はいどうも。前作のつづきでございます。
今回は完全女性向けにシフトしていってます。たまにはこういうのもいいかな☆
ではでは、ご興味ある方はどうぞ読んでやってください☆
↓↓↓
「し、社長……お疲れ様です。どうかなさいましたか?」
ぼんやりとして立ち尽くす久保田を押しのけ、マヤは社長の傍に駆け寄った。社長、と聞いて久保田が慌てた様子で頭を下げる。
「いや、ちょっと近くまで来たんだがな、まだ教室の電気がついているようだったから寄ってみただけだ。もう遅いぞ、まだ帰らないのか?」
「ええ、もうすぐ教室を閉めるところです。ご心配をおかけして申し訳ありません」
社長の視線は頭を下げた姿勢で固まっている久保田に注がれたままだった。その目は、暗に『こいつとはどういう関係だ』と詰問していた。
「あ、彼は去年からこちらの教室に配属になった講師です。今日は生徒の指導方法での打ち合わせが長引いてしまって……」
久保田が顔をあげ、背筋を伸ばし、張りのある声で挨拶をした。人の良さそうないつもの笑顔。
「久保田です。いつも水上先生には本当にお世話になっています。よろしくお願いします」
久保田の名前を聞いて社長の表情が少し緩む。彼が担当した生徒でクレームが出たことは一度も無く、担当生徒のほぼ全員が驚くほど成績が上がり、志望校に合格している。この会社のすべての教室の中でもトップクラスの成果を出し、久保田の名前は他教室の社員の間でも有名だった。
「ああ、君が久保田くんか。評判は聞いているよ。いつも良く頑張ってくれているらしいじゃないか……さ、今日はもう遅い。早く帰りなさい」
「あ、はい……」
久保田が遠慮がちにマヤのほうに視線を向ける。マヤは無言でうなずき、帰るように促した。足元に置いていたリュックを肩に担ぎ、久保田は「お先に失礼します。お疲れさまでした」と追い立てられるように教室を出て行った。
「ふうん、真面目そうな子じゃないか。しかし、あれはうちの会社にとって商品みたいなもんだからなあ、商品に手を出すのは感心しないぞ……おまえ、もうあいつと何発かヤッたのか」
久保田が階段を駆け下りていく足音を確認してから、社長が強引にマヤを抱きすくめた。身を捩ってそこから逃れようとしても、大柄な社長の太い腕はびくともしない。歪んだ口元から煙草と酒の匂いが強く漂ってくる。昼間の会議の後に抱かれたばかりなのに、1日のうちに2度もこんな目に遭うのはさすがに我慢できない。
「や、やめてください、教室では困ります……お願いします……」
「答えろよ、あいつとはもう寝たのか?」
酔っているのか、異様な力の強さでシャツの胸元を引き裂かれた。弾け飛んだボタンが床の上で転がる。両肩をつかんで事務机の上に押さえつけられる。体の上に社長の大きな体がのしかかる。
「久保田くんはただのアルバイトです、そんな関係じゃありません! もう、お願いします、ここではやめてください……っ!」
「ああ、いいな、その嫌がる顔。おまえのそういう顔を見せられるとな、ほら、触ってみろ、すぐ勃っちまうんだよ……ま、誰と寝るのも好きにするがいい。でもな、こうやって俺がやりたいって言うときには黙ってやらせろよ、な?」
「だめ……っ、もし、誰か来たらどうするんですか……こんな……」
「こんな真夜中に誰が来るっていうんだ? あぁ? おまえは俺のいうことだけきいてりゃいいんだよ……お母さんの治療、まだ先は長いんだろう?」
胸に食い込む社長の指、千切れるほどの勢いで脱がされる下着。抵抗する気力が無くなる。頭に母親の顔が浮かぶ。マヤの反応などお構いなしに、社長の怒張したものが足の間を割って侵入してくる。動物のような咆哮。激しく打ち付けられるそれに、痛みも快楽も感じない。事務机がきしむ。振動でペン立てが倒れる。銀色のペーパーナイフが光る。これで社長の胸を突き刺せば、さぞかし愉快な気持ちになれるだろう。
叶わない妄想を振り払う。自分さえ我慢すれば、必要な金は手に入る。社長はマヤの弱み……母親のことを知っている。体を差し出しさえすれば、仕事上の実績がどうだろうが給料は下げないと約束してくれている。おかげで母親にはじゅうぶんな治療を受けさせることができる。それでも感謝などできない。できるわけがない。
「あ、あっ……」
社長の舌が首筋から胸へと這う。乳首を執拗にべちゃべちゃと舐め、強く吸いあげる。膣内に挿入されたペニスは、その内部でさらに大きさを増していく。社長の荒々しい動きにクリトリスも擦りあげられ、マヤの体が反応する。
