その展示会の招待状は職場の先輩からもらったものだった。
細長い紙の右半分には黒を基調に発色の良い赤色や深い青色が飛び交うような抽象画が描かれ、もう半分には展示会の期間、場所を示す地図などが簡潔に書かれている。仕事が終わった後、会社の廊下で同じ部署の先輩からそれを渡された。
「さゆり、学生時代に美術部だったとか言ってたでしょ?このまえ机の中を整理していたらこんなのが出てきたからどうかなって思って」
渡されたチケットを手に言葉を選んでいると、先輩は優しく微笑んでわたしの肩をぽんぽんと叩いた。
「あはは、もともと忘れてたようなものだから、もし興味が無かったら捨てちゃっていいよ。わたしも何処で誰にもらったのかも覚えてないし」
「いえ・・・ありがとうございます」
はいそうですか、と捨ててしまうわけにもいかない。とりあえずお礼を言って頭を下げた。もう一度チケットに目を落とす。そこに書かれた最終日の日付は今日だった。
どうしよう・・・。
腕時計を確認すると午後6時。展示会は20時までやっているようだ。たしかに学生時代、美術部に入ってはいたけれど、そんなに絵に興味があるわけじゃない。憧れの彼が入部すると聞いて入っただけ。これ以上ないくらいの不純な動機だった。
そうはいっても、せっかくもらったものを無駄にするのは心苦しい。場所は会社からそう遠くない。この後に予定があるわけでもないし、ちょっと冷やかし程度にのぞいて行くかな。そんな軽い気持ちで、わたしは展示会に向かうことにした。
そこで何が待ち受けているのかも知らないで。
会社を出て、夕方の喧騒に沸く街を急ぎ足で歩いた。季節はもう春。街路樹の桜の枝にはふくらんだつぼみが小さな桃色の花びらをのぞかせている。少し前までは厚手のコートにマフラーが無いと寒くて仕方が無かったのに、今はもう薄いスプリングコートでじゅうぶん。
日が暮れた後の風は少し冷たいけれど、こうして急いで歩いていれば気にならない程度の寒さ。すれ違う人たちの顔もどこか柔らかく優しく見える。本当に良い季節。
今の会社に就職して、やっと1年。仕事にも少しずつ慣れて、同僚や先輩とも仲良くなり、楽しい毎日の中で学生時代から続いていた彼との遠距離恋愛を終わらせた。最近では唯一の悲しい出来事。
原因は彼の浮気。たまたま彼がわたしの部屋に泊りに来たときに、浮気相手から彼のケータイに電話があってあっさりと発覚した。彼は隠そうともしなかった。
相手はどうやら近所に住むひとり暮らしの女の子で、彼はなかなかわたしに会えない毎日が寂しくて、つい手を出しちゃったんだ、なんて言ってたな。
「男はそういう生き物なんだよ。浮気くらい許してくれよ」
そんなふうに開き直るのがまた腹立たしくて、何よりも他の女の子を抱いた手でわたしに触れようとするのが汚らわしくて、即座に彼を部屋から追い出してサヨナラを告げた。
好きだったのにな。ふう、とため息が漏れる。
18歳の誕生日から付き合い始めて、もうすぐ5年になるところだった。初めてのデートも、キスも、セックスも、この彼が相手だった。他の人とはふたりきりで遊びにも行ったことが無い。喧嘩もいっぱいしたけど、きっとわたしのことだけを好きでいてくれるって信じてたのに。
痛いだけのセックスも彼のためだからと思ってずっと我慢してきた。キスされたり、頭を撫でられたりするのは気持ちいけれど、あの場所に入れられる瞬間は我慢できないほど痛い。いつまでたっても慣れない。そんな話を飲み会の時に先輩にしたら、
