる。
背中に当たる砂利が痛い。
泥に汚れたワンピースの胸元がビリビリと引き裂かれる。
興奮した様子の美山が、銀色に光るものを桃子の頬にぴたぴたと当てた。
サバイバルナイフ。
いくら覚悟をしていても、いざ刃物が体に触れると身がすくんでしまう。
「な、何よ、いきなり……」
そう言い返すのが精いっぱいだった。
美山は嫌な笑いを顔いっぱいに浮かべて、血走った眼で桃子を見下ろした。
「桃子ちゃん、僕と遊んでくれるって言ったよね? 痴漢ごっこをしようよ、面白そうだろう?」
「痴漢ごっこ……?」
そう、これは遊びなんだ。
桃子ちゃんはまだ処女で、学校の帰り道に悪い人に捕まっちゃったんだよ。
可哀そうにね。
いまから君は僕にいやらしいことをされちゃうんだ。
舐められたり、突っ込まれたりするんだよ。
最初は嫌がって暴れて、泣き叫ぶ。
でも桃子ちゃんは将来あんなくだらないサイトで遊ぶようなヤリマンになっちゃう子だから、途中できっと気持ちよくなってくる。
最後は自分から僕のチンポにむしゃぶりついてきて、お願いだから中に出してって言いながら喘ぐんだ。
うまく出来たら、家に帰してやる。
出来なかったら、どうなるかわかるよね?
美山はそう言って、桃子の胸を覆うブラジャーの真ん中にナイフの先を当てた。
「やっ、いやあっ……!」
美山の両肩を、渾身の力で押し返す。
言われた通りの演技をしようとしていたのか、本気で嫌だったのか、自分でもよくわからない。
桃子が手足をばたつかせて暴れるほど、美山は興奮の色を濃くして息を荒げていく。
非力な桃子の抵抗など何の役にも立たない。
下着が引き剥がされ、柔らかな乳房がめちゃくちゃな力で揉みしだかれていく。
乳腺が引きちぎられていくような激痛。
ぎゅうっと胸の先がつままれ、真上に引っ張り上げられた。
恥ずかしさと恐怖感。
ぞくぞくする。
やめて、やめて。
いつのまにか泣いていた。
桃子の上半身を抱きかかえ、美山が歯を立てながら乳頭に吸いついてくる。
ちゅばっ、ちゅばっ、と大きな音を鳴らしながら、燃えるような熱をはらんだ舌が敏感な突端をねぶりたてていく。
もしも、と思った。
もしも自分が、まだ綺麗な体だったら。
兄にも他の男にも一度も触れられてことがなかったとしたら。
きっと怖くて悲しくて、耐えられないに違いない。
ありえない空想に、現実を同化させていく。
「乳首、まだ綺麗なピンク色なんだね。知らない男に無理やり舐められるのって、いったいどんな気持ち?」
「嫌あっ、気持ち悪い……! やめて、お願いだから助けてえっ!」
声の限りに叫んだ。
美山はさらに力を込めて、ひん、ひん、と啜り泣く桃子を抱え込み、唇をなすりつけるようにして胸に舌を這わせていく。
ねろねろと押し転がされる先端から、甘い衝撃が伝わってくる。
体の深いところまで蕩けていくような、どこまでもいやらしく魅惑的な感覚。
首を絞められているわけでもないのに、息が苦しい。
こんな男になんか感じさせられたくない。
でも気持ちいい。
顔を赤くして呼吸を乱し始める桃子を眺めながら、美山はにやりと笑った。
「芝居が上手いな。それとも、本気で感じてるの?」
「感じてなんか……やっ、だめえっ!」
ワンピースの裾がはだけられ、右足を肩の上に抱え上げられた。
ナイフでパンティの脇を裂かれ、剥き出しになった女陰を探られる。
そこだけはどうしても嘘がつけない。
とろとろと溢れる蜜を指先ですくい取られた。
わずかに触れられただけで、じんとした痺れが広がっていく。
てらてらと濡れた指先を目の前に突きつけられる。
直視できない。
目を逸らしたいのに、顎をつかまれて無理やり見せつけられた。
「ほら、こんなに濡れてるじゃないか。欲しいんでしょ? ねえ」
「嫌なの、そんな、嫌っ……」
ふるふると首を左右に振った。
本当のことを言いなよ、と美山が髪を強く引いて揺さぶってくる。
「ほんとはもう入れて欲しくてたまらないんだろ? 自分で股開きながら言ってみてよ、わたしのオマンコにオチンチンいれてくださいって」
「い、いや」
「いやらしいわたしのマンコ、可愛がってくださいって、ね。言えるだろう?」
ギラリと光るナイフ刃先が指の跡の残る乳房につきつけられる。
脅されながら犯される、まだ男を知らない女の子。
どんどん自分がその役に入り込んでいくのがわかる。
美山が体を起してベルトを外し、ズボンを膝上あたりまで下げた。
その細身な体格に似合わず大きく張り詰めた男根が、彼の中央にそそり立っている。
怖い、怖い。
肩を震わせながら桃子はゆっくりとM字型に足を開き、泣きながら自分の両手であそこを広げた。
「わ、わたしの……おまんこに、おちんちん、入れてください……」
いやらしいわたしの、おまんこ、かわいがってください。
たどたどしい言葉の羅列に、美山がますますいきりたっていく。
「ああ、上手だ。そのまま動いちゃだめだよ」
猛った男根の先が媚肉の中心に押し当てられる。
ぐっ、ぐっ、と熱い塊が捻じ込まれていく。
少し進んでは入口まで戻り、またもう少し奥まで進む、というようなやり方で。
桃子は自らの手でその部分を開いたまま、ただじっと耐えることしか許されない。
岩のようにずっしりとした重みに、全身が押し潰されてしまいそうだった。
「あっ……あっ、はぁっ……入ってくる……だめ、入っちゃうっ……!」
「桃子ちゃんの中、すごく締め付けてくるよ。本当にいやらしい子だね、犯されながらでもこんなにどろどろに濡らしちゃって」
「ちがうの、いや、いやあああ!」
ずん、と子宮の奥まで響くような衝撃がきた。
打ちこまれた肉杭が指では決して届かない場所をぐちゅぐちゅと掻きまわしていく。
体温がでたらめに上がり続け、大量の汗が噴き出す。
熱い、熱い……。
強烈な痺れに体中の自由がきかなくなる。
擦れ合う粘膜が堪えがたい疼きをもたらしていく。
喉の奥から悲鳴と喘ぎの入り混じったような声が漏れた。
腰がひとりでに浮き上がり、自分の意志とは関係なく美山を求めてしまう。
「うわ、腰揺れてるよ? そんなに欲しくなっちゃった?」
「だ、だって……熱くて、もう、すごいの」
美山のシャツが破れてしまいそうな強さで、彼の背中にしがみついて爪を立てた。
わたし、いやらしいの。
だから、こんなに欲しくて。
いいよ、このまま出して。
桃子の中に、いっぱい。
指定された通りの台詞。
でもそれは、その瞬間自然に桃子の中から湧き上がる言葉でもあった。
美山が腰を振り抜く。
それを受けとめながら、淫液と汗にまみれた桃子が泣き叫ぶ。
「気持ちいいの、もう溶ける、わたし溶けちゃう……!」
「君は本当に……ああ、いく、桃子ちゃんの中でいくよ……」
美山がウッと顔をしかめて呻いた。
どぷっ、どぷっ、と精液が膣いっぱいに放出されていく。
もうずいぶん前から、桃子は自衛のためにピルを飲んでいる。
だから万が一の心配はないのだけれど、それでも犯されることに怯える少女になりきっていたためか、絶望に似た感情から長い間涙が止まらなかった。
日暮れ近くになるまで、ふたりはなんとなく抱き合ったままその場から動けずにいた。
美山がぽつぽつと自身の抱えていた事情を語り出す。
念願だった大手ブランドショップに就職したのはいいが、売れば売るほどまた新たなノルマが加算されていく。
営業成績は常にトップだが、だんだんとその生活に嫌気がさしてきた。
過剰なストレスがたまり、長年付き合っていた恋人に裏切られたことが原因で自暴自棄になっていた。
誰でもいいから、女をめちゃくちゃにしてやりたいと思った。
適当な相手をみつくろうために登録したサイトで、桃子をみつけた。
他に身寄りがなく、見た目はおとなしそうだから何をしても騒ぎ立てたりはしないと踏んだ。
でも、何をしても桃子は動じない。
すべてが終わって憑きものが落ちたような感じで、桃子に申し訳なくなってきた。
「ごめんね、桃子ちゃん。痛かっただろう? あんなことして、本当にごめん」
「ううん。べつに殺してくれてもよかったんだから」
こんなわたし。
失うものもないかわりに、生きている意味もない。
桃子は兄のことだけを省いて、自身のおかれた状況を美山に簡単に聞かせた。
お互いに、相手の境遇については何も言わなかった。
言うべき言葉がみつからなかったのかもしれない。
ただ、一緒にほんの短い時間だけ泣いた。
その日から彼は何事もなかったように仕事に戻り、ときどき桃子と会ってはセックスやドライブを愉しむようになった。
それが、美山との出会いだ。
「ねえ、黙ってないでなんとか言ったら? ユウが聞きたがったから頑張ってお話してあげたんじゃない」
それとも、もうこんな女嫌いになった?