「感じてないフリなんかやめろよ? ほら、気持ちいいんだろうが……こんなぎゅうぎゅう締め付けてきて……教室の方がよけいに感じるってか? ん?」
「いやっ……やめ……てっ……」
「ふん、なにしろおまえは本社で他の男と乳繰り合うような淫売だもんなあ? 週に1回ぐらい可愛がってやるんじゃ物足りないんだろ? なあ、良かったな、今日は昼間と夜と2回も俺のが咥え込めて……」
「あのひととは……そんなこと、してません……誤解だって、何度も……ああっ」
「誤解? たまたま俺が見つけたから、キスだけで止まってただけじゃねえか。あのまま放っておいたら今にもおっぱじめそうな雰囲気だったぜ? あん?」
腰を押さえつけられ、また奥深くまで突きあげられる。軽い痙攣と共に意識を失いそうになる。目を閉じる。体の感覚を意識から追い出す。母親のことを考える。
父親がいなくても悲しい思いをしないで済むように、と母親はその愛情をすべてマヤに注いでくれた。再婚の話があっても、きっとマヤが受け入れられないだろうという理由で断り続けた。贅沢な暮らしでは無かったが、母親はマヤが必要とするものなら何でもきちんと買い与えてくれた。私立大学の高額な学費にも嫌な顔ひとつしなかった。だから、マヤは母親が倒れるまで、自分の家が実は貧しく毎月ぎりぎりの生活費しかなかったのだということすら知らなかった。
目を開ける。社長はまだ恍惚の表情で、酔っ払いの戯言なのかわけのわからないことを呟きながら腰を振っている。その動きに合わせて揺れる自分の体が、他人のものであるかのように感じた。中身が空っぽの性人形。再び目を閉じる。
母親が倒れたのは、マヤが大学を卒業した春、この会社に就職した直後だった。それまで少々体調が悪くとも病院に行こうとしなかった母親を、引き摺るようにして近所の病院に連れて行った。いくつかの検査を受けた後、都市部にある大きな病院を紹介された。そこで精密検査を受け、入院が決まり、数十万人にひとりの難しい病気であることを知らされた。完治する見込みは無い。治療をやめれば、母親の命はそこで尽きてしまう。砂漠に水を撒き続けるような虚無感。それでも、たったひとりの身内でもある母親を見捨てることはできない。
マヤの中で社長が軽く震える。腰を深く沈みこませてくる。
「おおっ……いく、いくぞっ……うっ……」
体の中心に熱いものが放出される。軽い痙攣が続く。何度か腰を振った後、社長がずるりとペニスを引き抜く。マヤは動く気にもなれず、ぐったりと事務机の上に体を横たえたまま満足げな社長の顔を見上げた。
「ああ、今日は取引先の接待があってな。飲んだ帰りにおまえを抱くというのもいいもんだな……じゃあ、また来週本社で会えるのを楽しみにしてるぞ」
ズボンを上げてネクタイを締め直し、社長はさっさと教室を出て行った。視線だけを移動させて壁に掛った時計を見る。時刻は午前1時を過ぎている。スカートのポケットを探り、今日の仕事終りに会う予定だった男に「急に体調が悪くなったので会えない」と断りのメールを入れる。すぐに『大丈夫? また連絡待っているよ』と短い返信。手の力を抜く。携帯電話が床に落ちる。
10月も後半の真夜中、外気がぐんぐんと冷えていくのがわかる。はだけた胸、破れたスカートの隙間からひんやりとした空気が心地良い。教室の白い天井が眩しく感じる。涙が一筋だけ流れた。
テスト結果の確認、進路懇談、冬期の企画……翌日からの仕事内容を頭の中で追っていく。少しずつ気持ちが落ち着いてくる。明日も午前中からやるべきことが詰まっている。そろそろ帰らなくちゃいけない。体を起こそうとしたとき、静かに教室のドアが開いた。
「えっ……?」
こんな時間に来客などあるはずがない。社長が戻って来たのか、それとも関係を持っている父親のひとりが訪ねてきたのか。一瞬の間にあらゆる可能性がよぎる。
「すみません、あの……」
頼りない声と共に顔をのぞかせたのは、さっき帰ったはずの久保田だった。マヤは慌てて起き上り、反射的に両腕で胸を隠した。
「く、久保田くん……どうして? 帰ったんじゃなかったの?」
「……えっ!? 先生、それ、どうしたんですか!?」
久保田は驚いた顔でマヤに駆け寄り、自分の着ていたジャケットを脱いでマヤの体を隠すように被せた。うっすらと汗の匂いがするそれは暖かくマヤを包み込み、涙腺を刺激した。涙を見せないように顔を背ける。
