睡眠不足で頭痛がひどい。コンタクトレンズを入れた目が乾燥して悲鳴をあげる。胃が痛む。それでも仕事内容はいつもと何ら変わらない。
保護者からの電話が鳴り始め、アポイントのない懇談希望者や来客が続き、マヤは機械作業のようにそれらを右から左へとさばいていく。10分で終わる懇談もあれば1時間以上も子供たちの学習状況と直接関係の無い話ばかりを続けて帰る母親もいる。無意識に話し相手を求めている。声にならない声で『寂しい』と訴えている。母親たちの心の中を思ううちに、いつのまにか自分の気持ちをそこに投影していることに気付く。寂しいのかと問われれば、決してそうではないと答えるだろう。でも……思いが定まらない。何もかもがよくわからなくなる。脳内を木の棒か何かで無造作にかき混ぜられたように。
「先生……、ねえ、先生?」
アルバイト講師の田宮が心配そうな表情でマヤを見つめている。いつのまにか授業が始まる時間になっていた。生徒と講師たちの楽しげな声が、教室いっぱいに満ちている。
「ああ、ごめんなさい……少しぼんやりしていて……」
「なんだか先生、一昨日あたりからすごく疲れてるみたいね。でも頑張って、この教室、先生がいなくちゃどうしようもないんだから」
パン、と強く背中を叩かれた。目が覚めたような気がする。お客さんよ、と言って田宮がドア付近に立っていた人物を案内してくる。生徒の母親。来客にすら気がつかなかったなんて……こんなことではいけない。
「お待たせして申し訳ございません、さあ、どうぞこちらへ」
「いえ、こちらこそ急に来てしまって。先生、お忙しいのに……」
「ユタカくんの件ですよね? ずっと気にはなっていたんです。その後、ご様子はいかがですか?」
顔色の悪い母親がやっと腰を下ろす。高辻ユタカの母親。ユタカは今年、中学2年になるはずだ。有名私立中学の入試に合格したものの、その学習スピードについていけなくなり、1年の終わりには地元の公立中学に編入した。
ところが、編入してすぐにひどいいじめに遭うようになった。小学校のときにユタカが散々まわりに「俺は頭が良いからおまえらとは違うんだ」「おまえらみたいな馬鹿が行くような学校には行かない」と吹聴していたことが原因だった。
音楽で使う笛や体育館シューズを誰かに隠されるというようなことから始まり、黒板に名指しで「馬鹿」「しね」などの落書きをされたり、机の中にゴミや虫の死骸を詰め込まれたり。やがてクラスメート全員から公然と無視をされるようになり、2年生の夏休みが始まる前あたりからは学校に通えなくなってしまった。
マヤが初めてユタカに会ったのは今年の5月だった。学校を休みがちになったユタカを心配して、母親が個別の塾ならまわりを気にせずに通えるだろうと考えて連れてきたのだ。
運動をしていないせいか肌の色が青白くぽっちゃりとした体型で、子供たち特有の元気さや愛らしさが微塵もない。母親のことも、マヤのことも、まわりにいる自分以外のすべての人間を見下したような目。マヤからの問いかけに対して、鼻で笑うような傲慢な態度。実際に公立中学でのテストの成績だけを見ると、ほとんどの科目が満点だった。
「僕はあんな馬鹿どもとは違う。私立中学をやめたのも、勉強についていけなかったからじゃない。校風が自分に合わなかったからだ。無理して通うほどの場所じゃないから、こっちからやめてやったんだ」
真っ赤なウソ。精一杯の虚勢。不遜な態度に似合わない幼い声。本当はテストのたびごとに点数が下がり続け、学校側から暗に公立への編入を迫られた。母親が後から申し訳なさそうに教えてくれた。
ユタカは塾にも最初の数回来ただけで、あとは姿を見せなくなった。同じ中学の生徒が5人ほどいたからだ。同級生たちはユタカの姿を見ると、あからさまに嫌そうな態度を見せ、ユタカ自身も青白い顔をさらに蒼白にして居心地悪そうに視線をさまよわせていた。
担当した講師は雪村と久保田。塾にも顔を見せなくなったユタカのために、マヤと講師たちで相談しながらちょっとした手紙を書き、宿題用のプリントを作って週に1度のペースで自宅に郵送している。
「先生方の送ってくださるお手紙、あれだけは本当に嬉しそうに読んでいたんです……」
「ああ、それはよかったです。ご迷惑ではないかと思いながら送らせていただいていたので」
「迷惑だなんて、とんでもない。あの……でも、もう……」
まわりの視線を気にするように顔を伏せ、目を真っ赤にしながら母親が嗚咽を漏らした。
「あの、大丈夫ですか? ユタカくん……」
「あの子、一昨日……自分の部屋で首を吊ろうとしたんです……幸い、隣の部屋にいた兄が物音に気付いて大事には至りませんでしたが……」
かける言葉が見当たらなくなる。仕事として割り切れる部分と、そうでない部分。心臓が握りつぶされるような痛み。母親はもう、ユタカに期待をかけるのをやめる、と泣く。
「わたしが……あの子を追い詰めたんです。小さいときから親戚の中でも何でも一番早くできるようになって……歩くのも、話すのも……自慢の子供だったんです……。小学校のときも、主人が卒業した学校と同じ私立中学に入らせるために勉強漬けで……勉強だけしかしてこなくて、いつのまにか他人の気持ちがわからない子になってしまって……」