「さゆり、ソレはすごく損をしてるわよ。セックスってそんなに嫌なものじゃないんだから」
なんて真顔で諭された。そばにいた同僚も真剣な顔で頷いていた。
「そうよ、もっと他の人といっぱいヤッてみるべきよ。体の相性とかもあるし」
そう言った子にむかって誰かがアンタはヤリすぎなのよ、と笑い、わたしもなんとなくごまかすようにして笑っていた。先輩は自分で気持ちいいところを彼に触ってもらうようにお願いするといいよ、とか言ってたっけ。
そんな恥ずかしいことできるわけない。それに、どこをどうされたら気持ちいいのかがわからない。
街中を歩きながら変なことを考えている自分を戒めるように、右手で頬を軽く叩いた。ほんと、なに考えてるんだろう。いやらしい。
そうして歩いているうちに、いつのまにか目的地の近くにたどりついた。チケットに書かれていた住所と、目の前にある建物を見比べる。間違いない、ここだ。
赤いレンガ造りの古めかしい建物は、なんとなく博物館のような場所を連想させる。大きな石を組み上げて作ったような階段を上がり、重い扉に体重をかけてを押し開けると、なんともいえない黴臭いような匂いがした。時代を感じさせる匂い。極限まで絞られた薄暗いオレンジ色の照明が濃い赤色の絨毯を照らし出す。細い廊下を進むと、右手に受付があった。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりご覧ください」
銀縁の眼鏡をかけた美しい女性がスーツ姿で微笑んでいる。チケットを差し出すと、彼女の驚くほど白い指がそれを受け取った。パンフレットも館内の案内も何も渡されなかった。そもそも、今日はいったいどんな絵の展示会なんだろう。それすら知らずにいたことに気がついた。
「あの・・・」
「館内に展示されているものは自由にご覧いただけます。ご購入を希望される場合はお帰りの際にお声かけください」
それだけ言うと、女性はもうわたしのことが見えなくなってしまったかのように、誰もいない正面の空間へと視線を固定した。瞬きひとつしない姿はまるで人形のよう。不思議なひと・・・。
受付を抜けると、すぐ目の前から展示スペースは始まっていた。圧倒されるような大きな絵が、細かい細工を施された金色の額縁の中に飾られている。
絵の中には少女がいた。
小学生くらいだろうか。左奥に向かって両足をだらしなく広げて畳の上に寝ころぶ、全裸の少女。背景には古い扇風機と食べかけの西瓜が描かれている。まだ成長しきらない肢体は子供のものなのに、その顔に浮かぶ表情はどこか大人の女を想わせた。
せつなげに細められた目。桜色の唇はわずかに開かれ、頬がほんのりと色づいている。汗で額にぺったりと張り付いたつややかな黒髪。左手は顔の横に添えられ、右手は広げられた足の間へと伸びている。なんだか、すごく恥ずかしいことをしているような場面にも見える。
見てはいけないものを見てしまったようで、なんだか胸がどきどきした。
なんだかエッチな本を人前で見せられたみたいに、顔が赤くなっていくのがわかる。あわててまわりを見渡したものの、わたしの他には誰もいない。ただ薄暗い光の中に数枚の絵が浮かんで見えるだけだった。
少女の真っ白な肌から目を背け、また一歩奥へと進む。今度はシンプルな銀色の額縁の中、セーラー服を着た少女が描かれていた。今度は斜め下からのアングル。
背景には黒板、茶色い椅子と机が規則正しく並び、窓の外には夕焼けが広がっている。放課後の教室?