桃子が自嘲気味に笑うと、ユウがなんともいえない表情で抱きついてきた。
慰めるように。
慈しむように。
「嫌いになんかならない。だけど」
もう、絶対にそんな危ないことはしないって約束してよ。
そう言って、ユウは優しく桃子の髪を撫でた。
(7)
『だからさ、なんで今さらそんな話を持ち出してユウくんに聞かせたんだよ! あーもう、せっかく仲良くなれそうだったのに』
久々に連絡をよこした美山が、電話口でぎゃあぎゃあわめいている。
桃子と会わない間も、ユウには毎日メールや電話をしていたらしい。
ところが先週あたりからぱったりと返事が途絶え電話にも出てもらえなくなり、心配になったのだという。
「はあ? いいじゃない、本当のことしか言ってなし。だいたい最初からユウにはかまうなって言ってあるでしょ」
『いや、でもほら……いまは僕、真面目に働く好青年だし。桃子ちゃんに会えないんだったら、せめてユウくんに遊んでもらおうかなと思って』
「だめ。あ、そろそろ学校行かなきゃ。じゃあ、またねー」
まだ何か言おうとする美山を遮って、桃子は一方的に通話を終わらせた。
土曜の午前8時。
まだ隣にはユウが寝ている。
学校に行かなきゃなんていうのは、もちろん嘘だ。
話し声で目が覚めたのか、ユウが眩しげに手をかざして目元を覆うようなしぐさをした。
「ん……おはよ。電話?」
「うん、美山くんから。ユウが急に態度が変わったから、何かあったんじゃないかって気にしてた」
みるみるうちに表情が曇っていく。
両腕を伸ばしてぎゅっと桃子を抱き寄せ、何も身につけていない裸の胸に顔を埋めてくる。
鼻先が乳房に擦れてこそばゆい。
きこえてくるのは、ぼそぼそとした寝起きのくぐもった声。。
「……あの人、許せない。桃子も、もう会っちゃだめだよ」
「あはは、美山くんはあのときちょっと病んでただけ。そんなに悪い人でもないんだけどね」
おかしかったのはあの日だけで、あとはちょっとチャラいだけでお洒落な面白い人だよ。
そうフォローしてはみたものの、ユウの表情は暗い。
公園で美山のことを話したときも、他には危険な目に遭ったことはないのかと何度も尋ねてきた。
危険、か。
とりあえず「ない」と答えた。
結果的にはいま現在無事でいるわけだし、危険というならあんな遊び方をしていることそのものが危険である。
いつ死んでもいいという覚悟もないのなら、最初からあんなものに手を出すべきではない。
「じゃあ、いま僕以外で連絡を取っている男は何人いるの?」
「えー……いない。ユウだけ」
「いや、そういうのいいから。本当のこと教えて」
なんでこんなことに食い下がってくるのだろう。
首をかしげながら、心の中で男たちの顔を思い浮かべた。
ああいう出会い方をした連中は、こちらから連絡をとらなければ自然に消えていく。
ここしばらく放置しておいても電話やメールが来るのは、美山、坂崎、英輔の三人だけだった。
「二人か三人、くらいかな」
「わかった。じゃあ、その人たちとは電話くらいならしてもいいから、もう絶対に新しい人に会いに行かないでほしい」
「……なんで?」
「さっきの話を聞いてさ、もしもまたそんなことがあったら……とか考えると、本気で心配で死にそうになるから」
ぎゅうっと肩が壊れそうなほど強く抱きしめられながら懇願され、桃子はあいまいに返事を濁した。
ユウは精一杯の譲歩をしているつもりなのだろうが、新しい人とはともかくあの三人と今後いっさい会わないなんてことは無理だ。
出来ない約束などするものではない。
「……だからね、さっきの電話もわたしに会いたいって話じゃなくて、ユウと仲良くしたいってだけの話だから。あんまり悪く言っちゃ可哀そうでしょ」
「だけど、またいつ豹変するかもわからないじゃないか。もし今度桃子に何かしてきたら、僕があいつを殺してやる」
いつのまにこんなことを言うようになったのだろう。
おとなしく優しいユウに似合わない言葉。
自分が原因なのかと思うと申し訳ないような気持ちになると同時に、ほんの少しだけ嬉しくなってしまう。
柔らかなユウの髪をくしゃくしゃと撫でながら目を閉じた。
こうしてくっついていると、すごく穏やかで幸せな気持ちになれる。
何もかも忘れて、このままずっとふたりで過ごしていけたらいいのに。
でも。
……でも。
抱き合っているうちに、ユウがもぞもぞと布団の中で不自然な動きをした。
絡めていた脚を離して、下半身だけ桃子から遠ざけようとするように。
「どうしたの、苦しい?」
ユウの頭を抱えていた腕の力を緩めた。
すると、なんだか顔を赤くして「違う」とつぶやきながらもじもじしている。
どうにも様子がおかしい。
なんだろう。
今度は桃子の方から脚を絡めてみる。
すると、ユウのあの部分が驚くほど熱く硬くなっていることに気がついた。
「なに、もしかして恥ずかしがってんの? ねえ」
「さっき目が覚めて……桃子とこうしてたら……こんなになっちゃって……」
「でも朝はいつもそうなんじゃないの? 自然現象でしょ?」
「だ、だって、苦しいんだ……す、すぐにでもいきそう、っていうか……」
「そんなに? なんだ、ヤリたいんだったら言えばいいのに」
「ぼ、僕は、そんなことばっかりするために、桃子と一緒にいたいわけじゃない!」
耳まで真っ赤になりながら、怒ったような顔をする。
わけがわからなかった。
べつに桃子だってエッチが嫌いなわけじゃないし、求めてくれればいつだって応じるのに。
たしかにここ数日、相変わらず同じベッドで寝ているものの、ユウはあまりやりたがらなくなっていた。
そろそろ飽きてきたのかと思っていたら、どうもそうではないらしい。
「なに怒ってんの? いいじゃない、一緒に気持ち良くなれば」
「そ、それだったら、他の男と同じじゃないか。僕は、そんなことしなくたって……桃子と一緒にいるだけで……」
なるほど。
どうやら、断じてカラダ目当てなんかで付き合っているわけではないと言いたいらしい。
それこそ『今さら』だと思うけど。
大きな体をしているくせに、心はそこらの女の子よりも繊細だ。
意地になっているユウが可愛く思えてきて、桃子はまたちょっと虐めてやりたくなる。
「ふうん。そうなんだ、じゃあ頑張って我慢しなくちゃね」
「え? ちょっと、桃子」
体の位置をずらし、するりと布団にもぐりこむ。
Tシャツを着たユウの胸に顔をぴったりとつけ、スウェットの上からそろそろと股間を撫でてやる。
厚手の生地がうっすらと湿っている。
