「つまり佐伯さんはずっと、その停まった時間の中で生きてきたというわけ?」
「そのとおりだよ。しかしどのような意味合いにおいても、彼女は生ける屍なんか
じゃない。彼女を知るようになれば、それは君にもわかるはずだ」
大島さんは手をのばして僕の膝の上に置く。とても自然な動作だ。
「田村カフカくん、僕らの人生にはもう後戻りができないというポイントがある。
それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先には進めないという
ポイントがある。 そういうポイントが来たら、良いことであれ悪いことであれ、
僕らはただ黙ってそれを受け入れるしかない。僕らはそんなふうに生きているんだ」
「海辺のカフカ」 第17章 村上春樹