誰もいない教室の中で、少女はひとり席についている。こちらを正面にして上半身をのけ反らせ眉をひそめ、赤い顔で何かを堪えるような表情をしている。両手は捲れたプリーツスカートの中へと伸ばされ、細い指の隙間から白い下着が見える。
体の芯がびくんと波打った。胸のどきどきが激しくなる。
少女の指先は、下着越しに割れ目の奥に触れていた。細かな陰影でその下着がぐっしょりと濡れていることさえも伝わってくる。
何の注釈もなかったけれど、これはきっとさっきの幼い少女と同じモデルだと感じた。幼さの向こう側にある大人の女の表情。顔がますます熱くなる。足の付け根のあたりがむずむずするような感覚があった。
なんだか、変な気持ち。
その次の絵は、さらにわたしを刺激した。
額縁には入れられていない。ちょうどわたしの背丈と同じくらいの大きさのキャンバスには、さきほどの少女がさらにまた成長した姿があった。
白いシーツに横たわり、染みひとつない白い肌を惜しげも無く晒している。枕元には脱ぎ棄てられた紺色の制服。赤いスカーフ。
おおきくふくらんだ乳房を誇らしげにこちらに向け、左手の指先はピンクに染まった乳首をつまんでいる。広げられた足の間にはうっすらと黒い茂みが見え、右手の中指と薬指はその割れ目の奥に根元まで飲み込まれている。
少女は長い睫毛に縁取られた瞳から涙を流し、つややかな唇の端から唾液を垂らしながら快感を貪っているように見えた。いまにもそのわずかに開かれた口から声が聞こえてきそうに思えた。
「あっ・・・」
自分の口から声が漏れてしまったことに驚いて、慌てて口を塞いだ。でもこの絵から目が離せない。少女のつまんでいる乳首がまるで自分のもののように感じる錯覚。足の間に差し込まれた指が、自分の中で蠢いているようなありえない錯覚。
これ以上、この絵を見てはいけない。そんな気がするのに、目を少女の痴態から背けることができない。体の中から生まれる熱が広がっていく。下着が信じられないくらいに濡れていくのがわかる。乳首が痛いくらいに尖っていく。足が震え、立っていられなくなる。
味わったことの無い感覚に耐えられなくなって、わたしはその場に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?ご気分が悪くなられましたか?」
顔を上げると、受付に座っていた女性が心配そうに手を差し伸べてくれていた。綺麗なひと。あらためて近くで顔を見て、この女性と絵の中の少女が良く似ていることに気がついた。
「あの・・・この絵・・・」
女性はわたしのために小さな椅子を持って来てくれた。そこにわたしを座らせながらにっこりと微笑んで言う。
「ここにある絵はすべてわたしの父親が描いたものなんです。女性の方には少し刺激が強すぎましたか」
「なんていうか・・・その・・・すごく気持ち良さそうで、わたし、こういうのわからなくて・・・」
言いながら顔がまた熱くなる。何言ってるんだろう。恥ずかしくて仕方が無い。女性は微笑んだまま、優しくわたしの顔を見つめる。
「小さいころから、わたしは自分の体を可愛がる方法を知っていました。そして父親はそのときにわたしが浮かべる表情を何よりも愛してくれるひとでした」
常識で考えれば異常な親子でしかない。でもわたしの頭の中には、美しい少女が快感に身もだえする様子を慈愛に満ちたまなざしで見つめる優しい父親の姿が映し出された。それはとても素敵な光景に思われて、わたしは女性の言葉の続きを待った。
「気持ち良くなることは悪いことじゃないよ、と父親は言いました。だからわたしは、気持ちいいと感じた姿を父親に見せ続けましたし、父親はよろこんでそれをこういう形で描き残してくれました」
女性はすっと指を伸ばした。その先には飾られた幾枚もの絵がある。大人になった少女の姿。いずれも全裸で、顔には恍惚の表情が浮かんでいた。
足の間に男性器を模した大きな張り型を突き立てている場面。