「お母様が悪いわけじゃないと思いますよ、いろいろなことが重なってしまっただけで」
「いいえ、わたしがあの子に、今は勉強だけしていればいいって言い続けてきたから……あんなふうにいじめられて……学校にも何度も行ってみたんですが、親から見てもユタカの態度は目に余るものがあって……まわりの生徒さんは本当に普通のお子さんばかりでした……本当に、わたしのせいなんです……」
目の前でさめざめと泣く母親に対して、マヤの心が急速に冷めていく。本当に自分が悪いと思うのなら、1分1秒を惜しんでユタカの傍にいてやるべきではないのか。父親は海外に単身赴任中で、子育てが母親の肩だけに重くのしかかっているのはわかる。それでも、こんなところでマヤを相手にぐずぐずと言い訳をしていたって、何の解決にもならない。
こういう母親たちは教室の中でも少なくない。誰かに聞いてほしい、誰かに慰めてほしい。『あなたが悪いわけじゃないですよ』と許しの言葉をかけてほしい。
甘えるな、とマヤは心の中で吐き捨てる。自分が選んだ相手と、自分が望み、その手で育てた子供、そして自分で選んできた人生。どうしてそこに責任を持てないのだ。どうして誰かの言葉にすがろうとするのだ。言いようのない怒りがふつふつと湧きあがる。
ああ、やめよう。ここで弱っている母親にひどい言葉をぶつけたところで、それこそ何の解決にもならない。意識を切り替える。頭の中で携帯電話のアドレス帳をスクロールする。今夜は誰と遊ぼうか……素敵な大人の男たちの顔を思い浮かべる。蕩けるような甘い時間をイメージする。どす黒い怒りが消えていく。
まだ泣きながら何かを訴え続ける母親の声が耳を素通りし始める。ただ口をパクパクと動かしている金魚のように見えてくる。ひらりひらりと優雅に泳ぐ金魚たち。しょせんスポイルされたガラスケースの中から出ては生きられない。
ユタカの母親はそれから3時間近く言い訳とも愚痴ともつかないようなことを話し続け、最終的にマヤが今度ユタカの携帯電話に直接電話をして話してみるということで落ち着いた。
授業後に、ユタカの現状を久保田と雪村に話した。ふたりの表情がみるみる深刻になっていく。話の内容からいって、それも無理はなかった。
「そうですか……ユタカくん、本当に勉強は良くできるんですけどね。でも私立に合格したあたりから、なんていうか天狗になっちゃったのかな。糸が切れたみたいに、努力しなくなったらしいです。きちんとやればあの私立中学でもじゅうぶんついていけたと思うんだけど」
雪村がため息交じりに言う。そうですよね、と久保田が熱心に話しだす。
「彼の授業、ほんの何回かしかやってないんですけど、ものすごく呑み込みが早くて教える方も楽しかったんです。ただ、プライドがめちゃくちゃ高いから扱いが難しいというか……同級生に対しての態度はたしかに良くないけど、みんなと一緒にいるうちにだんだんわかってくると思います」
なぜか一緒に残っていた田宮も口を出す。
「うんうん、わたしもそう思う。受験で必要な知識だって、勉強しなくちゃ身につかないもんね。人間関係のことだって、実際に友達同士の中で触れ合って、喧嘩したりして、だんだん身についていくんだよ、きっと。だからさ、ちょっとずつでも学校に行けるようになるのが、一番いいんだろうなあ」
「でも自殺なんて……そこまで思いつめるくらいなら、学校なんて行かずに家にいた方がまだいいのかな」
「それじゃ解決にならないわよ。大人になってもずっとひきこもりなんて、本人も家族もたまったもんじゃないし」
「そんな極論を言ってるわけじゃないでしょう? 緊急避難的な意味合いで、しばらくの間だけ学校にいかないっていうのも選択肢のひとつかなって思うだけよ」
「馬鹿ね、そんなことしてる間にタイミング逃して、結局ひきこもりになっちゃうんだって。だいたいさ、ちょっとしたいじめくらい、大人になっても会社だってどこだってあるんだから。ある程度いまのうちに我慢して耐性つけておかなきゃ、どうするんだって話よ」
「た、田宮先生、さすがに僕もそれは暴論だと思います、今回も無理して学校行かせようとして自殺未遂になっちゃったんだし……」
3人が喧嘩でも始めそうな勢いになってきたので、マヤは慌てて間に割って入った。それも生徒への気持ちがあればこそなので、ありがたいことではあるのだけれど。
「あー、とりあえず今日はそこまで。一緒に考えてくださってありがとうございます。また、ユタカくんと直接お話ししてみてどんな感じだったか、先生方にお伝えしますね。さあ、今日はもう遅いし帰りましょう」
田宮と雪村は熱くなりすぎたことを詫び、それでもやっぱりユタカのことが心配だと言いながら帰っていった。
最後に残った久保田は、マヤの正面に突っ立ったまま、大きな体でもじもじしている。その姿があまりにもおかしくて、思わずマヤは笑ってしまった。
「あはは、何やってんの? 久保田くん。ほら、もう遅いから帰らなくちゃ」
