先日、朝ん歩の時に、おじいさんに水をかけられた話をしましたが、昨日私が同じことをしそうになってしまいました。
夏の夕方、家の前に水を撒くのが日課となっているのですが、家の前の路地まで水が飛ばないように、気を付けて撒いています。
何故かというと、家の右側に、違法建築でせり出して立っている、お隣の塀があり、そちらの方向から人が来るのが見えないからです。
昨日も路地まで飛ばないように、水を撒いた瞬間、その塀の陰からわんこの散歩のおじいさんが現れ、私は瞬間的に
「あ、すいません、ごめんなさい」と、謝罪しました。
もちろん、計算して撒いているので、水はおじいさんたちにかかってはいないのですが、いきなり目の前に水が飛んで来たら、びっくりしますよね。
しかし、おじいさんは
「だいじょうぶだいじょうぶ、セーフ!」と、にこにこしながら、歩調を変えずに通り過ぎていきました。
セーフ!というのは、水は寸でで、かかってないよってことです。
瞬間的に口から出た「ごめんなさい」。
それが普通に言える自分。
別に先日、〇〇〇〇〇様に、水をかけられたからではありません。(笑)
幼い頃からの躾とか経験、性格です。
そんなような、わざとではないことが起こった時に、「ごめんなさい」という一言があるかどうかで、相手の気持ちはかなり違ってきます。
たとえば、電車で足を踏まれても、「すいません」の一言があれば、内心痛~いと思いつつも、笑顔で返すこともできます。
人間は沢山の言語を使い、自分の気持ちを伝える事が出来ます。
挨拶とか、感謝の言葉、謝罪の言葉、これらは、たったの数文字で伝えられる言葉。
おはよう、こんにちは、こんばんは、ありがとう、ごめんなさい・・・・
いずれも、相手がいなければ使わない言葉でもあります。
朝ん歩の時に、たまに見知らぬおじいちゃんやおばあちゃんが、「おはようございます」と笑顔で挨拶してくださいます。
それだけで、朝からいい気持ちになれます。
素敵なご高齢者の方もたくさんおられます。
言葉があるからこそ、誤解が生じたりもしますが、言葉を使わずには人は生きていけません。
だからこそ、綺麗で温かい言葉を使おうと改めて思うし、
反射的に「ごめんなさい」と発した自分、滅多に自分をほめる事が出来ない私ですが、いい子に育ったなあと、思えました。
爆
書く事でもない、当たり前の些細なお話でした。
ただ、その些細な当たり前が、失われているから、大きな争いが産まれるのではないかな。
大好きな相棒と遊んで
一緒に寝る。
可愛い過ぎて、憂さを忘れる瞬間。
同じ言葉は使わなくても、こころで伝えあえる、ワンコは最高の相棒。
出会ってくれてありがとう、こたろうくん。
最後までお読みいただきありがとうございます。
感謝をこめて
つる姫