真上を向いた先端は、すでに限界まで張り詰めているようだった。
ユウが腰を震わせながら呻く。
「う、うわ……だ、だめだって」
「わたしが触りたいから触ってるだけだもん。あんたはちゃんと我慢してなさいよ」
ズボンとトランクスを押し下げると、ぶるんと力強く陰茎が跳ね上がった。
濃密な男の匂いが充満している。
根元に両手を添え、ちろりと先っぽに舌を伸ばす。
亀頭の小さな割れ目から染み出してくる塩辛い液体を、すくい取るようにして舐めてやる。
ユウの震えが大きくなり、桃子の髪にしがみついてくる。
「あ、あっ、やめ……やめて、桃子、そ、それ」
「ねえ、ユウのここ、いっぱい垂れてきてるよ? もっと我慢しなくちゃ」
「だ、だって……あ、あ……!」
ユウ、感じてる。
そう思うと、自分の胸の先が硬く尖っていくのがわかった。
ぺちゃ、ぺちゃ、とわざと大きな音を立てる。
そういえば、ユウに口でしてあげたことはまだなかったかもしれない。
いっぱい気持ちよくなっちゃえばいい。
くだらない我慢なんて、何の役にも立たないんだから。
舌をゆっくりと上下に動かす。
棒状のキャンディーを愉しむように。
亀首のくびれに舌先を這わせていると、ユウの声がまた大きくなった。
「あぁっ……!」
「あんまり声出すと隣の部屋まで聞こえちゃう。ここ壁薄いんだから」
「ご、ごめん、でも、こんなヌルヌルして……うあ、あっ」
透明の粘液は、際限なくとろとろと流れ落ちていく。
それをこぼさないように残さず舐め取ってやりながら、桃子はどくどくと脈打つ肉茎を口いっぱいに頬張った。
じゅっ、じゅっ、と吸い立てながら奥まで咥えこんでいく。
口の中の粘膜すべてをつかって愛撫するように。
歯を当てないように気をつけながら、優しく、優しく。
シーツの中に熱がこもり、ユウの体温が上がっていくのがわかる。
布団をはねのけて下からのぞき見ると、ユウはいまにも泣き出しそうな顔をして唇を引き結んでいた。
きっと、必死になって我慢している。
可愛い。
可愛い、ユウ。
そんな顔を見ていると、桃子の興奮も徐々に高まってくる。
じゅるっ、じゅるっ、と下品な音を響かせて舐めしゃぶりながら、自身の脚の間にそっと右手を忍ばせた。
さっきから、すごく疼いている。
割れ目を二本の指で開いて、すでに隆起しかけているクリトリスを探った。
ほんの一瞬で気持ちよくなれる場所。
中指できゅっきゅっと擦ると、あっという間に昇りつめてしまいそうになる。
ちょっと触っただけで、感電したような痺れが子宮を直撃していく。
腰を振り、手にその部分を強く押し付けた。
もうユウの何倍も濡れている。
やめられない。
太ももの内側に力が入る。
そのまま膣の中に指を滑り込ませた。
鉤型に曲げてへその裏側あたりのざらついたところを引っ掻くと、思わず声が漏れる。
いっちゃう。
あと少しでいっちゃう……。
こっそりしているつもりだったのに、異変を感じたユウに布団を剥ぎ取られてすぐに見つかってしまった。
「桃子、それ……自分でしてるの?」
「み、見ちゃだめ……ユウのをしてあげてたら、なんだか」
「反則だよ……う、うっ……そんなの見せられて我慢できるわけないだろ!」
「い、いいよ、このまま口に」
出しちゃっていいよ。
そう言い終わる前に肉幹が暴発し、粘り気のある熱湯が口の中に溢れた。
青臭いような、性の匂い。
綺麗に全部飲み干す。
満たされたようなユウの顔。
こっちまで嬉しくなる。
もっといくらでもしてあげたいような気持ちになる。
考えてみれば、自分よりも相手を気持ちよくさせてやりたいと思ったのは彼が初めてかもしれない。
ユウの精を受けとめた瞬間、桃子の体も燃え上がるような熱に包み込まれていった。
「……我慢しようと思ったのに」
「無理しなくていいじゃない、相手がいるんだから好きなときにヤッちゃえば」
「だ、だから、僕はそういうことのために桃子といるんじゃないって」
「そんなの、わたしだってそうだよ。いまごろなに言ってんの?」
「……え?」
「ヤリたいだけだったら、とっくにあんたみたいな面倒な男と一緒にいないってこと」
桃子がそう言うとユウはぴたりと口をつぐみ、少し間をおいてから蕩けそうな笑顔になった。
「アルバイト? へえ、毎月30万も仕送りあるのに?」
「そう、社会勉強がしたいんだとか言っちゃって。学校の近くのカフェでバイトするらしいよ」
午後から出かけて行ったユウと入れ替わりに、奈美が実家から送られてきたという大量の野菜や米を持って部屋にきた。
一人暮らしだからこんなには食べられない、といくら言っても『きちんと栄養がとれるように』と送りつけてくるのだそうだ。
素敵な親だな。
少しだけ羨ましくなる。
こうして奈美から食料のおすそ分けをもらうたび、なんとなく桃子の部屋で飲みながらおしゃべりをするのが入学以来の習慣になっていた。
「ていうか、なんでカフェなの? もっとワリのいい家庭教師とか塾講師とか、なんでも出来そうじゃない。まあ、桃子みたいなバイトはやめといたほうがいいと思うけど」
「……わたしのことは関係ないでしょ? なんかね、僕は受験産業には関わりたくないんだ、とか言ってた。自分が辛い思いばっかりしてたから、嫌なのかも」
「あー、なるほどね。あの子の学歴なら四年やそこらハンデがあっても、バイトだけじゃなくて就職だって選び放題じゃない? うらやましいなあ」
缶チューハイを片手に窓の外を見ながら、奈美がどこか寂しげにため息をつく。
部屋の中からでも、外の日差しの強さが感じられた。
「昼間っからこんなもの飲んで遊んでられるのって学生の特権だよね。でも、もうすぐ終わっちゃうなんて信じられない」
「うん。たしかに卒業して就職しちゃったら、こんなことやってられないんだろうな」
大学での三年間は驚くほど早く過ぎ去った。
残りはもう一年足らずしかない。
そんなにハイレベルなことを求められる学校でもないから、卒業するのはたやすい。
問題はその先だ。
「桃子は地元に帰るの? それとも、東京で仕事探してる?」
「んー、どっちでもいいかな」
他の学生が就職活動であたふたしている真っ最中、桃子は何もそれらしきことをしていない。
卒業して行き先がなければ、そこで死んじゃってもいいかな。
そのくらいに思っていた。
それを聞いて、奈美が素っ頓狂な声をあげる。
「ええっ、そうなの? あんな面倒くさい思いして教員免許取ったのに」
