なにせ30年前のことなので、記憶がよみがえってくるのを待っていたら間が空いてしまった。前回は運転試験でいきなり右側通行と左側通行を混同して試験一発中止になったため、勤務先が他の高校で運転の指導をしている先生を家庭教師に付けてくれたところまで書いた。
あの当時、ずっと夢見ていた国アメリカに一年という短い期間でも滞在するということで、僕としては吸収できるものはできるだけ吸収しようと思っていた。欧米人相手では、日本人同士のコミュニケーションとは違って言葉にしないと誰にも伝わらないというのはずっと英語を教えてもらっていたアメリカ人宣教師から聞いていた。また、アメリカでは上司や年長者ともファーストネームで呼び合うというのも書籍などで読んでいた。
運転指導の初日、業務後に勤務先の学校のレセプションで待っていたらその運転の先生の車が止まったとレセプショニストの女性が教えてくれたので、僕は外に出ていきなり「Hi, Bobby!」と大声で呼んだ。事前に先生の名前は聞いていたのだ。
車を降りて近づいてくるBobby先生は少々驚いたような顔で「君がQOOTES?」と言うので「Yes, I am.」。そうやって自動車運転の訓練は始まった。
あとになってわかったことだが(というか読んでいて分かったかもしれないが)、あのような場合、アメリカ人と言えどもいきなりファーストネームで呼ぶことは少ない。僕はアメリカをできるだけ吸収しようという思いで先走ってしまったようだった。
ただ、僕の急激な距離の詰め方が奇妙だったので、Bobbyの方も面白いアジア人が来たと却って興味がわいたようだった。
運転の訓練自体は特に問題がなかった。一度目の試験が中止になったのは単に左右を間違えただけで、僕は日本でも運転免許を持ってたまに運転をしていたので車の運転自体には問題がなかった。ただ左右の違いに慣れることだけが必要だった。それで、一週間毎日仕事が終わるとBobbyがたまにしてくれる注意を聞きながら町中をドライブした、とくに細かいテクニックの練習は必要ないと思ったようだった。
ドライブの途中で、初日のスタッフミーティングでPTAの皆さんが作ってくれたビスケットの話や(アメリカ南部の思い出の過去の回を参照ください)、その2週間ほどの間に学校のカフェテリアで食べたいわゆる「南部料理」は何が美味しかったかと言う話になった。
初日に食べたビスケットが不思議な味がしたという話をし、数日前に学校のカフェテリアで出された「Country Steak」が特に美味しかったと言ったらBobbyは、
「家庭のビスケットは作る人によって癖があるんだ。うちのNancy(奥様)が作るのは美味いんだ。」と言うのに続けて「Country SteakというのはHamburger in Gravyだ。それもNancyが作るのが一番うまいんだ。」と言っていた。
イタリア男にとってマンマのご飯が一番美味しいように、アメリカ南部の男性も妻の料理が一番で、それを遠慮なく言うんだなあと欧米の文化を感じた。日本でも最近は人前で妻の料理を褒める人が多くなってきているがいい傾向だと思う。やっぱ評価されると嬉しいだろうから。
昔ながらの夫婦お互いのことや自分の子供のことを、他人に対してはへりくだって「愚〇」と呼ぶのはあまり聞いていて気持ちはよくない。過剰な家族自慢のはもちろんいただけないけど(笑)。でも過剰にけなすよりはいいかな。
そんな風に運転の訓練をしていたのか単なるドライブだったのかわからない二日ほどが過ぎたときに、訓練の途中でBobbyが「ちょっと家でコーヒーでも飲んでいくか」と提案してくれて寄ったことがある。彼の自宅に着いて入り口のドアに近づくと、メガネの女性が向こうからニコニコと僕らを見ていた。それが彼の妻のNancyだった。
「あなたがQOOTESね。ようこそ。コーヒーでいいかしら。」とコーヒーを出してくれた。広いリビングの大きなソファに座ってコーヒーを飲んでいたら、
「Bobbyにまだ美味しいビスケットを食べてないって聞いたんだけど、PTAが作ったのはおいしくなかった?」
「美味しくないことはなかったんだけど、ちょっと微妙な味だなと思って。」
「そう。で、学校で食べたHamburger in Gravyは気に入ったのね?」
「すごく美味しかったです。」
Hamburger in Gravyというのは牛肉100%を固めただけのハンバーグを一旦焼いたものを、残った肉汁で炒めた玉ねぎに少々の小麦粉を加えて作ったグレービーソースの中で煮込んだ料理だ。
因みに、アメリカ中なのか、南部だけなのか、あの町だけなのかわからないけど、肉を固めたハンバーグも、それをパンで挟んだハンバーガーも、牛肉100%のひき肉も、彼らはすべてを「Hamburger」と呼ぶので、文脈を読まないと誤解してしまうことが多々あった。それも貴重な経験の一つだった。
「Bobbyにそう聞いていたのよ。来週運転の訓練が終わったら家にいらっしゃい。南部料理をご馳走するからね。」と言っていただいた。
Nancyも別の中学校で司書さんをしている経験豊かな先生だった。
そうやって、それ以来現在に至るまで30年にわたる家族ぐるみの付き合いが始まったのだった。