ベッドに寝る男性にまたがって髪を振り乱して腰を振っている場面。
四つん這いで後ろから挿入されながら、自らの手で胸を揉みしだいている場面。
立ち姿でふたりの男性に前後両方から貫かれている場面。
そのどれもが本当に気持ち良さそうで、エロティックで、知らず知らずのうちにわたしは椅子に染みをつくるほどに濡れてしまっていた。あせって立ち上がり、女性に謝った。
「ご、ごめんなさい!わたし、こんな・・・どうしよう、恥ずかしい・・・」
「うふふ、気にしないでください。そんなに感じていただけて、光栄です」
女性はハンカチで濡れた椅子を拭い、もう一度座るようにわたしを促した。
「あの、わたし、本当にこんなふうになったことなくて、エッチなんて痛いばっかりで、気持ちいいなんて思ったこと無かったから、だから、この絵を見てびっくりしちゃって・・・」
しどろもどろになりながら訴えるわたしを、女性は愛しいものを見るような柔らかな視線で受け止めてくれた。
「自分で、触ったことは一度も無いですか?」
そんな恥ずかしいこと、したことがない。わたしはゆっくりと頷いた。女性はまた笑う。
「そんなに悪いものではないですよ。ほら、いま、本当はここに触りたいって思っていませんか?」
女性の手がわたしの太ももに触れる。電流が走ったように体が跳ねた。女性がもう一度、確認するようにわたしの顔を見た。無言で頷くと、その手はわたしのぐしょぐしょに濡れた下着の中へと潜り込んできた。
「あっ・・・そ、そんな・・・」
「痛いですか?濡れているから、きっと気持ち良くなれますよ」
「そ、そうじゃなくって・・・あ、あっ・・・」
「ほら、このあたり。自分で触ってみると、きっといいところが見つかりますよ」
くちゅくちゅと中を描きまわした後、するりと女性の手は抜かれてしまった。体の中にどうしようもない疼きだけが残される。たまらなくなって、わたしは涙目で女性に取りすがった。女性は静かに笑う。
「大丈夫。もう閉館時間です。誰も来ないわ・・・自分でできないの?触ってほしい?」
「あ・・・はい・・・だって、もう、こんなに・・・」
悪い子ね、と言いながら女性はわたしの背後にまわった。薄いコートやブラウスがつぎつぎと脱がされていく。スカートも。女性が耳元で囁く。
「ねえ、どうしてほしい?恥ずかしがらないで、おくちで言ってみて。その通りにしてあげるから」
「あの・・・絵みたいに・・・」
2枚目の少女の絵を指さした。クスクスと笑い声が響く。笑われるたびに自分の中の燃えるような感覚が刺激される。
「下着の上からおまんこの割れ目をなぞってほしいの?それともクリトリスを弄られたいの?いやらしい汁で濡れた下着の上から?」
「はい・・・」
「ちゃんと言いなさい」
「あうっ・・・やっ、あぁっ・・・」
そんなことを言われても、女性の指はすでにわたしの中に潜り込み、中を激しく掻きまわしながらクリトリスを擦りあげているのだから、もう何かを話す余裕なんてあるはずがない。
足がぶるぶると震えだす。体の中が締め付けれれ、足がつるような感覚に襲われる。女性の唇がわたしの乳首に触れたとき、意識が飛びそうになるほどの快感が駆け抜けた。
「あっ・・・!!」
「もう気持ちよくなっちゃった?・・・ふふ、もっといいこと教えてあげる」
ぐったりとした体を床に寝かせ、女性はわたしの足の間に顔を埋めた。ぬるりとした生温かい舌が、愛液に濡れたその場所を丁寧に愛撫していく。
「もう・・・だめ・・・おかしくなっちゃう・・・」
「せっかく女に生まれたんだもの、気持ちいいところも知らないままなんて悲しいわ。ほら、ここ、いいでしょう?」
ずきずきするほどに勃起したクリトリスを舐められて、肛門をほぐされ指を入れられた。他方の手がまた性器の中を弄り始める。
「あああっ、それ・・・気持ちいい・・・あ、あ、あうっ」
「そうよ、気持ちいいところは気持ちいいって言わなきゃ。ほら、わたしのいやらしいところを触ってくださいって言わないと」