「ま、まさか、さっきの社長に……? いや、あの、さっき帰る前に、先生がすごく不安そうな顔してたから気になって……すみません、なんか、僕……」
「……いいの。これは、わたしの問題なの。放っておいて」
「えっ、でも……」
「放っておいてって言ってるでしょう!? ねえ、こんなところ誰にも見られたくなんか無いのよ、それくらいわからないの?」
「す、すみません、すみません……」
久保田のほうに視線を戻すと、彼はいかにも申し訳なさそうに床に正座して顔を伏せていた。大きな厚みのある肩が小刻みに震えている。きっと、本当にどうしていいのかわからないのだろう。マヤは立ち上がり、涙を拭ってできるだけ優しい声を出した。ちょうど、小学生にでも語りかけるように。
「こちらこそ、ごめんね。こんな格好見られて、ちょっと焦っちゃったのよ……久保田くんが悪い訳じゃないわ。ねえ、あれからずっと外で待っていたの? 寒かったでしょう?」
顔を伏せたままで久保田が小さな声で答える。
「いえ、あの、隣のコンビニで雑誌とか読みながら……それで、社長が出て行くのが見えたから、まだ先生がいるんだったらお腹すいてるかなって思ったんで……」
おずおずとコンビニのマークが入った白い袋を持ち上げ、マヤに差し出した。中には缶コーヒーに肉まん、惣菜パン、プリンなどが無造作に詰め込まれていた。薄紙に包まれた肉まんからいい匂いが漂ってくる。こわばっていた顔の筋肉が緩む。場違いな笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、こんなにたくさん? 真夜中にこんなに食べたら太っちゃうじゃない」
「いえ、これは、その……僕も一緒に食べようかな、なんて……」
「わかった、一緒に食べようか。ありがとう。でもその前に着替えるから、ちょっとだけ待っていて」
「は、はい! すみません、ほんと、僕……」
今度は耳まで赤くなった久保田をその場に残し、マヤはスタッフ用のロッカールームで予備のTシャツとスーツに着替えた。破れたシャツとスカートをロッカーの棚に投げ込み、鏡で涙の跡を丁寧に拭いて軽くファンデーションをはたいた。
マヤが着替えを済ませて戻ってきても、まだ久保田は同じ正座した姿勢のままで固まっていた。なんて不器用で、真面目な子。今度は満面の笑顔で久保田の顔をのぞきこんだ。
「もういいわよ。ほら、いつまでもそんなところに座っていたら、せっかくのスーツがシワシワになっちゃう。こっちに座って一緒に食べよう、ね?」
「はい、すみません……」
「もう謝らなくていいってば。それより、わたしはこの袋の中身のどれを食べたらいいの?」
「あっ、そうだ、えっとこっちの大きいほうが『期間限定の豚の角煮まん』で、こっちが『えびチリまん』……僕はどっちでもいいです。先生がすきなほう選んでください、それからコーヒーが先生ので、ココアが僕ので、あとプリンは2個あるからひとつずつ……この『窯出しプリン』がまた先月発売されたばっかりなんですけど、めちゃくちゃ美味しいんですよ、それから……」
大げさな身振りを添えて熱心に商品の説明をする様子がおかしくて、マヤは飽きずに久保田の説明を聞き続けた。年齢はさほど違わないはずなのに、なんだか我が子を見ているような気持ちになる。大学に入ってからひとり暮らしを始めたという久保田の食生活は、ほとんどコンビニと学食に支えられているらしい。
「ねえ、普段からこういうのばっかり食べてるの? 料理とか、しないの?」
「はい、料理とか掃除とか苦手なんです、本当に。学部生の頃からずっと実験で忙しかったし、空いた時間はバイトしてるし、部屋にいる時間はゲームとかパソコンやってたらあっという間に過ぎちゃうし……」
「なるほど、久保田くんらしいなあ……そうだ、さっき帰り際に言ってたじゃない、友達に女の子紹介してもらうとか何とか。恋人に料理作ってもらうって良いんじゃない?」
むしゃむしゃとパンを口に運びながら、久保田が少し間をおいてから答えた。食べるスピードが速い。コンビニの袋いっぱいに入っていた食べ物があっという間に消えていく。
「いやあ、仮に彼女がいたとしても、来てもらえるような部屋じゃないですし……それに、いまは自分のことで精一杯で、あんまりそういうの考えられないっていうか、はい、そんな感じです」
「そっか。でも久保田くんって一緒にいると安心できるところあるし、そのうちすごく素敵なひと見つかるよ」
「あ、あの、先生」
ココアを握りしめながら、意を決したように久保田が身を乗り出してきた。思わずマヤが一歩退く。