「あんなの単位さえ落とさなきゃ誰だって取れるでしょ。私立文学部で取れる資格らしいモノって、他に思いつかなかったもん」
「なんだ、桃子はてっきり先生になるんだと思ってたのにな。それでほら、男子校とかに配属されてAV顔負けみたいな日々を送るわけ」
「なるほど、何十人もの生徒を毎日とっかえひっかえ相手にしちゃって?」
「そうそう、男性教師も入り乱れてものすごいことになったりして」
くだらない妄想に、ふたりして手を叩いてゲラゲラ笑った。
「そういえば奈美も就活なんかしてなかってよね。卒業したらどうすんの?」
「え? わたしは……帰るよ、地元に」
しゅーっと風船がしぼむように、声に元気がなくなっていく。
あまり見たことのない、奈美の陰のある表情。
隣にいる桃子まで、なんだか不安になってくる。
「ちょ、ちょっと、なんでそんな顔するのよ。帰るのが嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないけど……」
卒業したらすぐ、結婚するんだ。
奈美はぽつりとそう言った。
「へえ、それもいいじゃない。でも、いつのまにそんな相手つくったの?」
彼女に恋人がいたという話は一度も耳にしたことが無い。
奈美のさばさばした雰囲気から、なんとなくいまは恋愛に興味が無いのだと思っていた。
「つくったってわけじゃないよ。親同士が勝手に決めただけ」
「なにそれ、何時代の話? すっごく嫌そうな顔しちゃって。嫌なら結婚なんてやめればいいのに」
「……あのねえ、誰もがあんたみたいに自由に生きられるわけじゃないんだからね。わたしがこの話を断ったりしたら、親も親戚も生きていけなくなっちゃうの」
奈美が生まれ育ったのはまだ古くからの因習が残る、小さな農村なのだそうだ。
村で生まれた娘は、必ず村の男と結ばれなければならない。
いつでも選ぶのは男の側で、女は選ばれるのを待つだけ。
そのしきたりを破れば、一族もろとも村を追い出されてしまうらしい。
そんな村なんてこっちから出てやればいいのにと思うけれど、問題はそんなに簡単なものではないという。
「なんだかんだ言っても、あの村のことは嫌いじゃないし。たとえ処女のまま40いくつのオジサンのところに嫁がされるのがわかっててもね」
何と言えばいいのか、かける言葉もみつからなかった。
奈美とは軽口をたたきあうくらいの関係で、深い話などほとんどしたことがない。
桃子が困っているのを察したのか、奈美がいつものおどけた調子でポンポンと肩を叩いてきた。
「だからね、桃子みたいに何人もの男と遊びまわってるなんてのは憧れなわけよ。カッコいいじゃない、なんか」
「何いってんの、いつも馬鹿にしてるくせに。ヤリマンに憧れてどうすんのよ」
「でも、そういえば桃子って2年生くらいまでは普通に彼氏と付き合ってるだけだったよね。結婚の約束したとか言ってなかった?」
「うんうん、してたよ。安ものだけど婚約指輪みたいなのも貰った」
「だよね? あの人とはいつ別れたの? それにほら、あの『桃子ちゃんとは親友なのー』とか言ってた子も、いつのまにかここに遊びにこなくなっちゃったし」
「うわ、それ聞いちゃう? けっこうドロドロした話だけど」
桃子がそう言うと、奈美は身をのりだすようにして「聞きたい、聞きたい!」とはしゃいだ。
(つづく)
(6)
「遅かったね、もう今日は帰って来ないのかと思った」
「ああ、うん。ごめん」
深夜になって帰宅すると、部屋でユウが待っていた。
面倒だから、もう彼には合鍵を渡してある。
また勉強していたのか、折り畳み机の上にぶ厚い教材や資料が積み重なっている。
毎度アパートの前で待たせるのも可哀そうになってきて、少し前に合鍵を渡してある。
靴を脱ぎながら、桃子はそれとなく玄関前に置いた鏡で自分の顔や襟元をチェックした。
大丈夫。
妙な跡はどこにもついていない。
見える場所には証拠を残さないようにしてくれた。
叩かれた背中や尻の腫れも、だいたい翌日か翌々日には綺麗に治る。
遊び方がスマートなのも、桃子が坂崎を気に入っている理由のひとつだった。
「ずっと勉強してたの? ごはん食べた?」
「いや、まだだけど。桃子が帰ってきたら、一緒に買いに行こうと思って」
「そっか……じゃあ、コンビニ行く?」
「うん。ついでに少しでいいから散歩したいな」
大学に戻ってから、やらなきゃいけない勉強が山積みで疲れちゃうよ。
ユウが笑いながら立ちあがって両手を上に伸ばし、背伸びをした。
シャツの裾からちらりと見えた腹まわりに、以前よりもはっきりと筋肉が浮き上がっている。
運動不足と体力のなさを実感したらしく、少し前から学校帰りに短時間ジムに通っているのだと言う。
ふとトレーニングマシーンだらけの部屋を思い出した。
英輔のマンション。
夢をあきらめてからも、彼はほとんど病的なまでに体を鍛え続けている。
自分の体に1ミリでも余分な肉がついているのが許せないのだそうだ。
そういえば美山も坂崎も、ジムだとか水泳だとかで常に体を鍛えていると言っていた。
桃子自身は運動なんて大嫌いだから、彼ら男性陣の気持ちは微塵もわからない。
アパートを出て、しんと静まり返った住宅街をユウと手を繋いで歩く。
いつものコンビニで弁当やサンドウィッチ、それに飲み物なんかを適当に買う。
そしてまた歩く。
こういうときのユウはとても楽しそうで、だからいつまででも一緒についていってあげたくなる。
たいした話はしていないのに、たくさん笑ってくれるのも嬉しい。
シャッターの閉じられた商店街を抜け街灯もないような道を通って、家から30分ほどの距離にある公園へ。
わりと新しい場所なのか、木々はきちんと剪定されて形よく整えられているし、あちこちに作られた花壇には作り物のように可愛らしい花がたくさん咲いている。
ベンチや遊具も綺麗で、とても居心地がいい。
ここでしばらくおしゃべりをしてから帰るのが、最近ではふたりの夜中の散歩コースになっていた。
ベンチに座って買って来たものを食べながら、とりとめもない会話を続ける。
内容は学校のことや、子供の頃の話。
桃子はあまり自分のことを言いたくないので、ほとんど聞き役に徹することにしていた。
彼の話を聞けば聞くほど、ユウは両親に本当に大切に育てられたお坊ちゃんだということがよくわかる。
成績にはうるさく言われたらしいが、欲しいものは何でも与えられ、家族や親戚中から愛された子供時代。
間違いなく、桃子とは違う世界の住人だ。