赤い顔をして、意を決したように久保田が大きな声を出す。
「や、あの、えっと、その……デ、デートに、お誘いしたいんですけど……えっと、今度の日曜日、あの、映画とか……どうでしょうか。お疲れだと思うんで、その、長い時間じゃなくてもいいんで……」
「映画? うん、いいよ。もしも急に仕事で呼び出しが入ったらキャンセルするかもしれないけど、そうじゃなかったら今のところは予定も無いし」
「ほ、ほんとですか!? うわあ、嬉しいなあ、じゃ、じゃあ、あの、また時間とか決まったらお伝えします」
「うん、お疲れ様。気をつけて」
「は、はい! お疲れさまでした!」
足取りも軽くドアから出ていく久保田を見送りながら、マヤはまるで生徒のひとりを見ているように微笑ましく感じた。
まだ学生の久保田。純情過ぎる彼ではマヤの相手はつとまらない。傷つけたくない。深く踏み込んではいけない。義理を果たすつもりで一度だけつきあって、それでうやむやにするつもりだった。今は相手が誰だったとしても、恋愛をするほど心に余裕が持てない。体だけの付き合いがちょうどいい。
体だけ、と考えて、ふいに部長の声がフラッシュバックする。電話越しの部長の声。ねっとりと絡みつくようないやらしい話し方。
『どうすればいいか、たっぷり教えてやるからな……』
背筋がぞくりとする。言外に含まれた意味。『社長に好きなようにさせているんだから、俺にも抱かせろ』……この上まだ部長にまで体を差し出すのは勘弁してほしい。それに、社長はマヤに高額な給料というわかりやすい見返りをくれるが、部長はマヤに何ひとつ与えてくれるわけじゃない。
きちんと企画書をみてもらえば済む話なのだから、プリントアウトしたものを持参してしっかり説明すればいい。それでも受け取って無いと言い張るのなら、そのときは堂々と社長に抗議しよう。マヤはそれ以上深く考えるのをやめ、携帯電話を取り出した。
ふと思いついて、ユタカと同じ中学に通う生徒の父親に連絡を取ってみる。生徒の名は松山サトシ。中学2年生で、成績は中の上。いつも明るく元気、典型的な中学生男子。サトシのところも、入塾の申し込みや懇談を含めてすべて父親が対応している。父親は祖父の代からの会社経営、母親の影は薄い。塾を訪れる母親たちの噂話を繋ぎ合せると、家庭を放って若い男と遊び呆けているらしい。
「もしもし、水上です。松山さん?」
『ああ、久しぶり。なんだ、今日はサトシの件か? それとも、夜のお誘い?』
「両方です。今夜はお忙しいですか?」
『いや、別にかまわない、まだ職場なんだ。少し待ってもらえれば行けるけど、両方っていうのが気になるな……サトシに何かあったのか?』
「いえ、サトシくんのお友達のことなんです。サトシくんはいつも通り元気いっぱいですよ」
『そうか。あいつはあんまり勉強もできないし、親にも反発してばかりで手を焼いているんだ。まあ、元気ならそれでいいかと思うようにしているけどね』
待ち合わせの場所を決め、出来るだけ早く行くから、と松山は慌ただしく電話を切った。
誰もいない教室で、マヤは鏡を見ながら髪をほどき、化粧の崩れを整え、スーツとシャツを脱いで、窮屈な下着を外した。灰色のロッカーに備え付けられた鏡に全裸のマヤが映る。形よく盛り上がった乳房、細い腰、滑らかな肌に肉づきの良い尻。男たちが群がるマヤの体。
今夜はどんなふうに可愛がってもらえるのだろう。体の奥の方が疼き始める。くたくたに疲れているはずなのに、食欲も無く体力の限界に近付いているはずなのに、それでも部屋に戻って休む気にはなれなかった。
松山は社長と同じように下着をつけない姿を好む。素肌の上にスカートをはき、シャツとジャケットを羽織る。締めつけられない解放感が気持ちいい。乳首にシャツの生地が触れるだけで声が出そうになる。全身が敏感になり、明確に男を求め始める。
肌の上を執拗に動き回る松山の指を思い出しながら教室を施錠し、マヤは待ち合わせ場所へと向かった。
その場所は、教室のあるエリアから電車で20分ほどの場所にある公園だった。川沿いにある公園は広く、市の方針か何かで様々な種類の植物が植えられている。花も木も見ているだけで楽しめるその場所は、昼間は散歩コースとして、夜は恋人たちのデートスポットとして有名らしい。
公園の入口に着くと、もう先に松山が到着していた。濃紺のスーツに磨き込まれた革靴。少し癖のある茶色の髪。松山は父親たちの中では比較的若い。まだ30代のその体からは、いつ会っても溢れんばかりの精力が伝わってくる。
「本当に久しぶりだね。君の方から電話をくれるなんて珍しいな……ああ、食事は済ませた? もしもまだだったら、この近くに遅くまでやっているイタリアンの店があるんだけど」
白い歯を見せて楽しげに笑う松山の顔は少年のように幼く見え、とても中学生の子供がいるようには思えない。年若い社長は会社の女の子たちにも人気があるらしい。きっと影で何人もの女が涙を流していることだろう。
「いいえ、ちょっと食欲が無くて。少しだけ、最初にサトシくんに関係することをお話しておきたいんです」