「なに? 怖い顔して」
「あの、僕とデートしたら楽しそうって言ってくれましたよね? あれ、本当にそう思いますか?」
「え?」
「その、僕がもし、先生をデートに誘ったら、OKしてくれますか?」
「デート、ね……」
まだ一度も女性と付き合ったことの無い久保田に対しては、生徒の父親たちを相手にするのと同じようにはいかない。何よりも、社長のことや自分の抱えるどろどろとした者の中に、久保田を巻き込みたくなかった。久保田がマヤに向ける気持ちは、どちらかといえば恋愛感情というよりも、年上の女性に対する漠然とした憧れのようなものではないか、とマヤは思う。真っ直ぐで純情なその気持ちを弄べるほど、悪い女にはなりきれない。
言葉を濁すマヤに、久保田がさらに身を乗り出して答えを求める。
「やっぱり、僕じゃダメなんですか? そりゃ、僕はまだ学生だし、先生は綺麗だから他にいっぱい男の人から誘いもあるかもしれないけど、でも僕は」
「ねえ、聞いて。さっき見たでしょう? 社長と何をしていたのか、わかってるんでしょう?」
「それは……はい……でも、何か事情があるんですよね? 少なくとも、僕には先生が楽しそうには見えなかったですし……」
久保田のどこまでも真っ直ぐな視線が肌に突き刺さるようで痛い。とにかくその視線を振り払いたい思いで、マヤは必死になって言葉を吐き捨てた。
「久保田くん、君は本当に何にもわかってない」
「先生……」
「社長のことだけじゃないの。教えて上げるわ、わたし、生徒の父親たちとも何度も寝ているのよ。あのね、久保田くんに思ってもらえるような、素敵な女じゃないの。汚れているの、もう、取り返しがつかないくらいに汚れているの……」
言葉にしてしまうと、自分でも予想できなかった悲しさが胸に広がった。汚れている、これ以上ないほどに。すべて自分が招いた事態であり、後悔はないはずだった。それなのにこんなにも悲しい。視界がぼやけ、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
ガタン、と大きな音を立てて久保田が立ち上がる。両方の拳を震えるほど強く握り締めて、耳まで真っ赤にして怒鳴る。
「先生は汚れてなんかいません! 僕はこの教室で先生のこと、いつも見てきました。子供たちだって、先生がいるから楽しくここに通ってきているんじゃないですか……先生の笑っている顔、僕は大好きです。僕は何にもできないかもしれないけど……先生がそんな悲しそうな顔しているとき、ちょっとでも支えになりたいって思うのは、変ですか? おかしいですか?」
「久保田くん……」
「先生のこと、僕はまだ全然わかってないかもしれません。でも、誰とどんなことをしていたとしても、僕は先生が……いや、あの、先生の力になりたいって思うんです。それでも嫌だっていうんなら、あきらめます。もし、僕のこと嫌じゃなかったら……今度、いつでもいいんで一緒に遊びに行きませんか?」
「何回言わせるの!? わたしは君にそんなふうに言ってもらえるような資格ないって……」
「僕も先生のこと何にもわかってないかもしれません。でも、きっと先生も僕のこと、何にもわかってないですよ」
久保田の言葉がじんわりと胸に染み込んでくる。無理にマヤに近付こうとはせず、一定の距離を保ったままで必死に話す様子がいかにも純情で、眩しかった。マヤは深くため息をついて、ふっと力無く笑った。
「もう……久保田くんってこんなに強引な子だったっけ? もっと奥手でおとなしい子だと思っていたわ」
「ええっ、強引でしたか? す、すみません、あの、なんか必死になっちゃって……」
「負けた、今日のところは久保田くんの勝ち。それで、今度どこに遊びに連れて行ってくれるって? 楽しみにしてるわ。そのとき、またゆっくり話しましょう……その代わり、教室ではこれまで通り頑張ってね」
「も、もちろんです! 先生の都合の良い日を教えてください。そしたら僕、その日に合わせて遊びに行く場所とか考えますんで……でもあんまりオシャレな場所とかわかんないんで、すみません」
頭を掻きながら照れ笑いをする久保田を見ながら、ほんの一瞬、久保田とふたりで歩む未来を夢想した。穏やかにお互いを思いやり、慈しみながら過ごしていく時間……それが決してあり得ない未来であることを知りながら。
(つづく)
今回は完全女性向けにシフトしていってます。たまにはこういうのもいいかな☆