心に少々コンプレックスや傷があっても、彼の中にはゆるぎない優しさや思いやりのようなものがきちんと育まれている。
桃子には同じ頃、愛された覚えもなければまともな洋服一枚買ってもらえなかった記憶もない。
着せられていたのは、親戚からの色あせたおさがりばかり。
おかげで、いまだにシャツを一枚買うのにもおかしな罪悪感がつきまとう。
だからクローゼットには、上着やワンピースを合わせても十枚足らずの服しか入っていない。
「……ごめん、退屈だった?」
ユウが話を止めて、不安そうに桃子の顔をのぞきこんでくる。
出会ったころから、こうしてときおり表情をうかがおうとする癖は直らない。
「ううん、ユウの話を聞くの好きだよ。なんていうか……おとぎ話みたいで」
「どこが? 普通の話だと思うけど」
「ユウにとってはそうかもしれないけど、わたしには違うの。いいから、続けて」
「そう言われてもなあ……たまには、僕も桃子の話が聞きたいな」
どんなことでもいいから知りたい。
ずっと昔のことでも、学校のことでもなんでもいいんだ。
桃子のことがもっと知りたい。
他意のないユウの言葉。
真っ直ぐな瞳。
それが桃子の心を波立たせる。
あんたみたいに、楽しく話せる過去なんてないのよ。
そう怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られた。
体の中で黒いどろどろした正体不明のものが蠢く。
普段は可愛らしく見えるユウの顔が、急に憎らしくなってくる。
どうしようもなくイライラして、傷つけてやりたくなってしまう。
唐突に湧き上がってくる怒りを堪え、笑って見せる。
口の端が嫌な感じに歪んだ、不自然な笑み。
ユウが怪訝な表情に変わった。
「桃子? 僕、なにか悪いこと言った?」
「そんなことないよ、全然。ねえ、本当になんでもいいから聞きたいんだよね?」
「う、うん。桃子のことなら、なんでも」
「じゃあ、面白い遊びをしたときの話をしてあげる」
「面白い遊び……?」
「あのね、美山くんとした『痴漢ごっこ』の話」
ユウが口をポカンと開けたまま固まってしまう。
それにかまわず、桃子は淡々と話し始めた。
美山と初めて会った日。
夏の暑い日だった。
ファミレスの前で待ち合わせた。
赤い車。
お洒落なスーツ姿の男。
明るく話し上手で印象は悪くなかったが、目の下のクマがひどく少しやつれているように見えた。
危ない人かもしれないな、という予感は最初からあった。
それでも、桃子は車に乗った。
別に失うものなど何もない。
何かされるのなら、中途半端にレイプなんかで終わらせないできちんと殺して欲しい。
ぼんやりとそれだけを思いながら。
車はすぐ近くのインターから高速道路に入り、そのまましばらく走り続けた。
頭が痛くなるような音量で音楽を流しながら。
アクセルが踏みこまれる。
法定速度をとっくにオーバーしたスピード。
怖い? と何度か聞かれた。
別に、と答えた。
好きにすればいいとしか思わなかった。
このまま事故でぐちゃぐちゃになって終わるのもいいかもしれない。
ただの肉片になった自分の姿を思い描く。
なんだか、笑えた。
そのとき、他に何の話をしていたのか記憶にない。
ただよく晴れていて、空の色が嫌みなほど鮮やかな青色だったのをよく覚えている。
東京を離れ、山梨に入った。
高速道路を下りて曲がりくねった峠道を走る。
その間もスピードは変わらない。
この人も死にたいのかな、と思った。
でも、それだけだった。
たどり着いたのは、昼間でも薄暗く肌寒い山の中。
背の高い細い木が、何十、何百と植わっていて視界を遮っている。
舗装されたメインの道から大きく外れた、うらさびしい廃道。
昔はどこかに通じていたのだろうが、そのときはすでに道の先が土砂で埋まってしまっていた。
美山が車を止めてドアの外に出る。
湿った土とむせかえるような緑の匂い。
ぼんやりしているうちに助手席側のドアが開けられ、桃子は車中から外へと引きずり出された。
「さあ、こっちにおいで」
優しい口調とは反対に腕が抜けるかと思うほど乱暴にひっぱられ、土の上に押し倒された。
尖った草の先がサンダルを履いただけの足にチクチクと刺さる。
背中に当たる砂利が痛い。
泥に汚れたワンピースの胸元がビリビリと引き裂かれる。
興奮した様子の美山が、銀色に光るものを桃子の頬にぴたぴたと当てた。
サバイバルナイフ。
いくら覚悟をしていても、いざ刃物が体に触れると身がすくんでしまう。
「な、何よ、いきなり……」
そう言い返すのが精いっぱいだった。
美山は嫌な笑いを顔いっぱいに浮かべて、血走った眼で桃子を見下ろした。
「桃子ちゃん、僕と遊んでくれるって言ったよね? 痴漢ごっこをしようよ、面白そうだろう?」
「痴漢ごっこ……?」
そう、これは遊びなんだ。
桃子ちゃんはまだ処女で、学校の帰り道に悪い人に捕まっちゃったんだよ。
可哀そうにね。
いまから君は僕にいやらしいことをされちゃうんだ。
舐められたり、突っ込まれたりするんだよ。
最初は嫌がって暴れて、泣き叫ぶ。
でも桃子ちゃんは将来あんなくだらないサイトで遊ぶようなヤリマンになっちゃう子だから、途中できっと気持ちよくなってくる。
最後は自分から僕のチンポにむしゃぶりついてきて、お願いだから中に出してって言いながら喘ぐんだ。
うまく出来たら、家に帰してやる。
出来なかったら、どうなるかわかるよね?
美山はそう言って、桃子の胸を覆うブラジャーの真ん中にナイフの先を当てた。
「やっ、いやあっ……!」
美山の両肩を、渾身の力で押し返す。
言われた通りの演技をしようとしていたのか、本気で嫌だったのか、自分でもよくわからない。
桃子が手足をばたつかせて暴れるほど、美山は興奮の色を濃くして息を荒げていく。
非力な桃子の抵抗など何の役にも立たない。
下着が引き剥がされ、柔らかな乳房がめちゃくちゃな力で揉みしだかれていく。
乳腺が引きちぎられていくような激痛。
ぎゅうっと胸の先がつままれ、真上に引っ張り上げられた。
恥ずかしさと恐怖感。
ぞくぞくする。
やめて、やめて。
いつのまにか泣いていた。
桃子の上半身を抱きかかえ、美山が歯を立てながら乳頭に吸いついてくる。
ちゅばっ、ちゅばっ、と大きな音を鳴らしながら、燃えるような熱をはらんだ舌が敏感な突端をねぶりたてていく。
もしも、と思った。
もしも自分が、まだ綺麗な体だったら。