「なんだか元気が無いみたいだけど、大丈夫? 仕事のことで悩んでいるのかな? 僕にできることなら力にならせてもらうよ」
「ありがとうございます。実は、サトシくんの学校のお友達のことなんですが……」
松山は話を聞きながら、マヤの手をとってゆっくりと公園の奥にあるベンチへと歩いていった。湿った土の匂いと植物が発する緑の香り。まだ寒いというほどではないが、ときおり吹き抜ける風がひんやりと感じられる。
ベンチを軽くハンカチで拭ってから松山はマヤに座るように促し、自分もマヤにぴったりと身を寄せるようにしてそこに腰を下ろした。何本かの大きな木の陰になる場所で、まわりの視線がうまく遮られている。
高辻ユタカの話を続けるうちに、松山は眉根をよせて表情を曇らせた。クラス単位でのいじめ、不登校、そして自殺未遂。その衝撃的な話に自分の息子が関係しているとなれば、この反応は親として当然なのかもしれない。
「……という話をユタカくんのお母様からお聞きしたんです。今回の場合は、いじめられる側に良くないところがあったと思いますし、いじめる側にもそれなりの理由があったと思います。サトシくんは特にユタカくんを毛嫌いしていたようなので、もしもチャンスがあればおうちでサトシくんに少しお話を聞いてみていただけないかと思って……」
「なるほど。ただ、あの年代の子供たちは親の言うことなんて聞きやしないと思うけどね。でもまあ、理由はどうあれ……万が一、サトシが原因で誰かが本当に死んでしまうようなことになったら辛いのは本人だもんなあ。うーん、様子を見て一度話してみるよ」
「ありがとうございます。お仕事でお疲れのところ、こんなことお願いして申し訳ありません」
「いや、いいよ。むしろそういう話が学校側からなぜ出てきていないのか、そっちのほうに不信感を持ってしまう。これからも何でも言ってくださいよ、先生……ところで」
松山がマヤの肩に手を回し、自分の方へと抱きよせた。大きな手が細い肩をつかむ。耳元に唇がよせられる。熱い吐息。小さく囁くような声。人の良さそうな表情は影を潜め、サディスティックな笑みが浮かぶ。
「いつまで先生ぶってんの? そんな硬い言葉でオハナシするためだけに僕を呼び付けたわけじゃないんでしょ?」
「あっ……」
あいているほうの手がジャケットのボタンを外す。シャツの上から下着を着けていない胸に触れる。そのふくらみの尖端を強く抓られる。体が痺れる。スカートの奥はすでにぐっしょりと濡れている。マヤはもう動くことができない。
「ちゃんとブラ外してくるなんて、いい子だね。なに? 欲求不満で元気無いの?」
「キス……して……」
むしゃぶりつくような激しいキスが与えられる。シャツの胸元を強引に押し広げて指が侵入してくる。その指先で何度も乳首を弾かれる。息ができないほどに興奮してしまう。真夜中の公園、誰かに見られるようなことはまずない。それでも、こんなところで恥ずかしいことをしようとしている自分を思うと、体の中に生まれた疼きが否応なしに昂ぶっていく。マヤは自ら松山の膝の上にまたがり、今度は自分から貪るように唇を重ねた。
松山の呼吸が荒くなる。マヤの尻の下で、松山の男の部分が熱く固くなっていく。
「すごいね、こんなに積極的なマヤは初めてじゃないかな……前は外でするの嫌がってたのに。このまま続けていい?」
「いいの……もっとして……」
公園の木々が風にざわめく。枝の隙間には闇夜に美しく輝く月。降り注ぐ白い光を浴びながら、マヤは松山の頭を自分の胸の谷間に押し付けるようにして強く抱いた。鎖骨のあたりから乳房のまわりへと舌を這わせながら、松山がため息を漏らす。
「君は……夜が良く似合うね……昼間とは別人のように綺麗になる……」
「綺麗……? 本当に? ……ああっ」
乳首を咥えながら、足の間に手を伸ばしてくる。その指はマヤの気持ちいい場所をきちんと知っている。割れ目の端から端までを丁寧に撫で、陰部のその奥を突き上げる。もっと欲しい。もっと奥まで。腰を揺らしながら、衣服が地面に落ちるのもかまわずに背中をのけぞらせて喘ぐ。
指が抜かれる。代わりに熱く猛ったモノが押し当てられる。マヤはそれをスムーズに受け入れる。その松山自身を伝って愛液がだらしなく流れ落ちる。マヤの中の広さを確かめるように、それはひどくゆっくりと入ってくる。その間にも指先は黒い茂みをかきわけて小さなつぼみを探り当て、つまみ、撫で、ねじり上げて刺激する。
「やっ、そんなふうにしちゃ……んっ……!」
「かわいいね。こんな風に欲しくて欲しくて仕方が無いっていう顔されたら、どんな男もイチコロだろうな……」
「あっ、あっ……そこ……」
一番奥まで入ったところで、マヤは激しく腰を揺らせ、髪を振り乱して与えられる快楽に身を委ねた。火照った体に真夜中の外気が心地よい。月はどこまでも静かに、淫らな光景を見下ろしている。疲れもストレスも吹き飛んでいく。
闇にまぎれて絡み合うふたり。激しいセックス。夢中でお互いを求め合うふたりは、植え込みの陰で小さく光ったフラッシュにも、食い入るように見つめている人影にも、気付くことはできなかった。