ではでは、ご興味ある方はどうぞ読んでやってください☆
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「し、社長……お疲れ様です。どうかなさいましたか?」
ぼんやりとして立ち尽くす久保田を押しのけ、マヤは社長の傍に駆け寄った。社長、と聞いて久保田が慌てた様子で頭を下げる。
「いや、ちょっと近くまで来たんだがな、まだ教室の電気がついているようだったから寄ってみただけだ。もう遅いぞ、まだ帰らないのか?」
「ええ、もうすぐ教室を閉めるところです。ご心配をおかけして申し訳ありません」
社長の視線は頭を下げた姿勢で固まっている久保田に注がれたままだった。その目は、暗に『こいつとはどういう関係だ』と詰問していた。
「あ、彼は去年からこちらの教室に配属になった講師です。今日は生徒の指導方法での打ち合わせが長引いてしまって……」
久保田が顔をあげ、背筋を伸ばし、張りのある声で挨拶をした。人の良さそうないつもの笑顔。
「久保田です。いつも水上先生には本当にお世話になっています。よろしくお願いします」
久保田の名前を聞いて社長の表情が少し緩む。彼が担当した生徒でクレームが出たことは一度も無く、担当生徒のほぼ全員が驚くほど成績が上がり、志望校に合格している。この会社のすべての教室の中でもトップクラスの成果を出し、久保田の名前は他教室の社員の間でも有名だった。
「ああ、君が久保田くんか。評判は聞いているよ。いつも良く頑張ってくれているらしいじゃないか……さ、今日はもう遅い。早く帰りなさい」
「あ、はい……」
久保田が遠慮がちにマヤのほうに視線を向ける。マヤは無言でうなずき、帰るように促した。足元に置いていたリュックを肩に担ぎ、久保田は「お先に失礼します。お疲れさまでした」と追い立てられるように教室を出て行った。
「ふうん、真面目そうな子じゃないか。しかし、あれはうちの会社にとって商品みたいなもんだからなあ、商品に手を出すのは感心しないぞ……おまえ、もうあいつと何発かヤッたのか」
久保田が階段を駆け下りていく足音を確認してから、社長が強引にマヤを抱きすくめた。身を捩ってそこから逃れようとしても、大柄な社長の太い腕はびくともしない。歪んだ口元から煙草と酒の匂いが強く漂ってくる。昼間の会議の後に抱かれたばかりなのに、1日のうちに2度もこんな目に遭うのはさすがに我慢できない。
「や、やめてください、教室では困ります……お願いします……」
「答えろよ、あいつとはもう寝たのか?」
酔っているのか、異様な力の強さでシャツの胸元を引き裂かれた。弾け飛んだボタンが床の上で転がる。両肩をつかんで事務机の上に押さえつけられる。体の上に社長の大きな体がのしかかる。
「久保田くんはただのアルバイトです、そんな関係じゃありません! もう、お願いします、ここではやめてください……っ!」
「ああ、いいな、その嫌がる顔。おまえのそういう顔を見せられるとな、ほら、触ってみろ、すぐ勃っちまうんだよ……ま、誰と寝るのも好きにするがいい。でもな、こうやって俺がやりたいって言うときには黙ってやらせろよ、な?」
「だめ……っ、もし、誰か来たらどうするんですか……こんな……」
「こんな真夜中に誰が来るっていうんだ? あぁ? おまえは俺のいうことだけきいてりゃいいんだよ……お母さんの治療、まだ先は長いんだろう?」
胸に食い込む社長の指、千切れるほどの勢いで脱がされる下着。抵抗する気力が無くなる。頭に母親の顔が浮かぶ。マヤの反応などお構いなしに、社長の怒張したものが足の間を割って侵入してくる。動物のような咆哮。激しく打ち付けられるそれに、痛みも快楽も感じない。事務机がきしむ。振動でペン立てが倒れる。銀色のペーパーナイフが光る。これで社長の胸を突き刺せば、さぞかし愉快な気持ちになれるだろう。
叶わない妄想を振り払う。自分さえ我慢すれば、必要な金は手に入る。社長はマヤの弱み……母親のことを知っている。体を差し出しさえすれば、仕事上の実績がどうだろうが給料は下げないと約束してくれている。おかげで母親にはじゅうぶんな治療を受けさせることができる。それでも感謝などできない。できるわけがない。
「あ、あっ……」
社長の舌が首筋から胸へと這う。乳首を執拗にべちゃべちゃと舐め、強く吸いあげる。膣内に挿入されたペニスは、その内部でさらに大きさを増していく。社長の荒々しい動きにクリトリスも擦りあげられ、マヤの体が反応する。