兄にも他の男にも一度も触れられてことがなかったとしたら。
きっと怖くて悲しくて、耐えられないに違いない。
ありえない空想に、現実を同化させていく。
「乳首、まだ綺麗なピンク色なんだね。知らない男に無理やり舐められるのって、いったいどんな気持ち?」
「嫌あっ、気持ち悪い……! やめて、お願いだから助けてえっ!」
声の限りに叫んだ。
美山はさらに力を込めて、ひん、ひん、と啜り泣く桃子を抱え込み、唇をなすりつけるようにして胸に舌を這わせていく。
ねろねろと押し転がされる先端から、甘い衝撃が伝わってくる。
体の深いところまで蕩けていくような、どこまでもいやらしく魅惑的な感覚。
首を絞められているわけでもないのに、息が苦しい。
こんな男になんか感じさせられたくない。
でも気持ちいい。
顔を赤くして呼吸を乱し始める桃子を眺めながら、美山はにやりと笑った。
「芝居が上手いな。それとも、本気で感じてるの?」
「感じてなんか……やっ、だめえっ!」
ワンピースの裾がはだけられ、右足を肩の上に抱え上げられた。
ナイフでパンティの脇を裂かれ、剥き出しになった女陰を探られる。
そこだけはどうしても嘘がつけない。
とろとろと溢れる蜜を指先ですくい取られた。
わずかに触れられただけで、じんとした痺れが広がっていく。
てらてらと濡れた指先を目の前に突きつけられる。
直視できない。
目を逸らしたいのに、顎をつかまれて無理やり見せつけられた。
「ほら、こんなに濡れてるじゃないか。欲しいんでしょ? ねえ」
「嫌なの、そんな、嫌っ……」
ふるふると首を左右に振った。
本当のことを言いなよ、と美山が髪を強く引いて揺さぶってくる。
「ほんとはもう入れて欲しくてたまらないんだろ? 自分で股開きながら言ってみてよ、わたしのオマンコにオチンチンいれてくださいって」
「い、いや」
「いやらしいわたしのマンコ、可愛がってくださいって、ね。言えるだろう?」
ギラリと光るナイフ刃先が指の跡の残る乳房につきつけられる。
脅されながら犯される、まだ男を知らない女の子。
どんどん自分がその役に入り込んでいくのがわかる。
美山が体を起してベルトを外し、ズボンを膝上あたりまで下げた。
その細身な体格に似合わず大きく張り詰めた男根が、彼の中央にそそり立っている。
怖い、怖い。
肩を震わせながら桃子はゆっくりとM字型に足を開き、泣きながら自分の両手であそこを広げた。
「わ、わたしの……おまんこに、おちんちん、入れてください……」
いやらしいわたしの、おまんこ、かわいがってください。
たどたどしい言葉の羅列に、美山がますますいきりたっていく。
「ああ、上手だ。そのまま動いちゃだめだよ」
猛った男根の先が媚肉の中心に押し当てられる。
ぐっ、ぐっ、と熱い塊が捻じ込まれていく。
少し進んでは入口まで戻り、またもう少し奥まで進む、というようなやり方で。
桃子は自らの手でその部分を開いたまま、ただじっと耐えることしか許されない。
岩のようにずっしりとした重みに、全身が押し潰されてしまいそうだった。
「あっ……あっ、はぁっ……入ってくる……だめ、入っちゃうっ……!」
「桃子ちゃんの中、すごく締め付けてくるよ。本当にいやらしい子だね、犯されながらでもこんなにどろどろに濡らしちゃって」
「ちがうの、いや、いやあああ!」
ずん、と子宮の奥まで響くような衝撃がきた。
打ちこまれた肉杭が指では決して届かない場所をぐちゅぐちゅと掻きまわしていく。
体温がでたらめに上がり続け、大量の汗が噴き出す。
熱い、熱い……。
強烈な痺れに体中の自由がきかなくなる。
擦れ合う粘膜が堪えがたい疼きをもたらしていく。
喉の奥から悲鳴と喘ぎの入り混じったような声が漏れた。
腰がひとりでに浮き上がり、自分の意志とは関係なく美山を求めてしまう。
「うわ、腰揺れてるよ? そんなに欲しくなっちゃった?」
「だ、だって……熱くて、もう、すごいの」
美山のシャツが破れてしまいそうな強さで、彼の背中にしがみついて爪を立てた。
わたし、いやらしいの。
だから、こんなに欲しくて。
いいよ、このまま出して。
桃子の中に、いっぱい。
指定された通りの台詞。
でもそれは、その瞬間自然に桃子の中から湧き上がる言葉でもあった。
美山が腰を振り抜く。
それを受けとめながら、淫液と汗にまみれた桃子が泣き叫ぶ。
「気持ちいいの、もう溶ける、わたし溶けちゃう……!」
「君は本当に……ああ、いく、桃子ちゃんの中でいくよ……」
美山がウッと顔をしかめて呻いた。
どぷっ、どぷっ、と精液が膣いっぱいに放出されていく。
もうずいぶん前から、桃子は自衛のためにピルを飲んでいる。
だから万が一の心配はないのだけれど、それでも犯されることに怯える少女になりきっていたためか、絶望に似た感情から長い間涙が止まらなかった。
日暮れ近くになるまで、ふたりはなんとなく抱き合ったままその場から動けずにいた。
美山がぽつぽつと自身の抱えていた事情を語り出す。
念願だった大手ブランドショップに就職したのはいいが、売れば売るほどまた新たなノルマが加算されていく。
営業成績は常にトップだが、だんだんとその生活に嫌気がさしてきた。
過剰なストレスがたまり、長年付き合っていた恋人に裏切られたことが原因で自暴自棄になっていた。
誰でもいいから、女をめちゃくちゃにしてやりたいと思った。
適当な相手をみつくろうために登録したサイトで、桃子をみつけた。
他に身寄りがなく、見た目はおとなしそうだから何をしても騒ぎ立てたりはしないと踏んだ。
でも、何をしても桃子は動じない。
すべてが終わって憑きものが落ちたような感じで、桃子に申し訳なくなってきた。
「ごめんね、桃子ちゃん。痛かっただろう? あんなことして、本当にごめん」
「ううん。べつに殺してくれてもよかったんだから」
こんなわたし。
失うものもないかわりに、生きている意味もない。
桃子は兄のことだけを省いて、自身のおかれた状況を美山に簡単に聞かせた。
お互いに、相手の境遇については何も言わなかった。
言うべき言葉がみつからなかったのかもしれない。
ただ、一緒にほんの短い時間だけ泣いた。
その日から彼は何事もなかったように仕事に戻り、ときどき桃子と会ってはセックスやドライブを愉しむようになった。
それが、美山との出会いだ。
「ねえ、黙ってないでなんとか言ったら? ユウが聞きたがったから頑張ってお話してあげたんじゃない」
それとも、もうこんな女嫌いになった?