(つづく)
保護者からの電話が鳴り始め、アポイントのない懇談希望者や来客が続き、マヤは機械作業のようにそれらを右から左へとさばいていく。10分で終わる懇談もあれば1時間以上も子供たちの学習状況と直接関係の無い話ばかりを続けて帰る母親もいる。無意識に話し相手を求めている。声にならない声で『寂しい』と訴えている。母親たちの心の中を思ううちに、いつのまにか自分の気持ちをそこに投影していることに気付く。寂しいのかと問われれば、決してそうではないと答えるだろう。でも……思いが定まらない。何もかもがよくわからなくなる。脳内を木の棒か何かで無造作にかき混ぜられたように。
「先生……、ねえ、先生?」
アルバイト講師の田宮が心配そうな表情でマヤを見つめている。いつのまにか授業が始まる時間になっていた。生徒と講師たちの楽しげな声が、教室いっぱいに満ちている。
「ああ、ごめんなさい……少しぼんやりしていて……」
「なんだか先生、一昨日あたりからすごく疲れてるみたいね。でも頑張って、この教室、先生がいなくちゃどうしようもないんだから」
パン、と強く背中を叩かれた。目が覚めたような気がする。お客さんよ、と言って田宮がドア付近に立っていた人物を案内してくる。生徒の母親。来客にすら気がつかなかったなんて……こんなことではいけない。
「お待たせして申し訳ございません、さあ、どうぞこちらへ」
「いえ、こちらこそ急に来てしまって。先生、お忙しいのに……」
「ユタカくんの件ですよね? ずっと気にはなっていたんです。その後、ご様子はいかがですか?」
顔色の悪い母親がやっと腰を下ろす。高辻ユタカの母親。ユタカは今年、中学2年になるはずだ。有名私立中学の入試に合格したものの、その学習スピードについていけなくなり、1年の終わりには地元の公立中学に編入した。
ところが、編入してすぐにひどいいじめに遭うようになった。小学校のときにユタカが散々まわりに「俺は頭が良いからおまえらとは違うんだ」「おまえらみたいな馬鹿が行くような学校には行かない」と吹聴していたことが原因だった。
音楽で使う笛や体育館シューズを誰かに隠されるというようなことから始まり、黒板に名指しで「馬鹿」「しね」などの落書きをされたり、机の中にゴミや虫の死骸を詰め込まれたり。やがてクラスメート全員から公然と無視をされるようになり、2年生の夏休みが始まる前あたりからは学校に通えなくなってしまった。
マヤが初めてユタカに会ったのは今年の5月だった。学校を休みがちになったユタカを心配して、母親が個別の塾ならまわりを気にせずに通えるだろうと考えて連れてきたのだ。
運動をしていないせいか肌の色が青白くぽっちゃりとした体型で、子供たち特有の元気さや愛らしさが微塵もない。母親のことも、マヤのことも、まわりにいる自分以外のすべての人間を見下したような目。マヤからの問いかけに対して、鼻で笑うような傲慢な態度。実際に公立中学でのテストの成績だけを見ると、ほとんどの科目が満点だった。
「僕はあんな馬鹿どもとは違う。私立中学をやめたのも、勉強についていけなかったからじゃない。校風が自分に合わなかったからだ。無理して通うほどの場所じゃないから、こっちからやめてやったんだ」
真っ赤なウソ。精一杯の虚勢。不遜な態度に似合わない幼い声。本当はテストのたびごとに点数が下がり続け、学校側から暗に公立への編入を迫られた。母親が後から申し訳なさそうに教えてくれた。
ユタカは塾にも最初の数回来ただけで、あとは姿を見せなくなった。同じ中学の生徒が5人ほどいたからだ。同級生たちはユタカの姿を見ると、あからさまに嫌そうな態度を見せ、ユタカ自身も青白い顔をさらに蒼白にして居心地悪そうに視線をさまよわせていた。
担当した講師は雪村と久保田。塾にも顔を見せなくなったユタカのために、マヤと講師たちで相談しながらちょっとした手紙を書き、宿題用のプリントを作って週に1度のペースで自宅に郵送している。
「先生方の送ってくださるお手紙、あれだけは本当に嬉しそうに読んでいたんです……」
「ああ、それはよかったです。ご迷惑ではないかと思いながら送らせていただいていたので」
「迷惑だなんて、とんでもない。あの……でも、もう……」
まわりの視線を気にするように顔を伏せ、目を真っ赤にしながら母親が嗚咽を漏らした。
「あの、大丈夫ですか? ユタカくん……」
「あの子、一昨日……自分の部屋で首を吊ろうとしたんです……幸い、隣の部屋にいた兄が物音に気付いて大事には至りませんでしたが……」
かける言葉が見当たらなくなる。仕事として割り切れる部分と、そうでない部分。心臓が握りつぶされるような痛み。母親はもう、ユタカに期待をかけるのをやめる、と泣く。
「わたしが……あの子を追い詰めたんです。小さいときから親戚の中でも何でも一番早くできるようになって……歩くのも、話すのも……自慢の子供だったんです……。小学校のときも、主人が卒業した学校と同じ私立中学に入らせるために勉強漬けで……勉強だけしかしてこなくて、いつのまにか他人の気持ちがわからない子になってしまって……」