「感じてないフリなんかやめろよ? ほら、気持ちいいんだろうが……こんなぎゅうぎゅう締め付けてきて……教室の方がよけいに感じるってか? ん?」
「いやっ……やめ……てっ……」
「ふん、なにしろおまえは本社で他の男と乳繰り合うような淫売だもんなあ? 週に1回ぐらい可愛がってやるんじゃ物足りないんだろ? なあ、良かったな、今日は昼間と夜と2回も俺のが咥え込めて……」
「あのひととは……そんなこと、してません……誤解だって、何度も……ああっ」
「誤解? たまたま俺が見つけたから、キスだけで止まってただけじゃねえか。あのまま放っておいたら今にもおっぱじめそうな雰囲気だったぜ? あん?」
腰を押さえつけられ、また奥深くまで突きあげられる。軽い痙攣と共に意識を失いそうになる。目を閉じる。体の感覚を意識から追い出す。母親のことを考える。
父親がいなくても悲しい思いをしないで済むように、と母親はその愛情をすべてマヤに注いでくれた。再婚の話があっても、きっとマヤが受け入れられないだろうという理由で断り続けた。贅沢な暮らしでは無かったが、母親はマヤが必要とするものなら何でもきちんと買い与えてくれた。私立大学の高額な学費にも嫌な顔ひとつしなかった。だから、マヤは母親が倒れるまで、自分の家が実は貧しく毎月ぎりぎりの生活費しかなかったのだということすら知らなかった。
目を開ける。社長はまだ恍惚の表情で、酔っ払いの戯言なのかわけのわからないことを呟きながら腰を振っている。その動きに合わせて揺れる自分の体が、他人のものであるかのように感じた。中身が空っぽの性人形。再び目を閉じる。
母親が倒れたのは、マヤが大学を卒業した春、この会社に就職した直後だった。それまで少々体調が悪くとも病院に行こうとしなかった母親を、引き摺るようにして近所の病院に連れて行った。いくつかの検査を受けた後、都市部にある大きな病院を紹介された。そこで精密検査を受け、入院が決まり、数十万人にひとりの難しい病気であることを知らされた。完治する見込みは無い。治療をやめれば、母親の命はそこで尽きてしまう。砂漠に水を撒き続けるような虚無感。それでも、たったひとりの身内でもある母親を見捨てることはできない。
マヤの中で社長が軽く震える。腰を深く沈みこませてくる。
「おおっ……いく、いくぞっ……うっ……」
体の中心に熱いものが放出される。軽い痙攣が続く。何度か腰を振った後、社長がずるりとペニスを引き抜く。マヤは動く気にもなれず、ぐったりと事務机の上に体を横たえたまま満足げな社長の顔を見上げた。
「ああ、今日は取引先の接待があってな。飲んだ帰りにおまえを抱くというのもいいもんだな……じゃあ、また来週本社で会えるのを楽しみにしてるぞ」
ズボンを上げてネクタイを締め直し、社長はさっさと教室を出て行った。視線だけを移動させて壁に掛った時計を見る。時刻は午前1時を過ぎている。スカートのポケットを探り、今日の仕事終りに会う予定だった男に「急に体調が悪くなったので会えない」と断りのメールを入れる。すぐに『大丈夫? また連絡待っているよ』と短い返信。手の力を抜く。携帯電話が床に落ちる。
10月も後半の真夜中、外気がぐんぐんと冷えていくのがわかる。はだけた胸、破れたスカートの隙間からひんやりとした空気が心地良い。教室の白い天井が眩しく感じる。涙が一筋だけ流れた。
テスト結果の確認、進路懇談、冬期の企画……翌日からの仕事内容を頭の中で追っていく。少しずつ気持ちが落ち着いてくる。明日も午前中からやるべきことが詰まっている。そろそろ帰らなくちゃいけない。体を起こそうとしたとき、静かに教室のドアが開いた。
「えっ……?」
こんな時間に来客などあるはずがない。社長が戻って来たのか、それとも関係を持っている父親のひとりが訪ねてきたのか。一瞬の間にあらゆる可能性がよぎる。
「すみません、あの……」
頼りない声と共に顔をのぞかせたのは、さっき帰ったはずの久保田だった。マヤは慌てて起き上り、反射的に両腕で胸を隠した。
「く、久保田くん……どうして? 帰ったんじゃなかったの?」
「……えっ!? 先生、それ、どうしたんですか!?」
久保田は驚いた顔でマヤに駆け寄り、自分の着ていたジャケットを脱いでマヤの体を隠すように被せた。うっすらと汗の匂いがするそれは暖かくマヤを包み込み、涙腺を刺激した。涙を見せないように顔を背ける。
「ま、まさか、さっきの社長に……? いや、あの、さっき帰る前に、先生がすごく不安そうな顔してたから気になって……すみません、なんか、僕……」