性器の中を指が突き上げてくる。舌の動きも止まらない。体が溶けてしまいそうに熱くなり、わたしは叫び声をあげた。
「うあっ・・・また、いく・・・いっちゃうっ・・・!!」
指で舌で言葉で責められ続けて、二度目の絶頂を迎えた瞬間、わけのわからない快感の波の中でわたしは意識を失った。
「ありがとうございました」
意識を取り戻した時、わたしは最初にいた受付の場所に立っていた。受付の女性は恭しく頭を下げている。いったい何が起きたのかわからず、戸惑いながら女性に声をかけた。
「あ、わたし・・・あの・・・」
「申し訳ございません。まもなく閉館時間ですので、またのお越しをお待ち申し上げております」
女性の表情は変わらない。釈然としないまま、わたしは重い扉を押し開けてその画廊を出た。扉が閉まる瞬間、くすりと女性が笑ったような気がした。
あれは欲求不満な自分の無意識がみせた白昼夢だったのだろうか。わからない。ただ、帰り道を歩くわたしのスカートの中の下着は、やっぱりぐっしょりと濡れたままだった。
(おわり)
細長い紙の右半分には黒を基調に発色の良い赤色や深い青色が飛び交うような抽象画が描かれ、もう半分には展示会の期間、場所を示す地図などが簡潔に書かれている。仕事が終わった後、会社の廊下で同じ部署の先輩からそれを渡された。
「さゆり、学生時代に美術部だったとか言ってたでしょ?このまえ机の中を整理していたらこんなのが出てきたからどうかなって思って」
渡されたチケットを手に言葉を選んでいると、先輩は優しく微笑んでわたしの肩をぽんぽんと叩いた。
「あはは、もともと忘れてたようなものだから、もし興味が無かったら捨てちゃっていいよ。わたしも何処で誰にもらったのかも覚えてないし」
「いえ・・・ありがとうございます」
はいそうですか、と捨ててしまうわけにもいかない。とりあえずお礼を言って頭を下げた。もう一度チケットに目を落とす。そこに書かれた最終日の日付は今日だった。
どうしよう・・・。
腕時計を確認すると午後6時。展示会は20時までやっているようだ。たしかに学生時代、美術部に入ってはいたけれど、そんなに絵に興味があるわけじゃない。憧れの彼が入部すると聞いて入っただけ。これ以上ないくらいの不純な動機だった。
そうはいっても、せっかくもらったものを無駄にするのは心苦しい。場所は会社からそう遠くない。この後に予定があるわけでもないし、ちょっと冷やかし程度にのぞいて行くかな。そんな軽い気持ちで、わたしは展示会に向かうことにした。
そこで何が待ち受けているのかも知らないで。
会社を出て、夕方の喧騒に沸く街を急ぎ足で歩いた。季節はもう春。街路樹の桜の枝にはふくらんだつぼみが小さな桃色の花びらをのぞかせている。少し前までは厚手のコートにマフラーが無いと寒くて仕方が無かったのに、今はもう薄いスプリングコートでじゅうぶん。
日が暮れた後の風は少し冷たいけれど、こうして急いで歩いていれば気にならない程度の寒さ。すれ違う人たちの顔もどこか柔らかく優しく見える。本当に良い季節。
今の会社に就職して、やっと1年。仕事にも少しずつ慣れて、同僚や先輩とも仲良くなり、楽しい毎日の中で学生時代から続いていた彼との遠距離恋愛を終わらせた。最近では唯一の悲しい出来事。
原因は彼の浮気。たまたま彼がわたしの部屋に泊りに来たときに、浮気相手から彼のケータイに電話があってあっさりと発覚した。彼は隠そうともしなかった。
相手はどうやら近所に住むひとり暮らしの女の子で、彼はなかなかわたしに会えない毎日が寂しくて、つい手を出しちゃったんだ、なんて言ってたな。
「男はそういう生き物なんだよ。浮気くらい許してくれよ」
そんなふうに開き直るのがまた腹立たしくて、何よりも他の女の子を抱いた手でわたしに触れようとするのが汚らわしくて、即座に彼を部屋から追い出してサヨナラを告げた。
好きだったのにな。ふう、とため息が漏れる。