あ、因みにBobbyとの一週間のドライブ練習のおかげで2回目の運転免許試験は見事合格。試験官の不愛想な黒人女性にも「前方後方の確認がExcellentだったわよ。」とお褒めをいただいた。
あの当時、ずっと夢見ていた国アメリカに一年という短い期間でも滞在するということで、僕としては吸収できるものはできるだけ吸収しようと思っていた。欧米人相手では、日本人同士のコミュニケーションとは違って言葉にしないと誰にも伝わらないというのはずっと英語を教えてもらっていたアメリカ人宣教師から聞いていた。また、アメリカでは上司や年長者ともファーストネームで呼び合うというのも書籍などで読んでいた。
運転指導の初日、業務後に勤務先の学校のレセプションで待っていたらその運転の先生の車が止まったとレセプショニストの女性が教えてくれたので、僕は外に出ていきなり「Hi, Bobby!」と大声で呼んだ。事前に先生の名前は聞いていたのだ。
車を降りて近づいてくるBobby先生は少々驚いたような顔で「君がQOOTES?」と言うので「Yes, I am.」。そうやって自動車運転の訓練は始まった。
あとになってわかったことだが(というか読んでいて分かったかもしれないが)、あのような場合、アメリカ人と言えどもいきなりファーストネームで呼ぶことは少ない。僕はアメリカをできるだけ吸収しようという思いで先走ってしまったようだった。
ただ、僕の急激な距離の詰め方が奇妙だったので、Bobbyの方も面白いアジア人が来たと却って興味がわいたようだった。
運転の訓練自体は特に問題がなかった。一度目の試験が中止になったのは単に左右を間違えただけで、僕は日本でも運転免許を持ってたまに運転をしていたので車の運転自体には問題がなかった。ただ左右の違いに慣れることだけが必要だった。それで、一週間毎日仕事が終わるとBobbyがたまにしてくれる注意を聞きながら町中をドライブした、とくに細かいテクニックの練習は必要ないと思ったようだった。
ドライブの途中で、初日のスタッフミーティングでPTAの皆さんが作ってくれたビスケットの話や(アメリカ南部の思い出の過去の回を参照ください)、その2週間ほどの間に学校のカフェテリアで食べたいわゆる「南部料理」は何が美味しかったかと言う話になった。
初日に食べたビスケットが不思議な味がしたという話をし、数日前に学校のカフェテリアで出された「Country Steak」が特に美味しかったと言ったらBobbyは、
「家庭のビスケットは作る人によって癖があるんだ。うちのNancy(奥様)が作るのは美味いんだ。」と言うのに続けて「Country SteakというのはHamburger in Gravyだ。それもNancyが作るのが一番うまいんだ。」と言っていた。
イタリア男にとってマンマのご飯が一番美味しいように、アメリカ南部の男性も妻の料理が一番で、それを遠慮なく言うんだなあと欧米の文化を感じた。日本でも最近は人前で妻の料理を褒める人が多くなってきているがいい傾向だと思う。やっぱ評価されると嬉しいだろうから。
昔ながらの夫婦お互いのことや自分の子供のことを、他人に対してはへりくだって「愚〇」と呼ぶのはあまり聞いていて気持ちはよくない。過剰な家族自慢のはもちろんいただけないけど(笑)。でも過剰にけなすよりはいいかな。
そんな風に運転の訓練をしていたのか単なるドライブだったのかわからない二日ほどが過ぎたときに、訓練の途中でBobbyが「ちょっと家でコーヒーでも飲んでいくか」と提案してくれて寄ったことがある。彼の自宅に着いて入り口のドアに近づくと、メガネの女性が向こうからニコニコと僕らを見ていた。それが彼の妻のNancyだった。
「あなたがQOOTESね。ようこそ。コーヒーでいいかしら。」とコーヒーを出してくれた。広いリビングの大きなソファに座ってコーヒーを飲んでいたら、
「Bobbyにまだ美味しいビスケットを食べてないって聞いたんだけど、PTAが作ったのはおいしくなかった?」
「美味しくないことはなかったんだけど、ちょっと微妙な味だなと思って。」
「そう。で、学校で食べたHamburger in Gravyは気に入ったのね?」
「すごく美味しかったです。」
Hamburger in Gravyというのは牛肉100%を固めただけのハンバーグを一旦焼いたものを、残った肉汁で炒めた玉ねぎに少々の小麦粉を加えて作ったグレービーソースの中で煮込んだ料理だ。
因みに、アメリカ中なのか、南部だけなのか、あの町だけなのかわからないけど、肉を固めたハンバーグも、それをパンで挟んだハンバーガーも、牛肉100%のひき肉も、彼らはすべてを「Hamburger」と呼ぶので、文脈を読まないと誤解してしまうことが多々あった。それも貴重な経験の一つだった。
「Bobbyにそう聞いていたのよ。来週運転の訓練が終わったら家にいらっしゃい。南部料理をご馳走するからね。」と言っていただいた。
Nancyも別の中学校で司書さんをしている経験豊かな先生だった。
そうやって、それ以来現在に至るまで30年にわたる家族ぐるみの付き合いが始まったのだった。
あ、因みにBobbyとの一週間のドライブ練習のおかげで2回目の運転免許試験は見事合格。試験官の不愛想な黒人女性にも「前方後方の確認がExcellentだったわよ。」とお褒めをいただいた。