岩山の地獄を抜けたこの場所は、極楽にたとえられています。
先ほどまで風車を回していた風は、碧い湖面に億千万のさざ波を描いて通り過ぎて行きます。
宇曽利湖と呼ばれるこの湖は強酸性で、生息する魚はウグイだけだそうです。
プランクトンも少ないのがこの透明さの所以でしょうか。
どうやら待ち望んでいた雨は降りそうにありません。
こころの中でこの景色の明るさのレベルを低くして、細い筆で薄紫の雨の線を引いてみました。
さざ波の立つ湖面が天と繋がります。
私の身体の輪郭も雨に滲んで曖昧になって行き、雨とともに湖に流れ込んでいくようでした。
辺りには誰もいません。どこに行っても人の気配は残っているものですが
ここでは何故かそれを感じません。
山門をくぐった時の不思議な感覚もいつの間にかなくなり、ただ風を感じるだけでした。
小さなお地蔵さんの横を通り過ぎて、展望台に上がりました。
五智如来さまたちのお顔に目鼻は見当たりません。長い間風雨にさらされて座っておられるのです。
如来さまたちを拝んで展望台から下り始めました。
陽の恵みを受けて新緑から深緑へと変わった山の木々。
恐山の風が木の葉を裏返し、一瞬のうちに山全体を白っぽい景色に変えて吹き抜けていくと
山はすぐさま元の深緑に戻り、時折降り注ぐ陽の光に輝いて、さやさやと揺れています。
この時、ここに来て初めてこれまでに見送った命を想いました。
おじいちゃん、おばあちゃん、マイケル、ロッキー・・・
一年半ほど前に死と向き合ってから、逆に死を恐怖ととらえなくなっていました。
死の恐怖よりも、肉体を持って生きる事の辛さを知りました。
見送った命たちの名を声に出して呼びながら立ち止まった時、大きな風の塊が通り過ぎて行きました。
なにもない・・・・
死者の霊が集まるという恐山の真ん中に立って感じました。
そう・・・なにもないのだ。
生と死の堺目には、空(かぜ)が吹いているだけなのだ、と感じました。
おじいちゃん、おばあちゃん、マイケル、ロッキー・・ともう一度その名を呼び
私はまだそっちには行かないよ、とつぶやきました。
つづく
合掌
つる姫