18歳の誕生日から付き合い始めて、もうすぐ5年になるところだった。初めてのデートも、キスも、セックスも、この彼が相手だった。他の人とはふたりきりで遊びにも行ったことが無い。喧嘩もいっぱいしたけど、きっとわたしのことだけを好きでいてくれるって信じてたのに。
痛いだけのセックスも彼のためだからと思ってずっと我慢してきた。キスされたり、頭を撫でられたりするのは気持ちいけれど、あの場所に入れられる瞬間は我慢できないほど痛い。いつまでたっても慣れない。そんな話を飲み会の時に先輩にしたら、
「さゆり、ソレはすごく損をしてるわよ。セックスってそんなに嫌なものじゃないんだから」
なんて真顔で諭された。そばにいた同僚も真剣な顔で頷いていた。
「そうよ、もっと他の人といっぱいヤッてみるべきよ。体の相性とかもあるし」
そう言った子にむかって誰かがアンタはヤリすぎなのよ、と笑い、わたしもなんとなくごまかすようにして笑っていた。先輩は自分で気持ちいいところを彼に触ってもらうようにお願いするといいよ、とか言ってたっけ。
そんな恥ずかしいことできるわけない。それに、どこをどうされたら気持ちいいのかがわからない。
街中を歩きながら変なことを考えている自分を戒めるように、右手で頬を軽く叩いた。ほんと、なに考えてるんだろう。いやらしい。
そうして歩いているうちに、いつのまにか目的地の近くにたどりついた。チケットに書かれていた住所と、目の前にある建物を見比べる。間違いない、ここだ。
赤いレンガ造りの古めかしい建物は、なんとなく博物館のような場所を連想させる。大きな石を組み上げて作ったような階段を上がり、重い扉に体重をかけてを押し開けると、なんともいえない黴臭いような匂いがした。時代を感じさせる匂い。極限まで絞られた薄暗いオレンジ色の照明が濃い赤色の絨毯を照らし出す。細い廊下を進むと、右手に受付があった。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりご覧ください」
銀縁の眼鏡をかけた美しい女性がスーツ姿で微笑んでいる。チケットを差し出すと、彼女の驚くほど白い指がそれを受け取った。パンフレットも館内の案内も何も渡されなかった。そもそも、今日はいったいどんな絵の展示会なんだろう。それすら知らずにいたことに気がついた。
「あの・・・」
「館内に展示されているものは自由にご覧いただけます。ご購入を希望される場合はお帰りの際にお声かけください」
それだけ言うと、女性はもうわたしのことが見えなくなってしまったかのように、誰もいない正面の空間へと視線を固定した。瞬きひとつしない姿はまるで人形のよう。不思議なひと・・・。
受付を抜けると、すぐ目の前から展示スペースは始まっていた。圧倒されるような大きな絵が、細かい細工を施された金色の額縁の中に飾られている。
絵の中には少女がいた。
小学生くらいだろうか。左奥に向かって両足をだらしなく広げて畳の上に寝ころぶ、全裸の少女。背景には古い扇風機と食べかけの西瓜が描かれている。まだ成長しきらない肢体は子供のものなのに、その顔に浮かぶ表情はどこか大人の女を想わせた。
せつなげに細められた目。桜色の唇はわずかに開かれ、頬がほんのりと色づいている。汗で額にぺったりと張り付いたつややかな黒髪。左手は顔の横に添えられ、右手は広げられた足の間へと伸びている。なんだか、すごく恥ずかしいことをしているような場面にも見える。
見てはいけないものを見てしまったようで、なんだか胸がどきどきした。
なんだかエッチな本を人前で見せられたみたいに、顔が赤くなっていくのがわかる。あわててまわりを見渡したものの、わたしの他には誰もいない。ただ薄暗い光の中に数枚の絵が浮かんで見えるだけだった。
少女の真っ白な肌から目を背け、また一歩奥へと進む。今度はシンプルな銀色の額縁の中、セーラー服を着た少女が描かれていた。今度は斜め下からのアングル。
背景には黒板、茶色い椅子と机が規則正しく並び、窓の外には夕焼けが広がっている。放課後の教室?