「お母様が悪いわけじゃないと思いますよ、いろいろなことが重なってしまっただけで」
「いいえ、わたしがあの子に、今は勉強だけしていればいいって言い続けてきたから……あんなふうにいじめられて……学校にも何度も行ってみたんですが、親から見てもユタカの態度は目に余るものがあって……まわりの生徒さんは本当に普通のお子さんばかりでした……本当に、わたしのせいなんです……」
目の前でさめざめと泣く母親に対して、マヤの心が急速に冷めていく。本当に自分が悪いと思うのなら、1分1秒を惜しんでユタカの傍にいてやるべきではないのか。父親は海外に単身赴任中で、子育てが母親の肩だけに重くのしかかっているのはわかる。それでも、こんなところでマヤを相手にぐずぐずと言い訳をしていたって、何の解決にもならない。
こういう母親たちは教室の中でも少なくない。誰かに聞いてほしい、誰かに慰めてほしい。『あなたが悪いわけじゃないですよ』と許しの言葉をかけてほしい。
甘えるな、とマヤは心の中で吐き捨てる。自分が選んだ相手と、自分が望み、その手で育てた子供、そして自分で選んできた人生。どうしてそこに責任を持てないのだ。どうして誰かの言葉にすがろうとするのだ。言いようのない怒りがふつふつと湧きあがる。
ああ、やめよう。ここで弱っている母親にひどい言葉をぶつけたところで、それこそ何の解決にもならない。意識を切り替える。頭の中で携帯電話のアドレス帳をスクロールする。今夜は誰と遊ぼうか……素敵な大人の男たちの顔を思い浮かべる。蕩けるような甘い時間をイメージする。どす黒い怒りが消えていく。
まだ泣きながら何かを訴え続ける母親の声が耳を素通りし始める。ただ口をパクパクと動かしている金魚のように見えてくる。ひらりひらりと優雅に泳ぐ金魚たち。しょせんスポイルされたガラスケースの中から出ては生きられない。
ユタカの母親はそれから3時間近く言い訳とも愚痴ともつかないようなことを話し続け、最終的にマヤが今度ユタカの携帯電話に直接電話をして話してみるということで落ち着いた。
授業後に、ユタカの現状を久保田と雪村に話した。ふたりの表情がみるみる深刻になっていく。話の内容からいって、それも無理はなかった。
「そうですか……ユタカくん、本当に勉強は良くできるんですけどね。でも私立に合格したあたりから、なんていうか天狗になっちゃったのかな。糸が切れたみたいに、努力しなくなったらしいです。きちんとやればあの私立中学でもじゅうぶんついていけたと思うんだけど」
雪村がため息交じりに言う。そうですよね、と久保田が熱心に話しだす。
「彼の授業、ほんの何回かしかやってないんですけど、ものすごく呑み込みが早くて教える方も楽しかったんです。ただ、プライドがめちゃくちゃ高いから扱いが難しいというか……同級生に対しての態度はたしかに良くないけど、みんなと一緒にいるうちにだんだんわかってくると思います」
なぜか一緒に残っていた田宮も口を出す。
「うんうん、わたしもそう思う。受験で必要な知識だって、勉強しなくちゃ身につかないもんね。人間関係のことだって、実際に友達同士の中で触れ合って、喧嘩したりして、だんだん身についていくんだよ、きっと。だからさ、ちょっとずつでも学校に行けるようになるのが、一番いいんだろうなあ」
「でも自殺なんて……そこまで思いつめるくらいなら、学校なんて行かずに家にいた方がまだいいのかな」
「それじゃ解決にならないわよ。大人になってもずっとひきこもりなんて、本人も家族もたまったもんじゃないし」
「そんな極論を言ってるわけじゃないでしょう? 緊急避難的な意味合いで、しばらくの間だけ学校にいかないっていうのも選択肢のひとつかなって思うだけよ」
「馬鹿ね、そんなことしてる間にタイミング逃して、結局ひきこもりになっちゃうんだって。だいたいさ、ちょっとしたいじめくらい、大人になっても会社だってどこだってあるんだから。ある程度いまのうちに我慢して耐性つけておかなきゃ、どうするんだって話よ」
「た、田宮先生、さすがに僕もそれは暴論だと思います、今回も無理して学校行かせようとして自殺未遂になっちゃったんだし……」
3人が喧嘩でも始めそうな勢いになってきたので、マヤは慌てて間に割って入った。それも生徒への気持ちがあればこそなので、ありがたいことではあるのだけれど。
「あー、とりあえず今日はそこまで。一緒に考えてくださってありがとうございます。また、ユタカくんと直接お話ししてみてどんな感じだったか、先生方にお伝えしますね。さあ、今日はもう遅いし帰りましょう」
田宮と雪村は熱くなりすぎたことを詫び、それでもやっぱりユタカのことが心配だと言いながら帰っていった。
最後に残った久保田は、マヤの正面に突っ立ったまま、大きな体でもじもじしている。その姿があまりにもおかしくて、思わずマヤは笑ってしまった。
「あはは、何やってんの? 久保田くん。ほら、もう遅いから帰らなくちゃ」
赤い顔をして、意を決したように久保田が大きな声を出す。