桃子が自嘲気味に笑うと、ユウがなんともいえない表情で抱きついてきた。
慰めるように。
慈しむように。
「嫌いになんかならない。だけど」
もう、絶対にそんな危ないことはしないって約束してよ。
そう言って、ユウは優しく桃子の髪を撫でた。
(7)
『だからさ、なんで今さらそんな話を持ち出してユウくんに聞かせたんだよ! あーもう、せっかく仲良くなれそうだったのに』
久々に連絡をよこした美山が、電話口でぎゃあぎゃあわめいている。
桃子と会わない間も、ユウには毎日メールや電話をしていたらしい。
ところが先週あたりからぱったりと返事が途絶え電話にも出てもらえなくなり、心配になったのだという。
「はあ? いいじゃない、本当のことしか言ってなし。だいたい最初からユウにはかまうなって言ってあるでしょ」
『いや、でもほら……いまは僕、真面目に働く好青年だし。桃子ちゃんに会えないんだったら、せめてユウくんに遊んでもらおうかなと思って』
「だめ。あ、そろそろ学校行かなきゃ。じゃあ、またねー」
まだ何か言おうとする美山を遮って、桃子は一方的に通話を終わらせた。
土曜の午前8時。
まだ隣にはユウが寝ている。
学校に行かなきゃなんていうのは、もちろん嘘だ。
話し声で目が覚めたのか、ユウが眩しげに手をかざして目元を覆うようなしぐさをした。
「ん……おはよ。電話?」
「うん、美山くんから。ユウが急に態度が変わったから、何かあったんじゃないかって気にしてた」
みるみるうちに表情が曇っていく。
両腕を伸ばしてぎゅっと桃子を抱き寄せ、何も身につけていない裸の胸に顔を埋めてくる。
鼻先が乳房に擦れてこそばゆい。
きこえてくるのは、ぼそぼそとした寝起きのくぐもった声。。
「……あの人、許せない。桃子も、もう会っちゃだめだよ」
「あはは、美山くんはあのときちょっと病んでただけ。そんなに悪い人でもないんだけどね」
おかしかったのはあの日だけで、あとはちょっとチャラいだけでお洒落な面白い人だよ。
そうフォローしてはみたものの、ユウの表情は暗い。
公園で美山のことを話したときも、他には危険な目に遭ったことはないのかと何度も尋ねてきた。
危険、か。
とりあえず「ない」と答えた。
結果的にはいま現在無事でいるわけだし、危険というならあんな遊び方をしていることそのものが危険である。
いつ死んでもいいという覚悟もないのなら、最初からあんなものに手を出すべきではない。
「じゃあ、いま僕以外で連絡を取っている男は何人いるの?」
「えー……いない。ユウだけ」
「いや、そういうのいいから。本当のこと教えて」
なんでこんなことに食い下がってくるのだろう。
首をかしげながら、心の中で男たちの顔を思い浮かべた。
ああいう出会い方をした連中は、こちらから連絡をとらなければ自然に消えていく。
ここしばらく放置しておいても電話やメールが来るのは、美山、坂崎、英輔の三人だけだった。
「二人か三人、くらいかな」
「わかった。じゃあ、その人たちとは電話くらいならしてもいいから、もう絶対に新しい人に会いに行かないでほしい」
「……なんで?」
「さっきの話を聞いてさ、もしもまたそんなことがあったら……とか考えると、本気で心配で死にそうになるから」
ぎゅうっと肩が壊れそうなほど強く抱きしめられながら懇願され、桃子はあいまいに返事を濁した。
ユウは精一杯の譲歩をしているつもりなのだろうが、新しい人とはともかくあの三人と今後いっさい会わないなんてことは無理だ。
出来ない約束などするものではない。
「……だからね、さっきの電話もわたしに会いたいって話じゃなくて、ユウと仲良くしたいってだけの話だから。あんまり悪く言っちゃ可哀そうでしょ」
「だけど、またいつ豹変するかもわからないじゃないか。もし今度桃子に何かしてきたら、僕があいつを殺してやる」
いつのまにこんなことを言うようになったのだろう。
おとなしく優しいユウに似合わない言葉。
自分が原因なのかと思うと申し訳ないような気持ちになると同時に、ほんの少しだけ嬉しくなってしまう。
柔らかなユウの髪をくしゃくしゃと撫でながら目を閉じた。
こうしてくっついていると、すごく穏やかで幸せな気持ちになれる。
何もかも忘れて、このままずっとふたりで過ごしていけたらいいのに。
でも。
……でも。
抱き合っているうちに、ユウがもぞもぞと布団の中で不自然な動きをした。
絡めていた脚を離して、下半身だけ桃子から遠ざけようとするように。
「どうしたの、苦しい?」
ユウの頭を抱えていた腕の力を緩めた。
すると、なんだか顔を赤くして「違う」とつぶやきながらもじもじしている。
どうにも様子がおかしい。
なんだろう。
今度は桃子の方から脚を絡めてみる。
すると、ユウのあの部分が驚くほど熱く硬くなっていることに気がついた。
「なに、もしかして恥ずかしがってんの? ねえ」
「さっき目が覚めて……桃子とこうしてたら……こんなになっちゃって……」
「でも朝はいつもそうなんじゃないの? 自然現象でしょ?」
「だ、だって、苦しいんだ……す、すぐにでもいきそう、っていうか……」
「そんなに? なんだ、ヤリたいんだったら言えばいいのに」
「ぼ、僕は、そんなことばっかりするために、桃子と一緒にいたいわけじゃない!」
耳まで真っ赤になりながら、怒ったような顔をする。
わけがわからなかった。
べつに桃子だってエッチが嫌いなわけじゃないし、求めてくれればいつだって応じるのに。
たしかにここ数日、相変わらず同じベッドで寝ているものの、ユウはあまりやりたがらなくなっていた。
そろそろ飽きてきたのかと思っていたら、どうもそうではないらしい。
「なに怒ってんの? いいじゃない、一緒に気持ち良くなれば」
「そ、それだったら、他の男と同じじゃないか。僕は、そんなことしなくたって……桃子と一緒にいるだけで……」
なるほど。
どうやら、断じてカラダ目当てなんかで付き合っているわけではないと言いたいらしい。
それこそ『今さら』だと思うけど。
大きな体をしているくせに、心はそこらの女の子よりも繊細だ。
意地になっているユウが可愛く思えてきて、桃子はまたちょっと虐めてやりたくなる。
「ふうん。そうなんだ、じゃあ頑張って我慢しなくちゃね」
「え? ちょっと、桃子」
体の位置をずらし、するりと布団にもぐりこむ。
Tシャツを着たユウの胸に顔をぴったりとつけ、スウェットの上からそろそろと股間を撫でてやる。
厚手の生地がうっすらと湿っている。
真上を向いた先端は、すでに限界まで張り詰めているようだった。
ユウが腰を震わせながら呻く。
「う、うわ……だ、だめだって」
「わたしが触りたいから触ってるだけだもん。あんたはちゃんと我慢してなさいよ」
ズボンとトランクスを押し下げると、ぶるんと力強く陰茎が跳ね上がった。
濃密な男の匂いが充満している。
根元に両手を添え、ちろりと先っぽに舌を伸ばす。
亀頭の小さな割れ目から染み出してくる塩辛い液体を、すくい取るようにして舐めてやる。
ユウの震えが大きくなり、桃子の髪にしがみついてくる。
「あ、あっ、やめ……やめて、桃子、そ、それ」
「ねえ、ユウのここ、いっぱい垂れてきてるよ? もっと我慢しなくちゃ」
「だ、だって……あ、あ……!」
ユウ、感じてる。
そう思うと、自分の胸の先が硬く尖っていくのがわかった。
ぺちゃ、ぺちゃ、とわざと大きな音を立てる。
そういえば、ユウに口でしてあげたことはまだなかったかもしれない。
いっぱい気持ちよくなっちゃえばいい。
くだらない我慢なんて、何の役にも立たないんだから。
舌をゆっくりと上下に動かす。
棒状のキャンディーを愉しむように。
亀首のくびれに舌先を這わせていると、ユウの声がまた大きくなった。
「あぁっ……!」
「あんまり声出すと隣の部屋まで聞こえちゃう。ここ壁薄いんだから」
「ご、ごめん、でも、こんなヌルヌルして……うあ、あっ」
透明の粘液は、際限なくとろとろと流れ落ちていく。
それをこぼさないように残さず舐め取ってやりながら、桃子はどくどくと脈打つ肉茎を口いっぱいに頬張った。
じゅっ、じゅっ、と吸い立てながら奥まで咥えこんでいく。
口の中の粘膜すべてをつかって愛撫するように。