誰もいない教室の中で、少女はひとり席についている。こちらを正面にして上半身をのけ反らせ眉をひそめ、赤い顔で何かを堪えるような表情をしている。両手は捲れたプリーツスカートの中へと伸ばされ、細い指の隙間から白い下着が見える。
体の芯がびくんと波打った。胸のどきどきが激しくなる。
少女の指先は、下着越しに割れ目の奥に触れていた。細かな陰影でその下着がぐっしょりと濡れていることさえも伝わってくる。
何の注釈もなかったけれど、これはきっとさっきの幼い少女と同じモデルだと感じた。幼さの向こう側にある大人の女の表情。顔がますます熱くなる。足の付け根のあたりがむずむずするような感覚があった。
なんだか、変な気持ち。
その次の絵は、さらにわたしを刺激した。
額縁には入れられていない。ちょうどわたしの背丈と同じくらいの大きさのキャンバスには、さきほどの少女がさらにまた成長した姿があった。
白いシーツに横たわり、染みひとつない白い肌を惜しげも無く晒している。枕元には脱ぎ棄てられた紺色の制服。赤いスカーフ。
おおきくふくらんだ乳房を誇らしげにこちらに向け、左手の指先はピンクに染まった乳首をつまんでいる。広げられた足の間にはうっすらと黒い茂みが見え、右手の中指と薬指はその割れ目の奥に根元まで飲み込まれている。
少女は長い睫毛に縁取られた瞳から涙を流し、つややかな唇の端から唾液を垂らしながら快感を貪っているように見えた。いまにもそのわずかに開かれた口から声が聞こえてきそうに思えた。
「あっ・・・」
自分の口から声が漏れてしまったことに驚いて、慌てて口を塞いだ。でもこの絵から目が離せない。少女のつまんでいる乳首がまるで自分のもののように感じる錯覚。足の間に差し込まれた指が、自分の中で蠢いているようなありえない錯覚。
これ以上、この絵を見てはいけない。そんな気がするのに、目を少女の痴態から背けることができない。体の中から生まれる熱が広がっていく。下着が信じられないくらいに濡れていくのがわかる。乳首が痛いくらいに尖っていく。足が震え、立っていられなくなる。
味わったことの無い感覚に耐えられなくなって、わたしはその場に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?ご気分が悪くなられましたか?」
顔を上げると、受付に座っていた女性が心配そうに手を差し伸べてくれていた。綺麗なひと。あらためて近くで顔を見て、この女性と絵の中の少女が良く似ていることに気がついた。
「あの・・・この絵・・・」
女性はわたしのために小さな椅子を持って来てくれた。そこにわたしを座らせながらにっこりと微笑んで言う。
「ここにある絵はすべてわたしの父親が描いたものなんです。女性の方には少し刺激が強すぎましたか」
「なんていうか・・・その・・・すごく気持ち良さそうで、わたし、こういうのわからなくて・・・」
言いながら顔がまた熱くなる。何言ってるんだろう。恥ずかしくて仕方が無い。女性は微笑んだまま、優しくわたしの顔を見つめる。
「小さいころから、わたしは自分の体を可愛がる方法を知っていました。そして父親はそのときにわたしが浮かべる表情を何よりも愛してくれるひとでした」
常識で考えれば異常な親子でしかない。でもわたしの頭の中には、美しい少女が快感に身もだえする様子を慈愛に満ちたまなざしで見つめる優しい父親の姿が映し出された。それはとても素敵な光景に思われて、わたしは女性の言葉の続きを待った。
「気持ち良くなることは悪いことじゃないよ、と父親は言いました。だからわたしは、気持ちいいと感じた姿を父親に見せ続けましたし、父親はよろこんでそれをこういう形で描き残してくれました」
女性はすっと指を伸ばした。その先には飾られた幾枚もの絵がある。大人になった少女の姿。いずれも全裸で、顔には恍惚の表情が浮かんでいた。
足の間に男性器を模した大きな張り型を突き立てている場面。
ベッドに寝る男性にまたがって髪を振り乱して腰を振っている場面。
四つん這いで後ろから挿入されながら、自らの手で胸を揉みしだいている場面。
立ち姿でふたりの男性に前後両方から貫かれている場面。
そのどれもが本当に気持ち良さそうで、エロティックで、知らず知らずのうちにわたしは椅子に染みをつくるほどに濡れてしまっていた。あせって立ち上がり、女性に謝った。
「ご、ごめんなさい!わたし、こんな・・・どうしよう、恥ずかしい・・・」
「うふふ、気にしないでください。そんなに感じていただけて、光栄です」