「や、あの、えっと、その……デ、デートに、お誘いしたいんですけど……えっと、今度の日曜日、あの、映画とか……どうでしょうか。お疲れだと思うんで、その、長い時間じゃなくてもいいんで……」
「映画? うん、いいよ。もしも急に仕事で呼び出しが入ったらキャンセルするかもしれないけど、そうじゃなかったら今のところは予定も無いし」
「ほ、ほんとですか!? うわあ、嬉しいなあ、じゃ、じゃあ、あの、また時間とか決まったらお伝えします」
「うん、お疲れ様。気をつけて」
「は、はい! お疲れさまでした!」
足取りも軽くドアから出ていく久保田を見送りながら、マヤはまるで生徒のひとりを見ているように微笑ましく感じた。
まだ学生の久保田。純情過ぎる彼ではマヤの相手はつとまらない。傷つけたくない。深く踏み込んではいけない。義理を果たすつもりで一度だけつきあって、それでうやむやにするつもりだった。今は相手が誰だったとしても、恋愛をするほど心に余裕が持てない。体だけの付き合いがちょうどいい。
体だけ、と考えて、ふいに部長の声がフラッシュバックする。電話越しの部長の声。ねっとりと絡みつくようないやらしい話し方。
『どうすればいいか、たっぷり教えてやるからな……』
背筋がぞくりとする。言外に含まれた意味。『社長に好きなようにさせているんだから、俺にも抱かせろ』……この上まだ部長にまで体を差し出すのは勘弁してほしい。それに、社長はマヤに高額な給料というわかりやすい見返りをくれるが、部長はマヤに何ひとつ与えてくれるわけじゃない。
きちんと企画書をみてもらえば済む話なのだから、プリントアウトしたものを持参してしっかり説明すればいい。それでも受け取って無いと言い張るのなら、そのときは堂々と社長に抗議しよう。マヤはそれ以上深く考えるのをやめ、携帯電話を取り出した。
ふと思いついて、ユタカと同じ中学に通う生徒の父親に連絡を取ってみる。生徒の名は松山サトシ。中学2年生で、成績は中の上。いつも明るく元気、典型的な中学生男子。サトシのところも、入塾の申し込みや懇談を含めてすべて父親が対応している。父親は祖父の代からの会社経営、母親の影は薄い。塾を訪れる母親たちの噂話を繋ぎ合せると、家庭を放って若い男と遊び呆けているらしい。
「もしもし、水上です。松山さん?」
『ああ、久しぶり。なんだ、今日はサトシの件か? それとも、夜のお誘い?』
「両方です。今夜はお忙しいですか?」
『いや、別にかまわない、まだ職場なんだ。少し待ってもらえれば行けるけど、両方っていうのが気になるな……サトシに何かあったのか?』
「いえ、サトシくんのお友達のことなんです。サトシくんはいつも通り元気いっぱいですよ」
『そうか。あいつはあんまり勉強もできないし、親にも反発してばかりで手を焼いているんだ。まあ、元気ならそれでいいかと思うようにしているけどね』
待ち合わせの場所を決め、出来るだけ早く行くから、と松山は慌ただしく電話を切った。
誰もいない教室で、マヤは鏡を見ながら髪をほどき、化粧の崩れを整え、スーツとシャツを脱いで、窮屈な下着を外した。灰色のロッカーに備え付けられた鏡に全裸のマヤが映る。形よく盛り上がった乳房、細い腰、滑らかな肌に肉づきの良い尻。男たちが群がるマヤの体。
今夜はどんなふうに可愛がってもらえるのだろう。体の奥の方が疼き始める。くたくたに疲れているはずなのに、食欲も無く体力の限界に近付いているはずなのに、それでも部屋に戻って休む気にはなれなかった。
松山は社長と同じように下着をつけない姿を好む。素肌の上にスカートをはき、シャツとジャケットを羽織る。締めつけられない解放感が気持ちいい。乳首にシャツの生地が触れるだけで声が出そうになる。全身が敏感になり、明確に男を求め始める。
肌の上を執拗に動き回る松山の指を思い出しながら教室を施錠し、マヤは待ち合わせ場所へと向かった。
その場所は、教室のあるエリアから電車で20分ほどの場所にある公園だった。川沿いにある公園は広く、市の方針か何かで様々な種類の植物が植えられている。花も木も見ているだけで楽しめるその場所は、昼間は散歩コースとして、夜は恋人たちのデートスポットとして有名らしい。
公園の入口に着くと、もう先に松山が到着していた。濃紺のスーツに磨き込まれた革靴。少し癖のある茶色の髪。松山は父親たちの中では比較的若い。まだ30代のその体からは、いつ会っても溢れんばかりの精力が伝わってくる。
「本当に久しぶりだね。君の方から電話をくれるなんて珍しいな……ああ、食事は済ませた? もしもまだだったら、この近くに遅くまでやっているイタリアンの店があるんだけど」
白い歯を見せて楽しげに笑う松山の顔は少年のように幼く見え、とても中学生の子供がいるようには思えない。年若い社長は会社の女の子たちにも人気があるらしい。きっと影で何人もの女が涙を流していることだろう。
「いいえ、ちょっと食欲が無くて。少しだけ、最初にサトシくんに関係することをお話しておきたいんです」