「……いいの。これは、わたしの問題なの。放っておいて」
「えっ、でも……」
「放っておいてって言ってるでしょう!? ねえ、こんなところ誰にも見られたくなんか無いのよ、それくらいわからないの?」
「す、すみません、すみません……」
久保田のほうに視線を戻すと、彼はいかにも申し訳なさそうに床に正座して顔を伏せていた。大きな厚みのある肩が小刻みに震えている。きっと、本当にどうしていいのかわからないのだろう。マヤは立ち上がり、涙を拭ってできるだけ優しい声を出した。ちょうど、小学生にでも語りかけるように。
「こちらこそ、ごめんね。こんな格好見られて、ちょっと焦っちゃったのよ……久保田くんが悪い訳じゃないわ。ねえ、あれからずっと外で待っていたの? 寒かったでしょう?」
顔を伏せたままで久保田が小さな声で答える。
「いえ、あの、隣のコンビニで雑誌とか読みながら……それで、社長が出て行くのが見えたから、まだ先生がいるんだったらお腹すいてるかなって思ったんで……」
おずおずとコンビニのマークが入った白い袋を持ち上げ、マヤに差し出した。中には缶コーヒーに肉まん、惣菜パン、プリンなどが無造作に詰め込まれていた。薄紙に包まれた肉まんからいい匂いが漂ってくる。こわばっていた顔の筋肉が緩む。場違いな笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、こんなにたくさん? 真夜中にこんなに食べたら太っちゃうじゃない」
「いえ、これは、その……僕も一緒に食べようかな、なんて……」
「わかった、一緒に食べようか。ありがとう。でもその前に着替えるから、ちょっとだけ待っていて」
「は、はい! すみません、ほんと、僕……」
今度は耳まで赤くなった久保田をその場に残し、マヤはスタッフ用のロッカールームで予備のTシャツとスーツに着替えた。破れたシャツとスカートをロッカーの棚に投げ込み、鏡で涙の跡を丁寧に拭いて軽くファンデーションをはたいた。
マヤが着替えを済ませて戻ってきても、まだ久保田は同じ正座した姿勢のままで固まっていた。なんて不器用で、真面目な子。今度は満面の笑顔で久保田の顔をのぞきこんだ。
「もういいわよ。ほら、いつまでもそんなところに座っていたら、せっかくのスーツがシワシワになっちゃう。こっちに座って一緒に食べよう、ね?」
「はい、すみません……」
「もう謝らなくていいってば。それより、わたしはこの袋の中身のどれを食べたらいいの?」
「あっ、そうだ、えっとこっちの大きいほうが『期間限定の豚の角煮まん』で、こっちが『えびチリまん』……僕はどっちでもいいです。先生がすきなほう選んでください、それからコーヒーが先生ので、ココアが僕ので、あとプリンは2個あるからひとつずつ……この『窯出しプリン』がまた先月発売されたばっかりなんですけど、めちゃくちゃ美味しいんですよ、それから……」
大げさな身振りを添えて熱心に商品の説明をする様子がおかしくて、マヤは飽きずに久保田の説明を聞き続けた。年齢はさほど違わないはずなのに、なんだか我が子を見ているような気持ちになる。大学に入ってからひとり暮らしを始めたという久保田の食生活は、ほとんどコンビニと学食に支えられているらしい。
「ねえ、普段からこういうのばっかり食べてるの? 料理とか、しないの?」
「はい、料理とか掃除とか苦手なんです、本当に。学部生の頃からずっと実験で忙しかったし、空いた時間はバイトしてるし、部屋にいる時間はゲームとかパソコンやってたらあっという間に過ぎちゃうし……」
「なるほど、久保田くんらしいなあ……そうだ、さっき帰り際に言ってたじゃない、友達に女の子紹介してもらうとか何とか。恋人に料理作ってもらうって良いんじゃない?」
むしゃむしゃとパンを口に運びながら、久保田が少し間をおいてから答えた。食べるスピードが速い。コンビニの袋いっぱいに入っていた食べ物があっという間に消えていく。
「いやあ、仮に彼女がいたとしても、来てもらえるような部屋じゃないですし……それに、いまは自分のことで精一杯で、あんまりそういうの考えられないっていうか、はい、そんな感じです」
「そっか。でも久保田くんって一緒にいると安心できるところあるし、そのうちすごく素敵なひと見つかるよ」
「あ、あの、先生」
ココアを握りしめながら、意を決したように久保田が身を乗り出してきた。思わずマヤが一歩退く。