女性はハンカチで濡れた椅子を拭い、もう一度座るようにわたしを促した。
「あの、わたし、本当にこんなふうになったことなくて、エッチなんて痛いばっかりで、気持ちいいなんて思ったこと無かったから、だから、この絵を見てびっくりしちゃって・・・」
しどろもどろになりながら訴えるわたしを、女性は愛しいものを見るような柔らかな視線で受け止めてくれた。
「自分で、触ったことは一度も無いですか?」
そんな恥ずかしいこと、したことがない。わたしはゆっくりと頷いた。女性はまた笑う。
「そんなに悪いものではないですよ。ほら、いま、本当はここに触りたいって思っていませんか?」
女性の手がわたしの太ももに触れる。電流が走ったように体が跳ねた。女性がもう一度、確認するようにわたしの顔を見た。無言で頷くと、その手はわたしのぐしょぐしょに濡れた下着の中へと潜り込んできた。
「あっ・・・そ、そんな・・・」
「痛いですか?濡れているから、きっと気持ち良くなれますよ」
「そ、そうじゃなくって・・・あ、あっ・・・」
「ほら、このあたり。自分で触ってみると、きっといいところが見つかりますよ」
くちゅくちゅと中を描きまわした後、するりと女性の手は抜かれてしまった。体の中にどうしようもない疼きだけが残される。たまらなくなって、わたしは涙目で女性に取りすがった。女性は静かに笑う。
「大丈夫。もう閉館時間です。誰も来ないわ・・・自分でできないの?触ってほしい?」
「あ・・・はい・・・だって、もう、こんなに・・・」
悪い子ね、と言いながら女性はわたしの背後にまわった。薄いコートやブラウスがつぎつぎと脱がされていく。スカートも。女性が耳元で囁く。
「ねえ、どうしてほしい?恥ずかしがらないで、おくちで言ってみて。その通りにしてあげるから」
「あの・・・絵みたいに・・・」
2枚目の少女の絵を指さした。クスクスと笑い声が響く。笑われるたびに自分の中の燃えるような感覚が刺激される。
「下着の上からおまんこの割れ目をなぞってほしいの?それともクリトリスを弄られたいの?いやらしい汁で濡れた下着の上から?」
「はい・・・」
「ちゃんと言いなさい」
「あうっ・・・やっ、あぁっ・・・」
そんなことを言われても、女性の指はすでにわたしの中に潜り込み、中を激しく掻きまわしながらクリトリスを擦りあげているのだから、もう何かを話す余裕なんてあるはずがない。
足がぶるぶると震えだす。体の中が締め付けれれ、足がつるような感覚に襲われる。女性の唇がわたしの乳首に触れたとき、意識が飛びそうになるほどの快感が駆け抜けた。
「あっ・・・!!」
「もう気持ちよくなっちゃった?・・・ふふ、もっといいこと教えてあげる」
ぐったりとした体を床に寝かせ、女性はわたしの足の間に顔を埋めた。ぬるりとした生温かい舌が、愛液に濡れたその場所を丁寧に愛撫していく。
「もう・・・だめ・・・おかしくなっちゃう・・・」
「せっかく女に生まれたんだもの、気持ちいいところも知らないままなんて悲しいわ。ほら、ここ、いいでしょう?」
ずきずきするほどに勃起したクリトリスを舐められて、肛門をほぐされ指を入れられた。他方の手がまた性器の中を弄り始める。
「あああっ、それ・・・気持ちいい・・・あ、あ、あうっ」
「そうよ、気持ちいいところは気持ちいいって言わなきゃ。ほら、わたしのいやらしいところを触ってくださいって言わないと」
性器の中を指が突き上げてくる。舌の動きも止まらない。体が溶けてしまいそうに熱くなり、わたしは叫び声をあげた。
「うあっ・・・また、いく・・・いっちゃうっ・・・!!」
指で舌で言葉で責められ続けて、二度目の絶頂を迎えた瞬間、わけのわからない快感の波の中でわたしは意識を失った。
「ありがとうございました」
意識を取り戻した時、わたしは最初にいた受付の場所に立っていた。受付の女性は恭しく頭を下げている。いったい何が起きたのかわからず、戸惑いながら女性に声をかけた。
「あ、わたし・・・あの・・・」
「申し訳ございません。まもなく閉館時間ですので、またのお越しをお待ち申し上げております」
女性の表情は変わらない。釈然としないまま、わたしは重い扉を押し開けてその画廊を出た。扉が閉まる瞬間、くすりと女性が笑ったような気がした。
あれは欲求不満な自分の無意識がみせた白昼夢だったのだろうか。わからない。ただ、帰り道を歩くわたしのスカートの中の下着は、やっぱりぐっしょりと濡れたままだった。
(おわり)