「なんだか元気が無いみたいだけど、大丈夫? 仕事のことで悩んでいるのかな? 僕にできることなら力にならせてもらうよ」
「ありがとうございます。実は、サトシくんの学校のお友達のことなんですが……」
松山は話を聞きながら、マヤの手をとってゆっくりと公園の奥にあるベンチへと歩いていった。湿った土の匂いと植物が発する緑の香り。まだ寒いというほどではないが、ときおり吹き抜ける風がひんやりと感じられる。
ベンチを軽くハンカチで拭ってから松山はマヤに座るように促し、自分もマヤにぴったりと身を寄せるようにしてそこに腰を下ろした。何本かの大きな木の陰になる場所で、まわりの視線がうまく遮られている。
高辻ユタカの話を続けるうちに、松山は眉根をよせて表情を曇らせた。クラス単位でのいじめ、不登校、そして自殺未遂。その衝撃的な話に自分の息子が関係しているとなれば、この反応は親として当然なのかもしれない。
「……という話をユタカくんのお母様からお聞きしたんです。今回の場合は、いじめられる側に良くないところがあったと思いますし、いじめる側にもそれなりの理由があったと思います。サトシくんは特にユタカくんを毛嫌いしていたようなので、もしもチャンスがあればおうちでサトシくんに少しお話を聞いてみていただけないかと思って……」
「なるほど。ただ、あの年代の子供たちは親の言うことなんて聞きやしないと思うけどね。でもまあ、理由はどうあれ……万が一、サトシが原因で誰かが本当に死んでしまうようなことになったら辛いのは本人だもんなあ。うーん、様子を見て一度話してみるよ」
「ありがとうございます。お仕事でお疲れのところ、こんなことお願いして申し訳ありません」
「いや、いいよ。むしろそういう話が学校側からなぜ出てきていないのか、そっちのほうに不信感を持ってしまう。これからも何でも言ってくださいよ、先生……ところで」
松山がマヤの肩に手を回し、自分の方へと抱きよせた。大きな手が細い肩をつかむ。耳元に唇がよせられる。熱い吐息。小さく囁くような声。人の良さそうな表情は影を潜め、サディスティックな笑みが浮かぶ。
「いつまで先生ぶってんの? そんな硬い言葉でオハナシするためだけに僕を呼び付けたわけじゃないんでしょ?」
「あっ……」
あいているほうの手がジャケットのボタンを外す。シャツの上から下着を着けていない胸に触れる。そのふくらみの尖端を強く抓られる。体が痺れる。スカートの奥はすでにぐっしょりと濡れている。マヤはもう動くことができない。
「ちゃんとブラ外してくるなんて、いい子だね。なに? 欲求不満で元気無いの?」
「キス……して……」
むしゃぶりつくような激しいキスが与えられる。シャツの胸元を強引に押し広げて指が侵入してくる。その指先で何度も乳首を弾かれる。息ができないほどに興奮してしまう。真夜中の公園、誰かに見られるようなことはまずない。それでも、こんなところで恥ずかしいことをしようとしている自分を思うと、体の中に生まれた疼きが否応なしに昂ぶっていく。マヤは自ら松山の膝の上にまたがり、今度は自分から貪るように唇を重ねた。
松山の呼吸が荒くなる。マヤの尻の下で、松山の男の部分が熱く固くなっていく。
「すごいね、こんなに積極的なマヤは初めてじゃないかな……前は外でするの嫌がってたのに。このまま続けていい?」
「いいの……もっとして……」
公園の木々が風にざわめく。枝の隙間には闇夜に美しく輝く月。降り注ぐ白い光を浴びながら、マヤは松山の頭を自分の胸の谷間に押し付けるようにして強く抱いた。鎖骨のあたりから乳房のまわりへと舌を這わせながら、松山がため息を漏らす。
「君は……夜が良く似合うね……昼間とは別人のように綺麗になる……」
「綺麗……? 本当に? ……ああっ」
乳首を咥えながら、足の間に手を伸ばしてくる。その指はマヤの気持ちいい場所をきちんと知っている。割れ目の端から端までを丁寧に撫で、陰部のその奥を突き上げる。もっと欲しい。もっと奥まで。腰を揺らしながら、衣服が地面に落ちるのもかまわずに背中をのけぞらせて喘ぐ。
指が抜かれる。代わりに熱く猛ったモノが押し当てられる。マヤはそれをスムーズに受け入れる。その松山自身を伝って愛液がだらしなく流れ落ちる。マヤの中の広さを確かめるように、それはひどくゆっくりと入ってくる。その間にも指先は黒い茂みをかきわけて小さなつぼみを探り当て、つまみ、撫で、ねじり上げて刺激する。
「やっ、そんなふうにしちゃ……んっ……!」
「かわいいね。こんな風に欲しくて欲しくて仕方が無いっていう顔されたら、どんな男もイチコロだろうな……」
「あっ、あっ……そこ……」
一番奥まで入ったところで、マヤは激しく腰を揺らせ、髪を振り乱して与えられる快楽に身を委ねた。火照った体に真夜中の外気が心地よい。月はどこまでも静かに、淫らな光景を見下ろしている。疲れもストレスも吹き飛んでいく。
闇にまぎれて絡み合うふたり。激しいセックス。夢中でお互いを求め合うふたりは、植え込みの陰で小さく光ったフラッシュにも、食い入るように見つめている人影にも、気付くことはできなかった。
(つづく)