歯を当てないように気をつけながら、優しく、優しく。
シーツの中に熱がこもり、ユウの体温が上がっていくのがわかる。
布団をはねのけて下からのぞき見ると、ユウはいまにも泣き出しそうな顔をして唇を引き結んでいた。
きっと、必死になって我慢している。
可愛い。
可愛い、ユウ。
そんな顔を見ていると、桃子の興奮も徐々に高まってくる。
じゅるっ、じゅるっ、と下品な音を響かせて舐めしゃぶりながら、自身の脚の間にそっと右手を忍ばせた。
さっきから、すごく疼いている。
割れ目を二本の指で開いて、すでに隆起しかけているクリトリスを探った。
ほんの一瞬で気持ちよくなれる場所。
中指できゅっきゅっと擦ると、あっという間に昇りつめてしまいそうになる。
ちょっと触っただけで、感電したような痺れが子宮を直撃していく。
腰を振り、手にその部分を強く押し付けた。
もうユウの何倍も濡れている。
やめられない。
太ももの内側に力が入る。
そのまま膣の中に指を滑り込ませた。
鉤型に曲げてへその裏側あたりのざらついたところを引っ掻くと、思わず声が漏れる。
いっちゃう。
あと少しでいっちゃう……。
こっそりしているつもりだったのに、異変を感じたユウに布団を剥ぎ取られてすぐに見つかってしまった。
「桃子、それ……自分でしてるの?」
「み、見ちゃだめ……ユウのをしてあげてたら、なんだか」
「反則だよ……う、うっ……そんなの見せられて我慢できるわけないだろ!」
「い、いいよ、このまま口に」
出しちゃっていいよ。
そう言い終わる前に肉幹が暴発し、粘り気のある熱湯が口の中に溢れた。
青臭いような、性の匂い。
綺麗に全部飲み干す。
満たされたようなユウの顔。
こっちまで嬉しくなる。
もっといくらでもしてあげたいような気持ちになる。
考えてみれば、自分よりも相手を気持ちよくさせてやりたいと思ったのは彼が初めてかもしれない。
ユウの精を受けとめた瞬間、桃子の体も燃え上がるような熱に包み込まれていった。
「……我慢しようと思ったのに」
「無理しなくていいじゃない、相手がいるんだから好きなときにヤッちゃえば」
「だ、だから、僕はそういうことのために桃子といるんじゃないって」
「そんなの、わたしだってそうだよ。いまごろなに言ってんの?」
「……え?」
「ヤリたいだけだったら、とっくにあんたみたいな面倒な男と一緒にいないってこと」
桃子がそう言うとユウはぴたりと口をつぐみ、少し間をおいてから蕩けそうな笑顔になった。
「アルバイト? へえ、毎月30万も仕送りあるのに?」
「そう、社会勉強がしたいんだとか言っちゃって。学校の近くのカフェでバイトするらしいよ」
午後から出かけて行ったユウと入れ替わりに、奈美が実家から送られてきたという大量の野菜や米を持って部屋にきた。
一人暮らしだからこんなには食べられない、といくら言っても『きちんと栄養がとれるように』と送りつけてくるのだそうだ。
素敵な親だな。
少しだけ羨ましくなる。
こうして奈美から食料のおすそ分けをもらうたび、なんとなく桃子の部屋で飲みながらおしゃべりをするのが入学以来の習慣になっていた。
「ていうか、なんでカフェなの? もっとワリのいい家庭教師とか塾講師とか、なんでも出来そうじゃない。まあ、桃子みたいなバイトはやめといたほうがいいと思うけど」
「……わたしのことは関係ないでしょ? なんかね、僕は受験産業には関わりたくないんだ、とか言ってた。自分が辛い思いばっかりしてたから、嫌なのかも」
「あー、なるほどね。あの子の学歴なら四年やそこらハンデがあっても、バイトだけじゃなくて就職だって選び放題じゃない? うらやましいなあ」
缶チューハイを片手に窓の外を見ながら、奈美がどこか寂しげにため息をつく。
部屋の中からでも、外の日差しの強さが感じられた。
「昼間っからこんなもの飲んで遊んでられるのって学生の特権だよね。でも、もうすぐ終わっちゃうなんて信じられない」
「うん。たしかに卒業して就職しちゃったら、こんなことやってられないんだろうな」
大学での三年間は驚くほど早く過ぎ去った。
残りはもう一年足らずしかない。
そんなにハイレベルなことを求められる学校でもないから、卒業するのはたやすい。
問題はその先だ。
「桃子は地元に帰るの? それとも、東京で仕事探してる?」
「んー、どっちでもいいかな」
他の学生が就職活動であたふたしている真っ最中、桃子は何もそれらしきことをしていない。
卒業して行き先がなければ、そこで死んじゃってもいいかな。
そのくらいに思っていた。
それを聞いて、奈美が素っ頓狂な声をあげる。
「ええっ、そうなの? あんな面倒くさい思いして教員免許取ったのに」
「あんなの単位さえ落とさなきゃ誰だって取れるでしょ。私立文学部で取れる資格らしいモノって、他に思いつかなかったもん」
「なんだ、桃子はてっきり先生になるんだと思ってたのにな。それでほら、男子校とかに配属されてAV顔負けみたいな日々を送るわけ」
「なるほど、何十人もの生徒を毎日とっかえひっかえ相手にしちゃって?」
「そうそう、男性教師も入り乱れてものすごいことになったりして」
くだらない妄想に、ふたりして手を叩いてゲラゲラ笑った。
「そういえば奈美も就活なんかしてなかってよね。卒業したらどうすんの?」
「え? わたしは……帰るよ、地元に」
しゅーっと風船がしぼむように、声に元気がなくなっていく。
あまり見たことのない、奈美の陰のある表情。
隣にいる桃子まで、なんだか不安になってくる。
「ちょ、ちょっと、なんでそんな顔するのよ。帰るのが嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないけど……」
卒業したらすぐ、結婚するんだ。
奈美はぽつりとそう言った。
「へえ、それもいいじゃない。でも、いつのまにそんな相手つくったの?」
彼女に恋人がいたという話は一度も耳にしたことが無い。
奈美のさばさばした雰囲気から、なんとなくいまは恋愛に興味が無いのだと思っていた。
「つくったってわけじゃないよ。親同士が勝手に決めただけ」
「なにそれ、何時代の話? すっごく嫌そうな顔しちゃって。嫌なら結婚なんてやめればいいのに」
「……あのねえ、誰もがあんたみたいに自由に生きられるわけじゃないんだからね。わたしがこの話を断ったりしたら、親も親戚も生きていけなくなっちゃうの」
奈美が生まれ育ったのはまだ古くからの因習が残る、小さな農村なのだそうだ。
村で生まれた娘は、必ず村の男と結ばれなければならない。
いつでも選ぶのは男の側で、女は選ばれるのを待つだけ。
そのしきたりを破れば、一族もろとも村を追い出されてしまうらしい。
そんな村なんてこっちから出てやればいいのにと思うけれど、問題はそんなに簡単なものではないという。
「なんだかんだ言っても、あの村のことは嫌いじゃないし。たとえ処女のまま40いくつのオジサンのところに嫁がされるのがわかっててもね」
何と言えばいいのか、かける言葉もみつからなかった。
奈美とは軽口をたたきあうくらいの関係で、深い話などほとんどしたことがない。
桃子が困っているのを察したのか、奈美がいつものおどけた調子でポンポンと肩を叩いてきた。
「だからね、桃子みたいに何人もの男と遊びまわってるなんてのは憧れなわけよ。カッコいいじゃない、なんか」
「何いってんの、いつも馬鹿にしてるくせに。ヤリマンに憧れてどうすんのよ」
「でも、そういえば桃子って2年生くらいまでは普通に彼氏と付き合ってるだけだったよね。結婚の約束したとか言ってなかった?」
「うんうん、してたよ。安ものだけど婚約指輪みたいなのも貰った」
「だよね? あの人とはいつ別れたの? それにほら、あの『桃子ちゃんとは親友なのー』とか言ってた子も、いつのまにかここに遊びにこなくなっちゃったし」
「うわ、それ聞いちゃう? けっこうドロドロした話だけど」
桃子がそう言うと、奈美は身をのりだすようにして「聞きたい、聞きたい!」とはしゃいだ。
(つづく)
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