「なに? 怖い顔して」
「あの、僕とデートしたら楽しそうって言ってくれましたよね? あれ、本当にそう思いますか?」
「え?」
「その、僕がもし、先生をデートに誘ったら、OKしてくれますか?」
「デート、ね……」
まだ一度も女性と付き合ったことの無い久保田に対しては、生徒の父親たちを相手にするのと同じようにはいかない。何よりも、社長のことや自分の抱えるどろどろとした者の中に、久保田を巻き込みたくなかった。久保田がマヤに向ける気持ちは、どちらかといえば恋愛感情というよりも、年上の女性に対する漠然とした憧れのようなものではないか、とマヤは思う。真っ直ぐで純情なその気持ちを弄べるほど、悪い女にはなりきれない。
言葉を濁すマヤに、久保田がさらに身を乗り出して答えを求める。
「やっぱり、僕じゃダメなんですか? そりゃ、僕はまだ学生だし、先生は綺麗だから他にいっぱい男の人から誘いもあるかもしれないけど、でも僕は」
「ねえ、聞いて。さっき見たでしょう? 社長と何をしていたのか、わかってるんでしょう?」
「それは……はい……でも、何か事情があるんですよね? 少なくとも、僕には先生が楽しそうには見えなかったですし……」
久保田のどこまでも真っ直ぐな視線が肌に突き刺さるようで痛い。とにかくその視線を振り払いたい思いで、マヤは必死になって言葉を吐き捨てた。
「久保田くん、君は本当に何にもわかってない」
「先生……」
「社長のことだけじゃないの。教えて上げるわ、わたし、生徒の父親たちとも何度も寝ているのよ。あのね、久保田くんに思ってもらえるような、素敵な女じゃないの。汚れているの、もう、取り返しがつかないくらいに汚れているの……」
言葉にしてしまうと、自分でも予想できなかった悲しさが胸に広がった。汚れている、これ以上ないほどに。すべて自分が招いた事態であり、後悔はないはずだった。それなのにこんなにも悲しい。視界がぼやけ、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
ガタン、と大きな音を立てて久保田が立ち上がる。両方の拳を震えるほど強く握り締めて、耳まで真っ赤にして怒鳴る。
「先生は汚れてなんかいません! 僕はこの教室で先生のこと、いつも見てきました。子供たちだって、先生がいるから楽しくここに通ってきているんじゃないですか……先生の笑っている顔、僕は大好きです。僕は何にもできないかもしれないけど……先生がそんな悲しそうな顔しているとき、ちょっとでも支えになりたいって思うのは、変ですか? おかしいですか?」
「久保田くん……」
「先生のこと、僕はまだ全然わかってないかもしれません。でも、誰とどんなことをしていたとしても、僕は先生が……いや、あの、先生の力になりたいって思うんです。それでも嫌だっていうんなら、あきらめます。もし、僕のこと嫌じゃなかったら……今度、いつでもいいんで一緒に遊びに行きませんか?」
「何回言わせるの!? わたしは君にそんなふうに言ってもらえるような資格ないって……」
「僕も先生のこと何にもわかってないかもしれません。でも、きっと先生も僕のこと、何にもわかってないですよ」
久保田の言葉がじんわりと胸に染み込んでくる。無理にマヤに近付こうとはせず、一定の距離を保ったままで必死に話す様子がいかにも純情で、眩しかった。マヤは深くため息をついて、ふっと力無く笑った。
「もう……久保田くんってこんなに強引な子だったっけ? もっと奥手でおとなしい子だと思っていたわ」
「ええっ、強引でしたか? す、すみません、あの、なんか必死になっちゃって……」
「負けた、今日のところは久保田くんの勝ち。それで、今度どこに遊びに連れて行ってくれるって? 楽しみにしてるわ。そのとき、またゆっくり話しましょう……その代わり、教室ではこれまで通り頑張ってね」
「も、もちろんです! 先生の都合の良い日を教えてください。そしたら僕、その日に合わせて遊びに行く場所とか考えますんで……でもあんまりオシャレな場所とかわかんないんで、すみません」
頭を掻きながら照れ笑いをする久保田を見ながら、ほんの一瞬、久保田とふたりで歩む未来を夢想した。穏やかにお互いを思いやり、慈しみながら過ごしていく時間……それが決してあり得ない未来であることを知りながら。
(つづく)
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